デーモン・ゲート 魔物娘、彼の地で斯く蹂躙せり   作:イベンゴ

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炎龍退治

 

 

 

 ゾンビ化した馬は結局、

 

「気味が悪い……」

 

 という持ち主の声で、再びただの骸に戻った。

 しかし、炎龍のために騒然となったコダ村は戻ることなく――

 

「早く早く!」

 

「馬鹿! そんなものおいていけ!」

 

 龍から逃れるべく、コダ村の住人は大急ぎで避難の準備に走る。

 

「……緊急事態なので手伝おう」

 

 自衛隊と異世界のリッチはとりあえずそのように提案してみた。

 

 この後、村を紫の燐光に包まれた骸骨が歩き回ることとなる。

 ゴルトの操るスケルトン……龍牙兵だ。

 さすがに気味悪がった村人たちだが、今は緊急事態。

 それにスケルトンたちは忠実で疲れ知らずに動き回る。

 馬車を押したり、荷物を運んだりと大活躍だ。

 

 おかげで村人はかなり早い時間に村を脱出することができた。

 その中に、魔導師の子弟が一組加わっていたことも付け加えておこう。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 自衛隊やスケルトンの助太刀があったとはいえ、避難民の足は重く、苦しいものだった。

 

 雨のために道はぬかるみ、満足に食事もなく、水もない。

 先々で喧嘩や馬車の故障など、トラブルが絶えなかった。

 そのたびにいちいちゴルトや伊丹を初めとする自衛隊が動く羽目になる。

 

 なまじ翻訳の魔法で言葉が通じるせいで仕事が増えること、増えること。

 もっとも、ゴルトは無表情な灰色の顔を動かしもせずに手助けに動いた。

 元来魔界人……魔物娘は人間に対しては友好的だ。

 よほどのことがない限り、人間を傷つけたり、殺したりするようなことはしない。

 残念ながら、地球においてはそのよほどのことを行う人間が多かったわけだが。

 

 それは別に語ろう。

 

「水や食料の予備は十分にあると思う……使ってほしい……」

 

 と、ゴルトは紫の魔法陣からそれらを取り出して疲れた避難民に振る舞う。

 

「王の財宝の魔法使い版?」

 

 その様子を見る伊丹たちは感心するしかなかった。

 ゴルトの使っている『異空間倉庫』の魔法はさほど難しいものではない。

 とはいえ、リッチのような高クラスモンスターとなれば、その容量は広大だ。

 軽く体育館いっぱいにものを収納できるのである。

 

 しかし、これだけのことをされても、ゴルトの人気は今ひとつだった。

 

 何しろ骸骨を操る気味の悪い魔法に、灰色の髪や肌。死人のごとき無表情。

 同じメンバーにいる黒川や栗林といった女性自衛官の方が早く打ち解けていた。

 ただし、中には彼女に終始べったりしている者をいる。

 

「……なるほど、これが『自動車』を動かすエンジンの理論」

 

「そう、地球における技術の基本となってる……」

 

 レレイは出会った直後からゴルトと話し合い、魔法や自衛隊のことを質問していた。

 

「地球の学問や技術はここまで発展しているとは。しかも魔法は魔界に遠く及ばない」

 

 ゴルトからの話を聞きながら、レレイはその眼をギラギラとさせている。

 地球の技術だけでも凄まじいのに、魔界という広大な世界までも門とつながっている。

 

(これでは帝国に万に一つの勝機もない)

 

 流浪の民としては帝国に義理も恩もないのだが、少々同情を禁じ得ない。

 仮に技術で日本と互角だったところで、魔界の圧倒的な魔導にはまずかなわない。

 リッチであるゴルトの魔法だけを見ても、レレイたちの知る魔法の遥か先を行っている。

 

 そこには大人と子供の以上の絶望的な差があった。

 しかも魔界には不死身に近い肉体強度を誇るドラゴン属、リッチ以上の魔力を持つデーモン

をはじめとした悪魔属がひしめいていると言う。

 

 そしてレレイは感じる。

 日本の学問や魔界の魔導を学べば、自分はさらなる飛躍ができるはずだと。

 彼女がグッと手を握り締めた時だった。

 

