デーモン・ゲート 魔物娘、彼の地で斯く蹂躙せり   作:イベンゴ

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その3、特地

 

 

 

 

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 ゴルトは無言で、計測器を片手に銀座の街を歩いていた。

 

 道行く人々は皆彼女を振り返り、怪訝そうに顔をしかめる。

 彼女の恰好は、彼女がアンデットの魔物娘であることを差し引いても良く目立った。

 灰色の肌に、銀色の髪の毛。そして黄金の瞳。

 アンデットの上級クラス・リッチである彼女は本来引きこもり体質であり、こういった都会

に出てくることはほとんどない。

 

 今回もできれば遠慮したかったのだが、魔王とサバトからの依頼とあっては断れなかった。

 

(…………やはり、異なる空間同士をつなぐ魔力の波動がある)

 

 計測器の表示される数値に、ゴルトは眉を曇らせた。

 何者かが、おそらくは異なる次元の何者かが銀座と何処かを繋ごうとしている。

 しかし、詳細がわからない。

 まるで地底の暗闇のように、見えにくい力。

 しかし、見えにくい=弱いではない。

 明瞭な力があること自体は、嫌でもわかった。

 それはアンデットであるゴルトと、何か通じるものがあるような。

 

(不死者の国に似た波動……)

 

 まさか、アンデットの何者かの仕業だろうか?

 ゴルトはそう思いかけたが、何かが違うように思った。

 これはただ空間と空間をつなげるだけで、死者に影響を及ぼす魔力が感じられない。

 しかし、確かに冥府の力を感じる。

 ならば生と死の女神ヘルの仕業か――

 

(しかし、ヘルならば冥府の力だけではないはず……)

 

 疑問ばかりわいてくるが、これというものが出てこない。

 しばらく銀座中をうろついて調査してみたが、結果は思わしくなかった。

 

(まさか、魔界とは異なる世界との出入り口……?)

 

 確かに『世界』とか『宇宙』というものは無限に並行して存在するらしい。

 すでに前例がある以上、別の世界との門が開いても不思議ではなかった。

 

(これは思ったより大変な事態かもしれない……)

 

 ゴルトはひとまず他の調査員と連絡を取るため、通信用の魔法を展開した。

 もっともそんなことをせずとも、周りを見れば調査に出回っている魔物娘だらけだ。

 そういえば、ここ最近銀座で行方不明になる者も多いらしい。

 行方不明者の中には魔物娘もいるということで、秘密ながら大々的な調査が行われている。

 

 この時、ちょうど時刻はAM11:51。

 

 ゾッとするような『力』の奔流を感じ取ったゴルトが顔を上げた時だった――

 銀座の真ん中に、巨大な門が出現したのである。

 

「……マジ、これ?」

 

 日本語でつぶやきながら、ゴルトは他の調査員との連絡を取る。

 石や木材で造られた、その巨大な門を見上げながら、ゴルトは嫌な感触をおぼえた。

 内部から感じる、殺意。

 

(これは危険……)

 

 バカでも分かるようなその匂いに、しかし日本人は気づいた様子もない。

 防御のための魔法を展開させながら、ゴルトはどうしたものかと思案する。

 空には、連絡を受けた、あるいは自分で異変に気付いた魔物娘たちが集まってきた。

 

 そうこうするうちに、門が開き、中から異形の軍隊がぞろぞろと現れたのである。

 すでに忘れられつつある旧時代――その魔王軍とはこんなものだったかもしれない。

 黒い欲動にまみれた怪物たちを見ながら、ゴルトは思った。

 探知の魔法をかけたところ、最前でやってくるのは人間ではないようだ。

 

(なら、遠慮はいらない)

 

 その辺はあっさりしたものだった。

 相手はどう見てもお話合いとかお友達になりに来た態度ではない。

 こういうのは、手っ取り早くやっちゃうに限る。

 

死の雲(デス・クラウド)……」

 

