ミックス・ブラッド   作:夜草

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彩昂祭 夕の部

???

 

 

 終わっていた。

 根本的に、絶対的なラインで、救い、と言う言葉が浮かんでこない。そもそも、これまでの流れで誰かが死ぬなんて予兆はひとつもなかったはずだ。

 

「う、う……」

 

 吐き気が込み上げる。目眩が生じるのは、極端に赤い色彩の為か。

 それでも前方に目は釘付けになる。離せない。鉄が錆びたような濃密な臭気が、死体と同じ空間に自分がいる、繋がりを持ってしまってることを嫌でも自覚させてくる。

 

 見知らぬ洋館の一室。

 嵐の雨風に容赦なく打たれる薄暗い廃墟のような建物の中、光源は頼りなく揺れる蝋燭の火と、激しく瞬く稲妻の閃き。

 照らされる室内は荒れ果て、豪華な家具のほとんどは何者かに叩き壊され、床や壁には重い刃物で斬りつけたような無数な傷痕があった。

 

 そして、中央には折り重なって倒れる制服姿の学生たち。

 その中に見知った少女の顔。

 両目を大きく見開いたまま、仰向けに倒れて、古風なセーラー服の胸元にべったりと鮮血をこびりつかせる彼女は、      藍羽 浅葱。

 

「ウソ、だ」

 

 カラカラに乾いた喉の奥から、絞り出されるような声。それが自分が出したものだと自覚がなかろうと、状況は理解する。させられる。

 

 奇麗にマニキュアを施した十本指にも。

 滑らかな曲線を描く背中のラインにも。

 ゾッとするほど頭の中の記憶や思い出と合致する。してしまう。

 

「浅葱! しっかりしろよ、おい! 浅葱!」

 

 名前を呼んだのは、返事が欲しかったからかもしれない。

 何でもいい、自分の呼びかけに答えてくれ。

 でも、抱き起したときの弛緩した身体の冷たさ。そして、蝋のように白い肌に、生気は感じられない。これならば、まだ人形(マネキン)を抱いた方がマシであったか。

 

「死んでる……ウソだ……ウソ、だろ……」

 

 思わずその場にへたり込もうとして―――浅葱の死に顔がこちらを向いた。

 ギョロッと白く濁ったその瞳がこちらを睨み、死体であるはずの肉体が獣じみた唸り声をあげて牙を剥き、襲い掛かってきた。

 

「う、うわあああああっ!」

 

 凄まじい怪力で押し倒された古城は為すすべもなく悲鳴を上げ、そして床へと倒れ込む直前―――何かに、優しく抱きとめられた。

 

 

 

 

 

「―――ちょっと、古城、大丈夫?」

 

 その声と共に揺れる視界。

 暁古城にかけられていた3Dメガネ風のスマートグラスが乱暴な手つきで毟り取られる。

 徐々に覚醒しつつあるぼやけた視界の中で古城が見たのは、不安そうな顔で覗き込んでくる制服姿の、“死んだはずの”、浅葱だった。

 

「あ、浅葱?」

 

 ()の次に蘇ってきたのは、(みみ)

 あまりにも不自然な静寂の幕が取っ払われるのを確かに感じた。音。自分以外の人がそこにいる音。それが復活している。微弱だが、それでも自分の近くに人が生きている音を感じる。

 それも真正面。

 つまり、こちらを覗きこんでいる、血塗れもない、顔も白くない、いつも通りの華やかな顔立ちをした女子高生は、

 

「い、生きてるのか……?」

 

「当然でしょ。たかが学園祭のお化け屋敷に何を期待してるのよ?」

 

 そう、お化け屋敷。

 ここは廃墟の洋館などではなく、暗幕で仕切られた教室。そして、窓の外は『彩昂祭』の真っ最中。

 あのリアルな恐怖の館の風景は、スマートグラスをかけた人間の脳内にだけ投影される幻影―――つまり、古城たちのクラスの出し物である『仮想現実お化け屋敷』の幻術サーバーによって脳に疑似感覚を直接投影されたものであった。

