我は菊月だ   作:シャリ

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15話:新規個体

 新規個体が戦闘モードに移行。剛腕の左拳を握り固めて、アームを動かし二つの砲塔を後方へと回す。

 

「そうきたか」

 

 駆動させて我の元へ真正面から疾走しだす。拳を引き絞り終えると、砲塔から爆音を鳴らして急加速。一気に距離を詰めにくる。

 

 我は加速艦装に熱を入れておき、引き付けてから左へと避ける。突き出された拳が空を打つ間に距離を取る。速くてもここまで正直な動きに当たりはしない。

 外して慌てることもなく、ゆっくりと体の向きを変えて我を視認する。砲身は動かしていないので、射撃する気はないようだ。

 

「ブースターとしての転用。試験段階とはいえ、実用レベルとは」

 

 射撃反動をブーストに使用。我が長月相手に利用した手段だ。使えば自爆じみた損傷を腕に受けるが、加速艦装だけでは実現不可能な急加速ができる。

 新規個体は砲塔用のアームを用意したことで損傷のデメリットを消して、空砲による加速のメリットだけを得ている。アームと同じように背中から生えている巨腕は、ブースターに転用してる間は攻撃手段になりえない砲塔の代わりと推測。

 距離を取ったのに新規個体が砲身で狙わないのは、戦場となっているのが施設内故。避けられて外したり誤射で施設を破壊したくないからだな。もしくは我で近接攻撃の試験を行い、外にいる長月で遠距離攻撃の試験をしたい上位体の思惑かもしれないが。

 

 

「どうあろうと、お前が相手するのは我が最初で最後になる」

 

 新規個体を中心に半円を描く機動をしながらの砲撃。続けて動きを読んだ上での偏差射撃。空間が広いとはいえ、海上に比べたら狭い。秒を刻むよりも速くに砲弾が相手に迫る。

 最初の砲撃は滑走で回避される。次のはブーストで避けられた。回避運動を予測した射撃をしても、ブーストによる見てから回避が間に合うのはやっかいだな。

 

 新規個体が駆ける。右拳を振り上げ、自己能力とブーストのよる二段階加速。

 我はとっさに逆方向へと動く方向を変えて、なんとか回避を間に合わせる。振り下ろされた鋼の拳が水面を叩き割る。ふざけた破壊力に戦慄するも、攻撃後のスキを逃さずに下がりつつ両手の連装砲を同時砲火。

 新規個体を穿つかに思われた砲弾は、手のひらを広げた左の剛腕に防がれる。確かに着弾して爆発したが、手を多少削ったに過ぎない。駆逐規格の連装砲とはいえ、砲弾を四発すべてを受けてその程度の損傷。冗談のような硬度だ。

 

「ならば元を断つまで」

 

 正面から突貫。新規個体は腰を落とし、迎え撃つべく拳を限界まで引く。

 質量と硬度が生み出す驚異の正拳。打ちだされる瞬間、きわどいタイミングでスライディングを繰り出す。

 鼻先を掠めかけるも、拳をからぶらせて新規個体の股下を抜ける。

 水面に拳を叩きつけることで無理やり上体を起こす。足をとめて振り向く時間はない。勢いのままに跳躍して、前半バク中。上下さかさまの体勢で新規個体のがら空きの背中、アームと剛腕の付け根にむけて砲火。

 着弾による爆発音を聴きながらも、水面に背中から落下。無理な体勢移行のせいで倒れてしまう。

 

 ふらつきながらも立ち上がる。濡れた顔をあげて、成果を確認すべく背中を見る。

 

 アームと剛腕の付け根に軽くヒビが走っている。損傷を与えた。与えたが、無力化するには至らない。ここまで硬いとは。

 

 背中を見せている新規個体がアームを稼働。アームを横に伸ばしたうえで右砲塔を前へ、左砲塔を後ろへむけて砲火。同時に空砲を撃つことで、急速反転(クイックターン)。そのまま短い距離を詰めて正拳を放つ。

 我は横軸の動きと体を逸らすことでギリギリながらも避ける。

 新規個体の攻撃行動は終わらない。突き出した拳をひねり、横に振るう。

 

 破壊の裏拳。

 回避は間に合わない。

 当たる直前、両手の連装砲を体の正面に持ってくることで盾にした上で自ら後ろに跳躍。

 

 衝撃に襲われる。勢いよく吹き飛ばされ、水面にぶつかっても転がりつづけ、壁にぶち当たることで止まった。

 

 

「がっ……はぁーっ」

 

 息が漏れる。苦しい。

 反転にブーストを使い、即座に反撃とはやってくれる。

 追撃をしにこないか見やる。ただずむだけで動きはしていない。

 

