コーヒー提督と艦船型少女   作:せつ763みだれうち

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第1話 長門 ―秘密―

廊下、そんなありふれた場所で一人の艦娘に事件が起ころうとしていた…

 

 

 

ギイと音を立て年季が入ったドアを開ける男、それはこの鎮守府の提督だ。

 

今日も髪を逆立ておりライオンのタテガミの様な髪型で左耳にはワッカ型のピアスをつけている。

 

服装は純白の軍服を身に纏っているが、視線を上げると相変わらず軍帽を被っていなかった。

 

彼は常に軍帽を被らない、あまつさえ大本営に出向を命じられた時も同様だ。

 

では何故被らないないのか、その理由は単純明快この男帽子が嫌いだから。

 

頭が締め付けられる感覚が好まない、セットした髪が台無しになるといった理由で被らないのだ。

 

大本営に所属していた頃から彼はこのスタイルを崩さなかった。

 

その際、上層部からお咎めがなかったのだが、それは異端児と認識されていた事と

 

もう一つはひとえに彼の実力を認めていたからだろう。

 

但し、彼の類い稀なる実力に嫉妬し敵意を持っている人間が少なからず存在していた。

 

彼はこの事を知ってはいたが別段気にも留めていなかった。

 

それが人であるとわかっていたのと、こんな男でも好きにやっていると自覚していたから。

 

閑話休題。更にこの提督には他に類を見ない特徴がある。それは彼が右手にマグカップを持っていること。

 

中に入っている飲み物、それは勿論、コーヒーだ

 

 

「…おお。入れ違いにならなくて良かった。提督」

 

 

そう言って提督の前に現れたのは鎮守府のエース格長門型一番艦長門。

 

長門は凛とした印象が強く物怖じしない艦娘である。

 

人間でいうと歳は二十代前半と言った所であろうか。

 

長くツヤがありそれでいてコシがあるもののサラサラの黒髪。

 

襟足は腰元まで伸びており、前髪は目にかかる程度に切り揃えている。

 

服装は白と黒を基調とし、丈の短い着物をイメージしたかの様なノースリーブのヘソ出しルック。

 

肌の面積が強くそれでいて白いミニスカートをはいている。

 

更に手甲を着けているのだが、その長さは二の腕付近まである。

 

そして、長門自身スタイルが良くでる所は出ていて引っ込むべき所は引っ込んでいる、

 

まさに女性が憧れを抱く様なプロポーションだ。さながらモデルの様なのだが、

 

どちらかと言うと長門はスポーツ女子と言う言葉が最も適していた。

 

 

「…オレに用があるのか。となると、さっきの演習、だな」

 

「フッ…その通りだ」

 

 

お互い静かに笑みを零した。

 

 

「駆逐艦の子達が良い動きをしていてな。陣形の乱れがなく日に日に練度が高まっているぞ」

 

「クッ!!…そいつは重畳だぜ。これも優秀な教官の教えの賜物だな」

 

「そう褒めるな。しかし、提督にそう言われると悪い気はしないな」

 

 

提督と会話に花を咲かせている長門だが実は自分からあまり会話をしようとはしない。

 

するとするならば、こう言った情報共有や報告と言った場合のみ、

 

戦闘とは違い受け身の態勢。会話をする事は嫌いではないが別段好きでもなかった。

 

だが、提督と話しをするのは嫌いではない。それは提督と波長が合うからだと長門はそう思っていた。

 

また、多くを語らない事や普段の立ち振る舞いから駆逐艦からカッコイイと尊敬の念を抱かれているが

 

長門自身はその事に気づいていない。

 

 

 

「それと提督。そいつの飲み過ぎには注意しろよ。カフェインの多量摂取は身体に毒だぞ」

 

「…忠告ありがとうよ。だがなオレの身体は愛しきコイビトの野暮な成分は受け付けないのさ」

 

「…そうか。因みに今、何杯目だ」

 

「クッ!!…まだ9杯目だ」

 

「十分飲み過ぎではないか」

 

 

長門は苦笑した。

 

 

「提督に倒れては陸奥が悲しむ事になる。それだけは覚えておいてくれ。では私はこれでな」

 

 

知っていた。長門は陸奥が提督に恋慕の感情を抱いている事を。

 

そして、叶うならその想いが成就する様にと願っていた。

 

では長門は提督に恋慕を抱いていないのか、その答えは長門も良く分からなかった。

 