 

 そして、幻術サーバーのプログラミングをひとりで担当したのはそこにいる浅葱であり、あの洋館や死体のデータを作製したのは彼女の仕業であることが導かれるわけだが、

 

「お前、趣味悪過ぎだろ」

 

「はいはい、あたしは大丈夫だからさ。ほら、よしよし、泣かないの」

 

「泣いてねーよ。ちょっと吐きそうになっただけで」

 

「何で吐くのよ!? ていうか泣け!」

 

 浅葱に理不尽にも頬を抓られる古城。

 けれど、先ほどのが夢であった本当に安堵したのは事実である。口になど絶対にしたくないが。

 

「まあいいわ。お腹空いたから、何か食べに行くわよ。古城も付き合いなさいよね」

 

「俺はいいけど、幻術サーバーってヤツの調整は大丈夫なのか?」

 

「一回起動させちゃえばね。モグワイに監視させてるからしばらくほっといて大丈夫よ」

 

 地道な宣伝活動が実を結んで、行列を作るほどの一般客も、サーバー管理者が持ち場を離れても人工知能(AI)におまかせで大丈夫だと。

 そう、すまし顔で答えてさっさと歩きだす浅葱、と彼女に手を引かれて、暁古城の『彩昂祭』午後の部が始まった。

 

 

彩海学園

 

 

 彩昂祭 一日目

 

 

 華やかに飾り付けられた彩海学園の校内は、島内外から訪れた関係者や、他校の生徒たち、中には超小型有脚戦車(マイクロロボットタンク)が混じってたりもしたが、とにかくごった返している。来場者を奪い合う各クラスの客引き合戦も次第に激しさを増しており、

 学園祭開幕直後の『惚れ薬騒動』も、結果的には、お祭りムードを盛り上げるのに貢献してたりもしている(ただ、少ないながらも犠牲はあり、ある兄は払拭しかけていた疑惑が再熱し、その妹は兄の衝撃的発言に同じクラスメイトの姫と讃えられる親友と一緒に『中等部の聖女』のいる懺悔室へと相談しに行ったり、またある人工生命体の少女は裏庭に借りた調整槽へと引き籠ったり……)。

 

 そして、先輩男子から衆目の面前で恋人宣言された(一応、後に事情は説明されている)肉体的に青年になっている少年は、身体を張ったアドリブでどうにか大盛況で終わらせた『西遊記』の後、歌劇団で主役を張れそうなほど麗しい男装の少女と共に行動していた。

 落ち着けそうな場所にと、彼らがやってきたのは校舎4階にある高等部3年生の教室。袴姿の古風な装いで女子学生が給仕をする、大正時代風の小洒落た装飾を施した正統派カフェである。

 

「それでお前はどうして『彩昂祭』に来たのだ? 古城君か凪沙ちゃんに会いに来たのか?」

 

 もぐもぐ口いっぱいにケーキを頬張る、青年ながらわんぱく少年の在り方を失わない食事風景。難しい話に脳の活力糖分摂取は重要である。

 

「まあ、個人的にはそれもあるけどね。もちろん、知人として親交を温めたい相手には、君も入ってるよクロウ君」

 

 南宮クロウの疑問に、仙都木優麻は残念そうに首を振る。

 

「<図書館(LCO)>残党の捜索を人工島管理公社に依頼されたんだ。それがボクの罪を不問にする代償ってわけ。曲がりなりにも元『総記(ジェネラル)』の娘として、それなりに組織の内情にも明るいしね」

 

 『真理の探究』という契約の対価に縛られた<書記(ノタリア)の魔女>仙都木阿夜が企てた『闇誓書事件』

 <書記の魔女>の娘にして、『闇誓書事件』の犯罪計画に加担した優麻は、公社預かりの身となっていた。

 

「それで、メイヤー姉妹のことだけど」

 

「?? ああ、昨日やってきた魔女のことか……?」

 

