我は菊月だ   作:シャリ

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後日談:聖夜

 我以外には誰もいない調理室。時間帯は深夜。

 

 音のなかった室内で、オーブンから焼けたことを知らせる合図が鳴る。

 オーブンを開くと、調理室に焼けたバターの匂いが香ばしく広がった。オーブン用シートごしにバタークッキーを乗せた天板を取り出して調理机に置く。

 

「出来はどうかな」

 

 一枚手に取り、息をかけて熱をほんのり逃がす。丸ごとではなく一口分だけ噛んでみる。

 サクっとした噛みごたえ。硬すぎず、柔らかすぎず、ちょうどいい。

 焼けたバターのコクがある甘さとグラニュー糖のクセがない淡泊な甘さが融合した甘味が舌を打つ。絶妙な塩梅で成り立つ味が舌をなぞり甘美な刺激となる。欲求に従い、一枚すべて食べきり口の中から消えてなお、上品な甘さが後を引く。

 

「完璧だ」

 

 みんなに食べてもらうに相応しい。

 

 我や長月の問題が解決してしばらく経ち、もうすぐクリスマス。

 少し前にクリスマスプレゼントのことを五人で話すことになったわけで──。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

「もうちょっとでクリスマスパーティだね」

 

 昼食時、皐月が話題として切り出した。皐月の言う通り、クリスマスまで一か月もない。そちらはともかく、パーティのことは知らなかった。

 

「聞き覚えがないのだが、パーティとやらはどちらで行なわれる。町か鎮守府か」

「鎮守府だよー。毎年恒例のイベントで、たぶん近いうちに告知があるはず」

 

 皐月の言葉につけくわえる流れで文月と望月。

 

「パーティと言ってもど派手なことはないよ」

「もっちの言うように大きなイベントはないけど、祭りじゃなくてパーティだから派手さは重要じゃないわ」

「具体的には、なにがある」

 

 中身がわからないとなんとも言えない。聞くと文月が答えてくれた。

 

「本館前に出店が開かれて食べ放題。出店の料理は、提督がその日ためにどこからか呼びつけた人たちが作ってくれるの。ふだんは食べられない料理や味がおおくて食べすぎちゃうのよね」

 

 文月が自らのお腹を撫でて苦笑する。

 多くの食べ物があるのは魅力的でいい。当日、なるべく色々と食べてみよう。

 提督には固い印象を持っていたが、そのような企画を鎮守府でやる辺り堅物ではないようだ。

 

「でさ、クリスマスもみんなですごしたいなーって。二人はどう?」

 

 皐月が我と我の隣に座っている長月にむけて訊ねた。

 

「我に拒否する理由はない。喜んで誘いに乗らせてもらう」

「……菊月よりも前からここに居たが参加するのは初になるな」

 

 言い回しが微妙に回りくどいが長月も我と同じ答えである。前年までは上位体の呪縛のせいでパーティを楽しむことができなかったから、我と同様に楽しみなはず。

 

「よかったぁ!」

 

 皐月が文月と望月、それぞれとハイタッチを行う。ちょっと混ぜて欲しかった。

 

「クリスマスプレゼントはどうしたらいい? お互いに交換できるようなものを全員分用意したらいいのかね」

 

 プレゼントはクリスマスにおいて重要な要素。我としても気になる。

 長月の疑問に文月が答える。

 

「んーとね、プレゼントは考えなくていいわよ。それぞれで物品をあげ合うと大変でしょ」

「プレゼントの団体戦になっちゃうもんね」

「皐月の言いたいことはわかるけど、言葉選びになんだかもんにょりする」

 

 そうなるとプレゼントはなにもなしの方向に。と、思いきや黙っていた望月が一言もらす。

 

「あたしたち三人が五人共有のプレゼントを用意してるしねー」

 

 なんだあるのか。だったら最初からそう言えばいいものを。

 

「なんでバラすの!?」

「サプライズだって言ったじゃんかー」

 

 文月と皐月の反応からして秘密だったのだな。ぼうっとしているようでそうでない望月が意味もなくネタバレをするわけがない。

 

「バラしたのはなにか思惑があるのか」

「思惑なんて大層なものはないよ。サプライズされる側を考えたら言っておいた方がいいなぁって。自分たちはなにもなくて貰うだけー、だと申しわけなさを感じちゃうかもじゃん。あたしと違って長月と菊月はそのタイプな気がするんだよねぇ」

 

