我は菊月だ   作:シャリ

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10話:仲間

 前線に戻ると、駆逐級の数はすでに半分近くに減っていた。駆逐級の攻撃をかわしつつ、三人の立ち回りを観察してみる。

 

 文月と望月は、両者のお互いの死角をカバー。文月の背中に飛びかかる駆逐級がいれば、望月が撃ち落とす。砲撃後にできる望月の隙は、文月が雷撃で駆逐級を牽制することで打ち消す。足を止めずに立ち位置を入れ替えることで、敵が狙いを定めにくくもしていた。

 

 一方、長月は二人とは距離を空けての単独行動。複数体と交戦している。突撃は最小限の移動で避け、飛びついてくる相手は海面からの跳躍に合わせて下に素早く滑りこみ腹を撃ち砕く。魚雷は相手を撃つのではなく、相手の進路先に撒くことで囲い込まれるのを阻止している。

 動き回って次々と破壊することよりも相手の隙を突くことを重視しているようだ。隙を狙うと言えば堅実なやり方に思いそうだが、相手の動き出すタイミングを見誤れば看過できないダメージを負う。相手の動きを読めるだけの経験か処理能力がなければ難しい。駆逐艦であることを考えれば前者だな。

 

 さて、問題の駆逐棲姫は……静観していた。

 

 文月たちを狙えば駆逐級も巻き込まれるからか、左腕を前に突き出して砲を構えてはいるが撃ってはこない。近づかなければ攻撃をしてこないのだろうが、近づかなければ我の攻撃が容易に回避されるのは試すまでもなくわかる。とはいえ、考えなしに接近するのは危険だ。我の能力を引き出せば単独で全攻撃を回避しながらでも距離を詰めれるとは思うが、その手は皐月たちがいるので使えない。

 

 仕方がない。一人で戦うのではなく他人の手を借りてみるか。

 全体ではなく対象を絞る個別通信を繋げる。

 

《長月、我が駆逐棲姫を破壊する協力をして欲しい》

 

 ワンテンポ遅れて返事がくる。

 

《私に声をかけた理由を聞かせてもらおう》

《長月の実力なら適していると判断しただけだ。深い理由はない》

 

 半分は嘘だ。長月が艦隊内で一番の実力者だから選んだのは本当。嘘になるのは他にも理由があること。皐月たちと違い、傷つこうが沈もうが気にならない艦娘だからだ。駆逐棲姫の破壊が上手くいかずに被害を受けた場合も考えれば一番適した人材と言える。

 

《まだ駆逐級が残っているぞ》

《数は減っている。文月たちでも手は足りる》

《後回しにする気は?》

《ない。我の仲間を傷つけた存在は我の敵だ。我の仲間を傷つける存在は我の敵だ。我の敵は即刻排除する》

 

 長月は言葉をすぐには返してこなかった。二十秒ほどの間が空く。耳に入ってくる戦闘音よりも間の静けさの方が気になった。

 

《仲間……か。文月たちのことか》

《ついさっきに気づかされた。我は皐月たちの仲間だったことを。そして理解した。皐月たちは我の仲間だ》

 

 再び間が空く。なにを考えているのかわからないが、さっさと協力の了承をして欲しいのだがな。

 

《断る》

 

 冷たい返答。声には明確な拒絶が込められていた。取り付く島もない。誘い続けても時間がただ過ぎるだけだな。

 こうなると、多少の危険があっても一人で突貫するしかない。駆逐級が殲滅されてからみんなで倒すのでは意味がない。駆逐棲姫を破壊したいのは仲間のため、だけではない。我の手で駆逐棲姫を破壊することで、我は過去の我と決別をする。違うことを証明する。他の誰にでもない、我自身に。

 

 

 駆逐棲姫へと駆け出そうとしたが、動き出すより先に千歳から全体への通信が入ってきた。

 

《報告! 敵の後続集団を確認! このままですと10分後には会敵。安全な撤退を考えると残りの戦闘続行可能時間は6分。考えなければ8分です》

 

 敵の本隊。またはその一部だろう。駆逐と水上機母艦で戦える相手ではない。普通に考えるならば悪い知らせ。

 いまの我からすると良い知らせだがな。長月を煽る材料になる。

 