「そう。メイヤー姉妹の脱獄を調査するのが今回、ボクに与えられたお仕事だ。彼女たちの脱獄を手引きした協力者の正体が、まだつかめてなかったからさ。

 そこで脱獄犯の第一発見者にして、身柄確保した君にこうして会話をする機会を設けたわけだけど」

 

 そこまで言って、優麻は小さく溜息を吐く。特区警備隊(アイランドガード)に身柄を拘束されていた二人組の魔女<アッシュダウンの魔女>が脱走騒ぎを起こしたのは昨日。結局、何も起こせずして逮捕されたのだが、二人の脱走を手助けした人物については、今も謎のままであった。

 苦いコーヒーにぽいぽいとお砂糖にミルクを入れながら(茶の嗜みにこだわりをもつ主人がいれば説教もの)、青年クロウは首を捻る。

 

「んー……オレがあいつらから聞いたことは全部、ご主人を通して公社の方に伝わってると思うぞ」

 

「そうだね。メイヤー姉妹を出したのは誰なのか、それを推測できるだけの判断材料はない。でも、その協力者が、この彩海学園にいる可能性がある。それを確かめにここに来たんだ。こうやって目立たぬように、男装をしてね。まあ、ついさっき、ちょっと舞台に立ってしまったけれど」

 

 演劇に飛び入り参加する以前に、それが逆効果ではないだろうか。似合いすぎる優麻の男装は、老若男女お構いなしに人を惹きつけるだけのものがある。

 

「……それで良ければ、調査に協力してくれないか?」

 

 口に含んだ紅茶のカップを置くと、優麻は“前科”を引き摺っているような引け目ある声で、

 

「今回は君の主人に許可もとってあるし、君の希望もとるつもりだ。祭を楽しみたいのであれば、この話は断ってくれても構わない。だから」

「う。いいぞ」

 

 ごく素直に青年は頷いた。

 ぱくぱくむしゃむしゃ! とクロウはテーブルに残る食べ物を全部平らげると、早速、席を立つ。

 

「ん? 優麻、行かないのか?」

 

 魔導書で無理矢理操られ、主人を裏切る真似をさせられたというのに、この対応だ。あっさりし過ぎだ。ここまでされると、緊張感ある空気を持ち込んだ自分がアホらしくなる。心地良くもあるけれど、逆に心配になってしまうくらいの純粋さだ。

 

「いや、行こうか。……凪沙ちゃんに申し訳なくあるけど」

 

 只今、幼馴染(妹)は、懺悔室で親友たちに『幼馴染(兄)が、クラスメイト(男)に関係迫ってるんだけどどうしよう』と相談中。雪だるま式に周りを巻き込んで膨らんでいく誤解の連鎖。その最初のドミノ倒しの一押しが、まさか自分がかつてした行い――『幼馴染(兄)と入れ替わりしてからの脅迫勧誘』だとは魔女も思わない。

 

 優麻が残るお茶を飲み干そうと口に付けたカップを傾けた―――そのとき、

 

「曲者!」

 

 だんっ!! と言う鈍い音。

 教室の天井に、手裏剣に似た気刃が突き立っている。

 半物質化に固めた霊力を飛ばす霊弓術だ。

 

『ちゅ、ちゅぅ~』

 

 客に店員の学生らもざわめく中で、クロウが睨みを利かすと天井から鳴き声が。

 それにクロウは緊張を解いて、肩を落とす。

 

「何だネズミか」

「いやいや」

 

 少し見ぬ間に、霊弓術なんて言う高度な技術を要する芸当ができるようになっていたのは驚きであったけど、やはりその能天気なとこは変わってなかった。

 この子の幉を引くのは、予想以上に、と言うか、予想できないほど大変なのでは? と思い始める優麻。一応、会話が聴こえないようテーブル席を覆うよう結界を張ってあったけれど、これだけ目立っては意味がなくなる。

 

「コテコテな時代劇であるまいし、それで誤魔化されるとかないよクロウ君」

 

「こういうのお約束なんだろ?」

 

「そういうお約束は守らなくてもいいんだ。現実に、あんなふうになくネズミは存在しない」

 