 当日でのサプライズだった場合を想像してみる。喜ぶの感情を抱くのは当然のこととして、それとは別にどうお返しをするか困っていたかもしれない。その場でプレゼントとして返せるものはないし用意もすぐにはできない。その辺りのことを考慮したら望月の言い分は正しい。

 

「我としては言ってもらえてよかった」

「私も同意見だ」

 

 望月の言ったとおりだったので文月と皐月もそれならいいかと考えを改めた。それでも、なにを用意しているのかまでは教えて貰えなかった。

 

「物の詳細まではヒミツ」

 

 と望月もそこまでは明かさなかった。

 共有物になりえるものがなんなのかは当日のお楽しみにしておくとして、お返しは物品ではなくお菓子にした。お菓子は店売り品ではなく手作り。そちらの方が特別感があっていい。

 

「菊月のマネというわけではないが私も手作りのお菓子にしておく。物品よりもその場で味わえるお菓子の方が全員で楽しめるからな」

「ふたりがお菓子作りねぇ。料理をしている姿は見たことがないけど、味は期待してもいいのかしら?」

 

 文月の言葉に頷く。

 

「美味しいものを出すと約束する」

「店で買うよりも良いと言わせてやるさ」

 

 料理の経験はない。クリスマスまでの時間はある。

 ならば練習による技量の向上と能力のフル活用でどうにでもできる自信がある。

 

「言い切った……なんか凄そうね」

「どんなんだろうねぇ」

「期待してる!」

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 約束した以上、美味しいものを用意する。そのために素材の分量、混ぜるときの力加減、焼く時間などの試行錯誤をしていた。努力だけでなく、通常の艦娘よりも優れた処理能力で常に調整と理論値の算出も行なっている。結果として、満足のいく仕上がりになった。

 欠点として瞳の色が変わるのが目立つので、いまのような調理室を誰も利用しない時間帯でないと練度を積むことができない。まぁ次からは今回の手順通りにつくるだけなので能力の引き出しはいらない。昼間でも当日分を用意できる。

 

「これらをどうするか」

 

 料理器具であるボウルの中には、完成度を上げるための糧となった多くのクッキー。

 自分でぜんぶ食べて処理をするには量がキツイ。あと量以前に味見で何度も食べたので食欲が湧かない。かといって食べれるものを捨てるのはもったいない気もする。

 

 せっかくだ。我の後方、入り口から気配を殺して近づく輩にでも手伝ってもらおう。

 背を向けたまま声をかける。

 

「我を驚かせるつもりならムダだ」

「おっと、バレちまった」

 

 声の主を見ると、天龍が両手を上げて降参のポーズをしていた。シャワーを浴びたあとらしく、恰好は薄着で髪が濡れている。

 天龍はフフッと笑い、手を下げて近づき我の手元を覗き込む。

 

「こんな夜遅くにお菓子作りかぁ。もう寝る時間だぞ」

「ひとりで集中したくてな」

「ふぅん。なぁ、これ食ってもいいか?」

「構わない。好きなだけ食べていい」

 

 許可すると天龍はボウル内のクッキーを取って食す。

 

「くぅー。甘さが夜間哨戒後の体にしみわたるぜ」

 

 お腹が減っていたのか次々と口に運んでいく。

 

「うまっ。……ほんと美味いなオイ」

 

 しばらくガツガツ食っていたが、やがて満足したらしく手を止めた。

 それから机の上にあったグラスに水を注ぎ、一気に飲み干して一息つく。

 

「美味かった。いい腕前してるじゃねぇか」

 

 クッキーに触れていない左手で我の頭をワシャワシャと撫でる。髪が崩れるくらいに力強い。

 

「撫で方が荒い」

「っと、わりぃ。痛かったか?」

 

 手を離して申し訳なさそうな声色で聞く。

 

「痛くはない。むしろ天龍の手の大きさや感触がよく伝わって好きな方だ。続けてくれ」

「そいつぁよかった」

 

 再びグシグシと撫でられる。

 不器用ながらも思いやりというか愛情というか……なんだか穏やかな気持ちになるものを感じられる。どことなく落ち着く。

 

 しばらく気持ち良さに身を任せた後、残りのクッキーを全てビニール袋に入れて天龍に手渡す。

 

「夜間哨戒した他の艦娘にやってくれ」

「サンキュ、あいつらも喜ぶぜ」

「ちょうど処理に困っていた。捨てるよりも食べて貰う方が我も喜ばしい」

 