恋愛には疎い無骨者故、陸奥の気持ちに気づいたのは何度も提督の事ばかり話していてもしや思ったから。

 

自身の心内は自分で問答しないといけない為、一向に答えなく心情は分からないまま。

 

だが、一つだけわかったのは提督を心から信頼していると言う事だけ。

 

長門は演習の成果を伝え終え立ち去ろうと踵を返し一歩二歩と踏み出した。

 

 

ポト…

 

 

「…待ちな。長門」

 

 

しかし、提督に呼び止められる

 

 

「コイツを落としたぜ」

 

「ああ、すまない」

 

 

足を止め提督に詫びる長門。きっとハンカチでもを落としたと思っていた。

 

しかし、次の場面で長門の思考は破壊される。

 

提督はコーヒーを一口、ゴクッと喉を鳴らし長門の掌にある物を置いて、一言。

 

 

「ソイツが長門の幸運の女神かい」

 

「女神?」

 

 

そう言い掌に視線を移すと、そこには直径5センチ程の顔だけ型どった動物のアクセサリーが置かれた。

 

しかも綿でできていて犬、兎、猫、栗鼠などが可愛らしく縫われており、

 

なおかつ各種紐でくくられ一つに纏められている。

 

長門はそれを見て酷く動揺した。

 

 

「クッ!!…中々良い趣味をしているじゃねえか」

 

「なっ!!い、いや。これはだな…」

 

「好きなのかい。こう言う可愛いのが…」

 

「っつ!!こ、こい…!!」

 

「………おいおい、これはないだろう」

 

 

混乱を極めていた。長門は瞬時に綿のキーアクセサリーをポケットに入れ何故か提督を抱えた。

 

所謂、お姫様抱っこである、身長180㎝台の大柄の提督を苦もなく抱えられのはやはり艦娘のなせる業か。

 

そして、廊下、螺旋階段、玄関テラスと遂には外へ飛び出していった。

 

その際、右手のコイビトを溢さず、むしろ落ち着いてコーヒーを飲む提督は流石だが、

 

偶然にも、この奇妙な光景を目の当たりにしてしまった二人の艦娘がいた。

 

 

「い、今のは一体…」

 

「て、提督が長門さんに連れ去られちゃった…」

 

 

阿賀野型軽巡、能代と秋月型駆逐艦、照月、両方とも二番艦の艦娘だ。

 

能代は栗色の長い髪を三つ編みにしており。白いノースリーブのセーラー服にワインレッドの丈が短かいスカート。

 

白い手袋に片脚のみニーソックスを履いている。

 

一方、照月も亜麻色の髪を三つ編みにしており、スクリューの様な髪飾りを着けている。

 

服装は白と黒を基調としたセーラー服に黒いミニスカート。

 

白黒の手袋に膝上からのオーバーニーソックスと赤いブーツを履いている。

 

どちらも二番艦で三つ編みだからか普段から何かと気が合い、姉妹艦の次に話す機会がおおかった

 

 

「ど、どうしよう。能代さん…!!」

 

「と、とりあえず。戦艦か空母の人達を呼びましょう…!!」

 

「は、はい…そうだ!!今日は陸奥さんが非番の筈…」

 

「なら、急いで呼びに行きましょう!!行くわよ、照月!!」

 

「り、了解」

 

 

 

 

「…流石のオレも恥ずかしかったぜ、よもや、お姫様抱っこ…いや、この場合は王子様抱っこか」

 

「す、すまない」

 

 

長門の暴走が収まり、資材倉庫の裏側で地に足をつけた二人。

 

提督は恥ずかしいと口にしているものの、その素振りを見せなかった。

 

むしろ楽しんでいる様に窺える。

 

一方、長門はと言うと反省の色を隠さずシュンとしている。

 

 

「…別に構わねぇよ。それより珍しいな。長門が動揺するなんて。よっぽど、アレは人目につかれたくはなかったのか」

 

「…ああ」

 

 

長門は振り絞る様に声を出した。

 

 

「私の様な無骨者が、あの様な愛くるしいアクセサリーが好きなど可笑しいだろう。連合艦隊の旗艦を務めた私が…」

 

「何故、そう思う」

 

「いや、だからな…」

 

 

提督はコーヒーをゴクッと一口。そして、クッと笑う

 

 

「いいじゃねえか。好きなら好きと声を大にすりゃあいい。

 無骨者、連合艦隊の旗艦を務めた威厳、そんな事を気にする道理はねえ」

 

