デーモン・ゲート 魔物娘、彼の地で斯く蹂躙せり   作:イベンゴ

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プロローグ

 

 

 それは唐突に起こった。

 

 東京は秋葉原のど真ん中、その上空に突如として巨大な魔法陣が出現した。

 紫の光で構成された道の文字と紋様。

 多くの人間がスマホやカメラを向けている中、陣の中央から奇妙なものが現れる。

 

 それは美しい人間の女性……に、似た何か。

 

 赤、青、紫……と色とりどりの髪や肌をした異形のモノたち。

 そいつらはコウモリに似た翼をはためかせてアキバの空を我が物顔で飛び回る。

 中には奇妙な刺青らしい紋様が顔や肌に浮かんでいたり、角のはえている者もいた。

 共通しているのは、みな若く美しい女性だということ。

 そんな者が何十と飛翔する中、魔法陣から巨大な帆船が出現した。

 空飛ぶ帆船はアキバ上空に浮遊したまま動かない。

 そのうち、翼をはやした異形の女たちはゆっくりと地上に降りてくる。

 地上に降りた彼女たちは、フレンドリーな笑顔で通行人へ、

 

「はじめまして。ごきげんいかが?」

 

 と、極めて流暢な日本語で話しかけた。

 警察やマスコミが駆けつけてきたのは、ちょうどその頃だった。

 

 

「私たちは魔界から来た、魔王の使いです」

 

 なし崩し的に交渉に立たされた警察官に向かい、彼女たちは語る。

 

「この日本という国と国交を結びたいと思い、やってきました」

 

 ゲームみたいなことを言われて困り果てる警察。

 だが、彼女たちは『お土産』と称して多量の宝石・貴金属を見せてきた。

 

 紆余曲折あってどうにか政府の人間が応対したところ。

 彼女たちは魔界という異次元世界から、やってきたのだという。

 最近こちらの世界を知って、交友関係を持ちたいと考えていたが――

 

 他の国では自由がなかったり、宗教上の問題でうるさかったり、戦争だったり。

 とにかく落ちつかないので、比較的平和で自由な日本を相手に選んだらしい。

 このことは瞬く間にネットなどを通じて世界中に広まった。

 世界中のマスコミが彼女たちにインタビューを行ったが、

 

「私たちの姿や能力・嗜好の問題から、日本がもっとも好ましい」

 

 おおむねこんな答えが返ってきた。

 

「アメリカではダメだったのですか? 世界有数の国ですよ」

 

 と、米国記者が訪ねたこともあったが、

 

「宗教関係でうるさい国だからダメ」

 

 と、けんもほろろであった。

 同じ理由でキリスト教の盛んな国々……。ヒンドゥーのインド、イスラム圏の国々もダメ。

 

 確かに彼女たちは、デーモン、デビル、サキュバス、インプなどなど……。

 キリスト教における悪魔そのものの名称であり、姿である。

 

 これはまずい。

 

 すったもんだはあったが、やがて魔界と日本との国交が成立することとなった。

 実際そうなってみると、魔界人たちの影響はすごいものであった。

 

 まず交流の中心であるデーモン・デビルは魔界でも上層に位置する種族で金持ち。

 不況であった日本市場にとってまたとないお客様となる。

 デーモンは日本の観光地や一流ホテルで優雅に過ごし、気前よく金を使ってくれる。

 

 デビルやインプはデーモンほどの勢いはないがその以上に数があった。

 日本のお菓子や漫画・アニメを気に入って大量に買っていく。

 これには出版業界や食品業界もえびす顔。

 ガンプラなどのオモチャ類も飛ぶように売れた。

 中には自分たちで直接漫画家などアーティストに仕事を注文する者も大勢現れる。

 そのうちに、オークやコボルト、ゴブリン、ダークエルフ、ドワーフという他の種族も次々

日本を訪れるようになった。

 

 ちなみに、それらの種族もみんな女性。

 魔界では基本として女性しか生まれないとのことだった。

 

 つまり彼女らが異世界まで友好を求めてきたのは、男を求めてのことだったのだ。

 悪魔属の上級種はともかく、オークやコボルトはかなり直接的で――

 日本に来ては逆ナンのようなことをして、日本人男性を誘惑した。

 オークにしろコボルトにしろ、豚の耳や角が生えていたりするが、その姿は美しい女。

 女性慣れしていない者の多いアキバ系は瞬く間に『捕獲』されてしまう。

 