《時間がないらしいがどうする。答えは変わらないのか。作戦目標として駆逐棲姫を残して帰るわけにもいかないだろう》

 

 べつに断られてもいい。長月にこだわる必要はない。使える手札があるなら使っておきたいだけにすぎないのだから。

 

《仕方がない。手を貸してやる。接近させてやるから手早くやれ》

 

 気に食わなそうなのを隠しもしないが、協力を得ることはできた。流石に旗艦として作戦目標の未達成はよろしくないと判断したか。

 

《助かる》

 

 言うが早いか、我と長月は放たれた矢の如く駆け出す。駆逐級の合間を縫うように通り抜け、駆逐棲姫との距離を詰めに行く。当然ながら、阻む物も巻き込む物もなくなったので、駆逐棲姫は砲撃を行うべく狙いをつける。合わせて長月から一言飛んできた。

 

《左右対称に合わせろ》

 

 長月の右横につく。距離は二十メートル。二人でつくる複縦陣。

 駆逐棲姫が我には砲撃を、長月には魚雷を撃つ。まだ見てからでも避けれる距離。この時、避ける際に我は左前に、長月は右前に進んで回避。避けるだけでなく二人の進むラインを入れ替えて、駆逐棲姫の狙いをつける処理を遅延させる。

 

 速力をなるべく落とさずに次弾も回避──したが至近弾。

 着弾点から広がる爆炎を受けて、制服の表面がチリチリと焼けた。近づくほどに回避は難しくなる。駆逐棲姫と我の距離は初弾を撃たれる前と比べて半分。半分詰めるまでに二回撃たれたことから、このままだと残り二回は砲撃される。最後の一回は回避ができるかどうか……次に撃ったあとのリロードが終わる前に決着をつけるのが望ましい。

 

 右位置にきていた長月が我に左手を差し伸べる。

 

《私が引っ張ってやる》

 

 ああ、その方法があったか。

 我は長月の左斜め後ろにつき、手を握って速力を落とす。長月が引っ張ってくれているので、速力を少し落としても速度までは変わらない。

 

《この状態で回避はできるのか》

 

 駆逐棲姫を見ると、避けられやすい魚雷を使うのはやめて砲の調整にリソースを割いているようだ。二人で固まっていては、直撃や至近弾をまぬがれられるかは微妙だ。いっそのこと、長月を盾にするのもありか。

 

《避ける必要はない》

 

 長月はそう答えると、連装砲を右手で構える。続いて、駆逐棲姫と長月の砲が同時に砲火。放たれたそれぞれの砲弾は空気を切り裂く唸りをあげながら飛翔。すれ違うことなく弾頭が正面から激突して大きな爆発が生じた。

 

《行ってこい》

《言われるまでもない》

 

 落としていた速力を限界まで引き上げて、長月の横から飛び出す。速度が上乗せされて、先よりも移動速度は増す。ここで一つ気にかかる。

 

 いまの撃ち落としは駆逐艦にできるものなのか。長月は見てからではなく駆逐棲姫と同じタイミングに砲火していた。その予測計算に加えて、静止時と違って命中率が落ちる状態なのに射角も正確でどうにか接触させたのではなく、弾頭から当てている。しかも片手撃ちだ。

 経験が豊富とはいえ駆逐艦の処理性能で、そこまで可能とはあまり思えない。我でも全力を出さないままでは、長月のように正確な撃ち落としができるかどうか。全力であれば確実に可能な行為ではあるが。

 

 長月を抜き去っていく。この時、感づかれないように極力顔は動かさずに目だけで長月の瞳を確認。もしかしたら、と疑いをかけて。

 

 瞳の色は──どこまでも澄んだ翠だった。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 目前にまで迫っている駆逐棲姫に集中する。狙うは一撃での決着。

 深海棲艦の中でも強い個体は艦娘のように自己修復の能力を持ち合わせている。駆逐棲姫もそうだ。修復速度はたいしたことはないが、いまは時間が残されていないので戦闘が少しでも長引くのは都合が悪い。そうでなくてもダラダラとやりあう気はない。