 瞬間、灰色の雲が異形たちを包み込んだ。

 途端に怪物どもは口からどす黒い血を吐いて倒れ始める。

 あっという間に銀座の道路には死体が重なるように広がっていく。

 数は多いがこういう呪力に対する防御力は皆無のようだ。

 

(後は、死体に自分で歩かせて……その後どっかで処分して……)

 

 それで終わりだな、とゴルトは気楽に考え出した。

 しかし、どうでもそうではないようだ。

 軍隊は、怪物たちの他に人間の騎士や歩兵たちもいるのである。

 というか、むしろそっちが本隊らしい。

 

「うーん……」

 

 これにちょっと考えてしまうゴルト。

 死の雲(デス・クラウド)の対象を広げればすぐに殲滅できるが、一応相手は人間だ。

 殺虫剤でハエを殺すようなわけにもいかない。

 とはいえ、この日本で悪さをするようなら遠慮も慈悲も無用にせねば。

 

(下手に情けをかけて、日本に迷惑をかけてはいけない……)

 

 日本との融和政策を掲げている魔王にも背くことになる。

 ならば、やはりこいつらの自業自得と言うことで……。

 よく見ると、空を飛ぶ飛竜騎士もいるし、巨大な投石機も用意している。

 グズグズはできまい。

 そう考えるが、状況は少しまずいようだ。

 数が多すぎる。

 千人やそこらではない。

 

(気は進まないけど、死の雲(デス・クラウド)で……)

 

 ゴルトがそう判断しかけた時、突如空が真っ黒に染まった。

 まるで一瞬で夜になったかのように、黒い大気が銀座の空を覆っている。

 その下に浮かぶ翼持つ影。

 

「これは……」

 

 強大な魔力を感じて、ゴルトは驚く。

 下級、中級でもなく、サキュバスとも異なる波動。

 突然の天変地異に、異世界の軍隊も驚き戸惑い、統制が乱れている。

 

「星よ、(いかずち)となれ! 侵略者どもを打ち砕け!!!」

 

 詠唱とも絶叫ともつかない声と同時に、空から星が地上に降り注いだ。

 その隕石とも言うべき塊には、まるで鬼のような形相が浮かび、火花を放つ。

 地上に落下したそれは凄まじい音と共に、爆風で軍隊を吹き飛ばした。

 

「はったりだ……」

 

 人間たちの目には阿鼻叫喚、この世の終わりのように思えたかもしれない。

 だが、魔力を持つゴルトには、それが音と光だけのコケオドシとわかった。

 

 殺傷力はまず、ない。

 

 それよりも、その隙に放たれるビームのごときエナジーボルトのほうが怖い。

 魔力の矢は飛竜を貫き、即死させ、投石機を破壊し、馬を暴走させた。

 猛り狂った馬は主人である騎士を振り落とし、そのまま蹄鉄を振り下ろす。

 もはや軍隊は逃げ惑うだけの、哀れな存在と化していた。

 その間に、集まってきた魔物娘たちの魔法が無慈悲に炸裂し、ある者は麻痺、ある者は石に

なり、ある者は眠りこけていった。

 

 というか、慈悲はあるのだ。

 集まっているのは上級悪魔や魔術の使い手たるリッチやダークメイジ。

 殺す気ならば、もっと手っ取り早く一時間もかからず皆殺しにできる。

 

 警察が到着した頃には、軍隊は門の中に逃げ戻っていた。

 この乱痴気騒ぎを、銀座の人々は呆然として見守るばかりであった。

 

「まあ……どうやら、犯人はわかったらしい……」

 

 銀座の惨状を、高いビルから見下ろしながらゴルトはつぶやく。

 

 異世界からの侵略者。

 陳腐な表現だが、つまりはそういうことらしかった。

 これでひとまず魔王に報告書を送ってゴルトの任務は終わり。

 

 

 ……とは、ならなかった。

 まず、銀座で使った死の雲(デス・クラウド)の件で警察に拘束された。

 人には効かないと言っても、いわば猛毒ガスを散布したようなものだから当然か。

 他の悪魔たちにも当然文句が来た。

 あっさり軍隊を退けたせいもあってか、むしろ魔物娘に対する風当たりが出てしまう。

 しかし、向こうが侵略する気まんまんだったのは、とりあえずわかる。

 野党はこれに関して、

 

