我は菊月だ   作:シャリ

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11話:長月

 出撃したあの日、鎮守府に戻った以降に我の出番はなかった。

 

 作戦開始から四十八時間後、大本営から『深海棲艦の大規模侵攻に対して撃退と殲滅に成功した』と発表された。被害の規模など細かいことは明かされてはいない。

 

 発表のあった段階で全て終わり、とはならなかった。発表日から五日間は警戒態勢となり、外出は全面禁止。警戒態勢が解かれても、外出に制限がかけられる注意期間が二日間置かれた。実質、一週間は鎮守府に待機したままだったな。

 

 注意期間に『一部の地区では町が壊滅した』という噂が流れた。原因はその地区を担当していた提督の采配ミスによるもの。被害関係者の怒りを鎮めるのと、悪いのは大本営ではなく担当していた提督だと印象付けるために公開処刑が執行。死刑執行者は大本営がよこした人物だったらしい。

 

 あくまでも噂。我の見立てだと噂は捏造された話だ。明確な地区名や人物名が一切出てこないのに妙に具体的な部分があるのがおかしい。

 おおかた大本営から提督たちに対する警告みたいなものだな。艦娘は人間が乗る戦闘艦よりも遥かに製造費が安く乗員もいらないのでコストパフォーマンスが良い。だからといって艦娘を無駄遣いにして被害を出すような無能は不必要。それを遠回しに言いたい、そんなところか。一応、本当にあった話という線もある。大本営が噂どおりのことをやっても立場や世論の影響を考慮すれば不思議でもない。

 

 

 噂の真偽はともかく、今日で外出の制限が解かれた。いつかの日と同じく、皐月と望月と文月に誘われて町へと来ていた。町に関して、前に来た時と違うことがある。

 傘をさしたくなる程度の雨が降っていること。天気が悪い故に出歩いている人間が少ないことだ。お陰で耳障りな人間の話し声は聞こえない。外で話す者がいても雨音が話し声を遮ってくれる。ついでに視線も感じない。こちらは傘で遮られるからだ。

 視線に関して、もとから気にしていないので気分的には大して差はないが、どちらかと言えば視線を感じない方が良い。

 

「天気が悪いとはいえセール中なのに人が少ないなぁ」

 

 皐月がオレンジ色の傘をクルクルと回しながら呟く。

 

「勝利セール自体は大本営発表の次の日からやってたんだしこんなもんでしょ」

 

 皐月の右隣にいる文月が当然とばかりに言う。

 そう。解禁された日から三人が外出に誘ってきたのは町全体でセールが行われていて物を安く買えるからだ。単純に鎮守府に缶詰されていた分だけの解放感を味わいたかった点もあるだろうが。到着して最初に昼食を済ませたので、いまは色んな店を巡るべく普段より人通りが少ない道を歩いているところだ。

 立ち位置は我が左端。右に皐月、文月、望月と続く。傘の色は我が黒で、三人はオレンジ、水色、茶色だ。我は傘を持っていなかったので手に持っているのは借り物。今日のうちに購入しておくつもりである。

 

「人が少ないと静かでいいねぇ。長月も来たらよかったのに」

 

 残念そうに望月がぼやく。三人は我だけでなく長月も誘っていた。誘うことも聞いていた。どう誘ったのかまでは見ていないので知りはしない。我が寮長の如月に傘を貸してくれるように頼みにいってる間に、三人が長月のもとへ行ったからだ。

 

「また誘ってみようよ。次は一緒にきてくれるかもしれないしさ」

 

 皐月は言いながら今度は傘をゆっくりと振り下ろす動作を繰り返す。

 

「うん。みんなで一緒にきたいもんね。……ところで、なにしてるの」

「ベストな感じを見極めてるさいちゅー」

 

 まるで不審者を見ているような様子の文月に反して皐月は楽しそうである。

 

「この具合! よっとぉ」

 

 皐月が傘を叩きつけるような勢いで振り下ろすと、傘の骨がパキッと音をたてて通常とは反対の方向に曲がった。俗にいう、コウモリ傘の完成だ。

 

「できた!」

「傘が壊れても知らないよ」

「ついつい、やりたくなるよね。わかる」

 