「でも、獅子王機関の師家様も、ネコだけどあんな感じだぞ」

 

「知らないよ。もう……少し、借りるよ」

 

 嘆息し、熱でも測るようにクロウの額に手の平を当てる優麻。

 舞威姫が式神を飛ばして、そこから遠隔視するように感覚を術により共有(リンク)する。かつて、暁古城――<第四真祖>の肉体と空間制御の精密制御にて感覚互換させていたこともある<蒼の魔女>ならば、この程度の感覚共有は朝飯前だ。

 

(やはり、すごいな。彼の『嗅覚過適応(リーディング)』は、空間制御との組み合わせに適している。これだけ相性のいいのが使い魔(サーヴァント)としているなんて、同じ術を得意とする魔女として南宮那月が羨ましくなるね)

 

 感覚共有により、優麻はクロウの『鼻』が捉えた相手、その位置座標まで把握。そこに優麻が空間転移の『(ゲート)』を作り上げ、下手人を天井から教室へと落す。

 

「はうわっ」

 

 そして、優麻たちの目の前に現れたのは、純白のローブに全身を包んだ若い女。

 銀色の装飾を施した長剣を背負って、純白の頭巾で顔を隠す。ローブの下に着ているのは、ノースリーブに改造したミニスカートの軍服で、彼女の第一印象を簡潔に表現するのなら、間違った忍者のコスプレをした外国人、と言うべきか。

 そんな面白外国人が、教室の天井裏に潜んで優麻たちの様子を探っていた。

 

「へぇ……魔術迷彩」

 

 忍者モドキであるも、その装備は魔女の優麻も興味を引く。諜報(スパイ)が羽織っていた白いローブは、表面にびっしりと一読では難解な魔方陣が刻まれている。

 魔術的に人々の認識を阻害して着用者の姿を隠す、という極めて高度な軍用迷彩服。それも、そこからさらにひとつ機能を加えられている。

 

「むむっ? やっぱ、“匂い”が変と言うか、嗅いでるとよくわからなくなる」

 

 鼻を抓むクロウ。

 どうやら、『嗅覚過適応』の対策まで施してあるよう。これはますます警戒を高めなければと優麻が視線を険しくした、ところで諜報が慌てて弁明する。

 

「お、お待ちを! 自分に貴殿らを害する意図はありません!」

 

 そういって毟り取った頭巾の下から現れたのは、銀髪を短く切り揃えた軍人風の若い女性。20代の前半と言ったその顔に、隣でクロウが、あ、と声を上げた。

 

「ユスティナだ! もう怪我治ってたんだな!」

 

「はい。この通り。忍!」

「忍!」

 

 諜報とクロウが挨拶のように指を組んだポーズを取り合う。

 なにこれ? とそれを見ていた若い魔女は置いてけぼり。それを見て、忍者女は優麻に、懐から取り出した名刺を渡す。

 

「あ、アルディギア『聖環騎士団』所属ユスティナ=カタヤ要撃騎士であります<蒼の魔女>殿」

 

「これはご丁寧に……」

 

 本当に、アルディギア王家の紋章が刻まれ、そこに仕える騎士と名刺にちゃんと書かれてる。

 

「おー、流石グローバルなニンジャなのだ。オレもご主人に名刺が欲しいってねだったんだけど、『そんなの学生のお前には早い』ってくれなかったぞ」

 

「はっはっは、クロウ殿ならいずれ名刺を主より頂けるようになりましょう」

 

「う、頑張ってニンジャになるぞ!」

 

 ……本当、何だろうこれ?

 まるで憧れのスポーツ選手に出会ったかのような、瞳のキラキラ具合は?

