東方無集録   作:生きる死神

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はい、終章3話目です。
遅れてしまい申し訳ありません。
理由は後書きにて。
それではスタート。


譲れぬ意志の壁

 

 

 

 

 

 人里で起きた騒動から3日が経った。その日のうちに博麗の巫女と人里の守護者によって当事者たちと、それを見ていた者たちに聞き込みを行い、状況把握をしとりあえず住人らは3日間の外出禁止となった。

 これには賛否両論だった。農業を営む者や日銭で食いつないでいる者は外に出れないことに怒り、特にはなにもない者や、子を持つ夫婦などは喜んでいた。

 なにも起こらないまま3日が経ち、里は騒動が起きる前と何ら変わった様子もなく運転し始める。

 その様子を空から見ていた巫女は1人呟く。

 

霊夢「はぁー。面倒臭いことをしてくれたわね、あいつら。まぁ、今回のは人間側にも問題があったからどちらが悪いとは決めきれないんだけど」

 

 職務上彼女は人間の味方である。しかし、今回の件では味方すべき方が先にふっかけてしまった。彼女の言う“あいつら”にはなんの悪いところもなかった。

 いや、なにもなかったわけでもない。人里に入る上で妖怪は害を為すことはない、または為しても抑えられるであろうものが入ることを許可されている。というか、それが暗黙の了解ともいえる。

 それを踏まえて考えると、今回起きた騒動は少し、いやそれなりには非があるとも言えた。といっても被害はその場にいた人間たちの気絶でしかなく、珍しく起きてきた紫と話し合ったが、やはり対処するにはあまり軽すぎた。

 

霊夢「いくら妖怪が悪だと言っても、今回のはねぇ」

 

紫「あら、それは間違ってないわよ」

 

 溜め息をつきながら眼下の人里を眺めていたところに、奇妙な隙間が開き声が飛んでくる。

 ここ最近起きていて、今回の騒動を警戒しているようだ。

 

霊夢「間違ってないけどねぇ。今回のことはさすがに人間側の過剰反応としか思えないわ。確かにあいつら(覚り妖怪)に心を読まれるのは気味が悪いけどね」

 

 私は楽で良いけどね。と事も無げに吐き捨てる。しかし、紫の表情は明るくなかった。

 

紫「あなたはそうなのは知ってるわ。ただ、人間というのは思っているよりも醜いものよ。今回の騒動はそれが表に出てきてしまった、それだけなのだけれど。さすがに相手が良くないわ。彼を怒らすのは私としても避けたいことなのに、全く。いつも人間というものは踏み越えてはいけない線を考えなしに越えてしまうから面倒だわ」

 

 扇子で口元を隠しているが、それでもわかるくらいに彼女の顔は険しく、普通の人間であれば恐怖するほどの怒りが目に見えた。

 それも霊夢にとってはどこ吹く風なのだが、これからを考えると、とても気が重かった。

 もし異変が起きたら解決するのは彼女だ。しかし、いくらそれを起こして退治するにも今回ばかりはやりづらかった。

 

霊夢「どうしてこんなことになったのかしらねぇ」

 

紫「出会った2人が悪かった、というには少しばかり無責任すぎるかしら。でも、今後のことはあなたに任せるわよ?いくら人間が悪いといえど、あなたの仕事だから。出来ないわけ、ないわよね?」

 

 やれやれと頭を振り、自身の直感がうるさいくらいに今後起きることに警鐘を鳴らしていた。それを鬱陶しく思いながら、あまりに露骨な紫の挑発を軽く流す。しかし、異変が起きたら解決するという意志は言外に感じさせられた。

 そのことに満足した紫は再度隙間を開く。

 

紫「後は任せたわ。私も一応彼を監視してはいたのだけれど、能力のせいでそれも阻害されてて今何しているか分からないのよね。気を付けるのよ、今の彼は危険だから」

 

 最後の一言は無責任なようでもあったが、受け取った霊夢からするとそれは珍しく心配の色を含んだものだった。

 

霊夢「はぁ、あんたにそんなことを言うとはね。私ももう少し警戒を強くする必要があるかしら」

 

 変わりもしない眼下の光景を一瞥し、彼女は袖を翻して神社へ帰っていった。

 ────異変が起きたのは、彼女が神社に付き自身の勘に従い準備を終えたときだった。

 

 

 

 時は遡り、霊夢が人里の上空で独り言を呟き始める前。

 地霊殿の一室、1人の少年と1人の少女はいた。視線の先で眠るもう1人の少女を見守りながら。

 

こころ「こいし……、辛そう……」

 