 黙っていた上位体がアナウンスする。

 

「新規個体、装甲値・機動性・近接火力値・想定通りの結果を算出。対象、戦力値と脅威度を下方修正」

 

 自分が我に壊されるかもしれないというのに、観測によるデータ採集と演算を優先か。知能があっても所詮は機械。あと下方修正するのは早計だ。

 

 壁に背を預けながらも立つ。損傷具合を確認。自ら後ろに飛んで受け流せたので体は大したことはない。盾にした連装砲、左は無事だが右手の方はヒビが生じている。何回まで撃てるかはわからない。

 

「新規個体、修復完了間際」

 

 せっかく与えた損傷もなかったことにされる。このままだと我は負ける。倒そうにも先のやり方では火力が足りていない。

 砲撃を防いだ以上、本体の装甲は剛腕ほどではないとは予測できる。だが、新規個体の完成度からするとそれなりの硬度はあるはず。それに攻撃と防御、両方の手段である剛腕をどうにかしないといけない。スライディングによる後方取りはダメだ。一度やったことをまたやらせる程にマヌケではない。仮に、なんとか後方にいけてもクイックターンによって対処されるのは確実。

 剛腕を直接破壊しようにも連装砲では火力不足。魚雷の火力でも一発では足りそうにない。なら魚雷を複数当てればいいが……どうやる。普通に狙ってもブーストで回避される。連装砲で誘導させて上手いこと当てれるとしても一発か二発が限界。

 

 

 方法がない。ならば見つける。

 我は諦めない。考えろ。思考しろ。演算しろ。

 長月を救えるのは我だけ。長月も我の仲間なんだ。

 決めている。長月が他の艦娘と笑いあえるようにするのだと。

 

 ──そうか、長月だ。長月がやったことを使えばいい。我が前にやったアレと合わせればいい。

 

 上を見る。この施設はドーム型。管理区画であるこの場所は施設の中心。天井は高いが、上の空間は頂点にかけて狭くなっている。

 いける。必要な条件はそろっている。

 

 

「新規個体、修復を完了」

 

 修復は意味をなさない。なぜなら、我によって破壊されるからだ。

 背を壁から離して四歩だけ歩く。視線を新規個体に合わせて、上位体に声をかける。

 

「我のデータを使っているといったな。ブーストを使用した長月との戦闘から時間はあまり経っていない。短期間の急造品にしては能力面では悪くはないことは認めよう。だが、それでも出来栄えは最底辺だな」

 

 反応がなくてもよかったが、上位体が我の言葉に対しての発言をする。

 

「不可解な発言を感知。最後の理由を説明せよ」

 

 聞かれたからには我が評価を下してやる。人差し指で新規個体の顔を指す。

 

「意匠面が最悪だ」

 

 いくら似せて、真似て、元にして、作製しても同じにはならない。我には到達しえない。しきれない。

 

「我を参考にしていても、ソイツは皐月に綺麗と評価されていない。艦娘と触れ合ったこともないのに我を真似れるものか。我の贋作や劣化品ですらない」

 

 皐月は言ってくれた。似ていても絶対に違うと。

 あの言葉のおかげで、参考に使われた相手でも駆逐棲姫の時のような動揺は一切ない。ちょっと驚いただけにすぎない。言ってしまえば、新規個体の顔なんて型がそれっぽいマスクみたいなもの。

 

 

「対象の発言、理解不能。不必要な情報と判断。発言記録を破棄」

 

 わからないか。わからないだろうな。

 

「試験を再開」

 

 駆けだした新規個体が水しぶきをあげながら接近してくる。

 

「性能だけが戦闘の要ではない。重要なのはどのようにして勝つかにある」

 

 我より高性能であっても、最新型番であっても、負ける気などない。機械人形である深海棲艦にはない判断力と応用力こそが自己のある艦娘の強み。

 

 ある程度、相対距離が縮まってから両手の連装砲を足元にむけて砲火。遠征の戦闘でやったのと同じく水中で砲弾が接触爆発。新規個体は過去のデータから我の行動を読み、足をとめて接近を中断。動けない空中でなら確実に狙い撃てると演算したことで射撃体勢に移行。重心を低くして構える。

 水柱に乗ることで高度を取ったのち、空中で前傾姿勢になるように跳躍。新規個体が砲塔の角度を微調整。

 

 新規個体が砲火するのと、我が天井でもある壁に両足を置いたのは同時だった。

 ドーム型の設計により、壁と天井が分けれておらず壁がそのままドーム頂点に伸びる構造になっている。なので壁に背がつかない位置でも、高さが変われば空間が狭くなる分だけ壁も近くなる。しかも、天井としては頂点ほどに高い場所でもない。だからこそ、足をつけることができた。