 魔女にはついていけない世界であるも、彼らが知り合いであることだけはどうにかわかる。

 

「にしても、その服の匂いのせいで、ユスティナの“匂い”だとわからなかったのだ」

 

「そうでありましょう。これはクロウ殿の対策として調整された<隠れ蓑(タルンカッペ)>でありますから」

 

「ぬぬ、そうなのか。すごいな!」

 

「以前、酒宴の席でクロウ殿が『詩の蜜酒』に酔ったと聞きましてな。新たに『悪酔い』をさせる魔法陣を組み込んだのですよ。度数は70度前後の、グラス一杯も煽れば象でも倒れる。元々、追跡用の猟犬を撒くための魔術式としてありましたから」

 

「おー、道理でなんか酒臭いと思ったのだ。酔っ払いになるなんて、やっぱニンジャって、すっごい。参りましたのだー、ははーっ!」

 

「いえいえ、そう頭を下げないでくださいクロウ殿。こちらも認識は阻害できても位置まで誤魔化せぬとは、恐れ入ります。

 あと、私が酔ってるわけではありませんよ。職務中に飲酒するような真似はしてませんからね」

 

「そろそろいいかな?」

 

 コツコツと人差し指でこめかみのところを小突く優麻。

 なんか頭が痛い。ついさっき<黒妖犬(ヘルハウンド)>をサーヴァントにする先達が羨ましいとか思ってたりしたけど、それなりの苦労があるんだなと理解した。

 

「それで、カタヤさんはどうして、ボク達の会話を盗み聞きしてたのかな?」

 

「我が主からの命であります。昨日、主を狙う輩に、プライベート情報を横流しした黒幕をひっ捕らえよと。それで、公社より派遣された<蒼の魔女>殿に……」

 

 なるほど。

 メイヤー姉妹は、アルディギアの第一王女のラ=フォリア=リハヴァインに恨みを持っていた。そして、牢獄より出された彼女らが、その際に『北欧の姫御子が彩海学園へと向かう』という情報を与えられた。目的は未だに不明でもこれは、“ラ=フォリア、もしくは王族を狙った犯行”と、騎士団が警戒するのも無理はない。

 

「なので、出来れば私もご同行させてもらいたく」

 

「おーっ! ニンジャが仲間になってくれるのだ! 千人力なのだ優麻!」

 

「いや、そのクロウ殿? あまり、そう評価が過剰な……」

 

「オレもあれから分身だけでなく、隠れ蓑術とか、口寄せの術とか、手裏剣術とか、おいろけの術とかできるようになったけど、ニンジャのユスティナはきっともっとすっごい術がたっくさんできるのだ! なあ、ユスティナの忍法、優麻にも見せてやってくれ!」

 

「え、ええ、と……ニンジャの術とはそう見せびらかすものでは、ありません故に……」

 

「うぅ、そうなのか……残念だぞ」

 

「う……申し訳ありませぬ、クロウ殿……」

 

「うん。わかったわかった。そうだね。ニンジャのカタヤさんにも協力してもらおう」

 

 第一王女により高められた純粋な期待が、無茶ぶりであっても、その夢を壊さないようにするくノ一騎士。そんな苦労性なとこを見て、優麻はユスティナがきっと性根は悪い人間ではないのがわかった。

 で、周囲は依然ざわめいている。

 認識阻害の結界でも誤魔化せる限度がある。つまりは、認識阻害の結界によって、中途半端に会話が聴こえてしまっている場合もあったりする。

 そう……

 

 

 

「ネズミだとかネコだとか酒臭いとか聴こえた気がするけど、お話は終わったのかしら? それなら申し訳ないけれど、後のお客様がつかえてるから、早く出ていってもらえるかしら?」

 

 

 

 学生が営業する飲食店には、NGワードなそれらを静かな口調で並べていくのは、袴姿の女子高生。分厚い文学書ではなくケーキの作り方を解説した料理本を携える、三つ編みに小柄な女子生徒の眼鏡越しから来る、感情を圧し殺したような眼差しは、どこか同級生の姫柊雪菜を彷彿とさせるものがあり、クロウは無言でこくこくと首肯してしまう。そんな萎縮したところへ、クロウの知る先輩――矢瀬基樹が慌てて駆けつけてきた。

 

「緋稲先輩!? 落ち着いて! こいつは別に先輩の作る物がダメとかそんなこと全然言ってないから、穏便に……」

 