 眠り続けるこいしの顔は酷く辛そうで、見ているこころまで胸が締め付けられようだった。手を握って起きてほしいと願うも、それが叶うのはいつになるか。それほどに彼女は起きる様子がなかった。

 同じくそれを離れたところで見ている真也は、何も言うことはなく、ただ黙っていた。見た感じでは何かを考えているように見えるが、それを知るのは彼のみだ。

 例の騒動から3日経っても一向に目覚める様子はなく、拭いきれない不安はどんどん大きくなるばかりだった。

 

こころ「真也、こいしは起きるかな。また前みたいに笑ってくれるかな」

 

真也「……」

 

 縋るように彼に話しかけるが、反応はなく、いつからか瞑られた目は開かない。

 しかし、彼から発せられる霊力は日に日に増していた。上限の蓋を取り払ってしまったのだろう、際限を知らずに増えて漏れるそれは、今では地上にまで溢れていた。

 何も出来ず、見守ることしか出来ず握る手に力が入るこころ。

 

真也「……こころ、こいしをよろしくね」

 

こころ「……え?」

 

 今までずっと口を閉ざしていた彼の突然の言葉。それはまるで今からどこかへ行くようなもの。

 思わず聞き返すような反応になってしまった。

 

こころ「ちょっと、それはどういうこと?」

 

真也「……地上に行く。そして、異変を起こす。それだけ」

 

こころ「自分で何言ってるか分かってるんだよね?」

 

 説明を求めたら、酷く短くそして簡単に返される。その様子に思わず強い言葉が出てしまうが、仕方のないことだった。

 

真也「もちろんだよ。ずっと考えて、ようやくそれが出来る頃合いになったから話した、そういうことだよ」

 

こころ「……いつから考えてたの」

 

真也「こいしをここに連れてきたときからだよ。それからずっと今まで待っていた。ようやく、かな」

 

 落ち着き過ぎたようにも思える彼の言動に、呆然とした様子でさらに追求する。それすらもすぐに返されてしまう。もう、止めることも出来ないと察してしまった。

 だから、彼には悪いかもしれないがこころは一番効果的であろうことを口出した。

 

こころ「……こいしを放っていくの?」

 

 それは、彼女を愛している彼にとっては最後の防波堤ともいえるもの。

 しかし、それは意味を為さなかった。

 

真也「うん。だからこころに頼んだ。たぶん、異変中に起きるかなって思って、その時はこいしを止めてね。こいしが来たら、僕の決心も揺らいじゃいそうだから」

 

 いつも張り付けていた笑顔を浮かべ、そう言うと身に付けていたものを1つずつ取り外しテーブルの上に置いていく。

 

こころ「……これは?」

 

真也「傷つけるのは嫌だからね。ここにおいていくよ。一緒に思い出もね。これで何も気に止めることはないから」

 

 いつかの誕生日にもらったものを全て置き、残ったのは黒い薔薇のみ。しかし、それを外す様子はなかった。

 

こころ「それはいいの?」

 

真也「あぁ、これはまあ、ある意味僕を表してるし、それなら一緒に持って行った方が良いと思ったからね」

 

 黒い薔薇の花言葉を知るのはこいしと真也のみ。片方は眠り、もう片方は話す気はなく、それは闇に葬られた。

 ふと、彼はベッドに近づき、こいしの頭を優しく撫でた。その顔は最近見た中では一番優しく、そして悲しそうなものだった。

 

こころ「待って、真也。本当は……」

 

真也「頼んだよ。今度会うときは、異変後がいいな」

 

 止めようとした彼女の言葉を最後まで聞かず、自分勝手に言葉を残し、彼は部屋から消えた。

 残されたこころと、眠るこいし。振り向き彼がいた方を見つめ彼女は、紡ぐことの出来なかった言葉を、誰にも伝わらない言葉を続けた。

 

こころ「一番待ちたいのは、あなたなんでしょう。なのに、なんで、なんで自分を犠牲にしてしまうの……」

 

 紡がれた言葉は誰にも届くことはなく、煙のように消えてしまった。

 背中では、誰かに縋るように手を伸ばすこいしの姿。

 

こいし「……待って……真也……行かないで……私を独りにしないで……」

 

こころ「こいし!?」

 

 悲痛とも取れる彼女の呟きは時既に遅く、最もとどい欲しかった人に届くことはなかった。

 すれ違ってしまった2人がまた交わるのは、まだ先のこと────。

 

 部屋から消え再度音もなく彼が姿を表したのは、商店街の道の真ん中で仁王立ちしている鬼の前。そこにいたのは勇儀だった。

 

真也「……何してるの」

 

勇儀「何って、そりゃあ、あんたを止めるために立ってたのさ」

 

