戦車道全国大会も間近に迫り、この日はその抽選会が行われた日だ。
会場にはあらゆる高校の生徒たちが集結している。プラウダの生徒も当然のようにいる。勿論、全員が来ているわけではなく限られた数人で来ているだけなのだが。
その抽選も終わると、当然暇になる。こんな日に練習はしない。そもそもここは自分たちの学園艦ではないので、この会場に来ていない生徒はともかく、練習のしようがない。
だが、意識の高いプラウダ高校の生徒たちだ。砲手なら砲手、通信手なら通信手と、今いるメンバーだけで簡易的なミーティングを自主的に行っていた。
しかし、その意識が高かった故に現在、一人だけ辛い仕打ちを受けてしまう者がいた。
(あー!! どいつもこいつも、一体なんなのよ!? このカチューシャをのけ者にして、楽しいっていうの!?)
一人寂しく外を歩いていた人物、カチューシャである。
これには訳があった。
実は今日この会場に来ていたメンバーの中で車長を務めていたのはカチューシャとノンナだけであり、そのノンナは砲手のミーティングの方に混ざってしまう。カチューシャも砲手ではまだ教えれるところもあったので混ざろうとしたのだが、
「こちらは私がいれば大丈夫ですよ。いつも頑張っているのですから、今日くらいはゆっくり休んでください」
と、ノンナの優しい一言。こんな言葉をかけられてしまっては、混ざるに混ざれない。
だったら、と同じく得意の通信手の方に行こうとしたら、同じように優しい言葉をかけられてしまう。
要するに、気を遣われた結果、逆に一人ぼっちになってしまうという悲しい結果に。哀れ、カチューシャ。
余談ではあるが、これから数日の間プラウダに戻っての訓練時、カチューシャは相当機嫌が悪かったらしい。それに一番焦っていたのは、ノンナだったとか。
(しかし……やる事がないわね。少しの間時間を潰す……うーん、ご飯?は、さっき食べたばかりだから却下。本の立ち読み?は、一人だと棚に手が届かない場合もあるから却下。ああ、何故か知らないけど一人でいる時に本屋を見かけたら腹が立つわね)
いつもはノンナがいるので高いところにある本も取ってもらえるのだが今は無理である。
今この時、本屋にもノンナにも不満な様子。まさに理不尽である。
(あー……喫茶店か。一人で入るのもちょっと嫌だけど、時間を潰すってなるとここくらいしかないわね……)
カチューシャは喫茶店をあまり一人で利用するタイプではないため、やや躊躇っているものの入ることを決めた。
ちなみに躊躇う他の理由として、抽選会の後なので他の高校のメンバーがいる可能性もあるため、余計に一人で入るのが嫌だったというのもあるのだが。しかし、他には選択肢はなかった。
そこは、戦車喫茶であった。
―――
「いらっしゃいませ、お一人様でしょうか?」
「そ、そうよ」
「現在満席となっておりまして……相席という形になるか、お待ちいただくことになってしまうのですが……」
(やっぱ来なきゃよかったかもしれない)
この喫茶店、カチューシャの読み通りというか、やはり他校の生徒で賑わっていた。しかも、満席になるほどに。
しかも、ほとんどが複数人で来ているケースが多かった。正直な所、カチューシャからすればかなり相席は辛かった。
(せめて知っている人がいれば。そうね……ダージリンとかいないかしら? というか、知っている人がいないと辛い助けてノンナ)
先ほどまで怒りの矛先であったのにもかかわらず、すぐにノンナに助けを求めたくなってしまったカチューシャであった。
カチューシャは店内を見渡す。そこに聖グロリアーナのメンバーはいなかった。他にも知っている人はいないものかと、再度見渡す。
「お言葉ですが、あの試合のみほさんの判断は間違っていませんでした!」
(……あれ? この声、どこかで聞いたような? しかも、みほさん?)
突然、店内に大きな声が響き渡った。だがその声は、カチューシャにとって聞き覚えのある声であった。
目を向けると、そこには自分の見知った顔が二つ存在していた。一つは、この前練習試合で戦った大洗のメンバー。
「部外者は口を出さないで欲しいわね」
もう一つは、黒森峰の隊長と副隊長である、西住まほと逸見エリカであった。
(とりあえず、ミホーシャ達がいてくれて助かったわ! 何言い争ってるのか知らないけど、とりあえずあそこに行かなくちゃね!)
