潜水艦に乗り込む人ならば必ずと言っていいほど知っているであろう言葉の中に、「Know your Boat(己の艦を知れ)」という物がある。まあ俺がその「艦」なんだが...
艦内の全ての乗員が1つになって任務をこなす潜水艦乗組員は、自分の乗る艦の構造などを細かく知っておかなければならない。特にその乗員達をまとめて全ての指示を出す艦長は、的確な指示をするためにも艦の事はもちろん、戦術や運用方法についても隅々まで知っておく必要がある。
全乗組員の命がかかってるからな...
そして俺は少し前までただのミリヲタだった。潜水艦に関しては超のつく素人だ、戦術や運用の方法、指示の出し方なんてほとんど分からない。なのに艦長をやってる...
このままではまずい。
今のところ妖精さんの努力でなんとかなってるが、何かあった時に適切な指示が出せないようでは命に関わる。
だから「自分」の事について勉強をしようと思う。
まあ少し知識を蓄えたところで本職の人には遠く及ばないだろうが...今よりはましになるかも知れない。
てなわけで早速。
「総員艦の外にて整列」
艦長たる者「乗員」のことを知らなくては話にならん。
床に置いてある艤装の正面に座り、出てくるよう指示を出す。
すると艤装の真ん中辺りのハッチ(中部昇降塔かな?)が開き、中から海自の作業服を着た妖精さんがぞろぞろ出てきた。お、多いな...
妖精さん達は床に降り立つと、テキパキとした動きで横隊を組んだ。そしてその中から1人が前に出てきて敬礼をする。
『副長以下64人、欠員なしです』
行動はえぇ...さすが本職...
「うん、早速なんだが...」
それから色々な事を聞いた。だいぶ「妖精」という存在が理解できたと思う。
妖精というのは基本1つの艤装に「艦」だった頃と同じ人数憑依しており、役割は一人一人違うらしい。ここら辺は人間が運用する艦艇と同じようだ...要するに戦艦「大和」の艤装には2800人ほどの妖精がいるという事だ。うわぁ...
「人間」と違うところはここからで、妖精には名前が無い。副長なら「副長」、水雷科の幹部以下の妖精なら「水雷科妖精」役職名だけで個人名が無いのである。
顔と名前を覚えようと思い、全員を呼び出したが必要がなくなってしまった...
それに加えて、妖精は食事をとらなくても大丈夫だそうだ。もちろんそれに伴う生理現象...トイレも必要なし。睡眠については俺が眠るタイミングでとるらしい。なんか便利だな...
だいたい質問が終わり、最後に
「こんな素人の俺だがこれからもよろしく頼む」
と言うと、妖精さん達は敬礼をして艦内へ戻っていった。
さて、次は......
ー提督サイドー
「今日はどうした?」
目の前にはそうりゅうがいる。なんか雰囲気が変わったような...
どうも最近ノートと鉛筆を持ち毎日のように「資料室」に入り浸り、潜水艦関係の本を片っ端から読んでいるらしい。
陣形の勉強をしようと資料室に入ろうとしたが、室内でそうりゅうがブツブツと何かを呟き、虚ろな目をしながらノートに字を書いているのを見て怖くなって引き返したと言ってきた駆逐艦もいたな...出撃させた方がいいのか?いやでも弾薬が...
「提督、頼みがある」
実は着任して結構な日数が立っているものの、そうりゅうには出撃はおろか演習さえさせていない。こいつの使う魚雷は1発につき弾薬を100も消費する。こんなに扱いづらい艦は初めてだ...
「お、おう。どうした?」
「俺に長期航海の許可をくれ」
...?出撃とかじゃなくてか?
「...理由は?」
「1つめは音紋採集、敵味方両方だ。各艦の出す音のデータがなければ敵味方の区別ができず、作戦に支障が出るからな...隠密性が売りの潜水艦がいちいち潜望鏡を海面に出していたのでは意味が無い。2つめは練度の向上のために訓練をしたいからだ」
く、訓練?こいつ鎮守府の資材を吹き飛ばすつもりか⁈
「お前はあの弾薬消費量を忘れたのか?」
「潜水艦の魚雷は進歩している。魚雷が自分から目標に向かってくれる俺の場合は『どうすれば魚雷が命中するか』より『どうすれば気付かれずに魚雷を発射できるか』ということの方が重要だ。魚雷を撃たない訓練はいくらでもできる。あんたも海自でさんざんやっただろう?」
なるほど...そういえばこいつは普通の艦とは違ったな...
「艦娘」が使う主な兵器は第二次大戦の頃の物だ、だがこいつが使う兵器はそれから70年後の代物だ。
まず1発撃って、それを元に照準を修正する当時の砲や、扇状に放って命中率を上げる当時の魚雷と違い、現代の砲、魚雷は妨害が無い限り百発百中は当たり前。よって「撃ってから」の事より「撃つまで」の過程の方が大切になってくるのは当然だ。すっかり忘れていたな...
うん?まてよ?
「もしかしてその訓練、敵に対してもやるつもりか?」
敵味方両方の音紋、と言ってたからな...まさかとは思うが...
「ああ、そうだ」
おいおい...それ訓練になってないぞ?
「...いくらなんでも危険ではないか?」
「潜航中の俺の事を探知できる敵がいたらそいつは化け物だ」
いや確かにそれはそうだが本物の敵相手に訓練とは...まぁいいか?
「...分かった。許可しよう」
「行動計画は後日提出する」
何もさせないのはさすがにかわいそうだよな...訓練ぐらいは許可しないとな。
そうりゅうが執務室から出て行くのを見送った俺は中断していた書類作業を再開した...
次話からやっと海に出ます。