「しかし…提督も可笑しいと思うだろう。この私があの様な物を」

 

「…やれやれ、長門、コイツを見てくれ…どう思う?」

 

「なっ?!こ、これは…!!」

 

 

長門は驚愕した。提督が長門に差し出した物、それはマグカップからひょっこりと顔を出している犬のキーホルダーだった。

 

長門は目を輝かせた。その愛くるしいキーホルダーは長門の心を容易く射止めたのだ

 

 

「て、提督。コレをどこで手に入れた?」

 

「クッ!!…コレはオレが好意にしているコーヒーショップのキャンペーンで貰ってな

 名をコーヒーワンと言う…」

 

「コーヒーワン…」

 

 

長門はウットリとして、キーホルダーを見つめている

 

 

「残念だが、今はもうキャンペーンは終了していてなソイツは非売品だ」

 

「何?そうなのか…」

 

「でだ。さっきの問いを質問で返すが、長門はコイツを持っていた俺にどんな印象を受けた」

 

 

提督は左手を握りしめ、流れる動作で左手の親指と人差し指で先端の輪っかを摘みキーホルダーを長門に見せつけた。

 

長門はハッと我に返りコーヒーワンに後ろ髪を引かれているものの視線を提督に捉えた

 

 

「む…そ、そうだな。意外だと思った」

 

「それで」

 

「…提督もこの様な物を持つのだなと思ったが。別に可笑しいとは感じなかった」

 

「クッ!!そうか…なら、そう言う事だぜ」

 

「…っ!!提督、まさか貴方は…!!」

 

「…全て、オマエが思い描いている通りだ」

 

 

提督は喉を鳴らしながら一気にコーヒーを飲み干した。

 

そして、ニッと子供の様な笑顔を浮かべている。

 

してやられた。やはり食えない男だと長門は改めて実感した。

 

 

「気づかぬうちに答えを出していたんだな。私自身が」

 

「ああ。オマエのセリフをそっくりそのまま返すが意外とは思ったが

 可笑しいとは感じなかったぜ。オマエだって一人の女、なんだからな」

 

「フッ。兵器の私に女など、それは妄言ではないか」

 

「…女だよ。誰が何と言おうと。姿形それに心も人と変わらねぇ

 …オマエは立派な女だ。二度とそんなくだらない事を口にするな」

 

「提督…?」

 

「…すまねぇな。柄にもなく少しばかり熱くなっちまった。だが、二度と口にしないでくれ」

 

「あ、ああ。わかった」

 

「…長門、そのコーヒーワン良かったらやるぜ」

 

「何、いいのか!!あ、いや、しかし。それでは提督に…」

 

「ソイツはスペアだから気にするな。それにな…俺にはまだまだ癒し隊が大勢いる」

 

 

提督がポケットから手を差し出すと、そこには猫、ヒヨコ、ネズミとバリエーション豊かなキーホルダーが顔を出した。

 

まるで、お風呂に入っているかの様にコーヒーに浸かりながら、優雅に過ごしているネズミや、

 

カップの縁に留まりながらコーヒーに嘴を浸けるヒヨコなど、コーヒーワンのデザインとは明らかに差異があった。

 

こんな物を見せつけられ 勿論、長門は平然とはしていられない

 

 

「お、おぉ~」

 

 

光悦、まさにそんな言葉適している表情と声を出して長門はまたもや目を輝かせた。

 

その様は最早子供、此処に暁がいるとしたらレディー失格の烙印を押されてしまうだろう。

 

それくらい普段とのギャップが凄まじかった。

 

 

「もう、偽らないのかい」

 

「…最早、提督の前では不要だろう。それに気にする必要はないのだろう?」

 

「クッ!!ちげえねぇ…なら、コイツらも持っていきな。オレから長門へのプレゼントだ」

 

「…感謝する。提督。色々と」

 

 

長門は両手でしっかりと譲り受け、キーホルダーを感慨深く見つめた

 

 

「気に入ってくれて何よりだ。そういやぁ、近々またコーヒーショップでキャンペーンを実施するらしいぜ。今度は栗鼠らしいが長門も一緒に来るか?」

 

「是非、共にしよう!!」

 

「決まりだな…」

 

 

約束を取り決めていると、二人の名を遠くから叫ぶ女性の声が聞こえてきた。

 

その声主達は徐々に迫って来ており、長門は貰ったキーホルダーを瞬時にポケットの中に入れる。

 

すると見つけたと高らかに口にし、地面には四つの影。

 