「あら、いきなり飛び出してきてどうしたのですか矢瀬くん。あなたの方が落ち着いた方が良くなくて?」

 

 恭しい口調で、矢瀬基樹の顔面から血の気を引かすこの目立たない女子生徒の正体は、獅子王機関の『三聖』のひとり。<静寂破り(ペーパーノイズ)>の異名を持つ日本最強クラスの攻魔師であったりする。

 

「ふふっ、このブラウニーでも食べて……あら、ごめんなさい。これは先ほど矢瀬くんが薬物混入してるだとか、“ダメだとか”騒いだものでしたね」

 

 そして、『惚れ薬騒動』に巻き込まれてたりする彼女は、いつもよりも少し?機嫌が悪かったりする。

 

「いや……だから、違うんだって、先輩! MARから流出した魔術薬品が製菓用チョコと入れ替わっていたのは本当だけど、それは……」

 

「つまりこれは人工島管理公社(あなたがた)の、獅子王機関(わたしたち)に対する嫌がらせと考えていいのですね?」

 

「なんでそうなるっ……!?」

 

 冷え冷えとした彼女の問いかけに、矢瀬は世にも情けない表情を浮かべて首を振る。

 そこで申し訳なく頭を下げていた優麻たちから、クロウもおそるおそる伺いながら、二人の会話に割って入る。

 

「う、なんか、ごめんなさいなのだ。でも、オレ、そんなこと言ったつもりじゃなくてな。ここで作ってくれたケーキは美味しかったのだ」

 

「……ええ、それならよかったわ。どう? これ、“矢瀬くんが食べてくれなかった余り物”だけど」

 

「いいのか! わーい」

 

「ちょ、クロ坊―――」

 

 ぱくり、と一口でいただくクロウ。美味しそうに緩んだ満面の笑みを見せる。薬毒耐性に関して、真祖をも上回る彼の胃袋ならば、“惚れ薬”も効かない。して、その周りに伝播するような純粋な喜びに、女子生徒の方も気を緩めたようで、眼鏡の位置を直したときには、発していた静かな鬼気もきれいさっぱりに失くしていた。

 で、

 

「矢瀬くん、後でふたりきりでお話ししましょう。私とあなたの今後の関係について」

 

 一方的にそう言い残して、三つ編みの少女が去っていく。それを為すすべもなく見送るしかない矢瀬。

 

「矢瀬先輩。もしかして、あの人が先輩の―――」

 

「はっ……ははっ、大丈夫さ。俺と先輩はラブラブだからな。このくらいで壊れたりするような絆じゃないはず」

 

 虚ろな笑みを浮かべながら、掠れた声でそう言う矢瀬。それは見るからに憐憫を誘うようなもので、後輩のクロウが気遣うように言葉をかける。

 

「ん。そうだな、あのひと、怒ってるというより、残念がってた感じだったな。きっと本当は、矢瀬先輩に食べて欲しかったのだ。むぅ、ますますごめんだぞ先輩」

 

「いや、いい。良い助言だったぜクロ坊。別れ話を切り出されるのかと冷や冷やしたが、おかげで希望が出てきた」

 

 こっちはいいから頑張りな、と後輩を不安がらせぬようとする先輩の矜持を見せて矢瀬はクロウ達を送り出した

 

 

彩海学園´

 

 

 『ベストカップルコンテスト(BCC)

 

 彩海学園で最もお似合いのカップルを決めるという趣旨の、一般参加型のステージ。

 カップルコンテストと言っても、あまり真剣さを求めてるものではなく、仮装OK性別不問で同性同士でも構わないゆるい企画である。

 

 おかげで集まっている参加者の大半は、受け狙いの同性カップルだったり、企画の趣旨を勘違いしているとしか思えない謎のゆるきゃら軍団だったり、つがいのニワトリを二羽を連れてきた生物部員だったり、はては美少女フィギュアを大切そうに抱えた模型部員まで、

 何と言うべきか……とにかくバラエティには富んだ顔ぶれである

 

「なによこれ。参加者はイロモノばっかじゃない!」

 