 

 壁からの跳躍、いわゆる壁キックをして前に出たことで砲弾は我を砕くこと叶わずに壁で爆発する。新規個体は高性能ゆえに演算結果も正確だ。だが、正確だからこそ予測位置から動けば絶対に当たりはしない。そして我の目論みは回避するだけでない。壁を蹴って前に行き、新規個体の頭上を取るのが狙いだった。

 

「投下」

 

 両脚に取りつけてある三連装の雷撃艦装から魚雷を射出。六発の魚雷が重力に従い、雨のように降り注ぐ。我は身体をひねって左に持つ連装砲の先端を魚雷に合わせる。長月がやっていた砲撃で魚雷を撃つ手段だ。

 

「起爆する」

 

 新規個体は回避できない。実弾で砲撃をした反動と腰を据えた射撃体勢。とっさに移動はできず、攻撃の有効範囲内から逃げ出すよりも我の砲撃の方が速い。

 

 砲火。放たれた砲弾は風切り音を出し、魚雷の一つへと一直線に進んで弾着。魚雷が爆発。他の魚雷も誘爆による爆破を引き起こす。魚雷六つ分の爆音が唸り、凄まじい熱量と衝撃が新規個体を包みこんで襲いかかる。

 我は破砕音を聴きながら着水。新規個体に視線をやったが炎と煙で姿は見えない。視認できなくとも砕けた音と攻撃規模から致命的なダメージを与えたのは確かなのだが。これだけやればまともに動けるわけがない。

 

 

 

 空砲の音、ブースト音を轟かせて煙を突き破った新規個体が避ける間もなく左剛腕による鉄拳を繰り出した。

 右の連装砲によるガードだけは挟み込めたが、お構いなしに拳の衝撃が打ちこまれて宙を飛ぶことになる。

 

「──がっ」

 

 宙から落下して水面でバウンドしても勢いは衰えない。視界が回る。姿勢制御することもできず、背中がなにかにぶつかりことでようやく止まった。頭の中がシェイクされた気持ち悪い感覚が尾を引く。それでも新規個体を見やる。まだ動ける危険な相手を。

 

「なんだ……ちゃんと効いてるじゃないか」

 

 新規個体の身体はボロボロな状態に陥っていた。

 剛腕は左だけが残っており、ブースタである砲塔は右だけ。そして身体中から緑色の血がダクダクと流れている。そして先の攻撃で付け根の耐久に限界がきたらしく、残っていた左の剛腕が今になって取れて落ちた。これで残っているのは右の砲塔だけだが、大きなヒビが全体に走っており実弾を撃てる様子ではない。

 

 上位体のアナウンスが機能する。

 

「新規個体に甚大な損傷。修復を開始」

 

 悠長に回復など、我がさせるわけがないだろう。

 まずは損害を確かめる。盾にした右の連装砲は持ち手しか残っていなかった。論外だ。投げ捨てる。左の連装砲は砲身が半ばから砕けている。これでは近距離でないと当てることができない。雷撃艦装は右脚が破損。こちらも取り外して捨てる。

 使えるのは左の損傷した連装砲と雷撃艦装のみ。魚雷は手数が減っている状態では誘導で当てることはできない。連装砲は距離をつめる必要があることに加えてとどめを刺すには物足りない。六本の魚雷を受けて動けている以上、連装砲を直撃させたところでとどめには足りない。

 

 そういえば、となにげなく気になり背中に当たった物を見る。入口側の鉄柵だった。いまの位置関係は、ちょうど上位体をバックに新規個体が我の前に立ちふさがっている。ならば入口と周りの柵があるのは当然。

 

「閃いた」

 

 使えるものはここにあった。これが正真正銘、最後のピース。時間はない。身体の内側が訴える悲鳴を無視して立ち上がる。

 

「痛いな」

 

 まともにくらったとはいえ、たったの一撃。しかも片側だけではあったが連装砲を盾にしての損傷でここまでとは。普通の駆逐艦艦娘であれば即死級だ。でも我なら痛いけれど動ける。まだだ、まだ戦える。

 鉄柵を右手で握り、腕力にまかせて引きちぎった。鉄柵は一本の鉄棒へと変わる。これで右手に鉄棒、左手に連装砲となった。

 

「いくぞ」

 

 左足から魚雷を三本射出。射出方向は左前。不要になった雷撃艦装を捨てる(パージ)。我自身は折れた連装砲を構えて見せつけ、曲がることなど考えていない最大速力で新規個体へと正面から接敵しにいく。

 現状だと新規個体にまともな攻撃手段はなく、修復を優先している。そうなると、残ったブーストを利用して回避を繰り返して時間を稼ぐ行動形式をしようするはず。加えて、折れた連装砲を見た相手は近づくまで我が撃たないと算出する。

