ちんじゅふを つくろう! 作:TNK
戦艦金剛。
イギリスの弩級戦艦ドレッドノートによって起きたドレッドノート・ショックを受けてヴィッカース社で製造された巡洋戦艦である。
幾度と無く旧式化し、そのたびに近代化改装を受けて最前線で戦ってきた。
所謂、古強者である。
その彼女が今、強烈な敵意を向けながらこちらに砲を向けている。
その敵意を一切介せず、所長が僕の隣まで来る。
「所長……これは?」
「どぉーうですかどうですか!
この奇跡を!」
「戦艦ル級から発見された、奇妙な反射光を放つ物体!
それに触れた途端まばゆい閃光が起こり、この献体が現れた!」
「あの物体に何が有るのか!
何故触ってこの献体が出現したのか!
そしてこの献体は何者か!
何故言葉が通じるのか!
その言葉は本当に通じているのか!
通常の深海棲艦と違って、攻撃性も薄い!」
「さて、君!
君はどう思う、この不可思議な現象を!」
直後、発砲。
嬉々とこちらを向いて解説する所長の背後、防弾性すら有りそうなほど分厚い扉がへし曲がり、その用を足さなくなる。
「……攻撃性が、薄い、ですか?」
「薄いですとも!!
深海棲艦は警告も威嚇射撃もしません!!
すでに実験済みですとも!!!
……あ、これは内緒にしてくださいね?
無許可で連れて来ちゃった時の話なんですが、未だに隠してるので。
……ああ、もう処分済みですのであなたに体験させてあげる事が出来ないのですよ、申し訳ない」
「いや僕が何時そんな事頼みましたよ」
「……あなたの姿は、何度か見ていマス。
この建物で最も偉い人、デスネ?
私はココから出マス。
追手を出したりしたら、撃ちマス。
邪魔しないでくだサイ」
金剛は険しい顔をしながら、こちらに向かって歩き出した。
「さあ、ソコを退いてくだサイ」
「……所長、何故ここに彼女を閉じ込めていられたんですか?」
「なぁに、それは簡単!!
同じように脱出しようとした時が一度あったのですが、その時に彼女が撃つと言うのでね、機具もないし威力を身を持って検証しようとしたのです!!
そうしたら彼女は戸惑って撃たなかったのですよ、その隙に他の職員が捕縛してしまったのです。
いやはや返す返すもあれは残念でした。
あ、今からでも撃ちません?」
「生憎デスガあなたに奢ってやる様な弾は1shotも有りませんヨ。
お喋りは後でじっくりすればいいでショウ。
速く退きなサイ」
所長と話している間に、金剛はもう数歩歩いて手を伸ばせば届きそうなほどに近づいていた。
あ、こめかみに青筋立ってる。
「待ってください、あなたはどうしてここを出ようとしているのですか?」
「……私にはやる事が有りマス。
水底より目覚め、人の身となり、そしてまた人の為にやるべき事ガ。
記憶の根底に刻み込まれた使命ガ。
ココに居てはその使命が果たせない処か、いずれは何も出来ないまま、また"沈んで"しまうデショウ。
ココに運び込まれたという、ヤツラと同じようニ」
「ほう、人の為と言いますか!
では献体よ、あなたの想像している通り実験台となりなさい!
仮に献体よ、あなたが英雄の如き活躍をした所であなたを調べる事で手に入る知識と、それによって生み出されるであろう物には届かない!
あなたは奇跡だ、希望だ、だがたった一つでしかないのだ、あなたのような存在がまた生まれるとは限らないのだ。
少しでも人と言う存在の事を知っているのならば解るでしょう。
人は正しくあなたのような、奇跡などと呼ばれるような不安定な物の中から法則性を読み取り、普遍的な物へと変えて自らの武器とするのだ。
本当に人の為と言うのであれば、今戦うよりも、明日の武器となりなさい!
