長月の姿に、驚愕よりも納得の方が勝っていた。初対面でも感覚的に艦娘だと自然にわかった明石や大淀と違い、長月を初めて見た時は艦娘なのか少し迷った覚えがある。
いまにして思うと深海棲艦の部分を感じ取ったことによる違和感だったわけだ。そして気づけなかった我とは対照的に、長月は我が深海棲艦でもあることを看過したのだ。
さて、問題は長月の言動。
《我を殺すときたか》
冗談の類ではないことは理解できる。よく見ると長月は遠征や出撃で使っていた連装砲ではなく、駆逐艦が扱うものより口径の大きい軽巡用の連装砲を腰に携えている。数で言えば両手にそれぞれ連装砲を持つ我の方が優位だが、火力面でも同じとは言えない。
《我が戦わずに逃げたらどうする気だ》
《お前が親しんでいる艦娘が死ぬことになる》
憮然とした態度で言い放つ。前もって、皐月たちにも関わる話と言われていたので予想内の答えだが、今ので長月と戦う明確な理由は生まれた。逃げるわけにはいかない。しかしだ。
《長月が深海棲艦側であるならば、なぜ鎮守府で大人しく過ごしていた》
深海棲艦としての能力を隠していたとはいえ、出撃の時には駆逐級を沈めて我が駆逐棲姫を轟沈させる手助けも行っている。深海棲艦の敵は艦娘だというのに。
《人間と艦娘の情報を収集して上位体に送信している。こればかりは艦娘の中に潜りこまないとできないからな》
情報が目的なら艦娘として活動しているのはおかしくもないが、何か引っかかるものがある。胸の中に生じている違和感を掴みきれない。
引っかかりを後回しにして話を続ける。
《必要な情報集めた後は鎮守府を壊滅させるのか。前にいた鎮守府のように》
我の言葉の後半で、長月は視線を外して苦虫を噛み潰したような表情を露わにした。無意識のことだったらしく、すぐに澄ました顔に戻してから肯定する。
《その通り。鎮守府をどのように潰せばいいかなんて、中の構造を熟知しているからたやすいことさ》
やはり一夜襲事件の犯人は長月か。長月一人でも可能なのもわかる。外からの襲撃はともかく中からの襲撃など想定されていない。軍事的な秘匿性故に、他の鎮守府などに直接連絡できるのは傍受対策をしている通信室からのみ。そこを潰せば連絡はできなくなる。
艦娘の方も艦装がなければ本来の戦闘力を発揮できなくなるので、艦装を置いてある場所を破壊すればいい。中身がどうあれ見た目は艦娘なので不意打ちも容易だろう。
疑問はまだ尽きない。
《我や長月のように、この体になる原因や切っ掛けは知っているのか。上位体も具体的には、どのような存在だ。どこにいる。深海棲艦を最初に作製したのは上位体なのか、別にいるのか》
《いい加減にしろ。艦娘になったお前に長々と全てを教えるつもりで私はここにいるわけじゃない。私はお前を破壊して、近いうちに鎮守府ごと艦娘と提督を消すだけだ》
投げかけた複数の疑問を切り捨てると、軽巡規格の連装砲を抜き取り、両手で構えて碧と紫の瞳で狙いをつける。
我も同様に連装砲を抜き取り、両手に二基の連装砲を装備。戦闘態勢に移行。
《艦娘たちを殺させはしない。艦娘の敵となる者は我が始末する。最後に一つ確認しておきたい。長月も艦娘になる前は駆逐棲姫だったのか》
長月は、お前はなにを言っているんだとばかりに鼻で笑い、吠える。
《前ではなく今もそうだ!》
長月の砲撃を合図に開戦する。
隠していた能力を全て引き出す。意識を戦闘へと切り替えて開幕の砲撃を左に駆け出して避ける。対峙していた長月もとどまらずに右に駆ける。いわゆる同航戦だ。
動くことをやめれば的になる。お互い、素直に身体を狙って直撃させれるとは考えていない。あまりにも動きが速すぎる。
艦娘を深海棲艦の能力で超越した存在。
深海棲艦を艦娘の能力で超越した存在。
艦娘としてみても、深海棲艦としてみても、個体の限界値を凌駕した者同士。機動性が自慢の駆逐艦なこともあり、高速戦闘となる。
考えなしに撃っても当たりはしない。故に回避の距離と方向を予測しながら一撃目を放ち、予測に基づいた二撃目を放つ方法を取る。
距離を空けて我の右を滑っている長月にむけ、右の連装砲で砲撃。時間差をつけて左の連装砲で砲撃。
長月の一瞬の減速と最低限の横移動を行い、闇夜を切り割く砲弾を苦もない様子で全て避けきる。意外な結果でもない、相手は案山子ではないのだ。長月だって同じようなことを思案しているのだ。回避行動を計算した攻撃を予測して避けるくらいはする。
お返しとばかりに長月の砲弾が飛来。滑っていた海面を蹴りつけて軸をズラす。殺意の塊と言える一撃は掠めることすらなく夜の海に失せる。
