【完結】弟子零号の聖杯戦争!!   作:冬月之雪猫

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第十四話「楽しいッス!」

 ざわついている。さっきまでテトリスで一喜一憂していた聖杯戦争の参加者達がキッチンを覗き込みながら囁き合っている。

「すごいノリノリだな」

 セイバーは鼻歌混じりで鍋を振っているアーチャーに呆れている。

「しかし、良い香りだ……」

 ライダーはお腹を押さえた。それでも漏れ聞こえる腹の虫の鳴き声にイリヤスフィールは苦笑いを浮かべている。

「ライダー。恥ずかしいよ、もう……」

「っていうか、サーヴァントが料理って、どうなんだ?」

 ウェイバーは慣れた手つきで料理の盛り付けを行うアーチャーに困惑している。

「人それぞれだとは思うけど、現代の調理器具をあそこまで巧みに扱うとは……。ちょっと、欲しくなっちゃうな」

「あ、あげないッスよ!?」

 不穏な事を口ずさむコンカラーに大河は慌てた。

 そうこうしている内に調理が完了したらしく、アーチャーは満面の笑顔で振り返った。

 良い笑顔過ぎて全員がちょっと引いた。

「待たせたな! 夕食の時間だ!」

 アーチャーはもはや諦めていた。敵であるサーヴァントが戦いもせず、ゲームに興じている現実と戦う事を諦めた。

 だから、料理に励んだ。調理実習三年間無敗記録の保持者にして、世界中を旅して回る途上で一流ホテルのシェフ達とメル友になった彼の全身全霊を掛けた料理。

ーーーー貴様等がゲームで勝敗を決めようとするのなら、オレは料理で貴様等を打ち倒してみせよう。

 ちょっとキメ顔を浮かべ、内心でそんな事を考えながらアーチャーは盛りつけた料理をテーブルに並べていく。

「……た、食べてもいいのだな?」

 ライダーは目を血走らせている。

「ステイ! ステイよ、ライダー! 両手でフォークを握っちゃ駄目! 淑女としての嗜みがなってないわ!」

 記憶の中では箸を上品に使っていた筈なのだが、目の前で獣の如く料理を睨みつけているライダーの姿に気品は一切感じられなかった。

「ッハ、貧国の王はこの程度の料理で我を失うか……。哀れなものだな」

「いや、これは結構いい線いってると思うよ? 僕の専属料理人にしてもいいかなって思うくらい」

 さっきテトリスで連敗したウサを晴らすかのようにライダーを嘲笑うセイバー。対して、コンカラーは熱い眼差しをアーチャーに向けている。

「ねぇ、僕のものにならない?」

 あざといくらい可愛らしい表情を浮かべて勧誘するコンカラー。

「駄目って言ってるッス! アーチャーはわたしの! わたしのだから!」

「えー。それはアーチャーが決める事だよ? ねぇ、一晩だけ貸してくれない? それでも彼が心変わりしなかったら諦めるからさ」

「何をする気ッスか!?」

 色っぽい表情を浮かべるコンカラーに大河は危機感を募らせ、ワイングラスを並べているアーチャーの前に立ち塞がった。

「ガルルルルル!!」

 唸り声をあげる大河の頭にポンと手を乗せ、アーチャーは言った。

「そう必死になるなよ、マスター。私は君以外に付き従うつもりなどない。君以外のマスターなど考えられない」

 そのキザったらしいセリフに免疫の無い大河は一瞬で真っ赤になった。

 その様子があまりにも可愛らしく、アーチャーは頬を緩ませた。

「……ああ、これは無理そうだね」

 残念そうにつぶやくコンカラー。割と本気で勧誘していたのだが、アーチャーの反応に自分の不利を悟った。

「ええい、アーチャー! いいから、そろそろ食べさせろ!」

 もはや幻滅の域に達した獣にアーチャーは泣きたくなった。

「もうちょっと上品になれんのか、君は! ワインを注いで乾杯したらすぐだ! もう少し待て!」

 そう言って、大河を席に戻してからそれぞれの前にワイングラスを並べ終えたアーチャー。彼がワインを注ごうとすると、突然セイバーが待ったをかけた。

「おい、貴様! どういうつもりだ? 事と次第によっては我が宝具をここで……」

「落ち着け腹ペコキング。凡愚ながら、それなりの品を用意したアーチャーに我なりの敬意を払ってやろうと思ったまでだ。それに貴様も飲みたかろう? 神代の酒を」

 そう言って、セイバーは己の蔵から黄金の酒瓶を取り出した。それをアーチャーに渡す。

「天上の美酒だ。それを注ぐがいい」

「断る」

「なに!?」

 まさか断られるとは思っていなかったセイバー。

「私は葡萄酒や葡萄ジュースに合う料理を作ったのだ。天上の美酒を振る舞うのは結構な事だが、それは食後にしてもらおう」

「ック……、この我の慈悲を無碍にするとは……。ええい、ワインなら良いのだな!? ならば、こっちだ!」

 今度は翡翠の酒瓶を取り出した。

「ワインだ! これなら文句あるまい!」

「……ああ、間違いなくワインだな。しかも、これほど香り高いものはお目に掛かった事がない」

「当然だ。本来、人の身で飲む事など許されぬ楽園のもの。存分に酔い痴れるがいいぞ、お前達」

「おい、御託はいいからさっさと注げ」

 気持よく薀蓄を垂れようと思っていたセイバーにライダーがかみつく。

 殺気立つライダーが持ち上げたグラスにアーチャーは「あ、はい」とワインを注いだ。

 全員のグラスにワインと特製ぶどうジュースを注ぎ終わったアーチャーは大河の隣に座る。

