お茶飲んでそう(小並感)
簡単な仕事のはずだった。
司令部は戦艦ル級の下に軽空母を二隻もぶら下げて敵艦隊に対して万全の対策を講じた上で我らをこの海域に送り出した。ヌ級からは盛んに索敵機と対潜哨戒機を飛ばし、新型のASDIC(アクティブソナー)、HF-DF(方向探知機)を備えた駆逐艦二隻は艦隊前方を猫の子一匹逃さぬ構えで聞き耳を立てていた。
一体何をどう間違えたのか。
油をケチらずに艦隊速力をせめて二桁にしてジグザグ航行をするべきだったのか?
スクリーンシップとして前衛に配置していた駆逐艦たちをヌ級の横に盾よろしく置いておくべきだったのか?
幸か不幸か、生き残ったリ級はため息を吐いた。
どの道今更後悔しようと無駄である事は確かである。
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早朝、夜明けの空が美しく、空気の美味しい時間帯にル級率いる機動部隊は、司令部に言い渡された哨戒区をぐるぐると回り続ける欠伸の出るような任務を継続中であった。
数ヶ月前に手ひどい損害を受けて以降よほど懲りたのか艦娘は一切姿を現していない。
おかげで戦争中とは言い難いほどにはこの海域は静かであった。
見渡せど見渡せど何の変哲もない大海原。代わり映えのしない景色を延々と眺めながらただひたすらに航行を続けるのである。
しかも徹夜で。いくら船だと言っても人間のような意識が存在している以上、辛いものを感じるのだ。
夜通しの航行で流石に若干の疲れを覚えたリ級が艦隊前方から視線を逸らし、東の空の曙色をぼんやりと見つめた。
その直後の事である。
艦隊前衛の駆逐艦がにわかに騒ぎ出し、続けて後続の各艦に魚雷接近中の一報が届けられた。
天気は快晴、海面は拍子抜けするほど凪いでいて、潜望鏡の類を見落とすようなコンディションでは無かった。
それにもかかわらず魚雷が来ているという。
なぜだろうか?
他の海域から撃ち漏らしの魚雷でも流れてきたのだろうか?
艦娘共の使う魚雷は謎の長射程を誇っているから水平線の向こうから来ても不思議ではない。
流れ弾であっても脅威である事には変わりなく、リ級は魚雷を回避すべく増速、転舵しようとしている僚艦たち同様に舵を動かそうとした...
一瞬の出来事であった。
轟音
衝撃波
リ級の眼前に突如としてドス黒い、水柱と形容するのも憚られるようなモノが二つ聳え立ち、リ級の身体にかつてヌ級の艤装を構成していたと思われる破片が降り注ぐ。
理解し難い状況に固まっていると、回避行動に移ろうとしていたル級のいる辺りに黒い水塊が再び現れた。
リ級が正気を取り戻し、水柱が消える頃には三隻の姿は既になく、海面には艤装の破片が散らばるのみ。
ル級、ヌ級が断末魔の悲鳴を上げる事もなく文字通り"轟沈"し、代わって艦隊の指揮をする事になったリ級は、理解の追いつかない頭で何とか対潜攻撃を命じ、駆逐艦に艦隊の周囲10kmを日没までくまなく捜索させたが、戦艦率いる艦隊を水雷戦隊レベルにまで痩せ細らせた元凶は痕跡すらも見つける事は叶わず...冒頭に戻る。
僚艦のうち戦艦1隻、軽母2隻のいわゆる『主力艦』が残らず消し飛び、旗艦の地位へと望まぬスピード出世を果たした重巡リ級は、未だに現実を受け止めきれていなかった。
魚雷の攻撃を受けたのは確かで、証拠に駆逐艦がハイドロフォンにて駛走音を聴知している。水上艦の放った魚雷の流れ弾ではなく、明らかに艦隊を狙った潜水艦による攻撃である事は狙ったように主力艦だけが沈んだ事により証明できる。潜水艦の潜望鏡が見えず、推進音が聞こえなかったのは恐らく先回りされて潜航、待ち伏せしており、艦隊が眼前を通過するタイミングで音を頼りに1km以内の至近距離にて聴音雷撃を実行したのであろう。
問題はあの威力だ。
駆逐艦が積むような61cm魚雷を使おうとも、魚雷一本が命中したところで空母は消し飛ぶ筈もなく、ましてや今回艦隊を襲ったのは潜水艦が装備している53.3cm魚雷で、炸薬量の差など考える必要もない。当然今回の件ではヌ級に複数の魚雷、最低でも一斉射分4〜6本が命中したと考えるべきである。
そして、雷撃前に距離を測定するためのアクティブソナーの音は聞こえなかった。
以上のことをまとめると今回の敵は、
艦隊の両側にて複数隻(最低でも4〜5隻)で待ち伏せし、
目標の大体の方向、大体の速力程度しか分からず、距離などは音の強弱をもとに経験と勘で判断するしか無いハイドロフォンのみを用いて魚雷を斉射、
『幸運にも』ヌ級二隻に計8〜12本の魚雷を同時着弾、爆沈させ、
逃げようとするル級にも戦艦の装甲を打ち抜くために相当数の魚雷を斉射、『幸運にも』ヌ級二隻と同じく同時に全て着弾させ、
『幸運にも』全艦探知されずに逃げ切ったと。
あまりに荒唐無稽、全くもって現実味のない話である、そう何度も『幸運』を連発されてたまるものか。
考えたところで消えた僚艦は戻ってこない。
それよりもまず気にするべき事は今後の事だ。
僅か数分で主力艦が全滅した事を司令部に報告しなければならない。
素直に言えば待っているのは同じく生き残った駆逐艦達と一緒に艦娘共の跳梁跋扈する最前線に送られる。
どうオブラートに包めば...
