鎮守府に帰るのはいいが、両腕の傷を完治するには
「人目を気にしなくていい。あらかじめ夜間哨戒行動を自主申請して抜錨許可を取っている。二人で偵察中に深海棲艦と遭遇、敵は全滅させたが菊月は負傷したと報告しておくさ」
ならいい、とだけ返した。補足なんてなくても全て把握できた。申請していた理由は我に長月が深海棲艦に沈められたと報告できるようにだろう。長月は我に殺されるつもりだったのだから提督や艦娘に怪しまれないように手を回していたわけだな。
我と長月は夜が明ける前に鎮守府に戻り、報告は長月に任せて我は入渠を行った。長月のもともとの目論みはともかく、難なく修復を終えれたので良しとする。
それから朝を迎えると三人が我の部屋にやってきた。負傷したことを誰からか知らされたらしい。
文月が身体をペタペタと触って痛いところがないか確認する。
「ほんとにもう平気~?」
「入渠する程度の負傷は初めてとはいえ、もう完治済みだ」
負傷は長月が撃ちぬいた箇所も込みではあるものの、酷かったのは自分自身の行為で傷つけた腕なので、心配かけさせたという罪悪感が湧く。
「よかった」
我の言葉と触って確かめた結果に安心した文月が手を離す。くすぐったさはあったけれど手のひらと感触から優しさの温もりを直接感じられていたので惜しく思う。
「ボクたちに長月か菊月、どちらかが声かけてくれてれば楽勝……まではいかなくても菊月が怪我しなくてすむくらいの戦力にはなったのに。どうして二人だけで?」
不思議がる皐月に被せて望月も問う。
「もしかして菊月と二人っきりじゃないと都合が悪かったとか。なにか話したりした?」
望月の読みが中々鋭い。どう答えたものか。無難に、「安全海域内での哨戒ゆえに艦隊規模で出るのはやめておいただけでしかない」辺りで……待てよ。どうせ嘘をつくなら。
「長月と話をしたというより、長月から相談をされたと言った方が正確と言える。実は──」
◇ ◇ ◇
傷を癒した翌日。太陽が顔を出す前の蔵書室、テーブル前。打ち合わせの場としてちょうどいいので、この場を選んだ。
「念のために聞くが、傷は治しきっているんだろうな」
「見ての通りだ」
腕を上げて、隣に立つ長月に問題がないことを示す。
「それで、上位体の明確な居場所をどこだ」
訪ねると長月が大きめの海図をテーブルに広げて、海図の一点を指さした。
「ここが上位体のいる場所であり、私とお前が作られた場所さ」
ジョンストン環礁。ハワイから西へ約一五〇〇キロ、ミッドウェー島からは南に約一〇〇〇キロの位置に存在。
海図上だと太平洋の中心点に見える。
「行ったことは」
「ある。その時にドーム状で白くて大きな建造物を視認した。近づきすぎると頭がやられるから、遠目に見ることしかできなかったがね。中がどうなっているのか、上位体がどのような姿なのかは私にも不明だ」
内部情報はなし。目標に関する情報も皆無。特別な対策なんて立てようがない。長月もそのことがわかりきっていて、わざわざそれを口に出す。
「私も詳しくない。現状だと情報不足すぎるな。やっぱり今すぐ上位体のもとに向かうのはやめておく方がいいんじゃないか」
「提案を却下する。時間をかけて解決する話でもない」
引き延ばすと長月は周りのことを想い、遠くないうちに自ら身を消す。そうはさせない。逃がさない。
「長月に関わりのある約束の時間に間に合わせる必要もある」
「約束? なんの話だ」
思い当たる節がないのは当然。長月がいない時に勝手にしたものだからな。
「昨日に皐月、望月、文月、の三人からなんで二人だけだったのかと聞かれてな。理由として『長月が、本当はみんなと仲良くしたいけど今更どう声をかけたり遊んだりしたらいいのかわからないから、絶対に誰にも聞かれない環境で我に相談したくて二人っきりの哨戒に誘ったからだ』と説明したらなんだかんだで六日後に五人で町へ遊びに繰り出す約束することになった」
「そんなことを三人に言ったのか!?」
長月が食って掛かる。肩を掴んで揺らすのはやめろ。
「問題が解決したあとにどう接したらいいか等と少しは悩んでいただろう」
もし、我が長月の立場だったらそうだ。実際、図星のようですぐに言い返せずに言葉に詰まる。顔が見えないようにそっぽを向いて小さく呟く。