最初の大声を発した優花里の声以外、遠くて何を言っているのかわからなかったので内容までは聞き取れていなかった。
とりあえずお邪魔しようと、カチューシャが席に近づいて――――
「無様な戦い方をして、西住流の名を汚さない事ね」
ようやく声が聞こえる距離まで来たかと思えば、エリカがそんな事を話していた。
当然、こんな事を言われれば大洗のメンバーも平然としていられるわけがない。言い返そうと、席を立とうとした。
だが、それよりも先に悪い笑みを浮かべながら先に言葉を発した人物がいた。
「西住流がどうとかは知らないけど、去年無様な戦い方をして十連覇を逃したのはどこのどいつだったかしら?」
「なっ!? あなたは……!」
「やっほー、ミホーシャ! それにみんなも、久しぶりね!」
「カチューシャさん『殿』!?」
いきなりとんでもないことを言われたのだから言い返そうとして予想外の相手にびっくりしたエリカを無視し、大洗のメンバーに気さくな挨拶をする人物、それはカチューシャであった。
「最初から相手をなめてかかっているような奴が副隊長じゃ、今年の黒森峰も大した事なさそうね!」
「このっ……! 言わせておけば!」
「エリカ、挑発だ。乗るな」
「でも!」
カチューシャに煽られっぱなしの黒森峰の二人であるが、熱くなるエリカに対し、まほは冷静であった。
「……確かプラウダは、大洗と練習試合をしたらしいな」
「知っていたのね。きっと、貴方達が思っているよりもミホーシャ達は強いわよ。それは全力でぶつかったこのカチューシャが保証するわ」
「……そうか」
まほはプラウダと大洗が練習試合をしたこと、そして結果だけは知っていた。
結果だけ見るとプラウダの圧勝ではあるが、そのプラウダの隊長であるカチューシャが大洗が強い、と発言したのである。
まほは少しだけ目をつぶり、みほの事を考えた。
「エリカ、行くぞ」
「は、はい! ……去年一度まぐれで勝ったくらいでいい気にならないでよね!!」
「……エリカ!」
「隊長!? ……すみません。とにかく貴方達、今度試合で会ったら覚えておきなさいよ!!」
こうして、この小さな衝突は幕引きとなった。
―――
「いやー、貴方達がいてくれて助かったわ! 元気にしていたかしら!? あ、ここのケーキ中々おいしいわね!」
その後大洗のメンバーと相席になれたのが嬉しかったのか、テンション高く喋るカチューシャ。まさに自由人である。
「と、いうより何であんな言い争いになっていたのよ。ミホーシャが確か元黒森峰だったかしら? それで元チームメイトとケンカになったとか?」
「あはは……ちょっと、色々あってですね」
「売り言葉に買い言葉ってヤツですね。こっちもちょっと熱くなっちゃって……」
カチューシャの疑問に答えるみほと沙織。エリカの挑発ともとれるような行為に、大洗のメンバーがヒートアップしたのだから、まさに売り言葉に買い言葉と言える。
「そうだ! カチューシャ殿、貴方は相手側として、どう思っていましたか!?」
「……へ? いきなり何の話よ?」
「あ、そのですね……去年の黒森峰対プラウダとの試合、みほ殿が取った行動です。私はあの行為、間違っていないと思うのですがカチューシャ殿は仲間を守るのとフラッグ車を守るの、どちらが正しいと思っているのかと思いまして……」
優花里が黒森峰に投げつけた、疑問である。最も、先ほどはエリカに部外者は黙れの一言で片づけられたのだが。
ちなみに、先ほどこの言葉を聞いてみほは心の中で嬉しさを感じていた。今までバッシングを受ける事がほとんどだったので、この優花里の一言には結構救われた部分が大きかったのだ。
だが同時に、ここでその疑問をカチューシャに聞かないでほしいという部分も少なからずあった。そもそもこの問題をあまり話題にしてほしくないのと、相手にはどう思われていたのか、いいカモだったと思われていたのではないかといろいろ想像すると、辛くなるからだ。
しかし、カチューシャの返答は意外なものであった。
「あー、あれ? 知らないわよ、正解なんてないんじゃない?」
「……はい?」
思わず、優花里が変な声を出してしまった。自分の思っていたところとはかなりかけ離れた答えが返ってきたからだ。
「色々な考えを持っている人がいるわけだからその人によって正解なんて変わるでしょ。とにかく勝ってほしい人からすると戦車を見捨てて仲間を助けるのは違うって答えになってもおかしくはないわ」