「しょせん中学高校の学園祭だしな……」

 

 腹ごしらえをしたり、店を冷やかしたりした古城たちは出場者が足りなくて困ってるという彩昂祭BCC推進委員会に誘われ、この『BCC』に参加することにした。

 しかし、やってきた出場者控室を見渡せば、ご覧の面子である。恥を忍んできちんと男女カップルでやってきたこちらが阿呆みたいではないか。

 

「ま、ベストカップルって言っても普通こんなもんだろ。どうする? やめるか?」

 

「やるわよ! 絶対に優勝賞品を手に入れてやるんだから!」

 

 優勝賞金は、学食の食券3万円分。更に並ばずに注文できるファストパスと優先ボックスシート付きである。

 予想を遥かに上回る豪華な賞品であって、それも食にこだわりを持つ学生を狙い撃ちしてきている。浅葱には喉から手が出るほどに欲しいものなのだろう。

 

「それにここまで来て、後に引けるわけないでしょ!」

 

「まあいいけど、この恰好じゃインパクトが弱くないか? ほとんどコスプレ大会だぞ?」

 

 浅葱の付き合いで参加したような古城は、あまりやる気がない口調でそれを指摘する。

 ウケ狙いが目的なのだから当然と言えば当然である。参加者のほとんどは趣向を凝らした衣装を纏い、女装や男装は当たり前、アニメやゲームの有名キャラに扮した連中も多い。逆に本気で優勝を狙っているガチなカップルの大多数は、互いの衣装を合わせたペアルックを決めてラブラブぶりをアピールする作戦を立てている。

 何にしても、制服姿の古城と浅葱では武器がなく、圧倒的に地味である。

 それならば、参加をしない方がマシではないか、と―――その時までは、古城はそう考えていた。

 

 

「うー、このBBQに参加するんだな凪沙ちゃん」

「違うよクロウ君。それはバーベキュー。あたしたちが出るのはBCC――『ベストカップルコンテスト』だよ」

 

 

 その聞き覚えあり過ぎる声に、古城の厳しいチェックが飛んだ。180度首を捻ったかと錯覚するくらいに古城の頭が、その声が飛んできた真後ろへと向く。

 そこにいたのは、マントもつけた如何にも王子様な服装をした青年と、華やかな水色のドレスを着込んで、ティアラまでのせたお姫様な少女。

 まるで『美女と野獣』の王子様と『眠り姫』のお姫様な組み合わせの仮装で現れたこの初々しい青年少女のカップルは……古城の妹と、後輩―――暁凪沙と南宮クロウだ。

 

 

「これで優勝したら食堂で使える3万円分のチケットがもらえるんだな」

「そうだよ。それから、『古城君×クロウ君』なんていう噂も吹き飛ばせるはず!」

 

 

 食にこだわりを持つ大食いキャラは、浅葱だけではなく。

 それから妹の心配は古城も共有するところだ。ここで男女カップルとして優勝すれば、75日待たずともこの変な疑惑も払拭できることだろう。疑惑を助長させてしまった古城も、それはとても助かる。

 

 が、

 

 

 

 つまりそれは、“妹と後輩がベストカップル”と言う噂で上書きするということだ。

 

 

 

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あ。

 

「ヴぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?!?!?」

 

「ちょっと古城……いきなり全力の泣き顔で叫んでんのよ? しかも、さっきの肝試しよりも反応デカくない……?」

 

 思考がほとんど真っ白に塗り潰される古城。だけど当然、思考を停滞させている場合なんかじゃない。

 訝しみながらも心配する浅葱を振り切ってダッシュで、ベストカップルコンテスト参加希望の中学生カップルの前へ立つ古城。

 

「お、古城君なのだ」

「え、古城君?」

 

「クロウ、お前が立つべきなのはBBCじゃなくて、BBQ。焼肉大食いコンテスト(BBQ)の会場はここじゃない」

「何なのだその素敵イベントは! どこでやってるのだ古城君!」

「ダメ、クロウ君! あたし達はBCCに参加するの!」

 