 天龍は機嫌よく鼻歌交じりに去っていき、我は片づけをした。

 バタークッキーは仕上げれたが一種類だけでは味気ない。明日はチョコクッキーに手を出すとしよう。

 

 

 

 翌日の深夜、調理室に行くと先客がいた。長月だ。

 

「いたのか」

「考えることは一緒だったようだな」

 

 机の上にはイチゴのホールケーキが置かれていた。生クリームがムラなく丁寧にスポンジに塗られており、イチゴは半分にカットしたものを円を描く形で乗せられている。そして上部にはクリームによるレース模様のデコレーション、見事としか言いようがない。

 

「やるな」

「伊達に菊月より長く陸で過ごしていたわけじゃない。これくらいはできる。とは言っても、お菓子作りなんて久しぶりだからな。それみたいに一度、試しに作る必要はある」

 

 材料をみると、次はチョコ系のケーキを作るようだ。チョコという点では我と同じ。一緒ではあるがクッキーとケーキ、別種なので共に調理することはない。別々の調理机にて個人で調理する。

 

「自信があるようだが、そう簡単には負けない」

「勝ち負けの話はしてないだろ」

 

 長月は『なんでそうなる』と怪訝な顔をする。

 

「気にするな。言葉の綾で言ったまでだ」

 

 絶対に美味しいと思わせる。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 クリスマスイブ、夕食から時間を挟み望月の部屋にみんなで集まっていた。

 テーブルの上には長月作のストロベリーケーキとチョコケーキ。ストロベリーはホールで、チョコの方はロールケーキ型ケーキであるブッシュ・ド・ノエル。巻かれたロールケーキをチョコレートクリームが塗られて、表面にナイフとフォークを滑らせることで波型の模様をつけてある。仕上げ部分として簡単に粉糖がふりかけられている。

 ケーキ以外には我が焼いたバタークッキーとチョコクッキーが入った大皿と果実ジュースが注がれているグラス。テーブルには出していないが他三人が購入したお菓子もある。

 艦隊のクリスマス会としては実に豪勢と言える。

 明日が鎮守府のクリスマスパーティなので艦隊でやるには今日の方が良いと集まることになった。きっと今頃、他の艦隊も同じようなことをしているのだろう。

 

「乾杯の挨拶はやっぱり旗艦よね」

 

 文月が長月にウインクする。

 

「私か。……挨拶って感じでもないがこの機会に言わせて貰おう」

 

 申しわけなさそうな顔をして、言葉を続ける。

 

「旗艦でありながら艦隊のみんなと交流しようとしなくてすまなかった。誘いを断っていたのは嫌いだったからじゃない。ちょっと事情があったんだ。詳しくは言えないけどそれは解決することはできたわけで」

 

 一瞬、我を見て視線を戻す。

 

「今後は戦闘時の動きや癖や得意分野やだけでなく、日常面のことも知っていきたい。だから、なんというかな。同艦隊の仲間としてだけでなく良ければ友人としてもよろしく頼む」

 

 皐月、文月、望月が互いの顔を見合わせた後、返答する。

 

「ボクたちはずっと前から友達だと思っているよ」

「長月もマジメよねぇ。こちらこそ改めてよろしくね」

「なら今夜はあたしと一緒に寝よー。長月とはまだだったしさぁ」

 

 長月は照れくさそうに笑い、望月との添い寝も了承した。

 静かにしてやり取りの光景を眺めていたら長月に左肩を小突かれる。

 

「傍観者になっていないで、菊月もついでになにか言え」

 

 急に振ってきたな。そして三人はすでに聞く姿勢になっている。反応の早さにムダに感心してしまいそうだ。

 まぁ言える時に気持ちを伝えるのも大事なので乗っておこう。

 

「我は異物だ」

 

 我を戒めるように長月の視線が鋭くなったが、止めるまではしない。暴露まではしないと信頼してくれている。

 

「この鎮守府の前はどこに居たのかもわからない、都合よく記憶がないと言う。喋りも一人称も他の艦娘や一般的な菊月とも異なる。客観的に見て、不審に思われたり避けられたりしても仕方がないような存在。そのような我が受け入れられて、みんなが友達になってくれて、世界が色づいた」

 

 鎮守府に来て三人に絡まれて、一緒に食事をして、遊びに出かけて、生まれて初めて楽しいという気持ちを知れた。仲間と言われて、友達と言われて、初めて嬉しいを知れた。

 駆逐棲姫だった頃から我の心に巣くっていた寂しさと虚しさは消え去った。

 