その影の正体は先程の能代と照月。

 

それに長門型二番艦の陸奥と翔鶴型二番艦の瑞鶴の四人だった。

 

現れた四人は少しばかり焦りある様相で息を荒げている。

 

 

「ちょっと長門!!提督を連れ去ろうとしたって本当なの!!」

 

「い、いや。そんな事をした覚えはないぞ」

 

「嘘言わないでよ。

 提督さんをお姫様抱っこして行くのをこの子達が見たって言ってるんだから!!」

 

「他言して申し訳ございません。提督、長門さん。

 ですが、鬼気迫ると言った感じでしたので万が一と思い…」

 

「長門さん。目が血走ってからコレは只事じゃないって思ったんだ。

 だから陸奥さんと近くにいた瑞鶴さんに応援を要請したんだよ」

 

「さぁ、長門。観念して白状しなさい!!」

 

「あ、アレはだな。何だ、その…」

 

 

しどろもどろと長門ははっきりとしない。

 

事の発端が実は可愛い物が好きと提督知られ挙げ句の果てに動揺してしまいお姫様抱っこした、

 

と言う理由からでは、どうしても長門の口からは真実を伝えられなかった。

 

いざとなると、艦娘も人と同じで簡単には性格は変えれない様だ。

 

しかし、そんな長門を見兼ねて提督は前方に出て長門を守る形となる。

 

そして移動した際、小声でオマエがその気なら伏せといてやる。話を上手く合わせな。と長門に呟いた。

 

 

「アレは俺が長門に頼んだんだぜ」

 

「えっ。提督さんが、なんで…?」

 

「クッ!!オレもお姫様の気分を味おうと思ってな」

 

「お姫様気分って…長門に何をさせているのよ」

 

 

呆れた声で、陸奥は額に手を当てた。

 

普通この様な素っ頓狂な物言いはとてもじゃないが信じられない。

 

しかし、この提督だとやりかねないと思ってしまう。

 

他の艦娘も同様に異議を唱えず不思議と納得してしまった。

 

 

「だから、御礼としてな。今度、長門とデートする事にした」

 

「「「「えっ?!!」」」」

 

 

一転、提督の一言により騒然とした。

 

陸奥達は勿論、長門までが目を丸くし次第と提督に問い詰める形となる。

 

 

 

「お、おい。提督!!」

 

「どうした、長門」

 

「何て事を言うのだ!!」

 

「クッ!!…事実だから別に構わねえだろ」

 

「そうだが、別に言わなくとも…!!」

 

「ちょ、ちょっと提督さん。デートってどういう事!!」

 

「言葉通りの意味だが…?」

 

「違ーう!!聞きたいのはそこじゃなくて!!!」

 

「長門が提督とデート…ありえないわ」

 

「提督とご一緒にいいなぁ…」

 

「むー。提督、長門さんとデートするんだ」

 

 

納得いかないといった瑞鶴。提督と長門がと信じられない陸奥。

 

願望の眼差しで長門を見つめる能代。可愛らしく頬を膨らませムッとした表情を作る照月。

 

四者四様、心情を露にした。

 

 

「…長門をデートに誘うとしても、どうしてこんな場所なのよ」

 

 

陸奥は腕を組み不機嫌な態度を隠さず提督に問いを投げつけた

 

 

「そんな事は決まっているだろう。

 ここなら誰の邪魔も入らず二人だけでしっぽりと密談出来るから、だぜ」

 

「しっぽり…」

 

「み、密談…」

 

 

口に出した能代と照月は耳まで赤くし、音が出そうな位に瞬時に頬を染めあげた。

 

それに呼応してか瑞鶴も同様に顔を赤く染め、

 

口を金魚の様に何度も開閉し提督に指を指している。

 

陸奥もなんだかんだで顔を赤くしていた。

 

そして、長門だが首を傾げ皆、

 

どうして顔を赤くしているのだと頭の上でクエスチョンマークを浮かべている。

 

そんな中、提督はニッと口角を上げ笑っていた。

 

 

「クッ!!なにを想像しているかは知らねえが、オマエ達が思っている様な事はないぜ。

 女学生が憧れる様なもっとピュアなデートのお誘いだ」

 

「「「「っつ!!!」」」」

 

 

してやられた。四人は自分が思い描いた想像に恥じながら更に頬を染めた。

 

赤と言うよりは最早深紅である。

 

そして、長門は提督の言を聞き、陸奥達が顔を赤らめた理由を今、知った。

 

