【完結】弟子零号の聖杯戦争!!   作:冬月之雪猫

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第十話「バカだ! バカがいるッス!」

 どちらも動くことが出来なかった。夕暮れ時とはいえ、周囲には大勢の人がいる。アーチャーの見た目と緊迫した雰囲気につられて徐々に増えてきてさえいる。

「なになに、女の子の取り合い?」

「うっわー、どっちも外国人?」

「あっちの人、カッコいい!」

「えー、白髪じゃん。結構歳かもよ?」

「えっ、あの女の子、どう見ても高校生くらいよね? つ、通報するべき?」

「あっちの子、結構可愛くない?」

「女の子みたい!」

「あれって、藤村さんじゃない?」

「嘘でしょ。あの冬木の虎に彼氏!?」

 気が付けば人だかりが出来上がっていた。

「お、おい……」

 少年は意を決した様子で口を開いた。

「場所を移さないか?」

「……そうだな」

 アーチャーもその意見に賛成だった。このままでは戦う云々以前の問題だ。どうやら、タイガの事を知っている者も居るらしく、このままでは情報が駄々漏れだ。

 だが、一つ問題がある。

「……取り囲まれているな」

 取り巻きの殆どが女性で、色恋沙汰に色めき立っている。これでは身動きが取れない。なんという食いつきの良さ。まるでピラニアだ。

 というか、通報しないで欲しい。アーチャーは切に願った。曲がりなりにもサーヴァントが警察に捕まるなどあってはならない。他のサーヴァント達に示しがつかない。

「――――ほう、こんな場所にサーヴァントがいるとはな」

 突然、頭上から降り注いだ声に少年はビクリと体を震わせた。その声に聞き覚えがあったからだ。

 だが、すぐに首を傾げた。ここはデパート。別に吹き抜けではなく、少し高いとはいえ、頭上には普通に天井がある筈だ。

「ん? んん!?」

 声の方に顔を向けると、何故か神輿に乗ったセイバーがいた。

「……え?」

「え、神輿? え?」

 アーチャーとタイガも目の前で起きている事に理解が追いつかない。

 野次馬根性全開の取り巻き達も目を点にしている。

「ふっふっふ、なんだ? その惚けた反応は! 英雄王の凱旋であるぞ! ええい、頭が高い! 控えぃ! 控えおろう!」

 少年を除く全ての人間が察した。

――――あ、この外国人、時代劇を見たな。

 実に愉しそうに神輿の上でふんぞり返っている。

 神輿の下では見覚えのある学生服を来た男子十人が汗を流しながら「ワッセイ! ワッセイ!」と叫んでいる。

「……な、何してるの? 零ちゃん」

「おお、三代目!」

 どうやら、タイガの知り合いが混じっていたようだ。

「いや、この方が神輿を見たいと言うのでな。祭り用の神輿を出したのだが、乗ってみたいと言うのでね。こうして、友人達と担ぎ上げている次第だ」

 言っている言葉の意味が分かるが全然理解出来ない。

「いやいや、神輿って人が乗っていいものなの!?」

「はっはっは! 小娘よ、教えておいてやる」

 英雄の中の英雄、王の中の王……である筈のバカは言った。

「神輿とは神が座する騎馬なのだ。故にこの我が乗る事は至極当然の事なのだ!」

「……という事だそうだ」

「へー……そうなんだー」

 呆気に取られるタイガ。

 アーチャーと少年は呆れたような表情を浮かべている。

――――このバカは何を言ってるんだ?