 そのためには頭を潰すのが一番だ。確実に破壊するべく肉薄する。ここにきて、駆逐棲姫はリロードが終わったらしく我を砲撃しようとする。

 

「手遅れだ」

 

 直前で腰をかがめて懐に入り、右腕の連装砲で駆逐棲姫の左腕を上に弾く。

 轟音と共に、なにもしなければ我を撃っていたであろう砲弾は上空へと消えた。

 駆逐棲姫と視線がぶつかる。我の中を見透かすように、深い青紫に輝く瞳。輝いているのにどこまでも暗い瞳。

 

「我は、お前ではない」

 

 左腕の連装砲を駆逐棲姫の首元に突き付けた。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

 首から上がなくなった駆逐棲姫が沈んでいく。沈みきる最期までは眺めずに、踵を返す。

 我はみんながいるところに帰る。振り返りはしない。過去の我は死んだ。これからは、艦娘と共に生きていく。仲間と共に生きていく。我は孤独ではない。

 

 

 戻ると、皐月は回復して動けるようになっており、残っていた駆逐級もあらかた片付いていた。残っていた分は我と長月も加勢して殲滅。時間としてはギリギリではあったが、後続との会敵なしに撤退を開始できた。

 後続との距離が取れて安全を確保できてから、我は通信をおこなった。

 

《我のミスで皐月を傷つけてしまった。すまない、我が悪かった》

《ほんとに気にしなくていいって。ボクは無事だしさ》

 

 皐月は上っ面ではなく本気で言っている。文月と望月も続けてフォローしてくる。

 

《気にしすぎないのも良くないけど……菊月ならその辺は理解してるって思えるしね》

《遠征で駆逐級と戦ったとはいえ、今回が菊月の初出撃だからねぇ。ミスったにしても、長月と二人で駆逐棲姫を轟沈させたんだからじゅーぶんにやってるよ》

 

 なんだか気をつかわれてしまった。三人は優しすぎる。我は攻めてもらっても構わないのだが。

 謝るついで、というわけではないが我自身の為にもハッキリとしておくことがある。艦娘でも深海棲艦でもない、我が持っていなかった戦う理由を。生きる理由を。

 

《言っておきたいことがある》

《なになにー》

 

 言葉を返してきたのは文月だけでも他の艦娘も聞く姿勢はとっている。

 

《我は仲間と共に生きるために戦う。仲間を守るために戦う。そう決めた》

 

 皐月、文月、望月は我の仲間だ。他だと千歳も仲間と言えるか。長月はハッキリしないな。いずれにせよ、これから友人や仲間と言える艦娘は増えていくかもしれない。

 

 我は仲間のために戦う。だから、仲間の敵は我の敵。我の仲間に手を出す者は敵。我から仲間を奪い一人にするような存在は敵。相手は深海棲艦に限った話ではない。我の仲間を傷つけたり奪い去ろうとするのが人間であっても敵だ。艦娘である我の仲間が守る対象だろうと関係ない。我が味方するのは仲間である艦娘であって人間ではない。我は艦娘と違って人間を殺すことができる。止める命令や自制はないし、人間を守る気がないのは今だって変わらない。人間たちが死のうが減ろうが知ったことか。興味も好意も親しみもないし持てない。艦娘と共に戦い、生きることで結果的に守ることになる程度だ。

 

《どしたの急に?》

《なんとなく、言いたくなっただけだ》

 

 望月の疑問にそれだけで答える。真意なんてわかってもらわなくてもいいのだから。

 

 ふと気になって、頬に手を当ててみた。ふむ、どうやら……我は微笑んでいるようだ。

 

 

  ◆ ◆ ◆

 

 

 私は旗艦として報告しに行く必要がある、と言って他の者を先に補給と入渠(にゅうきょ)をさせにいった。

 抜錨場に私一人だけ。周りには誰もいない。

 

「クソっ!」

 

 感情にまかせて、地べたに置かれていた艦装を蹴り飛ばす。他の艦装にぶつかり、甲高い金属音が鳴った。

 

「どうしてアイツなんだ!」

 

 怒りが湧く。それと一緒に別の想いも出てくる。

 

「……諦める切っ掛けにはなったか」

 


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