「それでは乾杯といこう」

「ふむ、ならば音頭は英雄王たる我がーーーー」

「いただきます!! これでいいな!? よし、食べるぞ!」

 ワイングラスを掲げて口を開きかけていたセイバー。

 それをガン無視して料理に齧り付こうとするライダー。

 その瞬間、空気が凍りついた。別にセイバーが怒って出した殺気が原因でも、ライダーの非常識にも程がある振る舞いが原因でもない。

 言峰教会の方角から魔力の波動が放たれたのだ。

「ど、どうしたの?」

 ただ一人、状況が分からずにいる大河はみんなの様子がおかしい事に気づき困惑している。

「監督役による緊急招集だ」

 ウェイバーが言った。

「……どうやら、食事は中止だな」

 セイバーは立ち上がりながら呟いた。

「くだらん。監督役の招集など無視すればいい」

 そう言って、ライダーは食事を再開しようとするが、セイバーの殺気によって止められた。

「この招集は我のマスターも一枚噛んでいるらしい。行くぞ」

「何故、貴様のマスターの思惑に私達が乗らねばならんのだ?」

「決まっている」

 セイバーは言った。

「奴は我に相応しき戦場を用意すると言った。だから、それまでの間は大人しくしていた。約束をしたからな」

 そこにさっきまで呑気に笑い合っていたセイバーはいなかった。代わりに絶対的な覇者としての彼がいた。

「拒否は許さん。さあ、聖杯戦争を再開するぞ」

 逆らえば殺す。彼の瞳はそう宣告していた。

 ライダーは舌を打つと立ち上がる。イリヤスフィールを抱き上げ、惜しむようにアーチャーの手料理を眺めた。

 コンカラーとアーチャーも続く。大河は場の空気が一変した事に気づきながら、目の前で湯気を立てている料理を哀しそうに見つめた。

「……待って欲しいッス」

「拒否は許さんと言った筈だが?」

 さっきまでとは一転してしまった彼の態度に怯えそうになるが、それでも大河は言った。

「あ、アーチャーが折角作ってくれたんス。だから……、無駄にしないで欲しいッス」

「……そうか」

 セイバーは舌を打つと椅子に座った。

「はえ?」

 戸惑う大河。

「おい、どういうつもりだ?」

 ライダーが問う。

「……勝者(タイガ)の言葉には逆らえん」

「セイバー……?」

 大河は不思議そうに彼を見つめる。

「未だ、我は貴様に勝てていない。その貴様が初めて口にした命令だ。それもまた、無碍には出来まい。これだけ食べたら出掛けるぞ」

「……っふ、そうだな。勝者には従わねばならん」

 ライダーは再びお腹を鳴らしながら席についた。

「あはは。英雄王(ギルガメッシュ)騎士王(アーサー)、それに征服王(ぼく)。三人の偉大な王に同時に命令を下した人間なんて、現在過去未来、どの時間軸を探しても君くらいなものだと思うよ」

 楽しそうにコンカラーは言って席に座った。

「ある意味大物だな……」

 ウェイバーは乾いた笑みを浮かべながらコンカラーに続く。

「では、今一度乾杯といこうか。音頭は勝者たる君に頼むよ、マスター」

「えっと……、うん!」

 アーチャーに促され、大河はぶどうジュースの入ったグラスを持ち上げる。

「かんぱい!」

 楽しい宴会。それは彼女にとって生涯忘れられないものになる。

 例え、その後に待ち受けるものがなんであれ、その時の彼女は間違いなく幸福だったのだ。

 だからこそーーーー、彼女は選択した。

 

 ◇

 

 月明かりに照らされた教会内。そこにアーチャーは大河と共に訪れた。セイバー、ライダー、コンカラー、イリヤスフィール、ウェイバーも一緒だ。

 残るサーヴァントの影は無く、代わりに使い魔がいる。

「ーーーーよく集まってくれた」

 監督役である璃正神父の声が響く。

「少々、急を要する事態が発生した。よって、もったいぶった挨拶は省略させていただく。現在、諸君らの悲願へと至る道である所の聖杯戦争が重大な危機に見舞われている」

 璃正の言葉によれば、聖杯戦争の舞台である冬木が群衆の注目を浴び過ぎているとの事。

 それに際してのルール変更の告知が主だった。

 サーヴァント戦を深夜0時から夜明けまでに定め、場所も聖堂教会が指定するフィールドを使う事。

 大規模な破壊工作などは禁止。

 そして、昼間は全員で一つの事件を解決へ尽力する事。報酬は令呪一画。

 セイバー、ライダー、コンカラーの三名には不満などないようだ。実際、いつでもどこでも真っ向勝負で勝ちを狙える彼等にとって、このルールの変更は些細なことでしかないのだろう。

 アーチャーにとっては戦術面を考えると迷うところだが、街の被害が最小限に抑えられる事や拒絶する事で大河が罰則を受ける事を考えると異議を唱える事は出来なかった。

「さて、君達に解決してもらいたい事件についての詳細を伝えておこう。新聞やニュースなどで知っている者もいると思うが、ここ最近失踪事件が相次いでいる。被害者の多くが幼子であり、下手人は調査の結果魔術師である事が分かった……」

 璃正はサーヴァントやマスター、そして使い魔達を見回してから言った。

「目的は知らないが、これ以上聖杯戦争の存続が危うくする要素は容認出来ない。君達にはコレの排除を頼む。それでは、諸君の健闘を祈る」


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