 二人の心は一つだった。

「で、でもでも、デパートに神輿で入るのは店の人に迷惑なんじゃ……」

「案ずるな。このデパートの経営権ならさっき買い取った!」

 そう言って、セイバーは近くの家電量販店を指差した。

 その店頭に置かれたテレビでお昼のニュースが流れている。冬木市のローカル番組《冬木ニュース》。

 キャスターの男が原稿を読み上げている。

「たったいま入ったニュースです。冬木市内の大型デパートのオーナーが今日付けで替わり、名称も変更される事になりました。新しい名称は《ギルガメッシュ》というものだそうで、これは古代メソポタミア文明の――――」

 開いた口が塞がらない。

「つまり、このデパートは我の物だ! 従って、神輿で入場しても何の問題も無い!」

「嘘だろ、お前!?」

「何やってんだ!?」

 少年とアーチャーは同時に叫んでいた。

「え、神輿でデパートに入りたいからデパートを買ったって事?」

「逆だ。デパートを買ったから、その祝いに神輿で行進している最中だったのだ」

「じゃ、じゃあ、どうしてデパートを買ったの?」

「知れたこと。……我はこの時代をいたく気に入ったのだ」

「え?」

 セイバーは語りだした。

「――――漫画、ゲーム、アニメ、玩具! この時代の人間が創り出した娯楽は実に素晴らしい! 週刊少年ジャンプなど、思わず聖杯に来週号を読ませてくれと願いそうになった程だ!」

「おいバカ止めろ!」

 どこまで本気なのか分からないが、そんな事に聖杯を使われるなど溜まったものじゃない。

「金なら腐る程あるが、いざ買いに行くとなるといろんな店をハシゴしなくてはならない。それは面倒だ。故に、このデパートを買ったのだ!」

「……えぇ」

 店ごと買い占める。誰もが一度は妄想した事がある筈だ。だが、それを実戦する馬鹿野郎はそうそういない。

 しかも、それをデパートで……。

「――――ん? んん!? おい、小僧。その手に持っている物はなんだ?」

 呆れていると、セイバーは神輿から飛び降りて、少年の荷物を奪い取った。

「お、おい、それはコンカラーに頼まれた物で……」

「コンカラー……、あの小僧か。っふ、《スーパーファミコン》を買うとは……」

 セイバーは神輿に向き直った。

「神輿はもう良い。撤収せよ! これが給料だ」

 そう言って、零観に分厚い札束を押し付けるとセイバーは輝くような顔で少年達に言った。

「さあ、行くぞ!」

「どこに?」

「決まっていよう。貴様らの拠点へだ!」

「いやいやいやいやいやいやいや」

「マッケンジー邸だったな。さっさと行くぞ! おい、アーチャー! 貴様も来い!」

「なんで知ってんの!?」

「我は全知全能なのだ。分かったら黙って歩け! ウェイバー・ベルベット!」

 答えになってない。ウェイバーは真っ青な顔で喚き立てるが、「やかましい」と殴られ、アーチャーに向かって放り投げられた。

「担いでこい」

「……あ、ああ」

 流されていいものか迷ったが、下手に逆らい戦闘になるのもまずい。

 アーチャーは気を失った気の毒な敵マスターを抱えながらセイバーの後を追った。

「キャー、お姫様だっこよ!」

「なんか耽美ー!」

「っていうか、あっちの神輿王子も超イケてない!?」

 周囲の声から必死に意識を逸らす。聞いていると心が折れそうになる……。

 

 ◇

 