「魔界の陰謀ではないか」

 

 という論を出して糾弾してきて、国会は揉める。

 ゴルトたちも呼び出され、くだらない茶番で時間を浪費することになってしまった。

 

 とはいえ、異世界の門(ゲート)を放置するわけにもいかない。

 

 ひとまずゲート内を調査してみんことには……という結論になる。

 この時点で、日本政府はわりと楽天的に考えていた。

 

 しかし、門をくぐった日本人を待っていたのは、侵入時以上の数と装備で固めた軍勢。

 おまけに捕まえた『捕虜』の話から、やっぱり日本に侵攻するつもりだったと判明。

 結局のところ、門の周辺で自衛隊が経験したことのない大戦闘、大殺戮が繰り広げられた。

 このゴタゴタに、魔界はどうした態度に出たものかと論議される。

 

 門の世界にも人間がいるなら、接触を試みるべきではないか。

 

 必要ならば、魔界の庇護下におくべきではないか。

 

 いや、ああいう野蛮人はいかん。いや待ての繰り返し。

 

 結局場所が場所だけに日本の問題だとして魔界はひとまず支援の様子見となった。

 ゴルトたちの処遇は色々揉めたが、結局魔界が保釈金を出すことで解決。

 それでもまだクレームをつける人間はいたが、魔界の情報により魔物娘が迅速に対処せねば

銀座では大量虐殺が行われていただろうとことが明瞭になる。

 

 アメリカはこれはチャンスとばかりに分け前目的で支援を表明した。

 

 ある国々は日本による未開国家への侵略行為と叫んだが、そう言った国とは疎遠になるだけ

のことで、日本の趨勢にはあまり関係なかった。

 大体が魔界という強大な親日国が出現してしまい、そちらとの交流で利益が出ている以上は

やたらに文句をつけたがる国々との関係など問題視されなくなっていたのだ。

 

 当然というべきか、それに反発する勢力もあったが時勢というのはどうしようもない。

 

 

 

 

       2

 

 

 ゲートをくぐった異世界……後に特地への自衛隊派遣が決定する前。

 

 東京のとあるホテルから一人の男が出てくる。

 何人もの部下を引きつれた禿頭の男はソフト帽子にコート姿で静かにホテル前の車へと乗り

こんだのだった。

 

「どうでした、会談の結果は? 彼女らは我々の要求を承認してくれましたか?」

 

 車中で待っていた部下が待ち遠しそうに声をかける。

 

「易々とすると思うかね? 連中にとっても特地は魅力的な開拓地……いや植民地だ」

 

 男は帽子を取りながら、冷たい声で言った。

 

「それに魔界の助力なしでは特地調査は想像以上に手間と金がかかることだろう」

 

「では、やはり駄目でしたか」

 

 がっかりした顔で部下が言うと、男が悪戯っぽく笑った。

 

「承認させたよ。連中の一部を協力者として同行させるという条件付きだがね」

 

「脅かさないでくださいよ。一瞬途方にくれました」

 

「まあ魔界の協力を得るということ自体は悪いことじゃない。特に言葉の問題はな」

 

「翻訳魔法、ですか。まさに魔法。便利なものですね」

 

「いずれは独力で得たい技術だが、そううまくもいくまいな。何しろ我々の科学とは全く違う

進化を遂げた技術だ」

 

 やがて、車は走り出す。

 昼間のように明るい都会の道を走りながら、男たちの会話は続く。

 

「でもやると思っていましたよ。先生はタヌキ……いえ、腕利きですから」

 

「タヌキでもキツネでもかまわんがね。とにかくやらねばならなかった。魔界と交流で経済は

再生しつつあるが、負け組になった連中はそれに代わるものを渇望していた。そこへきて特地

の登場だ。見逃すことはできん」

 

「特地は連中への飴玉ですか」

 

「そんなところだな。とはいえ、これからが大変だ」

 