「この鎮守府に来れてよかった。皐月に逢えてよかった。文月に逢えてよかった。望月に逢えてよかった。出逢ってくれて、ありがとう。我はみんなが好きで、愛おしい」

 

「そこまで言われると嬉しいけど照れちゃうや。ボクたちも菊月に逢えてよかったよね」

 

 皐月の言葉を文月と望月が肯定する。

 

「ええ。それと、異なっている箇所も含めて菊月の良い個性よ。もっと自信を持っていいわ」

「菊月はこれまた直球だねぇ。あたしも二人と一緒だよー。それに」

 

 望月が視線で長月を指す。

 

「一緒に過ごせる人数が増えて嬉しいしね」

 

 どうも、望月は我と長月の間になにかあったと勘付いている。なのに詮索までしてこないのは望月なりの優しさと信頼だと受け取っておく。

 

「ありがとう。それと三人だけでなく、長月に巡り合って出逢えたのも嬉しいことであり我にとって大きなことでもあった」

 

 左手を伸ばして、長月の右頬に触れる。きめ細かい肌が透き通るように美しく感触もいい。

 

「知っているさ」

 

 長月が声に出さず、『私も同じだからな』と唇の動きで付け加えた。

 

 

 

「では、グラスを」

 

 一同がグラスを持つ。

 

「乾杯!」

 

 長月に続いて復唱して互いのグラスを当てることで音を鳴らす。用意されたお菓子に手を出していく。我は長月がつくったストロベリーケーキを食べてみた。

 

「美味い」

 

 生クリームの舌触り、スポンジの柔らかさと形が崩れない硬度を両立させたバランスが生み出す食感、ストロベリーの強すぎない味の主張。どれも我ではできそうにない。

 

「長月」

「なんだ?」

「敗北を認める」

 

 長月は呆れた表情を見せ、チョコクッキーを一口食べる。

 

「クッキーも美味しくできてるぞ。それに勝ち負けよりもみんなが喜ぶかどうかが大事だろ」

「それもそうだな」

 

 皐月たちも食べ進めて味の感想を言ってくれた。

 

「ケーキもクッキーも美味しいね。菊月も長月もすごいなぁ。ボクはこういうの作れないもん」

「どっちのもホントにお店で売っていてもおかしくない完成度ね。こんど教えてもらおうかしら」

「よくやるもんだねぇ」

 

 長月を含め、みんなに美味しいと思ってもらえて満足感を得て心が喜びで波打つ。

 

 

「そろそろボクたちが用意した物も出そっか」

 

 食べながら雑談をして、幾ばくかの時間が経つと皐月がプレゼントのことを言い出した。

 

「あいあい」

 

 望月がベッドの下をまさぐり、二つの箱を取り出す。一つは手に収まる小さい正方形で、もう一つは両手で持つ大きさの長方形の箱。皐月が受け取り、ゴソゴソと開けて中身を出す。

 

「ジャジャーン!」

 

 皐月が高らかに掲げるもの、それは。

 

「インスタントカメラ」

 

 撮るとその場で写真が現像されるタイプのカメラだ。

 

「そうよ。色々と考えて、全員の思い出を記録していけたら素敵よねってことでそれにしたの。アルバムもあるわ」

 

 望月がアルバムを見せてくれた。蒼い表紙に金色の装飾が描かれていて目を引くデザインになっている。

 

「高かったんじゃないか?」

「それなりにねー。でも三人で合わせて買ったらそこまででもなかったからあんまり気にしなくていいよ。最新の型でもないし」

 

 望月が長方形の箱を開けて三脚を出しながら答える。

 

「さっそく取ろうよ。みんなでクリスマスイブ記念!」

 

 みんなで横並びになり、皐月が三脚にセットしたカメラのタイマーを押して我の左に座る。並びはカメラから見て、左から望月、文月、長月、我、皐月。真ん中が長月なのは旗艦だからである。

 カメラがフラッシュを放ちカシャリと音を鳴らす。皐月がカメラから吐き出された写真をとって眺める。

 

「うん、ちゃんと撮れてる。みてみてー」

 

 写真を見た感想は『楽しそう』だった。それぞれの表情と場の空気から幸福な時の中にいるのが伝わる。見るだけで弾んだ気持ちになる。

 