長月は連装砲を一基しか持ってないので我のような連射はできない。あらかじめ考えていた甘い読みは一息つく間もなく否定される。動いた先に二撃目が迫ってきていたのだ。履いている艦装の足裏前半分を海面に沈めて強引に減速。なにもせずに進んでいたら我がいたであろう空間を砲弾が貫いていった。
一撃ごとの装填速度は我よりも長月が速い。新たに判明した戦闘能力により、二つの連装砲で装填速度をカバーできる我の優位性は薄まった。でも勝てない差ではない。
体勢を整えなおして加速。長月を直視すると視線が合った。動きを観察しているようで、命中しなかったことが残念に感じている様子は見て取れない。
「長月からしても当たらないことは想定の範囲内か」
相手の動く先、距離、反応速度、始動のタイミングなど。予測攻撃の計算に必要な情報は我も長月も集めきれていない。現状は戦いながら情報収集の段階。相手の情報を得るために攻撃の応酬を繰り返す。
移動速度と相対距離を計算した上での偏差射撃。移動先を狭める魚雷。腕を上げて砲撃することで夜の暗さに紛れて山なりに降る砲弾。砲撃を布石として魚雷の接触を狙う雷撃。
燃料を全て燃やし尽くす勢いで加速艦装を唸らせては避け、相手を視界に入れ続ける。
手に入れた戦闘データで計算の修正と補正を何度も行うことで、直撃とはいかなくても至近弾が発生するようになる。今度は至近弾による体勢の崩れと衝撃の影響を考量して計算を行い、追い詰めるべく戦闘を続行していたが。
《その身体に成り立てのお前が私に正攻法で勝てるとでも?》
戦闘経験の差が出てきている。相手と至近弾との距離がより縮まっているのは長月の方だ。このままでは我は敗北する。我が敗北すれば、あの鎮守府で過ごす艦娘は死ぬ。そうはさせない。
進んでいた向きを変更。同航をやめて、長月に近づきにかかる。距離を詰めれば命中率は否が応でも上がる。被弾する可能性も上昇するが他に選べる手はない。
《お前の判断力は悪くない、だが》
長月も進行方向を変えた。距離を詰ませないと背を見せて逃げる長月を我が追従する位置取り。両手の連装砲で間髪入れずに砲撃。長月は反転して後ろ滑りの状態となり、一撃は砲弾をぶつけて空中で爆発させ、もう一撃は半歩分だけ左に動いたあとに身体を逸らして回避。
《私を破壊するには至らない》
長月が魚雷を川の字の如く三本が並ぶように発射。海中で点火して推進する。
わかりやすい雷撃なんて簡単に避けれる。長月が連装砲を構えたことから、魚雷を回避したところを狙い撃ちにしてくると予想。
──予想は外れた。
魚雷が二人の距離の半ばに迫りかけた時に長月は腕を少し下げて三本の内、真ん中の物を撃ちぬいて爆発させた。横で推進していた二本の魚雷も誘爆。海面から海水が弾け飛び、長月の姿が遮られる。
相手の姿が見えないのは長月も同じだが大きな違いがある。不意に姿を隠された者と隠すつもりで姿を隠した者、有利なのは後者だ。もし水壁の向こう側から砲撃された場合、砲弾を視認できるのは水壁を貫いた時。避ける余裕が限りなく少ない状況下だ。
瞬時に危険性を理解して、脚の負担を顧みずに大きく横飛び。するも一発の砲弾で横腹の肉が抉られた。
「ぁぐ」
跳躍したあとのこと故、空中でバランスを崩してしまい体の側面から海面に落ちる。口に海水が入り咳き込む。
海面に倒れたまま修復を開始。中身は後回しにして血液が流れ出ないように表面を塞ぐ。
「してやられた」
視界を遮りそのまま攻撃するのではなく、視界を遮られた範囲から退避する行動を読まれて撃たれた。そして我が身を貫いた砲弾はいままで使っていなかった特殊な物。当たったのに爆発しなかったのは砲弾から火薬を抜いていたからだな。火薬を抜くデメリットは爆発しない分、火力も有効範囲も狭まること。メリットは抜いたことで軽くなり飛翔速度が上がることだ。
深刻な損傷となる直撃ではなかったのは幸いではある。回復しきれてないが横になっているわけにもいかない。立ち上がり、海水の混じった唾を吐き捨てる。
長月を視認すると、追撃する絶好の機会だったのに、砲を撃つことも狙うこともなく我を眺めていた。余裕のつもりか。
《無様だな》
両腕を広げて、我を煽る言葉を口に出す。
《私を破壊できない程度で艦娘を護れるつもりだったのか? 艦娘として生きて、艦娘として他の艦娘と過ごして、艦娘として死にたいのなら私を破壊してみろ》
艦娘を護るには我が倒すしかない。長月のことを知っているのは我しかいないのだ。
《つもりもなにも護ると決めている。護ることに繋がる以上、我は敗北しない》