 マッケンジー邸に到着した頃には空はすっかり暗くなっていた。

 家主に断りもなくズカズカと家の中へ入って行くセイバー。

「お、おい! ちょっと待てよ!」

 ウェイバーが慌てて後を追う。アーチャーとタイガは顔を見合わせた。

「つ、ついて来ちゃったけど、どうする?」

「……あの様子では戦いにはならないと思うが」

 アーチャーは首をひねった。

 彼の知る英雄王も常人離れした性格だったが、あのセイバーも中々のものだ。

「悪い人じゃないっぽいけど……、変わった人っぽいね」

「ああ、そうだな」

 あの英雄王が道化を演じるとは考えにくい。つまり、アレは恐らくヤツの素だ。

「我々も入ろう」

 虎穴に入らずんば虎児を得ず。完全無欠最強無敵の英雄王だろうと、勝たなければいけないのだ。

 降って湧いた戦闘以外での接触の機会。少しでも情報を引き出してみせる。

 アーチャーは気を引き締めて玄関の扉を潜った。

「お邪魔します」

「お、おじゃましまーす」

 二人が入ると、階段の上を見上げていた老婆が「あらあら」と頭を下げた。

「今日はお客様がいっぱいね。ウェイバーちゃんったら、友達を呼ぶなら連絡してくれればいいのに。ゆっくりしていってちょうだい」

 そう言って、キッチンの方へ老婆は歩いて行った。

 階段を登ると、扉が一箇所開いていた。中に入ると、あの赤髪の少年とセイバーが睨み合っていた。

「……さて、始めようか」

 両者の間には不穏な空気が漂っている。

「な、何が始まるの……?」

 タイガは不安そうに呟いた。

「まずは桃太郎電鉄で勝負!」

「乗った!」

 セイバーはスーパーファミコンのカセットを掲げた。

 そこには《桃太郎電鉄Ⅱ》と書いてある。

「……っと、これは四人対戦が可能だったな。我と貴様、そして、アーチャー。後一人……、少し待っていろ!」

 そう言って、セイバーは窓から外に飛び出していった。

「え!? お、おい、どこに!?」

 どこからか取り出した黄金の船で空の彼方へ飛んで行くセイバー。

「フ、フリーダム過ぎるだろ、アイツ……」

 ウェイバーは頭を抱える。

「っふ、王として、あの奔放さは見習うべきかもしれないね」

 赤髪の少年はクスクスと笑った。

「……うわぁ」

 その笑顔にタイガは見惚れてしまった。

「あ、あの!」

 ズンズンと近づいていき、タイガはその手を握る。

「お名前を教えて下さい!」

「お、おい、何してるんだ!?」

 アーチャーは慌てて二人を引き剥がしたが、タイガはジタバタ暴れながら赤髪の少年に近づこうとする。

「これは魅了か!? 貴様……ッ」

 タイガに投影した対魔力を持つ小さな首飾りを掛けながら、アーチャーは少年を睨みつけた。

 その眼光を受け流し、少年は魅惑的なほほえみを浮かべる。

「ふふ、君のマスターも可愛いね。けど、ちょっと無防備過ぎるな。言っておくけど、僕は悪くないよ? ただ、顔が良すぎるだけだもの」

「あれ……、わたし、今どうしたんだっけ……?」

 首飾りの対魔力の効果で魅了の効果が遮断され、タイガは正気を取り戻した。

 当惑するタイガに少年は微笑みかける。

「はじめまして、お嬢さん。僕は僕はアレキサンダー。アレクサンドロス3世でもいいよ。勿論、他の名前でもね」

「アレキ……サンダー……?」

「お、おい! おいおいおいおい! 何をいきなり名乗ってるんだ!?」

 あっさりと真名を明かしたアレキサンダーにアーチャーが驚くよりも早く、ウェイバーが絶叫した。

「何をって、名前を聞かれたから答えたまでさ」

「いやいや、敵だぞ! この子もマスターで、僕達の敵なんだぞ!?」

「あはは。プリプリしないで落ち着きなよ、マスター。ほら、リラックスリラックス」

「お前のせいだぁぁぁぁ!!」

 ウェイバーが叫ぶと同時に部屋の中に二つの影が飛び込んできた。

「待たせたな! 四人目を用意したぞ!」

 セイバーが言った。彼の隣には見覚えのある女性が幼子を抱えて立っている。

「って、ラ、ララ、ライダー!?」

 ウェイバーはムンクの叫びのようなポーズを取って悲鳴を上げた。

 そこにはセイバーと激戦を繰り広げたライダーの姿があった。

「あはは、変なかおー」

 彼女に抱えられている白い髪の少女はケタケタと笑った。

 その少女を見て、アーチャーは言葉を失った。

 彼女もまた、彼の記憶に色濃く刻まれた人物の一人。姿形も彼の記憶と殆ど変わりない。

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。彼の生前の義姉は彼の生前の相棒に抱かれ、満面の笑顔を浮かべていた。

「では、今度こそ始めるとしよう。《桃太郎電鉄》を!」

「……どうしてこうなった?」

 ウェイバーの呟きが虚しく響いた。


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