 喜ぶ皐月、忠告する文月、気持ちはわかると同調する望月。三者三様だ。

 皐月がしたコウモリ傘だが、骨組みにかかる負担といまの状態からわかる見立てだと、あと二回おなじことをすれば壊れるな。次にやったら教えてあげるとする。なんて考えていたら、皐月は元の形に戻してさっそく二回目をおこなった。

 

「あっ」

 

 さっきよりも力を入れすぎたのか傘の骨が嫌な音をあげて折れた。我の見立ては外れたな。我としたことが、力量の揺れ幅を考慮するのを忘れていた。

 

「折れちゃった」

「そんなことするからでしょうが。物は大切に扱わないとダメよ」

「はーい……」

 

 反省して嘆息しつつ、壊れた傘をグシャグシャと押し潰して塊にする。紙のように潰せるのは艦娘の腕力ならではだ。それから通りに置いてある鉄製のゴミ箱に狙いをつけて投げ込んだ。傘だった塊はゴミ箱の淵に当たり一度跳ねて、上手いこと入った。

 

「ナイスイーン、十点満点」

「やったね!」

 

 望月が軽く右手をあげて評価を下す。皐月は喜んでいるが、点数の基準はなんなのだろうか。

 

「って、傘ないから濡れちゃう」

「自業自得ね」

「風邪ひくとやっかいだし入れてもらえば」

 

 艦娘も風邪をひくことはある。人間よりも抵抗力は強くとも、生体兵器なのでウイルスを無効化することまではできない。無機物ではないからこその欠点だな。

 

「我の傍にくるといい」

「ありがとっ」

 

 皐月は我の横に来たが一人用の傘なので右肩が出てしまっている。我は皐月の肩に手をまわして密着するように引き寄せる。

 

「わわっ」

 

 右肩まで傘の中に入りきり、これ以上濡れることはないのを視認する。

 

「これでいい」

 

 皐月に微笑みかける。ちゃんと微笑むことができているかはわからない。すると皐月は我の顔をジッと見続けた。なにかおかしかったのだろうか。慣れていないので気になる点があるなら聞いておきたい。

 

「どうした。我の表情、おかしかったか」

「おかしくなんてないよ。菊月の顔、キレイだなーって見ちゃってただけだし」

「キレイなのは他の菊月も一緒だろう」

 

 資料と我以外で菊月の姿を見た事がないので確信はないが、大きな違いはないはずだ。

 

「違う。一緒じゃない。絶対に違うよ。ボクたちは沢山作られているけど、代わり映えしない量産品なんかじゃないんだからさ。見た目が似ているだけで、考え方も身だしなみも見せる表情も全部全部ちがっているんだ。だからボクがキレイだなって感じたのは、ボクの隣にいる菊月だけだよ。菊月そのものとは別の話」

 

 同型は似ているだけ、か。例え機械で作られていて量産されていても、ひとりひとり別の存在と捉えている考え方。艦娘を『体』ではなく『人』で呼称している原点はここなのだな。

 

「そうか。ありがとう」

 

 上手く言葉にできないが、我を見てくれている皐月の言葉が嬉しかった。心がほのかに温まり口元がほころぶ。

 

 

 しばらく歩いて噴水のある広場まできた。見渡してみると、出店はあるが通りと同じく人は少ない。これ幸いと人気の出店に望月と文月がむかい、一緒故に少し遅れて我と皐月も続く。人が少ないために出店は客引きの声を上げておらず、広場に静かな雰囲気ができあがっていた。そういえば人間の話し声を煩わしく思うことはあったが、鎮守府で艦娘たちの話し声を聞いても大して煩わしくは思わなかったな。せいぜい本を読んでいる時くらいだった。

 先程もだが、皐月たちとは我から話すよりも話を聞いたり話かけられたりのが多い。思い返してみると、三人の会話をうるさいとか煩わしいと感じたことは一度もない。考えたこともなかった。理由は今ならわかる。好ましく想っているかどうかの差だ。

 

 足を止めて声をかける。

 

「皐月」

「なにさ?」

 

 名前を呼ばれたことで皐月は我と目を合わせる。

 

「好きだ」

「うん。……うん? ちょっ、あの、ええぇ!?」

 

 目を瞬いて驚き、戸惑いを見せる。なぜそのような反応になる。

 

「そんなに驚くことか」

「だ、だって。突然そんな」

 

