【完結】弟子零号の聖杯戦争!!   作:冬月之雪猫

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第六話「遠坂さんの家も大変そうッス!」

 通信用の魔術礼装から響く言峰璃正からの苦言を遠坂時臣は沈痛な面持ちで聞いていた。

 発端は昨夜のサーヴァント戦。ランサーによる無差別な挑発行為から始まった一連の戦いは倉庫街のみならず、新都の繁華街やビル郡にも多大な被害を与えた。

 目撃者の数も多く、戦闘終了と共に聖堂教会と魔術協会が揃って隠蔽活動に奔走する事になった。

『――――港の倉庫街が全壊した事で、貿易会社はもちろん、小売業者や物流業者にも多大な損害が出た。それに、ビル三棟が崩壊した事で幾つかの大企業が独自に調査隊を送り込もうとしている。警察組織や自衛隊まで動き始めている始末だ』

 どちらの組織も国の中枢深くに根を張っている。それでも、隠蔽が儘ならない程の被害が出てしまった。

 その大部分の責任が時臣の召喚したサーヴァントに起因する。倉庫街はともかく、新都に被害を齎したのは他でもないセイバーだ。

『時臣君。これ以上は庇い切れん』

 父の代から親しくしている恩人の言葉を時臣は重く受け止めた。

 かの王の不興を買わぬ為に臣下の礼を示し、行動を縛る真似は一切しなかった。その結果がこのザマだ。

 セイバーの力があれば、勝利は揺るがない。だが、魔術師として最低限守らなければならないルールを破る事は遠坂家の沽券にも関わる。

「……申し訳ありません。サーヴァントにはキツく言い含めておきますので」

『頼むぞ。この手で君を罰したくはない』

「お心添え、感謝致します」

 通信を終え、時臣は眉間に皺を寄せながら令呪に視線を落とした。

 三度に限り、サーヴァントに対して如何なる命令でも従わせる事が出来る絶対命令権。

 これを使い、セイバーに戒めの鎖を付与する。恐らく、彼も反抗するだろうが、結局はサーヴァントだ。令呪には逆らえないし、マスターを失う事の危険性は熟知している筈。安易に裏切るような真似はしないだろう。

「――――ほう、令呪を使う気か」

 時臣は目を見開いた。

 いったい、いつからそこに居たのか分からない。セイバーは部屋の壁に背を預け、愉しげな笑みを浮かべていた。

「遠慮する必要はない。使うがいい」

「……英雄王」

 自害すら強要出来る令呪の発動はサーヴァントにとって不快な事である筈。にも関わらず、彼の表情には余裕がある。

 時臣はゴクリと唾を飲み込むと、励起状態の令呪を鎮めた。

「なんだ、使わないのか?」

 時臣は静かに頭を下げた。

「御無礼を働いた事、伏してお詫び申し上げます」

 その言葉にセイバーは鼻を鳴らした。

「つまらん。お前は実につまらない男だ。確かに、我に令呪など効かん。三つ全てを使い潰したところで指一本の自由すら奪えん。だが、そのくらいの気骨を見せて欲しかった」

「申し訳ありません」

「責めてはいないぞ、時臣。ただ、つまらん。そう言っただけだ」

 セイバーは時臣から視線を外すと、わざわざ扉を開けて出て行った。

 去り際に、

「お前の意を汲んで、暫しの間は大人しくしておいてやる」

 そう言い残して……。

 時臣は不思議と空虚な気分に陥っていた。まるで、父親に見放された子供のような心境になり、体が震えた。

「……私は」

 

 ◇

 

 一週間前――――。

 セイバーを召喚した翌日、時臣は彼に頭を下げた。

「どうか、御身の力をお貸し頂きたい」

 大聖杯の下で行われた英霊召喚。その調査を行う為にはサーヴァントの対策が不可欠であり、サーヴァントに対抗する為にはサーヴァントの力が必要だった。

 機嫌を損ねないよう、慎重に言葉を選びながら調査への協力を要請すると、セイバーはあっけなく引き受けてくれた。

「大聖杯……。この戦いのシステムの根幹には我も興味がある。それに召喚者の頼み事とあっては無碍にも出来ぬ。何処へなりとも連れて行くが良い。貴様の身の安全は我が保証しよう」