 じっとしていた新規個体は、我が懐に入りこみかかるところまで引き付けた。そこから魚雷のない我から見て右手方向にブースト移動。我が今から斜めに動いても手が届かない真横に距離を取ろうする。

 

「考えが甘い」

 

 速度を落として曲がったりはしない。右手の鉄棒を水面に突き立てる。鉄棒を支柱として、直角ターンを決めにかかる。右腕の筋肉繊維がブチブチと千切れるのを感じながらも曲がり切り、新規個体の懐に入る。

 

「終わらせる」

 

 連装砲の折れた砲身を新規個体の腹に深々と突き刺す。もがいても手遅れだ。

 砲身で肉を食い破った上で、砲火。肉体の中から外へ多量の血肉が飛び散り、我は反動を利用して引き抜く。

 

「さぁ、とどめだ」

 

 強く踏み込む。

 引いた左手を矢の如く放つ。

 新規個体の顔面に砲身を食い込ませた。

 

「くたばれ、出来損ないのガラクタ」

 

 砲火。首より上にあった顔面は細切れに千切れ飛び、脳漿が弾け、血煙が昇る。

 頭を失った胴体は力が抜け、グラリと仰向けに倒れ伏した。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

「残るは上位体。お前だけだ」

 

 被った血と肉片を腕で拭い取り、上位体のコンソール前へと佇む。

 

「上位体の喪失後を算出。当機と当施設の破壊後、人類の永久の平穏は成就不可」

 

 我は人類の平穏なんて重要視していない。あと施設の破壊は目的にない。

 

「知ったことか」

 

 硬いコンソール盤を引っぺがしていき、中身を露わにする。

 中心に取りつけれらたチップこそが上位体の頭脳であり本体。デカい機械柱はチップの動作と記録媒体を兼ねた機材でしかない。表面に金色の文字で『NOVA(ノヴァ)』と刻まれている。これが上位体の正式名称なわけだ。

 チップを強引に取り外して、手のひらの上で弄ぶ。

 

 

 心無き物が心有る者を作り上げる。

 心有る者が心無き物を破壊する。

 

 

「皮肉的だ。いや、そうでもないかな」

 

 開いていた手を握りしめてチップを砕く。粉々になったチップをパラパラと落とす。

 こうなると、存外あっけないものだ。なんにせよ、これで長月が命令に苦しむことはない。一旦、通信を試みる。

 

「繋がらない」

 

 施設内のジャミングか。上位体がいなくなったが施設の機能は失われていない。我が上位体の代わりに操作してオフにするしかないな。まぁジャミング機能部分よりもまずは命令コードの解除コードを探す方が先だ。保存されているデータ量はあまりにも膨大。全意識をデータベースに集中させて、電子の海へと飛び入る。

 関係のない情報を払いのけて探索。製造情報。製造時の基礎データ。基礎命令。解体時の実行内容。データ削除方法。

 

「見つけた」

 

 目的のデータを回収。これを外で待たせている長月に渡してから施設内と他データを調べよう。電子の海から脱出して意識を現実に戻す。

 戻した瞬間に突然。

 

 

 ──腹に謎の感触を受けて体が浮いた。

 

 感触あった腹を見ると、細い腕に後ろから貫かれていた。貫かれている箇所が熱い。なにが起きているのか理解する間もなく引き抜かれて地べたに落ちる。這いつくばったまま、襲ってきた相手を視認する。

 

 顔が無い新規個体が立っていた。

 

 再起動したのか。頭を完全に失っているのに。なぜだ。疑問が湧くもすぐに氷解した。新規個体は我の過去に行った戦闘などのデータを参考にしている。我が駆逐棲姫の頭を消し飛ばしたことも。同じようにやられても、再起動できるように調整されていたわけだ。なんにせよ、対応しなければやられる。

 

 手を動かそうとした、指が床を掻いただけだった。足を動かそうとした、痙攣しただけだった。

 傷が深すぎる。正拳で受けていたダメージもあってまともに動けない。修復もしきれない。血が止まらない。体が冷たくなるのがわかる。

 

 新規個体が我の頭を左手で掴んで持ち上げた。抵抗することもできない。打開策がない。

 手の握力が徐々に増していく。同じように顔を潰したいらしい。ミシミシと頭の中で不協和音が鳴り響く。

 我は死ぬのか。ここで。長月や他の艦娘と二度と会うこともなく。ふざけるな。認められるか。嫌だ。

 

「ア……ぅぅ。ッあ、ァ」

 

 力が抜けていく。

 視界が。白く。霞む。せまい。

 いしきが。ぜんぶ。きえ、る。

 


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