そして、自らも達磨の様に顔を赤らめワナワナと震えている。

 

 

「お、お前達!!何て事を考えていたんだ。破廉恥だぞ!!」

 

「し、しょうがないじゃない提督が誤解を招く様な言い方をするから!!」

 

「そ、そうよ。全部提督さんが悪い!!」

 

「また、からかわれてしまいました…」

 

「もう、提督の意地悪!!」

 

「クッ!!現に密に話していたから間違ってはいないだろう?」

 

「しっぽりは余計よ!!」

 

「そう言えばそうだな。そいつは失礼した。

 だがオマエ達を見るとあの噂は強ち間違ってはいねえな」

 

「…あの噂って何よ。提督さん」

 

「二番艦はスケベ」

 

「「「スケベじゃない!!ありません!!よ!!」」」

 

 

瑞鶴、能代、照月が素早く一斉に否定し…

 

 

「それを言うならスケベボディよ!!」

 

 

陸奥が訂正した。すると瑞鶴が自分の胸部装甲を見つめて、

 

ムッとした表情で艦載機発着準備完了、爆撃の構えを見せた。

 

 

「スケベでもスケベボディでもない!!もう、この話は終わり!!

 これ以上話したら提督さんと言えども爆撃するからね!!」

 

「クッ!!そいつは勘弁だぜ。わかった。これ以上は追求しねえよ。

 だが、それならこっちの話も終わり、でかまわねぇな」

 

 

流石は提督である。自慢の舌で長門の件の追随を交換条件として提案した。

 

 

「………」

 

 

陸奥は黙った。この手の会話は耐性がある為、続けても良い。

 

しかし、前回の様に行動で示されると陸奥と言えども弱いが。

 

他の子を見ると相変わらず瑞鶴は激昂し、

 

能代と照月は恥じらいから何も言えないと陸奥の目にはそう映った。

 

陸奥はやれやれといった様子で息を漏らす。相手が長門だから人一倍聞きたい欲が強い。

 

でもお色気担当のお姉さんは自分の我儘より、他者の気持ちを尊重した。

 

その心優しい気遣いが提督が陸奥を重宝する一つの理由でもある。

 

 

「…はぁ。わかったわよ。この話はこれでおしまい」

 

「クッ!!感謝する」

 

 

提督は左手の人差し指を眉間につけ笑った。

 

その笑顔を見た艦娘達は怒気や恥じらいを雲散させ、場は柔和な雰囲気へと変貌した。

 

 

「もう、こんな時間か」

 

 

腕時計の針は既に正午12時を回っていた。そろそろ昼食をとるには良い時間だった。

 

 

「腹が減ったな。長門、陸奥、瑞鶴、能代、照月、間宮食堂に行くぞ。

 せっかくだ奢ってやるぜ。勿論大本営がな」

 

「そこは、普通オレって言う場面じゃないの。提督さん」

 

「…オレは正直者でピュアだからな。本当の事しか言わねぇのさ」

 

「どこがよ」

 

「あ、あはは。でも、ありがとうございます。提督」

 

「礼は必要ねぇよ。オレの財布は痛くも痒くもないからな」

 

「全く相変わらず食えぬ男だ」

 

「食えたとしても、上手いとは思えねえぜ。長門」

 

「フッ…減らず口を」

 

 

皆が苦笑する中、照月だけが目を輝かせていた。

 

 

「提督、本当に本当に奢ってくれるの。好きな物食べていいの」

 

「ああ、好きな物を腹一杯食べていいぜ」

 

「わぁ…あっ、でも秋月姉や初月に悪いなぁ…」

 

「確か秋月と初月も非番だったな。

 なら、二人を呼んでいいぜ。その方が照月も気兼ねなく食事が出来るだろ」

 

「ありがとう。提督。早速呼んで来るね!!」

 

 

足取り軽く照月は嬉しそうに駆け出していった

 

 

「…照月らしいわね」

 

「姉妹がいる能代なら、気持ちがわかるだろ」

 

「はい。阿賀野姉も酒匂も甘えん坊でほっとけないし、

 矢矧もあれでいて私を頼ってくる一面もあるんですよ」

 

「クッ!!…そうか、あの矢矧が、か」

 

「私は、下の子がいないから甘えられる気持ちがわからないな」

 

「そうね。私達はわからないわね。でも癒される気持ちは共感できるんじゃない」

 

「確かに翔鶴姉を見てると分かるけど、陸奥さんは長門さんを見て癒されてるの?」

 