真也「……さとりかな」

 

勇儀「ご名答。まあ、必死に頼まれちゃあ断れないからね」

 

 酒を飲みながらもその気迫はいつも通り、いや、いつも以上にあり、前に本気の弾幕ごっこをしたときよりも強かった。

 

真也「まあ、予想通りかな。それで、どうするのかな」

 

勇儀「どうするもなにも、あんたを止めるさ。それが頼まれた私の仕事だからね。悪いけど、今回は手加減無しで行くよ」

 

 手に持った杯を放り出し、構える勇儀。しかし、真也はそれを気にすることもなく歩き始める。それに拍子抜けした彼女だが、彼の能力を視野に入れ、より警戒を高める。

 そして、勇儀のこぶしが届くところまで来た。

 

真也「止めたかったなら、構えるよりも先に殴りに来れば良かったのにね。まあ、そうしても結果は変わらなかったけどね」

 

 その言葉は彼女に届くことはなかった。

 なぜか。それは、射程範囲に入った瞬間に彼女が気絶していたから。

 いや、正しくは、意識を無くしていた。

 

真也「まあ、仕方ないよね。悪いとは思ってるけど、僕も曲げられないからさ」

 

 倒れ伏した彼女をちらと一目見て、そう呟くとまた彼はその場から歩き去った。

 歩みを進め、橋につく。そこにはやはり彼女がいた。

 

パルスィ「はぁ。やっぱり駄目だったみたいね。まあ、あなたが止まるとは思ってなかったんだけど」

 

真也「今度はパルスィか。君も止めに来たのかな?」

 

 橋の真ん中で腕を組み、溜め息をつき真也を見ていた。しかし、何も言うことはなく道を空けた。

 

真也「あれ、止めないのか」

 

パルスィ「私にそんな力はないわ。ただ私が聞きたいのは、あなたがこれから起こすことに後悔はないのかしら?」

 

真也「後悔?そんなことをするくらいなら始めから起こす気なんてないよ」

 

パルスィ「そう。じゃあ、進みなさい。あなたを止める役目は彼女たちに任せるわ」

 

 会話を終え、商店街の方に歩いていくパルスィ。その姿を見送ると、真也はまた歩き始めた。彼女が聞いた質問も、その後の言葉の意味も考えることもなく。

 そうして、地上に向かう縦穴の入り口についた。その前に立つ3人の影。

 

真也「最後はやっぱり君たちだよね。うん、分かってたよ」

 

さとり「分かっていたなら帰りなさい。あなたを地上に行かせる気はないわよ」

 

 瞳に曲げる気などない強い決意を秘めたさとりが立ちはだかる。その後ろにはお燐とお空もいる。

 予想していたとはいえ、あまり嬉しくはない状況だった。会うとは思っていたが、彼からすると住まわせてもらっている恩もあり、何事もなく通りたかったのだ。

 

真也「さとりこそ、ここまできて僕が止まると思ってるの?やめといた方が良いよ?僕も家族を傷つけるとは気が引けるから、通してくれると嬉しいんだけど」

 

さとり「忠告は有り難く受け取るけど、引く気はないわ。あなたのおかげであの子の瞳が開いた。それに感謝はしているわ。だからこそ、あなたを止める。それがあの子のためにもなるだろうから」

 

 強い意志を持って彼の前に立つ彼女に、言葉での懐柔など無意味だろうと真也は悟った。だから、彼は最後の警告をする。

 

真也「本気なんだね。怪我しても知らないからね」

 

さとり「そんなこと承知の上よ。こいしのためなら、例えこの眼を犠牲にしても止めてみせる」

 

 第三の眼を頼りにする彼女からすればそれは何よりも強い鋼の決意。それを打ち砕くのは並大抵のことでは無理だろう。

 これから起きることはどうでもいいが、彼女にしてしまうであろうことを考えると気が重くなるのを感じた真也。

 しかし、彼にも引けない決意があった。

 

真也「はぁ。僕だって君とは争いたくないさ。でも、僕にだって異変を起こしてでも為したいことがあるから」

 

 真也は1枚、さとりたちも各1枚ずつスペルを掲げた。

 

真也「始めようか。僕を止めてごらん」

 

さとり「止めてみせるわ。こいしのために」

 

 互いに譲れぬ意志を持って弾幕ごっこは始まる。その先に覆すことの出来ぬ運命が待っていようとしても。

 

 




どうでしかたね。
遅れた理由に関しては、ちょっと書く気が起きなくてですね。
なんとか今話を書き上げましたが、次話ももしかしたら遅くなるかもしれません。
それでは、次回までばいばい。

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