 またゴブリンやドワーフは見た目は未成年の少女とそっくりで。

 そっちの属性の人間たちも誘蛾灯に誘われるがごとく捕食されていくのだった。

 しかし、利益のほうがはるかに大きいためにあまり問題視する声はなかった。

 政府としても、石油をはじめとする各資源を『お友達価格』で売ってくれる魔界は、末永く

お付き合いしたい相手である。

 

 こうなると他の国も黙っていない。

 我も我も魔界との接触を試みた。

 しかし、それをさせない動きというのも当然あった。

 それは他国というよりも、むしろ自国内である。

 大体、魔界という異次元から来たわけのわからん連中を忌避する勢力は多い。

 

 例えば、アメリカでは宗教右翼が、

 

「悪魔の住処である魔界に核を撃ち込め!」

 

 とデモをしたりして、政府関係者に頭痛を引き起こした。

 中東などでも、やはり警戒する声は大きい。

 魔界の人間を拉致しようと工作員を送り込む国もたくさんあった。

 しかし、大抵は工作員はそのまま行方不明になり、何事も起こらず終わる。

 

 何をやっても暖簾に袖押し。

 いたずらに手駒が消えていくばかりだった。

 もっとも、これは平穏な場合と言える。

 

 ある時などはCIA長官の部屋に、全身をグシャグシャにされ肉団子状態になった工作員が

音もなく放り込まれるということも。

 また魔界に軍事侵攻をもくろんでいたある国のトップは、ある朝、手足も目も鼻も歯も舌も

ない芋虫のような状態でベッドでもがいているところを発見された。

 

 各国のこういった動向――

 これは、魔物娘たちが日本に対して基本平和的かつ友好的だったためだ。

 彼女たちは確かにマナーを守り、優しかった。

 ただし、それはあくまでも相手が善良であるか、彼女たちが気に入った相手に限る。

 敵対しようとする相手には、ひとかけらの慈悲も与えなかった。

 

 そこはやはり『魔物』なのだった。

 

 日本を中心とした地球と魔界との交流は日を追うごとに盛んになり、ついには日常となる。

 主に日本に住み着きだした魔界の住民たちもかなりの数となった。

 地球に来れるのは上流階級が多いためであろうか? 

 基本金持ちで気前のよい彼女らはあっさりと地元に溶け込んでいった。

 

 デーモンやデビルの他、鬼族や河童、天狗、狐や狸なども多い。

 これらの住むジパング地方は言葉や文化が日本と酷似していたせいもあるらしい。

 

 一年後。

 

 モンスター娘たちのいる日常が当たり前となった頃だ。

 

 銀座事件と呼ばれる出来事が起こった。

 

 

 

 その日、真夏であるの黒いフード付きマントをした女が銀座にいいた。

 目的は最近銀座で行方不明になったという女性の捜索。

 文化交流の傍ら知り合った家族から、相談されてのことだった。

 

 名前はゴルト。

 リッチ……高い魔力を誇る上級アンデットである。

 アンデットと言ってもその肉体は腐敗も劣化もせず、全盛期のまま。

 リッチとしては年若い彼女は持ち前も好奇心から、銀座周辺の異変に興味を持った。

 

 確かに銀座では奇妙な時空の乱れが生じているらしい。

 上級の魔族たちは敏感にそれを感じ取り、政府に調査をしたいと申し出ている。

 だが、いくら多くの利益をもたらしてくれると言っても魔界人たちに大規模な活動をされる

ことに政府は難色を示していた。

 

 そもそも、行方不明事件も魔界によるものではないか?