 視線を逸らして、指で前髪をいじりはじめた。顔はほんのり赤みを帯びている。

 

「ボクも好き嫌いで言ったら好きだよ? でも、今までそういう対象としては見てなかったからさ。しばらく考えさせて欲しいなー、みたいな。にしてもボクだけそう想われてたなんて知らな」

「いや他の二人も同様に好きだ。程度の違いはあれど、他の艦娘たちも好ましい存在だ」

 

 皐月だけに限った話ではない。不可解な認識違いが発生しないように言っておく。我の補足を聞いた皐月は数舜だけ動きが固まり、それから深いため息をついた。

 

「もぉ、変な勘違いさせないでよ。ビックリしたし、ちょっと意識しちゃうじゃん」

「すまない」

 

 伝え方が良くなかったようだ。言葉とは難しいものだな。

 

「このあと行く雑貨店でさ、菊月はボクに似合いそうな傘をえらんでよ。そしたら許す」

「わかった。選ばせてもらう」

「やった。ならボクは菊月のをえらぶね」

 

 無邪気な笑顔で我と腕を組む。皐月の嬉しそうな顔を見るだけで心が緩み安らぎを覚える。

 

「二人ともはやく来なさいよー」

 

 我と皐月が立ち止まっていたことに痺れを切らしたのか、文月から催促された。傘を持っていない方の手には美味しそうなクレープが握られている。もう買ったのか。あと望月はすでに食べ始めていた。行動が早いな。

 

「行こっ」

 

 皐月に促されるままに、濡れた地面をパシャりと踏みしめて文月と望月のもとに歩みだす。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 夕刻になったので町から鎮守府に帰り、自室に向かう。手には町で買った物はない。雨が降っていたのと色々な物品を購入して荷物が多くなったので、三人と一緒に運送業者に荷物を預けてきたからだ。明日か明後日には届けられる。

 自室につくと、扉の横で長月が腕を組み壁に背を預けて立っていた。何用だ。

 

「楽しんできたようだな」

 

 長月の言葉を軽く頷くことで肯定する。

 

「つぎは長月も来ると良い。皐月と文月と望月が喜ぶ」

 

 我の誘いに対して長月は押し黙って言葉を発さない。思考していることはわからなかったが、我には長月の瞳に悲哀の色が漂っているように見受けられた。

 やがて長月は首を横に振り、我の前に立つと二つに折った小さな紙を押し付けてくる。

 

「二時間後、装備を整えて来い。お前ひとりで誰にも言わずにな。私は先に行って待っている」

 

 差し出された紙を広げると座標が記されていた。この座標だと、安全指定海域内ではあるが鎮守府から一時間は移動にかかる。

 

「一体、どういうつもりだ」

 

 視線を紙面から長月に移して問う。説明不足にも程がある。

 

「皐月たちにも関わる話だ」

 

 まともに答える気はないらしく、それだけ言うと立ち去っていった。

 情報が不足しすぎて予想もつかないが、皐月たちも関わるのであれば行かない選択肢はない。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 座標の位置につく頃には太陽は沈みきり、満月が空に上がって海面を照らしていた。この辺まで来ると雨雲はなく、月光は遮られることなく暗い海を明るくしている。

 周りを見渡すと、ここから百メートル程の位置に長月が我に背をむける形で立っているのを見つけた。通信を試みる。

 

《来たぞ》

 

 返答はない。急ぐことなく長月に近づいていくと、残り距離三十メートル程になったところで通信が入った。

 

 

《お前に逢った時、どうすべきか迷ったよ。殺すか、生かすか》

 

 いきなり物騒な語り出しに足を止める。

 

《なにを言っている。逢った時に殺すか迷った等と》

《私と同じなのだと思い、様子を見ることにした》

 

 我の言動を無視して長月は語りを続ける。

 

《だが、同じではなかった。異なっていた。この前の出撃で、お前は! お前は……っ》

 

 言葉を詰まらせて、深く呼吸をしたのが通信越しでも伝わってきた。

 

《艦娘になった。艦娘になれたんだ。だから》

 

 ずっと背を向けていた長月が向き直って我と対面する。

 

《ここで死ね》

 

 長月の左の瞳は、薄暗い暗闇の中で紫色に輝いていた。

 


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