 ふとゴルトが顔を上げた。その瞳は今までにない真剣な光が宿っている。

 

「何か来る……。これは……悪魔属?」

 

 ゴルトが獣の頭蓋骨を模した杖を手に空を見上げた――

 

 と。

 

「だーーーーー! もう、しつっこいな~~~~~~~~~~!!」

 

 空の向こうから、甲高い少女の声が聞こえてきたものである。

 

「何だあ!?」

 

 伊丹が手をかざして声の方向を見やる。

 太陽を背にして、翼をはやした何かがまっすぐにこちらへ飛翔してきた。

 青い肌にコウモリのような翼と可愛い尻尾。さらに頭にはこれまた可愛い角。

 

「デーモン……いや、デビル」

 

 伊丹と同じ方向を見たゴルトは首を傾げた。

 自衛隊に同行している魔界人は自分の他にもいる。

 しかし、デビルはいなかったはずだった。

 

(ひょっとして、行方不明にになった中の一人……)

 

 だが、思考もそこまでだった。

 逃げるデビルの後ろから、真っ赤な色をした巨大なものが迫ってきたからだ。

 

「炎龍だ!!」

 

 避難民の間から悲鳴が上がった。

 同時に、ゴルトは杖を握り締めて外を睨む。

 青い空の向こう側から、赤い巨龍が翼を広げて接近してくる。

 そいつがデビルを追っているのは明白だった。

 

「しつこいんだよ、クソトカゲ!!」

 

 デビルは背中の翼を蠢かしながら、毒舌を吐いて手から光弾を放つ。

 それが命中した途端、凄まじい音と閃光が広がり、炎龍の体がぐらりと揺れた。

 煙の中から飛び出した龍の顔半分がひどく焼けただれている。

 しかし、炎龍はますます勢いづいてデビルを狙って、口から炎を吐き出した。

 

「やられた!!」

 

 叫んだのは誰だったのか。

 デビルは火に包まれながら、ゆっくりと地上に落下していく。

 伊丹が応戦の指示を放ったのは、その直後だった。

 デビルを撃墜した炎龍は、そのまま避難民に向かって下降し始める。

 目的は飢えた瞳で明らかだった。

 

「ゴルトちゃん、魔法でどうにかできない!?」

 

 襲い来る怪物に銃の掃射を浴びせながら、伊丹が叫ぶ。

 

「戦闘魔法はあまり得意じゃない……!」

 

 どの魔法を使うか思案しながら、ゴルトは言った。

 

「あのデビルに協力してもらうほうが建設的……」

 

「え。でも、あの子はさっき……」

 

「デビルはあの程度では死なない」

 

 ゴルトの意見に伊丹が驚きの声を漏らした時である。

 

「……よくもやってくれたな!!!」

 

 凄まじい怒声が大気を震わし、紫色の光の柱が天高く昇った。

 光の柱の中央から、巨大な翼をはやした少女が目を怒らせて宙を駆けてくる。

 

「マジかよ……」

 

「マジ」

 

 呆然とする伊丹と、うなずくゴルト。

 

「死ね!!」

 

 空中からの飛び蹴りが炎龍の頬を貫き、その巨体を浮かせた。

 そして、先ほどよりもはるかに大きな光弾がその胴体吹き飛ばす。

 地上の避難民たちは頭を抱えて、逃げ惑うこともできずにうずくまっている。

 

「よし……今だ」

 

 炎龍がデビルにボコボコにされているの見ながら、ゴルトは魔法を完成させていた。

 と、地面から灰色の巨大なものが突き出して、無数の土煙を吹き上げていく。

 出現したもの――それは炎龍と同じくらいのサイズの、骸骨だった。

 

「……ぼ、ボーンゴーレム?」

 

 見上げながらつぶやく伊丹。

 巨大なスケルトンはゆらゆらと炎龍に組みつき、後ろから羽交い絞めにする。

 そして、ずるずると炎龍を遠くへ引き離していくのだった。

 

「はい、どうぞ……」

 

「え。あ……!」

 

 ゴルトに言われた伊丹は、我に返った。

 炎龍が巨大スケルトンから逃れようともがいている。

 そこに、自衛隊のパンツァーファウストがまともに命中したのだった。

 

