【完結】弟子零号の聖杯戦争!!   作:冬月之雪猫

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第四話「正義の味方ッス!」

 アーチャーが現世に召喚されてから早一週間。街はいたって平和だ。まだ、サーヴァントが出揃っていないのだろう。

 今の彼には魔力を補給する手段が無い。霊体化して、魔力の消費を極力抑えるようにしているが、元の器が他の英霊達と比べて小さい為、大規模な戦闘を二回もこなせばストックが底をついてしまう。

 故に取れる手段は限られている。情報を集め、必殺の瞬間を待ち、全ての敵を一撃で仕留める。それしかない。

《彼女もこんな気分だったのかな》

 生前、彼は今と違う立場で聖杯戦争に挑んだ事がある。その頃は魔術師として、未熟者どころか素人に毛が生えた程度のものだった。ひょんな事からマスターになってしまい、召喚したサーヴァントはセイバー。見目麗しい少女だったが、その正体は伝承に名高き騎士の王、アーサー・ペンドラゴン。彼女も彼と同じようにマスターからの魔力供給を受ける事が出来ないまま戦いに身を投じた。

 彼女の苦労が今になって痛い程よく分かる。

《いや、オレは恵まれている方だな。少なくとも、藤ねえは自分から死にに行ったりはしないし……》

 思い付きで山篭りをしたり、いきなり大聖杯をぶっ壊そうと宣ったり、猪突猛進かと思いきや、藤村大河は現状を意外な程冷静に受け止めていた。間桐臓硯にても足も出なかった事をキチンと認め、同じような超常の力を持つ相手に無策で飛び込む事は無謀でしかないと納得している。

 若き日の彼とは大違いだ。彼も危険な事だと理解はしていた。けれど、納得は出来なかった。自分から危地へ飛び込んだ事も一度や二度じゃない。その時のセイバーの心情を思うと頭を抱えたくなる。

《……そう言えば、この辺を一緒に歩いたな》

 過去の記憶は守護者として過ごした長い年月の間に摩耗してしまった。それでも、意外と覚えている事も多い。

 多くの人に助けてもらった癖に、殆どの人の顔に靄がかかっている。そんな人でなしでも、義父(きりつぐ)の事やセイバーの事、義姉(イリヤ)の事、後輩(さくら)の事、そして、藤ねえの事だけは鮮明に思い出せる。

 彼はここで生まれ、ここで育った。高校卒業後は一度も戻る事の無かった故郷。ふとしたきっかけでついつい感慨に耽ってしまう。

《いかんな。切り替えねば……》

 切り捨てた過去に縋る事など許されない。それに、今は為すべき事に集中しなければいけない。

 思い浮かべるのは主たる少女の顔。彼女に不幸な顔など似合わない。いつも幸せな笑顔を浮かべていて欲しい。その為にも思い出に浸ったり、後悔している暇などない。

《……しかし、妙だな》

 聖杯戦争の開幕を待たずして、間桐臓硯の手の者が襲い掛かって来る事を懸念していたのだが、襲撃のないまま今に至る。

 マスターの実家は冬木市に根を張る極道組織。その影響力を警戒しているのかもしれない。

《雷画の爺さんは変わらないな》

 山から降りた直後の事を思い出して、思わず笑ってしまった。

 

 ◇

 

 大聖杯の眠る洞窟を後にして、山から降りた大河とアーチャーは真っ直ぐに藤村邸へ向かった。

 隣接する武家屋敷が未だもぬけの殻である事に安堵しつつ中に入ると、いきなり怒声を浴びせられた。

 いきなり山篭りをすると言って飛び出したおバカな孫娘に藤村雷画はまる一日掛けて説教をした。終わった頃には隣で霊体のまま聞いていたアーチャー共々グッタリとしてしまい、肝心な事を話せないまま一夜が過ぎた。

 翌日になって、大河が雷画を含む、藤村組の幹部を招集した。また、突飛な事を言い出すのではないかと身構えていた強面の男達に大河は山で起きた事を説明した。

「……とうとう、黄色い救急車を呼ぶ日が来たか」

 沈痛な面持ちで雷画は言った。

「ちょっと!?」

「冗談だ」

 フシャーと立ち上がる大河に雷画は笑い掛けた。

「それより、アーチャーとやら。居るなら顔を見せろ。それが礼儀だろう?」

 普通なら信じない与太話。それを雷画は当たり前のように受け入れた。他の幹部達の中には半信半疑だったり、懐疑的な目を向ける者もいるが、あからさまに嘘と決めつける者もいない。