「恥ずかしいんだよ」
◇ ◇ ◇
虚偽の申請するにしても哨戒では行動時間が足りないので、他鎮守府の遠征協力を行う形ので遠征申請を済ませた。長月の今までの実績による信頼があっても全て長月の嘘だけでは通じないので他鎮守府の艦隊に協力してもらった。
協力者は護衛任務で見かけた榛名たちの艦隊。連絡をした長月にどうやって手を貸してもらったのか尋ねると、過去に榛名たちを助けた礼を貰っただけとのこと。今度、その時の話を聞かせてもらいたい。
目的ポイントへの移動途中、深海棲艦と遭遇することはあったが攻撃さえしなければ戦闘にはならないので燃料を補給するために狩る分を除いて無視。
「あれだな」
ジョンストン環礁のジョンストン島に建てられている建造物。鎮守府よりも巨大で白いドーム型だ。周辺には護るように様々な深海棲艦が待機状態でいる。
警戒している戦闘機も含めて、やはり敵とは認識されていない。このまま上陸して施設内に進入することはできそうだ。
「行ってくる」
「待て」
動き出そうとしたところで背中を掴まれた。なにかあるのかと振り返る。長月は言葉を探しているようで、引き留めておいて押し黙る。やがて手を離して一言だけ発する。
「すまない」
「謝罪の言葉は不要」
迷った上でその言葉か。呆れたものだ。
「長月、みんなで出かけるのは楽しみだと思うか」
突然の問いだったが、あまり待つことなく答えは貰えた。
「もちろんさ」
「そうか」
今度こそ駆け出す。振り返りはしない。
先の一言と控えめな微笑みだけで充分だ。
上陸して入口と思われるゲート前に立つ。そっと手で触れてみる。強度は砲撃で破壊できる程度だ。
とりあえずゲートを破壊しよう。まずは距離を取るために後ろに下がろうとしたところで勝手にゲートが開いた。
とっさに連装砲を構える。開いたゲートの暗い中から敵が……出てこないな。構えを解いて中に踏み込む。
一歩入ったところで室内灯が作動して暗かった施設内が明るくなる。周りを見渡す。
外と同様に白い壁と床。受付カウンター。施設内の案内図。下ろされた通路シャッター。床には長らく使われていない証である埃。
「玄関ホール、か」
間違いない。この施設を作ったのは人間だ。深海棲艦が前線基地を建造するケースがあること、施設外に組織や国を示すシンボルや文字が見当たらないことから深海棲艦が建造したものと判断したが違っていた。深海棲艦に不必要なものがあるのが証拠だ。
案内図を見ると、この施設は四つの区画で分けられていた。管理区画が施設中心に位置しており、居住区画、研究区画、製造区画がそれを囲う構造となっている。
探索を始める為に案内図から離れる。
「移動経路を限定開放」
無機質な音声が静かだった室内に響く。音の発生源は施設内放送に使用されているスピーカー。
音声の内容通り、シャッターの一つが上がり閉鎖されていた通路が開放された。
誘われているな。自動で開いてもまだおかしくない入口だけでなく、シャッターも解除。しかも開放されたのは一つだけかつ案内図から離れたタイミング。監視カメラか何かで我の行動を把握している存在の意思がある。
「お前は上位体、人間、どちらだ」
返事はない。来ればわかる、暗にそう言われているかのようだ。
開放された通路を歩き続けて、施設の入口以上に頑強なゲートの前にたどり着いた。ゲートには管理区画と書かれている。
「対象、PRD.985Type0031Ver.Exceptionの到着を確認」
音声と共にゲートが開いていく。暗くてよく見えない。中に入ると玄関ホールと同じく室内灯で照らされた。
ドームの限界まで開けられた高い天井、広い空間。
床は入口と奥に少しあるだけで、他は水で満たされている。
落下防止として鉄製の柵があるが真正面だけは空いている。
柵の手前には小型の操作パネルがあり、カードキー認証装置とパスワード入力装置を兼ねている。これを使用して入口と奥を繋ぐ通路を出すのだろう。
そして、なによりも一番目立つのは。
「対象に命令。上位体の管理下に戻れ」
「お前が上位体……」
床のある奥には機械の柱としか言いようがないものが存在していた。