 と、疑う声も少なくないのだ。

 もちろんそれは誤解と断じるゴルトは昨夜から休みなしで調査を続けていたのだが――

 ふと、強い魔力の波動を感じて、振り返った。

 そこには、今までなかったはずのものがあった。

 

 巨大な門。

 

 得体のしれぬ、しかしアンデットであるゴルトとかどこか似通った魔力。

 それを発散する門。

 同時に、ゴルトは門の中から発せられる殺気にも気づく。

 

「いけない」

 

 静かにつぶやいて、門に向かって封鎖魔法を展開した。

 紫に輝く光のドームが門を包む。

 と、同時に門から異形の集団が躍り出てくる。

 人を醜悪に歪めた角の鬼とでも言うべき怪物たち。

 そして武装した中世から迷い出てきたような軍隊だった。

 ものすごい数だ。

 

「これはまずい……」

 

 ゴルトは舌打ちをする。

 

 住人やそこらならともかく、これだけの数が相手では、自分一人では手におえない。

 封鎖魔法に閉じ込められた集団は、光のドームの中で叫びをあげている。

 

「あの、映画か何かの撮影ですか?」

 

 無表情な顔の下で冷や汗をかいているゴルトに、話しかけてくる女子学生。

 手にはスマホを持っている。

 

「警察……早く呼んで!!」

 

 振り返りながらも、ゴルトは大声で叫んだ。

 めったに出さない大声だった。

 

 その剣幕に、周辺の人間もただごとではないとわかったらしく、どよめきだす。

 

「――なに、こいつら?」

 

 引いていく人波に逆らうように、一人の女が声をかけてきた。

 

 中性的な美貌に、男装のような服装をした女だった。

 人間の女ではない。

 強靭な尾と翼を持つ、魔界ではデーモンなどに匹敵すると言われる強種族。

 

 ドラゴンだ。

 

「緊急事態」

 

「見ればわかる」

 

 ドラゴニュートの女は面白そうに軍勢を見ている。

 それは捕食者の眼だった。

 

「みんな、急いでここから逃げろ! 大至急!!」

 

 ドラゴニュートは後ろの人垣に怒鳴りつけると、バサリと翼を広げる。

 

「助かる。もう封鎖魔法がもたない……」

 

 ゴルトは弱気な声で言う。

 言葉通り、光のドームは徐々に消滅しつつあるようだ。

 

「日本は平和だけど、ちょっと退屈だったんだ。憂さ晴らしにちょうどいい」

 

 ドラゴニュートは美しい顔に凶暴な笑みを浮かべた。

 その殺気に、ドーム内の軍勢はたじろいだようだった。

 

「ところであいつら何言ってるかわからないんだけど?」

 

「今翻訳の魔法をかける」

 

 ゴルトは片手でドームを維持しながら、もう片方で魔法を使った。

 と、ちょうど良いタイミングで……

 

「蛮族どもよ、よく聞くが良い!!」

 

 ゴルトの魔法で翻訳された声がドーム内の軍勢から響いた。

 

「我が帝国は皇帝モルト・ソル・アウグスタスのこの地の領有と占有を宣言する!!」

 

「はあ?」

 

 魔界人から見ても時代錯誤なこの宣言に、ドラゴニュートは肩をすくめる。

 

「もう……限界」

 

 同時に、ゴルトが震える手を下ろそうとしていた。

 パトカーのサイレンが聞こえてきたのは、ちょうどその時である。

 

 そして、光のドームが消えた。

 自由になった軍勢が一気に銀座の街へと雪崩れ込んでいく。

 

 しかし軍勢の刃が届く前に、ドラゴニュートがその翼でゴルトを近くのビルへと運んでいた。

 まさに疾風のごとき速度。

 

「助かった。私はリッチのゴルト」

 

 阿鼻叫喚の騒ぎとなっている下を見ながら、ゴルトは名乗る。

 

「僕はドラコ。ドラゴニュートのドラコさ」

 

 一方的な攻撃が続いているようでいて、『帝国軍』とやらに反撃している者もいた。

 警官たち、ではない。

 無論警官も応戦しているが、それ以上に攻撃的な魔物娘たちが戦っているようだ。

 

「おっと、僕もお祭りに参加しなくちゃねえ!!」

 

 ドラコは叫びながら、下へと舞い戻っていく。

 そして、人を襲おうとしているワイバーンに蹴りをいれた。

 

 矢や刃が彼女を襲うが、人間の刃物は彼女の肌を傷つけることはできない。

 凶暴な竜人の怒りに触れて、叩き潰されるだけだった。

 

「それにして……一体誰が」

 

 ゴルトは謎の軍勢が出てきたゲートを見つめながら、ほうとため息をついた。

 

 

 


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