潜望鏡のレンズに映るのは満天の星空。
警戒ついでにチラリと後ろを見ればでかでかと聳え立つスノーケル。
BGMはディーゼル機関から発せられる騒音。
出航してから数日、俺は久々に充電の為に潜望鏡深度まで浮上していた。
数週間は潜れるとはいえ、潜航可能時間はなるべく長く取っておきたい。
ちなみに原潜なら数ヶ月は余裕だ。
......
こっちには天下の非大気依存機関があるもんね!いざとなれば更に二、三週間は潜れるもんね!
ちくしょう...
今も昔も変わらない。
飛行機や駆逐艦に怯えながらの夜間浮上は通常動力型潜水艦の宿命なのだ。
ちなみに大戦中の艦と違って対空レーダーは積んでおらず、頼りは潜望鏡付属のESMだけだ。
要するに敵のレーダー波等を逆探知する装置で、敵の駆逐艦だのがレーダーを使っていれば...
『ESM感あり、水上艦』
まあこうなる。
(距離は?)
『感度微弱、遠いです。気づいた様子はまだありません。スノーケルどうします?』
まだ大丈夫かな?
(引き続き警戒しつつスノーケル続行)
『了解』
復唱を聞きつつソーナーに耳を傾けるが、レーダー波の反応があった方向からは推進器の音は聞こえてこない。
こりゃ確かに遠いわ...何キロ先だ?
ともかく脅威は無いな。
(対空警戒は?)
『通信波、レーダー波共に感なし』
くどいようだが対空レーダーは積んでいない。
なのでレーダー非搭載の敵機が無線封鎖しながら飛んでくると発見が遅れる可能性がある。
まぁ深夜にスノーケル潜航してる潜水艦を目視だけで見つけるのはちょっと無理があるので心配はしていないが。
『ところで艦長、生存報告はしないのですか?』
あー...今のうちにやっとくか。
ちなみに生存報告はちゃんとやってる。
衛星通信システムで。
...鎮守府の通信機器は古いやつだから傍受不能と言ったな。
あれは嘘だ。
忘れてたんだ。
横須賀には旧海自の第2潜水隊群司令部があるって事を。
試してみたら使えたので出航後は専ら衛星通信を使用している。
敵はこんなシステム使ってないので傍受される心配もあまりないのだ。
もっとも艦娘も受信不能だが。
単独行動の利点というか何というか...
モールス用の送信機はまだ全然使えていない。
いつかどこかで長門と共同作戦でも出来ないかな...
そうこうしている内にどうやら充電が終わったらしい。
天気のいい星空だが、特に用もないので潜る。静粛性が売りの潜水艦だけにディーゼル機関のうるさい音は出来るだけ立てたくないのだ。
(スノーケルやめ)
『エンジンてーし、機関始動〜、スノーケル下げ』
(潜入角15、深度20まで潜航)
『ベント開く、潜舵下げ舵15』
暗い水の幕がせり上がっていき、潜望鏡の視界を黒く染めたところで潜望鏡を下げた。
『ぜんぼーつ、トリム良し』
もう数日行けば作戦海域だ。
油断だけしないように頑張ろう。
.........
......
...
作戦開始前日の深夜。
海域に侵入してしばらく進むとパッシブソーナーに反応があった。
数は6。
編成は軽空母が2、戦艦もしくは重巡が2隻、駆逐艦が2隻。
名前までは流石に分からない。
陣形は...多分輪形陣だ。
現在の相対距離は60km程。推進音が結構賑やかだったので遠くから聞き取れた。
『どうします?』
ちなみに言うとこの時点でもハープーン対艦ミサイルで攻撃ができる。
しかし今回の作戦はある程度目標を選ぶ必要があるので使わない事にする。
そもそも攻撃開始時刻が明朝の0500と決められているから発射はできない。
(潜航したまま先回りして攻撃位置に着こう、艦の特定もよろしく)
『りょーかい。転舵30、機関ぞうそーく』
ついでに潜っとくか。
深度20でも見つかるとは思えんが...念には念を入れよう。
(深度80まで潜航、潜入角30度)
『ベント開く、潜舵下げ舵30』
復唱が聞こえると同時に身体が前に傾き、スクリューに押されるままに海中に潜ってゆく。
深度が深くなるにつれて周囲が薄暗くなっていき、自分の艤装と周囲の海水との境の区別がつかなくなってゆく。
視界はほぼゼロ。パッシブソーナーを頼りにじわじわと敵艦隊との距離を詰めてゆく。
相対距離が半分ほどになった頃に敵艦の種別が判明。それからさらに近づくと陣形の詳細も明らかになった。
編成は軽空母ヌ級2隻、戦艦ル級と重巡リ級が1隻ずつ。そして駆逐イ級が2隻。
陣形はヌ級2隻を中心に前方をル級、後ろにリ級が配置。その4隻が主体で、前衛にイ級2隻が配置されている。
この時点で距離は15km程に近づいていたので妖精さん達に「魚雷戦用意」を命じた。
少し速度を落として粛々と潜航することしばらく、漸く視認できる距離になったので潜望鏡深度まで浮上した。
(潜望鏡、上げ...マーク、下げ)
海面にひょこりと出して敵艦隊を視認すると同時に下げる。あとはモニター確認だ。目を瞑れば脳内に潜望鏡で見た光景が再生される。
時刻は午前4時。
明け方の水平線、右舷70°に無防備にも直進してくる敵艦隊が見えた。
我ながらいい位置につけたと思う。
(距離は?)