「魔界への見返りは何を? まさか日本が併合されるなんてことはないでしょうね」

 

「そこんところはアメリカさんへの対応もあるし、ありえんよ」

 

「では……」

 

「魔界の小型種族と日本人の結婚を認める」

 

「何ですって!?」

 

 男の答えに部下は瞠目した。

 

「それはつまり……デビルやドワーフ、ゴブリン、それに魔女との……」

 

 小型種族とは、魔女を初めとして少女……未成年女子としか見えない容姿の魔族を指す。

 児童ポルノなどの問題もあり、その存在はあまり公けにされてはいない。

 人間とほぼ変わりのない姿の魔女は特に。

 

「魔女はあまりにも人間に近すぎる。それはさすがにカンベンしてもらったよ」

 

「ですが……それを引いてもかなりの問題ですよ? 地雷を踏んでしまったのでは」

 

「それなら、魔界と共同で特地へ入るかね。こちらの出費が激減する代わりに、得られるのは

限られてくるぞ? ここは無理でも日本主体でやらなければならないのだ」

 

「……野党やフェミニストの声が今から憂鬱ですよ」

 

「確かにマスコミの依怙贔屓は笑えんが、国民全体の支持は与党に傾いている。特地の飴玉を

ちらつかせれば折れるのが大勢出てくるさ」

 

「ですが、現在でも魔族と人間の交流は反対する人間が多いんですよ。マスコミはひた隠しに

していますが、ヘイトクライムだって起きている。調査段階でも結構な数に……」

 

 部下はハンカチで汗をぬぐった。

 

「わかっとるよ。我が国と魔界が近くなると都合の悪いのが大勢いるんだ。その点については

アメリカさんだって油断ならんのだからな」

 

「でしたら……」

 

「アメリカさんには特地の開発で美味いところを差し出すしかなかろう。どっちにしろ、日本

単独で全てどうにかできるわけもないのだ」

 

「頭が痛いですね」

 

「仕方ない。現状日本は経済にしろ、福祉にしろ、魔界におんぶに抱っこの状態になっとる。

このままズルズル行ったら君がさっき言った併合が現実になりかねんのだ。これを先駆けに

して自主独立の基盤を作らねば……」

 

「老人介護に、低所得者の救済……。情けなくなりますね」

 

「魔界の助けがなければ半ば切り捨てる対象だったからなあ」

 

 男は顔をくしゃくしゃと歪めて、顔を右手で覆った。

 

「しかし……もしも、小型種族との結婚がうまく運ばなかったらどうします? 今は彼女らを

『類似未成年』として人間の未成年に準ずる扱いでしたが……」

 

「それも半分は表向きだからな、今さらさ。見かけは若い娘でも中身は我々なぞ比較にならん

力を持った連中ばかりなのだ」

 

「はあ」

 

「それとだ。失敗したらなんてことは万が一にも言えん。何が何でもこれを通さなければ魔界

との裏契約を破ることになる。連中は契約違反には情け容赦せんぞ?」

 

「……胃腸のお薬のほう、準備しておきます」

 

「やれやれ。これで当分胃薬が相方になってしまう……」

 

 男の嘆きを乗せながら、車は夜の街に消えていくのだった。

 

 

 

 

       3

 

 

 ドタバタと慌ただしく法整備をして後の、特地へ足を踏み込んだ結果。

 アルヌスと呼ばれる『門』の存在する地域は、人馬の死体で埋まっていた。

 人馬の他にも人型をした異形の生物。竜。犬。その他色々。

 全て自衛隊の火器に一方的な犠牲者だった。

 戦死者数、およそ10万人。

 

「ひでえもんだな。こうなると帝国さんも末期症状じゃないの?」

 

 戦場跡を歩きながら、伊丹耀司は嘆息した。

 

「それはどうかと思う……」

 

 隣を歩く灰色のフードをかぶったマント姿の少女は否定した。

 

「ここから帝国の首都からは距離がある……。そこから見て案外気楽に考えている可能性も……」

 