長月が強くとも負けるつもりも諦めるつもりもない。怪我は問題ない。今この時も修復を続けているので、怪我は戦闘に支障がでない程度にはなっている。問題は勝つ方法。
距離を保って戦うと、経験による命中率の差で負ける。距離を詰めればいいが、簡単な話ではない。速さで考えれば後ろ向きの移動速度より前向きの移動速度のが速く、追いつくことはできる。だが長月は攻撃してくるし、それを避ける必要がある。
先程の手段は二度目なら避けれる。そもそも一度上手くいったからと愚直に同じ手を使つようなバカではないのでそれはいい。一度攻撃を命中させていることから、我と違って長月は正確に狙えるだけのデータは必要十分に集まっている。だから近づく我を撃てばいい。当たらなくとも回避させることで接近を阻止するだけでも長月は優位を保てる。
なにか使える手はないものか。少ないが我だって戦闘経験はある。振り返ってみて、思いつくことがないか探す。
……あったな。この戦闘ではやっていないことを。長月が見たことのない手段を。
《長月、仲間のために倒させてもらう》
《口だけではないことを証明してみろ》
両脚の雷撃艦装を外して軽くする。腰を下げて重心を安定させて、両腕は後ろに突き出し砲身を右斜め後ろと左斜め後ろに向ける。限界まで加速して長月へと駆ける。
《ふざけているのか?》
立ち止まっていた長月は後ろ滑りに移行。怪訝な表情を隠しもせずに、我の体勢を不可思議に感じている。我の考えには気づいていない。
長月が砲撃。砲弾が迫る。まだ距離があり危なげもなく回避。
回避をした先から二撃目が到来。
避けなければ直撃。横に避ければ減速の二択。どちらを選んでも勝利には近づけない。だから、どちらも選ばない。
腕を動かさないままに、右の連装砲を砲火させる。『射撃反動の大きさが最大限になるように調整して』だ。反動により加速がかかり、速度を引き上げつつも位置が前方左斜めに移動する。
掠めそうなきわどさで砲弾を避け抜けた。
《なんだと!?》
上手くいった。
この身体になって初めての戦闘、そこで我は反動を利用して空中で姿勢を変えた。あれと同じだ。変わっているのは、反動を調節する能力で力を弱めすぎないのではなく反動を増すように調整している点。回避をした上で減速どころか加速する手段だ。
何度も使えるものでもないがな。
砲火した瞬間に、腕が中からバラバラになっていくような感覚と激痛が走った。我の腕が持ったとしても、想定外の使用しているので連装砲の方が壊れてもおかしくない。
三撃目が続く。次は左の連装砲を砲火。先の攻撃と同じように回避して加速される。我が距離を詰めきるまで、長月の装填一回分しかない。
《つぎは当てる》
左右のパターンデータは取られている。どうあがいても回避はできずに直撃する。撃てばの話だがな。
最後に左右同時に砲火。かつてない衝撃と共に前方へと押し出される。
右手の連装砲を捨て、驚愕して防御体勢もままならない長月にタックルを喰らわせる。後ろにやっていた腕は長月の胴に回して、空いた右手で左の手首を掴んで固定。
ぶつかった勢いで飛び、長月の背中を海面に叩きつける。叩きつけた衝撃で少しだけ浮き上がり、失われきれてない勢いにより二人して海上を何回か転がり、やがて止まった。
腕を離して砲身を仰向けで倒れている長月の頭に向ける。
ぶつかった時か叩きつけた時かで手ばしたらしく、長月は連装砲を持っていなかった。そして、衝撃の苦しさから漏れ出すような息をつく。
「かはっ。……はぁー」
損傷で言えば我の方が酷い。両腕は中からの裂傷で流れ出た血に濡れており、感覚としては肩まで上がる気配がない。傷口は修復で抑えているが、入渠しなければ治りきれない深刻さだ。それでも倒れている相手を狙うことはできる。
「我の勝ちだ」
いくら長月でも、この状況は覆せない。
「勝利宣言する暇があるならさっさと始末したらどうだ」
抵抗するどころか、呆れた声色でとどめを刺すように促す。
「艦娘ならば深海棲艦を破壊するべきだ」
確かに長月は殺す必要がある。艦娘に危険が及ぶことに加えて、我が艦娘に隠している身体のことを知っている。始末するべきだ。
……本当に、そうなのか。長月を殺して終わりでいいのか。選択として間違っていないのか。
迷いが生じる。
「なにを呆けている。艦娘として正しいことをしろ」
艦娘として正しいこと。正しい選択。深海棲艦を倒すのは艦娘の使命。皐月、文月、望月、そして他の艦娘たちを想うならば殺すことは正しいはず。
我は艦娘が好きだ。
皐月たちが好きだ。
艦娘の仲間として。
艦娘として生きる。
なら。
我は。
長月を──。