 アーチャーは少しだけ迷った。彼らに真実を告げる事は大河が決めた事。アーチャーにしてみれば、一般人である彼らに魔術や神秘について教える事はいらぬ危険を招く可能性もあり、気が進まない。ここで姿を見せなければ大河の一人芝居という事で決着する筈だ。

「アーチャー」

 大河はまっすぐにアーチャーを見つめた。その揺らぎのない瞳を見て、アーチャーは降参だとばかりに霊体化を解いた。

 殆どの者が驚いたり、戸惑ったりしている中で、数人の幹部と雷画は顔色一つ変えずにアーチャーを見た。

「……失礼した。あまり、私の存在や魔術について、一般の者に説明する事は――――」

「バカモン!!」

 雷が落ちた。目を白黒させるアーチャーに雷画は言った。

「そんな事より先にする事があるだろう。俺の名前は藤村雷画。大河の祖父で、藤村組の組長をしている」

「あ、ああ。私はアーチャー。マスター……、タイガのサーヴァントだ」

 一気に幼い日へ立ち戻ったような気分。雷画は多少の事なら目を瞑るが、筋の通らない事をした時は本気で怒る。

「アーチャー……か、そいつは本名か?」

 アーチャーは顔を顰めた。

「違います。ただ、サーヴァントは基本的に――――」

「事情があるなら、事情があるの一言でいい! 言い訳をしようとするな!」

「……は、はい」

 理不尽過ぎる物言いなのに、反論する事が出来ない。

 幼き日に刻み込まれたトラウマが今尚彼に対して反抗的態度を取らせてくれない。取るつもりもないが……。

「……ふん、随分と素直だな。いい年した大人がそんなんでどうする!!」

「えぇ……」

 どうしろと言うんだ……。

「まあいい。それより、さっきの大河の話は本当なんだな?」

「え、ええ。全て、彼女の語った通りです」

「そうか……」

 突然、雷画が立ち上がった。他の幹部達も一斉に立ち上がり、アーチャーを取り囲む。

 不穏な空気を感じ、大河が口を開こうとした瞬間、彼らは一斉に頭を下げた。

「感謝するぞ、アーチャー。よくぞ、我が孫娘を救ってくれた」

「……ぁ」

 大河は口をぽかんと開けたまま凍りついた。

「出来の悪い孫だが、それでも俺にとっては命より大切な宝だ。よくぞ……、よくぞッ!」

「あ、頭を上げてくれ。私を召喚したのは彼女だ。彼女は自らの力で窮地を乗り切っただけの事。私は従者として当然の事をしただけなんだ。だから――――」

「……すまん」

 顔を上げると、雷画は幹部達に幾つかの命令を下して追い出した。どうやら、アーチャーの為に食事の席を設けるつもりのようだ。

 断るのも失礼だと感じ、アーチャーは素直に受け入れた。

 

 ◆

 

 あの後、雷画はアーチャーに聖杯戦争の事を詳しく聞いてきた。

 魔術協会や聖堂教会の事にも触れ、決して軽はずみな真似をしないようにと言い含めておいたが、要らぬ世話だった。彼らも聖杯戦争そのものをどうにか出来るとは考えなかった。代わりに有事の際、民間人を避難させる為の段取りを組み始めた。魔術的な事は分からないにしても、長年街に根を張り続けてきた藤村組には街の人々からの信頼という魔術協会にも、聖堂教会にも無い強みがある。それを活かして、精一杯出来る事をしようとしている。

《彼らの為にも……なんて、青臭い事を考えているな》

 全てに絶望した。この世に真の平和などなく、万人を救う奇跡などない事を知った。それでも突き進んだ果てに信念すら歪めた。

 それでも、目の前に燦々と輝く太陽の光を曇らせたくないと思ってしまった。

 彼女の前でだけは、惨めな姿を晒したくない。だから、この泡沫の如き儚い夢の間だけは若き日の理想に立ち返ろう。

 正義の味方を名乗ろう。

《――――ッ。どうやら、動き出したみたいだな》

 少し離れた場所からあけすけなまでの殺気が放たれた。どうやら、無差別に挑発行為を行っているらしい。

 アーチャーは口元を歪めた。

《さて、存分に手の内を見せてもらうぞ》

 誰が相手だろうと容赦はしない。彼女の期待に応えるべく、無関係な人々に犠牲が及ばぬよう、あらゆる手段を使い、お前達(サーヴァント)を殺し尽くす。

 正義の味方(ひとごろし)らしく――――。


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