 フードの少女――リッチのゴルトは金の瞳で戦場を見る。

 

 まだ、あちこちで煙の燻る戦地。

 そこら中にミンチとなった人間の死体が散乱しているが、少女は冷静そのものだった。

 

 否、見た目は少女だが彼女の実年齢は400歳を越えている。

 そういう意味では、隣で歩く伊丹なんぞお子様に過ぎない。

 

「というか、こうなる前にもっと平穏な解決法はなかったもんですかね?」

 

 ヘルメットの下から、伊丹はわずかに汗を流した。

 

「無理……。最初からこちらを下等と見下して侵略する気だった相手だから……」

 

 言いながら、ゴルトは比較的損傷の少ない死体をひょいとまたいだ。

 まだ少年と言ってもいい兵士の死に顔にも、彼女の表情に変化はない。

 

「向こうの損害も自業自得……。同情の余地はない……」

 

 取り付く島のないゴルトの態度に、伊丹の汗は冷や汗に変わった。

 

(何というか……敵には全然容赦ないのね、この人たち…………)

 

 オタク者として、魔界に住む魔物娘たちのことはそれなりに知っている伊丹。

 友人・知人にも魔物娘と結婚した、恋人関係にになったという人間が多い。

 魔物娘との結婚が公式に許可されたのは最近のことだから、わりと結婚ラッシュだった。

 

 おかげで出費が多く、結構痛かったことは記憶に新しい。

 そういった伝手で耳にする魔物娘の話は基本的に好意的なものだ。

 特に夫・恋人に対する愛は深く大きく、激しく、深い。

 どちらというとコミュ障だった知人が、結婚を機にぐっと落ちついた例も多かった。

 ほとんどヒモ同然の暮らしをしている者もいるが、時間がたつにしたがって、ヒモではなく

専業主夫にクラスチェンジしたようだ。

 

 恋人となる相手にはいいことづくめだが、そうでない場合もある。

 それは夫や恋人を害する存在に対してだ。

 

 基本的に友好的な魔物娘だが、そういった相手には関してはとことん辛辣で冷酷だった。

 愛情の深さが一転して攻撃や憎悪に変換するらしい。

 帝国に対する態度も、その延長のようなものかもしれない。

 日本で暮らし、日本で生活する魔物娘たちにとっては、帝国は自分たちの縄張りに侵入した

れっきとした敵である。

 敵に対して下手な情けをかけると自分の子供や夫に害が及ぶ。

 

 それは、

 

(許せない……)

 

 ことなのだ。

 

「とはいえ、ここまでの犠牲が出たんだから敵さんももうちょいと考えてくれるといいんだけ

どねえ……」

 

「あなたは甘い……」

 

 空気を変えようと少しおどけた態度で言った伊丹に返ってきたのは辛辣な返答。

 一瞬ビクリとする伊丹だったが、自分を見るゴルトの金瞳は優しかった。

 

「でも、そういうところは悪くない……」

 

「あははは……」

 

「あなたの奥さんは幸せ……」

 

「はは、離婚してますけどね……」

 

 伊丹は妻と離婚した経緯を簡単に話しながら、空気が変わったことに内心感謝した。

 

「ふうん……」

 

 伊丹を見るゴルトの目は呆れたものに変化した。

 

「あなた……女の気持ちがわかってない……」

 

「だから、離婚になったんですってば」

 

「そういう意味じゃない……」

 

「はい?」

 

「あなた……奥さんがあなたを愛してることに気づいてなかったの……?」

 

「へ?」

 

 困ったやつだという眼のゴルトに対して、伊丹は硬直する。

 

 どういう意味だろう?

 一瞬伊丹は理解ができず、ゴルトの言葉が異郷の地に呪文に思えた。

 

「はあ……」

 

 そんな伊丹を嘆息と共に観察しながら、

 

「奥さんがかわいそう……」

 

 ゴルトは心からそう言うのだった。

 暴力夫やモラハラ夫ではなかったつもりなのだが、と伊丹は引きつった笑みを返すばかり。

 

 

 

 

 


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