 当然ながら胸を大きくえぐられ、炎龍はあっけなく絶命する。

 ゴルトの出したスケルトンはその衝撃と吹き飛ばされ、灰になって散っていく。

 不死身と恐れれた怪物がどうと地面に倒れ伏した後。

 

 避難民は何が起こったのかと、ただポカンとして炎龍の死体を見つめるだけだった。

 

 そこへ、デビルが静かに舞い降りてくる。

 炎龍のブレスをまともに浴びたにもかかわらず、火傷一つ負ってはいなかった。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「アタシはデビルの、リリス。何か知らないけど、ちょっと前から迷い込んじゃってさ」

 

 デビルはそう言いながら、翼を閉じたり広げたりしていた。

 炎龍を倒した後、避難民は恐怖とも畏敬ともつかない顔で、自衛隊やデビルを見ている。

 自衛隊は炎龍を倒すという偉業を成し遂げ、リリスは炎龍と戦って、その上に炎を浴びても

ピンピンしている。

 恐怖を通り越して信仰の対象になってもおかしくなかった。

 

 まあ、デビルは逆の意味で信仰の対象になりそうな存在ではあるのだが。

 

 ともかく、炎龍がいなくなったということは避難の必要がなくなったということだ。

 村に戻れるという事実に気づいても、村人たちはまだポカンとしていたが。

 あまりにも信じがたい出来事が続いたために、感情がついてこないのである。

 

 そのへんは自衛隊も似たようなものだったけれど。

 

「これは……持って帰ったほうがよい?」

 

 龍の死体を調べながら、ゴルトは伊丹と話し合っている。

 その背後にはレレイが目を皿のようにしながら異邦人たちのやり取りを聞いていた。

 巨大な骸骨を召喚した魔法。龍のブレスを浴びて平気な亜人。龍殺しの戦士たち。

 どれもこれもぶっ飛んだことばかり。

 これをみすみす逃して村に戻る気になどなれはしなかった。

 いよいよもって彼らと交流を広げ、見聞を広めねばなるまい。

 彼女はそうかたく心に誓っていた。

 

 エルフの少女は、龍の死体を呆然と見つめて動かない。

 故郷を滅ぼした敵のあっさりとした死。

 それが壊れかけた彼女の心を、どうしようもなくかき乱し、同時に凍らせていた。

 

 ゴルトは視線に気づいて振り返り、エルフの少女に言う。

 

「あなたの仇は、私たちが殺した」

 

 冷淡とさえ言える口調に、エルフの少女は曖昧にうなずくだけだった。

 

 と、ここで。現場にはさらなる闖入者が登場する。

 

「まさか……炎龍を殺すなんて……」

 

 驚愕に目を見開いているのは、漆黒のハルバートを持った黒いゴスロリ少女。

 

「神官様だ!」

 

 子供の叫び声と共に、ゴスロリ少女に村人たちが群がっていく。

 

「宗教関係者……?」

 

「暗黒の神・エムロイの使徒。ロゥリゥ・マーキュリー」

 

 ゴルトの問いに、レレイが答えた。

 

「はじめましてぇ。あなたたち、何者かしらぁ?」

 

「自衛隊とその協力者」

 

 ゴルトが率先して答える。

 

「アタシは違うよ? ただの迷子」

 

「じえいたい?」

 

「今帝国が戦っている相手と言えばわかる……?」

 

「へ~~~……。じゃあ、門の中から来たのぉ?」

 

 ニコニコしながらも、その眼はまるで笑っていない。

 探るような、刺すような視線でゴルトやリリスを見ている。

 

「何だよ、アタシたちに何かよう?」

 

 視線に気づいたリリスは挑発するように鼻を鳴らす。

 

「お仲間……というわけじゃ~なさそうねぇ? それと、あなた――」

 

 と、ロゥリィはゴルトを見やり、

 

「あなた、生きているのかしら、死んでるのかしら?」

 

「一応は生きていると言える……。普通の人間とは生死の概念が違うかもしれないけど……」

 

 尋ねられたゴルトは、一応の返事をするのだった。

 

 

 

 


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