 その頼もしい言葉の通り、セイバーは大聖杯へ向かう道中、片時も時臣の傍を離れず周囲を警戒した。思いがけず好意的な態度に時臣は内心で驚きつつも嬉しく思った。

 サーヴァントを使役する上で一番警戒しなければいけない事は裏切りだ。過去、三度の戦いの中でも自身のサーヴァントに反逆され殺されたマスターがいた。

 人類最古の王という主人への忠誠心から最も縁遠い存在を召喚すると決めた時点で信頼関係を築く事など不可能だと考えていた。

 故にこれは嬉しい誤算というものだ。

「随分と面倒な場所にあるのだな……」

 山道から外れ、獣道を進む最中、セイバーはぶつくさと文句を言い始めた。

「申し訳ありません。今、道を開きますので……」

「構わん。それよりも蟲共が騒がしいな」

 そう呟くと、彼の背後に黄金の波紋が生じた。そこから一本の剣が姿を見せる。

「穢らわしい」

 剣を振ると、どこからか罅割れた悲鳴が轟いた。

 刀身に極大の呪詛を纏う剣は蟲共の主が伸ばす触手を断ち、そのラインを辿って侵食していき群体に死を振りまいた。

「……マキリの老獪か」

「さっさと行くぞ」

 数百年を生きた妖怪を事も無げに殺したセイバーは足を止める時臣に声を掛けた。

「……ええ、参りましょう」

 地下に降りると、その生暖かい空気にセイバーは顔を顰め、二人分の清浄な空気の泡を創り出した。

 水中や宇宙空間でさえ快適に過ごす事を可能とする宝具に感嘆の声を上げる時臣。

 長い道のりの中、セイバーは時臣の反応を楽しむ為に様々な宝具を展開した。

 堅物を飛び上がる程驚かせたり、真っ青になる程怖がらせたり、面白い反応を引き出す為に湯水の如く宝具を使った。

 おかげで洞窟内はサーヴァントですら迂闊に立ち入る事の出来ない異界が出来上がってしまった。

「……え、英雄王。帰り道は大丈夫なのですか……?」

 背後には無数の眼球や触手が蠢いている。その向こう側には最高級の宝石で作られた彫刻や落ちたら二度と這い上がれない大迷宮への入り口だとか、とんでもない物がゴロゴロと転がっている。

「案ずるな。帰りはもっと面白い事をしてやる」

「……か、感謝致します」

 明らかに浮かない顔をする時臣を見て、セイバーは実に楽しそうな笑みを浮かべた。

「さて、そろそろ見えてくる頃合いか?」

「ええ、その筈ですが……ッ」

 唐突に空間が広がり、その先に聳え立つ黒い光の柱を見て、時臣は言葉を失った。

 禍々しい呪いの渦。清廉である筈の大聖杯が異常をきたしていた。

「……こ、これは」

 真っ先に思い浮かべたのはここで英霊召喚を行った何者かの事。

「一体、何を……」

 その隣でセイバーは舌を打った。

「度し難い……」

 セイバーは蔵から幾つかの宝具を取り出した。

「ど、どうされるおつもりですか?」

「知れたこと。折角の血沸き肉踊る戦いの舞台に無粋な要素など要らぬ」

 セイバーの目は大聖杯に起きている現象の正体を完璧に看破していた。

「まさか、破壊するつもりですか!?」

「戯け、それでは折角の戦いが始まる前に終わってしまうではないか。そうではない。それに、このままではお前の願いも叶わぬだろう」

 そう言って、セイバーは次々に宝具を展開した。

「コレの中では紛い物とはいえ、魔王が胎動している。それが聖杯を穢しているものの正体だ」

「魔王……?」

この世全ての悪(アンリ・マユ)だ」

「……それはゾロアスター教の?」

「その紛い物だ。だが、紛い物なりに本物になろうとした結果、人類数十億を殺す呪いの塊に変化したようだ。まったく、人間という輩はいつの時代も変わらんな。見たくないモノからは目を背け、背負いたくないモノは他者に押し付ける。どこまでも我侭な生き物よ」

 蔑むようにセイバーは暗黒の柱の先を見つめる。

「その果てがコレだ。哀れなものよ。そうあれと望まれ、成った後は疎まれる」

 暗黒の柱の中でナニカが悲鳴をあげた。

「この聖杯戦争(きせき)に感謝する事だな、アンリ・マユよ。貴様の前には(オレ)がいる。我が人類の欲望(キサマ)を律してやる」 

 世界がまだ、一つだった時代。神々は人間という種を律する為の装置(おう)創り(うみ)出した。

 人は弱い。自らの欲望さえ支配する事が出来ず、ふとした切っ掛けで同族すら殺す。

 自己の幸福を願いながら、他者に不幸を押し付ける。

 だから、彼は君臨したのだ。人類最古の王として――――。

「眠るがいい、悪性を望まれた者よ。この我が許す」

 暗黒の柱に黄金の光が広がっていく。禍々しさは神聖な輝きによって払拭され、洞窟内を清浄な空気が満たす。

 本来の機能を取り戻した聖杯を前に時臣は立ち尽くした。

 聖杯に干渉する事など、現代の魔術師には不可能な芸当だ。それを事も無げに……。

 

 ◆

 

 彼は律する側の者だ。令呪が効かぬ事など想定の内。

 それでも時臣にはソレしかなかった。縋っていた。

 何もしなくても勝利が転がり込んでくる。それを見越して英雄王を召喚した筈なのに、まるで激流の中を流され続けているような現状に虚脱感を覚えている。

 長年の研鑽も、代々伝わる魔術も、定石を踏まえて練った作戦すら必要とされない。

 偉大なる王に必要とされない。挙句、つまらないと失望された。

 まるで、子供が憧れのヒーローから侮蔑の視線を向けられたかのように時臣の心は苛まされた。

 

 人は光を求めずには要られない。一度(ひとたび)英雄王の輝きに目を奪われた者は逃れる事など出来ない。

「――――私はッ」

 時臣は扉を開いた。廊下の向こうに王の背中が見える。彼は立ち止まり、時臣の言葉を待った。

「セイバー!!」

「なんだ?」

「この戦いは私の戦いだ」

「それで?」

「これ以上、勝手な真似は許さない。戦いたいと言うのなら、戦いの場は私が用意する!」

「……そうか」

 セイバーは振り向いた。そこにさっきまでの失望の色はない。

 ただ、満足気な笑みを浮かべていた。

「ならば、期待しているぞ。我に相応しい決戦の舞台を用意せよ」

 そう言って、姿を晦ますセイバーに時臣は言った。

「おまかせを……」


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