「いい写真だ」

 

 皐月が晴れ晴れとした笑顔で言う。

 

「でしょー。これからいっぱい思い出を作ろうね!」

 

 その後は写真をアルバムに収めて、程々にまた夜更かしをして解散。明日に備えて就寝した。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 満月と星々の煌めきが地上に降り注ぐ時刻。

 みんなで事前に集まり正面玄関から外に出ると、冬場らしくない熱気が肌に触れた。

 いくつもの集会用テントがあり、そこで調理が行われている。見ると調理人は米国人と思われる者が多くを占めている。提督が呼ぶだけあって遠征任務やその他諸々、繋がりがあるそちらになったのだな。

 作られている料理や調理方法は鎮守府や町では見かけないものばかり。フライパンで炒めつつ料理酒をぶちこんで火柱を立てたり、吊るされた大きな肉塊を豪快に切りケバブを作っていたりする。デザートを用意しているところもブルーケーキやレインボーケーキなどの見かけた覚えがない配色のお菓子を並べてある。

 それから食事スペースにいる艦娘や我の服装は独自制服。イベント関係者とはいえ外部の者が多く来ている以上、最低限の外面として提督にそうするように言われているからだ。

 

「ボクたちも行こっ」

 

 初めて食堂に案内された時と同じく、皐月にグイグイと腕を引っ張られて一角に向かう。

 それからは色んな料理を眺め、実際に味わい、他の艦娘とも話をして回った。一息つき、もうひとつ今日の為に用意されている場所へ移動した。

 

 クリスマスパーティのイベントは食事だけではない。ダンスの場として確保されているスペースがあり、クラシックな音楽が流されている。艦娘たちが二人一組で踊っている。もちろん、ダンスは本格的な動きではなく遊戯の範囲になっている。

 場をよく見ると、提督と大淀の二人も穏やかにステップを踏んでいた。

 

「せっかくだから踊ってみないか」

 

 観ているだけでは味気ない。試しに聞いてみる。

 

「食べたばかりだし、ちょっと時間を置いてからにするよ」

「あたしもいま動くのはキツイかも」

 

 文月がお腹をさすって呻く。

 

「現在進行形でたべてぅ」

 

 望月は右手に串焼きを持ち、口をモグモグと動かしている。

 

「まずは私と踊るか?」

「可能ならば」

 

 差し出された手の平に、我の手を重ねた。足並みを揃えて前へ進み出る。

 もう一方の手も取り向かい合う。ダンスはよく知らず、曲も大人しい曲調だ。簡単な動きだけに留めておく。

 

 音楽に合わせて揺れ動き、なんとなくのタイミングで回る。

 身体を触れて、手を通して、熱が伝達する。言葉なくとも相手の瞳から想いを感じ取れる。

 時間や体の動きだけでなく、心をも共有している感覚が生じる。

 楽しい、嬉しい、幸せ、これらの内どれかだけではない。全ての明るい感情が心と身体を支配している。

 

 ふと三人に視線をやると、同じように明るい感情による笑顔で見ていてくれた。

 

「見ろ。長月」

 

 長月も三人に視線を向ける。

 

「月たちが綺麗だ」

 

 長月の息が漏れる呼吸音が我の耳に入る。

 

「月たちの為なら死んでもいいな」

 

 我と長月、どちらが先だったか。互いに笑い、踊りを続ける。

 

 

「二人ともこっちむいてー。撮るからさー」

「あぁ」

「わかった」

 

 ふと思い出す。いつだったか、艦娘は誰に願うのか疑問に浮かんだことがあった。

 我は夜天に浮かぶ満月に願おう。

 

 いつまでも今日のような日をみんなで迎えれますように、と。

 

 -完-

 




 前回が作品の本編完結で、今回の後日談で作品が完全に完成です。
 作者である自分なりに読了感とか色々と一番の後日談となりました。
 書いていて楽しかったですね。やりたいことやりきれたので艦これ長編作品はこれが最初で最後です。
(新作は活動報告に載せてる候補の中か、なにか別のものになるかと。なんにせよ艦これとは別原作)
 
 では、ここまで読んでくれた方々、ありがとうございました!

【補足】
 一話で菊月を発見して鎮守府まで抱きかかえていたのは天龍。その為、菊月のことをこっそり気にかけていたりする。
(通信しているのはまた別の艦娘です)

 ラストのは有名な「月が綺麗だ」と「死んでもいいわ」より

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