【完結】弟子零号の聖杯戦争!!   作:冬月之雪猫

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第十二話「死神動く」

 歴史に名を馳せた英雄達がゲームの勝敗に一喜一憂する。そんな楽しくも奇妙な時間も終わりを迎えた。

「まさか、本当にゲームをするだけで終わるとはな……」

 ライダーとセイバーが空の彼方へそれぞれの騎乗宝具で消えた後、アーチャーは疲れたように呟いた。

「……お前はどうするんだ?」

 ウェイバーは唯一居残っているアーチャーを警戒している。

「そう構えるな。私もマスターが眠ってしまったからね。ここらでお暇させてもらうよ」

 大河はアーチャーの背中で静かに寝息を立てている。彼女を起こしたくない。それに、ここでコンカラーと事を構えても旨味がない。

 見た目は荒事など無縁な美少年だが、その正体はアーサー王と勝るとも劣らない知名度を持つ大英雄。

 彼は以前の戦いで黒馬に騎乗していた。あれが恐らく彼の宝具だろう。だが、それ以外の宝具を持っていないという確証は無い。征服者(コンカラー)というイレギュラーなクラスで召喚された事も分析を困難にしている。

「では、君も今宵は休むといい。いろいろ……、疲れただろ?」

「……ああ」

 アーチャーは大河を背負い、昼間買った物を手に夜の街を歩いた。

「……むにゃ、アーチャー。えへへ、勝ったよー」

 背中で寝言を言いながら幸せそうな笑みを浮かべるマスターにアーチャーは頬を緩ませた。

「藤ねえはやっぱり強いな」

 トランプや麻雀みたいなポーカーフェイスがモノを言うゲームには滅法弱いが、スゴロクゲームや格闘ゲーム、レースゲームで彼女に勝てた事は一度もない。

 別にルールの裏をついたり、周到な策略があるわけじゃない。純粋に強いのだ。まさに天賦の才というヤツだろう。

「まさか、英雄王やセイバーにまで勝つとはな」

 アーチャーは歩きながら過去に浸っていた。良くない事だと思いながら、それでも彼女との思い出を振り返ってしまう。

 幼い日、義父に連れて来られた武家屋敷。その隣家に住んでいて、ちょくちょく遊びに来る女性に最初は振り回されっぱなしだった。

 とにかくパワフルで、優しくて……。

「……藤ねえ」

 そういえば、屋敷の蔵や彼の部屋には彼女が持ち込んだガラクタが山のように積み重なっていた。おもちゃや雑誌、健康器具、よく分からない置物。

 特にこれといった趣味もなく、物を増やす必要性を感じない彼の部屋が空虚だった事は一度もない。殺風景だと知人によく言われたものだが、とんでもない。彼だけなら、殺風景どころか伽藍堂になっていた筈だ。

 部屋は己を映す鏡。からっぽな彼の部屋は空虚になりがちで、それを彼女は我慢出来なかったのだろう。

 度々、遊園地や山に連れて行かれた事もある。それも全て、彼の心を満たしたいから……。

「……ごめんな」

 彼女はからっぽだった彼に色々なものを与えてくれた。なのに、何も返してあげる事が出来なかった。

「……ん、アーチャー?」

「む、起こしてしまったか?」

 つい零してしまった言葉を聞かれたかと焦るアーチャー。すると、大河は彼の頭を優しく撫でた。

「よくわかんないけど、元気だしてね」

「……ああ」

 再び寝息を立て始める大河。

 アーチャーはその背に感じる重みを噛み締めた。

 彼女を不幸にしてはならない。

 彼女を泣かせてはいけない。

 彼女の為にも負けるわけにはいかない。

 悔いている暇などない。

「ーーーー安らかに眠る主を守りきれるか?」

 漆黒に濡れた鎧を身に纏う禍々しき騎士がその手に魔剣を握り襲い掛かって来た。

投影開始(トレース・オン)