数時間悩んだ挙句、どんな分厚いオブラートに包んだところで事実は変わらないという結論に至り、胃の辺りを押さえながら、今頃南方の夜をのほほんと過ごしているであろう司令部に事の顛末を包み隠さず無線にて報告し、指示を待つ事にしたリ級はいくつかの事実を知らなかった。
今回の襲撃は...
たった一隻の潜水艦が、
僅か7本の魚雷で、
7.5kmという常識的に有り得ない長距離から成し遂げたものである事を
そして覚悟を決めて送った電文を受け取れる余裕が司令部には無かった事を。
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北緯19度18分
東経166度38分
第二次世界大戦前から冷戦終結までの長きにわたって米陸海軍の戦略上の拠点として使われ、太平洋戦争中は帝国海軍の占領により名前が変わったりと、吹けば飛ぶような小島にしては稀有な運命を歩んできたV字型の環礁州島。
冷戦終結により重要性が薄れ、歴史の狭間に消えていく運命にあったこの島...ウェーク島は、現在人類に対する新たな脅威となった深海棲艦に棲みつかれ、再び軍事拠点としての役割を与えられていた。
元いた住民は全員避難し、すっかり寂れた空港に付属する建造物。
そこに付近一帯の深海棲艦を束ねる司令部が置かれ、専用の通信機器やレーダーのPPIスコープが置かれたとある一室に司令部の長たる離島棲鬼は居て、
あまりの忙しさに目を回していた。
異変は朝から始まった。
早朝、まだまどろみの中にいた離島棲鬼は鬼の形相をした副官のル級に叩き起された。
慌てて作戦司令室へと出向けば『敵艦隊ミユ』『支援ヲ要請ス』『救援ヲ要請ス』『以後ノ行動不能』等の電文が怒涛の如く押し寄せているではないか。
短波無線の周波数帯は各艦隊毎に分けられているはずであったがあまりに送信数が多すぎて個々の電文の内容がはっきりと読み取れなくなっていた。
あまりの惨状に『中央』に問いただして見たものの、そこもパンクしているのかまともな返答を貰えなかった。
突如として始まった艦娘たちによる同時多発的な攻略作戦により、司令部はまともな対応を検討する暇もなくただただ混乱するばかりであった。
当然近くの海域を守る哨戒艦隊からの
"我潜水艦多数ニヨル攻撃ヲ受ク
旗艦タル戦艦及ビ軽空母二隻ヲ喪失ス"
などといった電文は読まれる事もなく放置され、
ついぞ離島棲鬼は自らを護る『装甲』が一枚一枚剥がされている現実を知ることは無かった。
海自艦相手にすると戦闘描写が短くなって困る。
戦闘描写長く描ける人は凄い。
ちなみにかの有名な伊号19潜のワスプ攻撃は900米程から魚雷をぶっ放してます。あんまり遠いと誤差が出ちゃうんですよね。
今回そうりゅうは7500米から魚雷を撃ってます。
現代の潜水艦ならそんなもんかってなりますが大戦中にしては有り得ません。
リ級さん可愛そ(爆)
そして今回の襲撃で弾薬700消し飛んでます。提督生きて