この私の頭脳に掛けて、あなたの存在を使い切り、確かな明日へ繋げると約束しましょう」
「……本当ニ?」
金剛の意志が揺れているのが、見て取れるようだった。
確かに、所長の言う事は事実だった。
どれだけ強かろうと、一人が戦うのと大多数が戦うのとでは大きな差が有る。
そして、所長は確かに金剛を使い切り、人々の役に立てるのだろう。
伊達や酔狂で、このような立場になれる訳が無いのだから。
人造の艦娘か、あるいは僕の知らない別の形の何かか。
どちらにせよ、人類は新たな武器を手に入れる事となる。
『いえ、お気になさらず。
私としても、彼女たちのような存在をただの兵器として扱う未来など、願い下げですので』
でも、僕が此処に居る理由を考えれば。
僕のしてきたことを考えれば。
僕はそれを肯定する訳にはいかない。
「待ってください。
彼女の……彼女達の発生の法則性は、既に掴んでいます。
ですので、彼女が実験台になる必要はありません」
「……君は、情に掉さされたのですか?」
所長が冷えた目でこちらを見てくる。
「はい。
ですが、法則性を掴んでいるのは事実です。
これまで彼女達が出現しなかったのは、艦砲による火力過多と遠距離よりの殲滅により回収が出来なかったからです。
ですので、同等程度の火力……丁度彼女達が深海棲艦を倒せば、件の欠片は破壊されず、回収出来ます」
「……アナタは、何故そんな事を知っているのですカ。
何者なんですカ」
心底驚いたような眼で、金剛がこちらを見る。
「僕が、あなたのような存在の……艦娘の、提督だからですよ。
金剛さん」
「……成程。
君がここに来たのは、それが理由ですか。
では、詳しく聞かせて貰いましょう」
所長の眼鏡が、鈍く光った。
「……ほう、ほう。
なるほど、なるほど……。
君は、実に優秀ですな。
ここの所員など話にもならない」
僕のこれまでの事について端的に話していると、気が付けば、自然と三人とも地べたに座り込み車座を組んでいた。
所長は胡坐をかいて腕を組み、金剛は女の子座りをしながら僕と所長に砲塔を向けている。
「……仮にアナタが私達の出自を知っていたとシテモ。
何デ、アナタは私の名前が解ったんデスカ?」
「その艤装の構造を見て解りました」
「艤装、と?
ああ、成程、船の方のですか。
この情報があれば、ともすれば深海棲艦の武装の研究も進捗するやもしれませんな」
うんうんと頷き、そして所長は僕を見る。
「……どうせ、君はその事について新しい情報を得たくて来たのでしょう。
しかし、生憎と君が持っている情報の方が格段に多いようだ。
……交渉と行きましょう。
私はあなたの情報が欲しい、これまでの物も、これからの物も!
代わりにそれらによる研究結果と……研究結果と、この……くぅ。
この献体の身柄を……うぅー、うう。
身柄を、引き渡しましょう……」
散々、散々迷った挙句。
所長はその言葉を口にした。
それに反応し、そっぽを向いていた金剛が僕を見る。
「アナタ……島風と鳳翔を、知っているのデスカ?」
「はい、良く知っていますよ。
今は出向している身の上ですので、別の所で待たせていますが」
「……アナタと共に行けば、私は戦えまスカ?」
「戦う事もやってもらいますが、後続の環境を整備する為に色々とやってもらいます」
「……この男みたいに、最後はポイですカ?」
二門の砲がどちらもこちらを向く。
色々、で反応したらしい。
「いいえ、そんな事はしません。
そうする気ならば僕は所長の事を止めたりはしませんよ。
艦娘達の戦う地盤を整える。
その中にはあなたも……金剛さんも入っています」
「……解りまシタ。
一先ずはアナタと共に行きまショウ。
島風や鳳翔に危害を加えタラ……」
「その時は、撃っても構いませんよ」
くぅ。
「……その前に、まずは腹ごしらえ、ですかね?」
顔を真っ赤にした金剛に、僕は微笑みながらそう言った。
「ほう、無補給での連続稼働時間は一か月が限度ですか」
「金剛さん、とりあえず所長が無制限で奢ってくれるそうですから色々買いましょうか」
僕は、微笑みながら、そう言った。