 虚空に浮かび上がる三本の剣。それぞれが尋常ならざる魔力の篭った宝具である。

 だが、魔剣の一振りはそれらを容易く打ち砕いた。

「ほえ!? な、何事!?」

「すまない、マスター。敵が現れた」

 三本の宝剣が創り出した刹那の一瞬、アーチャーは真横に跳躍した。その反動で大河は目を覚ます。

 すまなそうに謝りながら、アーチャーはその魔剣を解析する。

 無毀なる湖光(アロンダイト)ーーーー、嘗て、最高の騎士と謳われたサー・ランスロットが握っていたとされる聖剣。その実力はかの騎士王すら上回るという。

「……なるほど、最悪だな」

 主を背負った状態ではまともに交戦する事など出来ない。だが、彼女を降ろすわけにもいかない。相手の殺意は彼だけではなく、彼女にも向けられている。隙あらば、ヤツは迷うことなく大河を殺す。それが分かるからこそ、アーチャーは憎悪に満ちた表情を浮かべる。

投影開始(トレース・オン)

 眼前まで迫る魔剣の前に十を超える聖剣魔剣を並べ立てる。それすら逃げる為の一瞬を稼ぐ事で精一杯。一瞬にして粉砕されてしまった。

 だが、それで十分。此方の目的は無傷での撤退。その為の準備は整った。

 アーチャーが逃げ込んだ場所は以前の戦いでセイバーとライダーによって破壊されたビルの傍。ここは昼間でも聖堂教会の手で人避けがされている。

投影開始(トレース・オン)

 魔剣士が迫る寸前、創り出せるだけの魔剣をバラ撒く。それらが魔剣士によって砕かれる寸前、アーチャーは背後のマンホールに飛び込んだ。

 瞬間、光と音が炸裂する。

「ーーーーI am the bone of my sword」

 その光はアーチャーと大河にも襲い掛かる。

「■■■■■■■■■――――!」

 音が彼の声をかき消すが、その手の先に十字の光が溢れ出す。

 嘗て、戦い抜いた聖杯戦争で一人のサーヴァントと出会った。これは彼の英雄の持つ、彼女達の誇りを具現化したもの。 

 投擲宝具に対してならば、アイアスに一歩劣るが、邪悪な力に対してはいかなる守護をも凌駕する。

 魔剣が内包する膨大なマイナスのエネルギーの発露。その爆発的な力の波動から十字は二人を守りぬく。

 そのまま、上水道に落ちると、アーチャーは全速力で移動した。並のサーヴァントなら三度は殺す程の破壊力だが、それでも安心は出来ない。

 なにしろ、相手は騎士王を上回る怪物だ。

「しっかり捕まっていろ!」

「う、うん!」

 

 ◇◆◇

 

 アーチャーが立ち去った後、アヴェンジャーは動く事が出来なかった。

 間近でAランクオーバーの宝具による《壊れた幻想》が発動し、無事で済む筈がなかった。それでも、命を繋ぎ止める事が出来たのは彼の英霊としての破格のスペックを宝具によって更に向上させた結果に過ぎない。

 もっとも、ダメージは甚大だが、追う事は出来るし、二度も同じ徹は踏まない。余力だけでも十分に二人を殺す事が出来る。

 動けない理由は他にある。

「ーーーーあれは。ヤツが何故……?」

 アーチャーが発動した宝具。それは彼にとってあまりにも馴染み深過ぎるものだった。

 その疑問が彼の追跡の足を止めた。まるで、自らの罪を目の前に突きつけられているような気分だった。

「ほう、騒がしいと思って来てみれば」

 立ち尽くす彼の下に新たな殺意が現れる。赤と黄の二槍を構え、美貌の英雄が立っていた。

「負傷しているとはいえ、サーヴァント同士が出会った以上は戦うのが運命(さだめ)。いざ、尋常に勝負!」

「……ッハ、舐めるな!」

 激突する二騎のサーヴァント。

 彼等を見つめる目が一つ。

 そして、その目を見つめている者が一人。

「ーーーーさて、まずは一人目だ」

 戦場から少し離れた場所にあるホテル、そこから更に遠く離れた高台で双眼鏡を覗きこむ男の呟きと共にホテルが揺れる。

 従業員や宿泊客も大勢眠っている筈のホテルが赤く燃え、崩れていく。

 幾百の悲鳴が轟き、戦いに集中していたランサーも驚愕に目を見開く。そこをアヴェンジャーは見逃さない。

 何者かに爆破されたホテル。多くの人命が失われた。にも関わらず、首謀者の標的は銀の流体に守られて生き延びた。だが、彼の手の甲から赤い光が失われた。

「戦いの最中で余所見などするな、戯け」

 一人目の脱落者はあまりにも呆気なく敗退したーーーー。


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