「そ、それはそうですが……」
「逆も然りよ。まあ、強いて言うなら乗員を守りつつフラッグ車を守るのが正解だったんでしょうね、出来ないからああなったんだろうけど。……言い方は悪いけど、ミホーシャはどっちかの選択肢しか取れなかったんなら、どっちをとってもバッシングを受けていた事に変わりはなかったんじゃない?」
「……私はその試合の事は知らないし西住さんの事情もよくわかんないけど、その言い方はあんまりじゃないのか」
カチューシャの言い方に皆の気持ちを代弁するかのように、冷泉麻子が反論する。みほは、うつむいたままで話を聞いていた。
「……悪かったわね、ミホーシャ」
「……え?」
「あの時の相手の車長はカチューシャよ。わざとじゃないにしても、追い込んでしまったのは事実だから」
「あ、あの! ……あれは仕方がないと思います。それに、カチューシャさんだって」
実は、あの試合でバッシングを受けたのはみほだけではなかった。
勿論みほが一番強いバッシングを受けたのは事実なのだが、他の黒森峰のフラッグ車のメンバーは何をしていたんだとか、そちらにも怒りの矛先が多少ではあるが向いていた。
そして黒森峰だけではない。実はカチューシャも、強いバッシングを受けていたのだ。
バッシングの内容としては、人を死なせるかもしれない所まで追い込まないと勝てないのか、あるいはプラウダが優勝したのは事故によるただのまぐれ、などとひどい内容のものだらけだ。
勿論プラウダの、カチューシャの強さを認めている人も少なからずいたが、今までの優勝者に比べ文句が多く出たのも事実であった。
当然、本人も言っているがカチューシャは人を死なせるかもしれない所まで追い込んだのは故意ではないし、本当にただの事故だ。
だが、その事故がみほも含め、様々な人を傷つける結果となってしまった。
「あー、ミホーシャほどひどくはなかっただろうし気にしてないわよ。……というか、この話題は終わり! こんな空気、カチューシャは嫌いなのよ!」
「すみません、こんな話題を出してしまって……」
「まあ、しょうがないわよ。それと、ミホーシャ」
「は、はい!」
「正解はわかんない。だけど、今のカチューシャなら……ミホーシャと同じ行動をしていたかもしれないわね」
「えっ、それって……ありがとうございます!」
「……なんでお礼を言われるのよ?」
カチューシャからすればお礼を言われることは謎な事であったが、みほからすればその言葉はまた少し、救われた感じになるのだ。
賛同者がいるということは、みほの心の癒しとなるのだ。故の、お礼である。
その後は、暗い話は抜きに様々な話で彼女たちは盛り上がっていた。
最近の訓練はどうなのか、大洗は強くなっているのか、プラウダの練習方法はどんな事をしているのか、カチューシャのロシア語の補習はどうなったのか、何でカチューシャは練習試合後勝ったのに涙目だったのか、カチューシャはどうして一人でここに来たのか、などと様々な話題だ。気が付いたら、カチューシャはまた涙目になっていたとか。
そして、話題は変わり。
「あの、カチューシャさん」
「……な、何よ」
「ご、ごめんなさい、もう泣き止んでください、ね?」
「いやー、みぽりんがここまで毒舌だとは」
「みほさんがこんな性格だなんて私たちもびっくりです」
「西住殿……」
「……西住さん、ちょっと意外だ」
「私!? 私だけのせいなの!?」
変わりそうで変わらないこの話題。
そして、本当に話題は変わり。
「プラウダ高校の一回戦……相手はサンダースでしたっけ。いきなり強豪同士の戦いですね」
「ふふん、まあ見てなさいミホーシャ。サンダースなんてボッコボコに粛清してやるんだから!」
そう、プラウダの一回戦の相手は――――前の全国大会とはまた違った、サンダースが相手となるのであった。
―――
「隊長、申し訳ありません」
「……気にするな、エリカ」
場所は変わって。
喫茶店のカチューシャ達がいる場所とはまた別の場所に、まほとエリカは座っていた。
「熱くなりすぎて、思っていないことも口走ってしまったり……あの子だけが悪いわけじゃない、私にもあの時悪い点はあったのに」
「エリカ、あの試合はもう深く気にする必要はない」
実は、エリカもあの時フラッグ車の乗員の一人であったのだ。