『10000です』
(的速は?)
『6ノット変わらず』
だいぶ遅いな...
『対潜警戒中なのでは?』
それもそうか?
パッシブソーナーは自艦の速度があまり早いと海流の音により聞き取り辛くなる。
しかし空母はある程度速度が欲しかったような気がしたんだが...
まあいい。遅いのはこちらにとっても好都合だ。
さて、始めるか。
(このままの位置で待機、作戦開始時刻の0500になり次第、先程潜望鏡で視認した敵艦隊の軽空母2隻と戦艦1隻に対し魚雷による攻撃を実施する。なおこれより敵戦艦をS(シエラ)1、軽空母2隻を本艦右舷側よりそれぞれS2、3と呼称。重巡についてはS4、駆逐艦をS5、6と呼称する。)
『了解』
(魚雷1、2番管はS2に、3、4番管はS3に着弾させる。再装填完了後1、5、6番管にてS1を攻撃する。)
ヌ級2隻を攻撃した後、比較的足の遅い戦艦に魚雷を撃ち込む。
攻撃後は機関最微速でこっそりトンズラだ。
『だいぶ指示に慣れましたな』
やかましい。
『目標の呼称米海軍式にしたんですね』
かっこいいからいいだろ。
粗方やる事を決めた後は動くだけだ。
(機関最微速)
『機関最微速』
速力を抑え、ただでさえ聞こえづらくなって居たハイスキュードペラのキャビテーションノイズが更に小さくなる。
現代潜水艦の本気だ。
これで気づかれたら若干凹む。
徐々に大きくなってゆく敵艦隊のスクリュー音を聞きながらじりじりと距離を詰めてゆく。
『距離7500』
(暫く待機)
多分潜望鏡を上げればいい具合に敵艦隊が見えていると思う。
だがまだ待機だ。
『現在時刻0450』
暫く待っているとちょうど良い時間になった。
(潜望鏡上げ、視認、下げ)
最後の仕上げとばかりに潜望鏡を一瞬上げて確認する。
照準線の向こうに前方を横切ろうとする敵艦隊を捉えた。
こちらに気づいた様子は皆無である。
(1〜6番管発射始め)
『発射管に注水、前扉解放』
かすかな作動音とともに、右手に固定された艦首発射管の扉が開く。
『1〜6番管発射始めよし』
後に残った指示はこれだけ。
(1〜4番、てー!)
『セット、シュート!』
2本ずつ、合計4本の魚雷が目標めがけて真っ直ぐ進んでゆく。
『ウェイポイントを通過』
『魚雷、目標を探知』
(S5、6は?)
『反応無し...いや、舵を動かしてます。取舵です』
勘のいい奴らだ。
『魚雷まもなく命中』
やっと舵の効き始めた駆逐艦から報告を受けたのか軽空母二隻からも舵を動かす音が聞こえた。
手遅れだけどね。
直後にくぐもった爆発音がこちらまで響いてきた。
『炸裂音4』
(1番管再装填後5、6番とともにS1に発射)
『了解』
ここで漸く残存の敵艦隊が動き始めた。
ル級は増速、リ級はジグザグ航行を始め、艦隊前方で横隊を組んで対潜警戒をして居たイ級は両方ともこちらへ向けてアクティブソーナーのターンターンという金属音を鳴らしながら向かって来る
『S5、6からソーナー音、本艦を探知した様子はありません』
だろうな。
探知してみろってんだ。
『再装填完了、1番管発射始めよし』
『1、5、6番、てー!』
報告を聞き次第間髪入れずに魚雷を放つ。
大型艦ゆえかなかなか増速出来ず、未だにもたついているS1ことル級めがけて3本の魚雷が駛走して行く。
この3本も有線誘導無し、打ちっ放しだ。
後は逃げよう。
戦果の確認はしない。
戦い方が地味?
駆逐艦に発見でもされない限り現代の潜水艦の戦い方はこのようないまいち盛り上がりの欠けるものになる。
(前進最微速、取り舵260、潜入角45度で深度200まで潜航)
『とーりかーじ』
『S1の撃沈を確認』
爆発音や鋼材のひしゃげる音、ターンターンと的外れな方向に放たれる探信音を尻目に深く深く潜って行く。
多分今頃は南方のあっちこっちで戦闘が始まってる頃だろう。
俺も頑張らなきゃな...
これ以降ソーナーで探知した目標をSierra(シエラ)、レーダーで探知した目標をMaster(マスター)、ESMで探知した目標をEco(エコーとします)
現状それぞれをS、M、Eと書いてますが分かりにくい時はカタカナにします。
サイレントハンターとコールドウォーターズやりすぎてもろもろごっちゃになってる...交戦距離が近いもんなぁ...1桁キロヤードなんて目と鼻の先だもんなぁ...たぶんもうほとんど潜望鏡を使う事はないだろう...