「アレはアレで可愛い所があるのよ」

 

「へぇ。そうなんだ」

 

「うるさいぞ陸奥!!」

 

「あらあら。聞こえてたのね」

 

「ふふ。でも陸奥さんが言ってた事、分かっちゃったかも。長門さん、あんなに顔を赤くしてる」

 

「ね。可愛いでしょ」

 

「だから…!!」

 

「…そこまでだぜ。長門。なんならもっと可愛らしい所を見せてやろうじゃねえか。

 それも嫉妬する位にな」

 

「…なんだと」

 

「こいつを持ってくれ。くれぐれも落とすなよ。熱いコイビトの器をな」

 

 

そう言うと提督はマグカップを渡し長門の背後に回った。

 

 

「危ないから、暴れるなよ」

 

「なっ!!て、提督?!」

 

「あっー?!!」

 

「あら、あらあら…!!」

 

「はあぁ…」

 

「な、なにしてるの!!提督さん!!」

 

「なにって見りゃわかるだろう。お姫様抱っこだよ」

 

「だからさっきもだけど、そう言う意味じゃなーい!!」

 

 

そう提督は長門をお姫様抱っこした。瑞鶴、陸奥、能代はどうしてと驚嘆な態度を見せるが、

 

当の長門は混乱している様で後の言葉が出ないでいた。

 

そんなことはつゆ知らず提督はまたもやニッと笑みを浮かべる。この男の悪い癖が現れた様だ。

 

 

「何故、長門にお姫様抱っこをしているのかしら」

 

 

陸奥が笑顔のまま静かに怒った。鬼の守護霊が憑依しているかの様なそんな凄みがある。

 

並の人なら冷や汗が吹き出るであろう。だが、提督はものともせず堂々としている。

 

 

「クッ!!やられたらやり返す。そいつがオレのルールだ」

 

「…既にデートに誘ったのだから、そのルールは守られたんじゃないかしら」

 

「倍にして返す。そいつもオレのルールだぜ。陸奥」

 

「もう、ああ言えばこう言うんだから…!!」

 

 

陸奥はそっぽを向いた

 

 

「大体、長門が嫌がっているわよ。そんなの柄じゃないってね。声まで出せていないじゃない」

 

「クッ!!らしくねぇな陸奥。よく見ず言うなんて。それに柄じゃないって本当にそう思うのかい」

 

「えっ?」

 

「どんな女の子でもお姫様に憧れるもの、だろ」

 

 

提督は長門に向けて珍しくウインクした。提督との距離が近いせいか長門はその仕草を見て、

 

ドキリと普段とは違う胸の高鳴りを感じていた。

 

 

「嫌いかい。こういうのは…」

 

「い……いや…き、嫌いでは…ない……」

 

「だそうだぜ、陸奥」

 

「な、長門。貴女まさか…」

 

「さて、食堂に行くぞ。秋月姉妹が既に待っているかも知れねぇからな。

 もたもたしてると置いてくぜ。陸奥、瑞鶴、能代。人は待っても時は待ってくれねえ」

 

 

提督は返答を待たずスタスタと歩を進めた。その際、長門は提督の顔を見つめていた。

 

そして一笑。提督が歩く度身体が揺れる感覚に見舞われながら落ち着きを取り戻し

 

他の者に聞こえぬ様、小声で提督に話しかける

 

 

「提督。あの件は、やはり他言しない事にする」

 

「…理由は」

 

「何、二人だけの秘密も悪くないだろう」

 

「クッ!!…なるほどな」

 

「ああ」

 

 

二人は笑みを零し、次第に長門は提督から渡されたマグカップを持ちながら、

 

器用にも提督の首に腕を回し、提督の胸に頭を預けた

 

 

「後でコーヒーを馳走してくれないか?飲みたい気分なんだ」

 

「いいぜ。長門の心がより晴れやかな気分になる一杯を淹れてやる」

 

「ありがとう。提督…」

 

「ちょ、ちょっと。まだ話は終わってないんだから、提督さん、待ってよ!!」

 

「長門のあんな顔初めて見た。嬉しいけど少し複雑だわ…」

 

「長門さん、いいな。私もお願いすればしてくれのかな」

 

 

その屈強な背中に追い付こうと三人は提督の元へと駆け出した。

 

季節は春。鎮守府内には桜の花弁が舞う中、

 

一人の艦娘の心に人に近づく感情が芽生えた時間であった

 

 

 


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