だが事故の時、彼女は突然の事態に混乱してうまく動くことが出来なかった。他の乗員もそうである。咄嗟に動くことが出来たのは、みほだけだ。
そして、みほほどではないがエリカもバッシングを受けた人物の一人である。
「……先ほど、私はまぐれという言葉を使ってしまいました。戦車道にまぐれは無いのに。もしあの試合、仮にあの子……みほではなく私が救助に向かえていたのならば、フラッグ車も人員もどちらも守ることが出来たかもしれない」
「自分で的確な反省点を見つけれたのならば、私から言う事は特にないよ。あと、失言の訂正もな」
エリカは、あの試合の事をずっと後悔していた。もし、自分があの時違う行動を取れていたのならば、と考えたらキリがない。みほが傷つくことはなかったのかもしれない。
あと、彼女は熱くなってしまうと思いもよらない言葉を口に出してしまうタイプだ。少なくとも、普段ならばまぐれなどという言葉は使わない。
「それにしても」
「え?」
「元副隊長って言った時には少し驚いたぞ。みほを見つけたのにも驚いたが、エリカがそんな事を言うとは思わなかったからな」
「ああ……何ででしょうね、自分でもよくわかりません。……嬉しさだったり悲しさだったり怒りだったり?」
「……それが重なると憎まれ口を叩くのか?」
「あの子には、悲しみを背負うくらいなら戦車道を辞めてほしかった。続けるならば、黒森峰で一緒に続けたかった。その自分のどちらかの理想ですらない選択肢を取られたからかもしれませんね」
「……なるほどな」
エリカにも、何故あんな言葉が咄嗟に出てきたのか自分でもわかっていなかった。
もしかすると、エリカはまだみほと同じチームで戦車道を続けたかったのかもしれない。
「話は変わるが」
「どうしました、隊長?」
「大洗は実力は未知数だからまだ何とも言えない。だが、今年のプラウダは強いかもな」
「……何故、そう思いました?」
「プラウダのカチューシャは、新しくできたばかりの大洗に全力でぶつかったと言っていた。あれの性格上、なめてかかると思っていたが意外にもそんな事はなかったらしい」
「……慢心が消えチームとしてより強くなったと?」
「そんな所だな」
まほは先ほどの会話で、プラウダの分析を行っていた。
プラウダに対して付け入る隙があるとすれば、カチューシャの性格によって出来る隙であった。だが、それは改善されているとまほは判断した。
弱小校に対しても全力でぶつかるチームのどこに隙があるというのか。
「……もし、プラウダが強かったとしても関係ありません。勝つのは我々黒森峰です」
「そうだな」
「それに、プラウダは絶対に勝たなければならない相手。絶対に、絶対に負けたくあり
ません」
「……それは、前回負けたからという意味か?」
「勿論それも。あとは……あそこは個人的に気に食わない」
エリカは個人的にプラウダの、カチューシャの事が好きではなかった。
前回負けたからという単純な理由だけではなく、故意ではないとはいえカチューシャの用いた策のせいでみほが傷つき、黒森峰を離れる結果となってしまったのだから。
勿論エリカもわざとじゃないのは重々承知しているが、結果としてこうなったという事実がある。そんなものは関係ない。
あそこに関しては、昨日の敵は今日の友と言えるような相手ではなかった。
「さて、そろそろ戻るか。エリカ、行くぞ」
「はい、隊長。それにしても……このトーナメント表、どうにかならなかったんですかね? もう私はシード制にした方がいいと思うんですけど」
「……こうなってしまったものは仕方がない。相手がどこであろうと、一つ一つ勝つだけだ」
「……それもそうですね」
こうして、黒森峰の二人も店を後にした。
個人的に作者が思っていたことを話に書いた感がある。
あの試合、絶対バッシングはみほだけに行ったものではないと思うんですよね。勿論、カチューシャの場合はみほと違ってネットで批判を受けた、程度のものかもしれませんが。みほの場合は直接言われることが多かっただろうしなあ……
あと個人的に好きな子、エリカに関して。
エリカって絶対一番二次創作で書きやすい子だと思う。キャラ位置があれなだけに。作者のやり方次第で畜生にもいい子にも出来ますからね。個人的にはいい子派。
……正直こんな話の進め方したら、どうすればエリカがカチューシャを肩車するくらいの仲になるのだろうか?(笑)