柱には数個のモニターが取り付けられており、緑色の0と1の数字が画面いっぱいに並んで目まぐるしく次々と切り替わっている。
まるで生えているかのように赤色、青色、黄色で我の胴回り並に太いケーブルがいたるところを繋いでいる。
機械の表面ではケーブルと同色の赤、青、黄、三色の動作ランプが点滅しており動作していることを示している。
柱の根本付近は入口の操作パネルよりも大型のパネルが一体化して存在している。
「再度対象に命令。上位体の管理下に戻れ」
「我が戻ったらなにをさせるつもりだ」
一言『断る』と言ってもよかったが、一応は聞いてみる。
「対象に命令。内容、別対象Type0031Ver.Exceptionの回収。完了後、二機を解析。例外原因を探索」
ふむ、長月を回収させて我と一緒に解析することで自我を持ったことや艦娘との融合に成功したことを解析するのが目的か。なるほど。
「断る」
「対象に警告、上位体の管理下に戻れ」
下らない。せっかくなので合わせて返答してやる。
「上位体に宣言。お前を止めてデータを回収した上で破壊する」
床から一歩踏み出して水面の上に移る。よく見ると水の中には大量のコンピュータとケーブルが沈んでいた。ケーブルは上位体に繋がって水冷させているとして、上位体の一部、補助、別のなにか、いずれにせよ水没させる完全水冷は現在も実現していなかったはず。次世代で実現可能かもしれないと言われるものだったような。まぁ、いま気にすることでもないか。
「対象、PRD.985Type0031Ver.Exceptionを敵対存在と設定。試験新規個体、PRD.002Type0039を投入」
接近しようとしていたのを止める。流石に戦闘無しでは終われないようだ。
上位体の横、後から足したようなゲートが開く。施設内の位置関係的には、製造区画と繋がっているはず。
暗いゲートの中から敵が姿を現した。
「バカな。その姿は──」
身体は艦娘のように手足がある人間型。身長の大きさは成人に該当する。
背中からは大きな両腕、連装砲がついた二本のアーム機構がそれぞれ生えている。
身体を覆うのは艦娘の制服に酷似したデザイン。
白くて長い髪。
両目は紫色。
顔は──。
「菊月」
背中から四つの腕が生えている異形な部分はあるが、姿は艦娘の菊月を成長させたものにしか見えない。
「なんなのだ、これは」
上位体が答える。
「対象の自動送信データを元に新規製造。別対象、送信機能消失。結果、参考情報は対象限定。試験個体故、唯一個体。戦力試験後、量産予定」
我を元にしているだと。別対象は長月のこと。つまり、長月が失っていたのは送信機能で我が失っていたのは受信機能だったということになる。
事態の理解はした。納得はしていない。
上位体と共に、ここで終わらせる。
「対象、PRD.985Type0031Ver.Exceptionの破壊。新規個体、PRD.002Type0039の戦力試験。実行を開始」
やっとこさ、上位体の登場です。そしてラストバトルの鐘が鳴る。
上位体の見た目をうまく思い描けない方は、ボトムズとか銀河鉄道とかパトレイバーとか一昔前のアニメに出てくるテカテカでゴテゴテしたデカいコンピュータを想像してくれたらそれでいいです。
試験個体は駆逐水鬼の見た目を菊月寄りにして、一体型だった手と砲を別に分けた感じです。因みに駆逐水鬼自体はこの世界に存在していません。
今回は自分が好きな要素を詰め込んだ形ですね。SF的な機械とか、AIラスボスとか、主人公または武器辺りの型番的な名称とか、主人公コピーやクローンや参考タイプの登場とかが出るのホント好き。
上位体は菊月ごしに長月を知っているので細かいデータは無し。なので製造年を示すPRDは不明。
【補足】
PRD.985 ← 1985年製造。PRD.はProduction(製造)の略。
Type0031 ← 種類番号31。
Ver.Exception ← 例外であることを示す。
ジョンストン島。
私たちの世界線だと、アメリカ海軍の基地が建造された島。核実験や偵察衛星の打ち上げに使用され、化学兵器の保管庫でもあったが太平洋化学兵器計画(USACAP)終了後は閉鎖されて無人島状態。