 ちっ、と耳を引っ張って相方の後輩の方向修正する妹に舌打ちする古城。

 しかしながらも、古城のでまかせな言葉に、耳をピーンと立ててブンブン尻尾を振る後輩の様子にひとまず安心。花より団子な後輩からして、どうやらガチのカップルと言うわけではないらしい。衣装には中々気合が入っているようだが……

 

「……それで、古城君も参加するんだ? もしかして、矢瀬くんと?」

「ちげーよ! どうしてこんなイベントに野郎二人で参加しないといけねェんだ! 浅葱とだ」

 

「ふぅん。浅葱ちゃんとかー。なるほどなるほど」

 

「あー、凪沙ちゃんにクロウ……それで、古城が……」

 

 暴走した古城のあとからやってきた浅葱を見て、凪沙は意味深に頷いてみせる。その妹の視線から逸らしつつも、相方暴走の事態を納得した浅葱は深く息を吐いた

 

「てなわけで、凪沙は出なくてもいいぞ。俺と浅葱でちょっくら優勝してくるから。そしたら、変な噂も消えんだろ?」

 

 その場合、古城と浅葱がベストカップルと言う噂が流れるだろうが、そんなのは矢瀬とか築島とかに事あるごとに冗談で言われてるので慣れている。

 

「えー……そりゃ古城君と浅葱ちゃんが仲良いのは知ってるけどさ、優勝するかわからないじゃん。だから、あたしもクロウ君と参加する!」

「ダメだ。コンテストに参加するだけでも妙な噂が立っちまうかもしれねーんだぞ! 絶対にダメだ!」

「いいじゃん別に。そのくらいあたしもクロウ君も平気だし、それに……うん、参加するのはタダだし、古城君にストップかけられる権限なんてないはずだよね」

「ある! 俺は凪沙の兄だ! だから、反対してもいいんだ!」

「そんな理屈は横暴過ぎるよ! いくら古城君でもそんな口出しは許されないよ!」

 

「―――あー、はいはい、二人とも落ち着いて」

 

 暁兄妹の口喧嘩に、やれやれと割って入る浅葱。

 

「古城、凪沙ちゃんとクロウが参加するくらいいいじゃない。学園祭のイベントなんだし」

「いやけどな浅葱」

「あんたがシスコンだってのは解りきってるけど、これはいくらなんでも心配し過ぎ。これ以上やるとしばらく口きいてもらえなくなるわよ」

 

 俺はシスコンじゃない、と言う古城の戯言を無視し、浅葱は反対側の凪沙らの方を向く。

 

「その衣装どうしたのよ? なかなか似合ってるじゃない。サイズもピッタリみたいだし。

演劇部から借りたの?」

 

「え、これは、演劇の衣装を作った時の余りを使わせてもらって作ったというか……」

 

「ふぅん。BCCが決まったのって『彩昂祭』の三日前だったらしいけど……随分と準備を頑張ったのね、凪沙ちゃん」

 

「も、もういいでしょ浅葱ちゃん!」

 

 ほらクロウ君いこ! と相方の後輩の手を引いて、ニヤニヤ笑う浅葱から凪沙は離れていった。

 それを見送ってから、今はこちらの忠告が効いて、歯軋りしながらも踏み止まってる古城に、浅葱は片目を瞑るポーズを決めて言う。

 

「確かにインパクトは大事よね。こんなこともあろうかと、あたしも用意しておいて良かったわ」

 

 思わせぶりにそういって、浅葱は教室から引き摺ってきたスーツケースを開ける。ケースの中にあったのは、豪華なレースをあしらった純白のウェディングドレスである。

 どこからそんなものを持ってきたのか、と一瞬驚く古城であったが、すぐに心当たりが思うかんだ。

 

「これってお化け屋敷用の仮装じゃねーか! 花嫁の幽霊役が着る予定だった……」

 

「ウェディングドレスはウェディングドレスでしょ。黙ってみればバレないわよ。それにこれくらい派手な衣装じゃないと、あのプリンスとプリンセスに負けるわね」

 

 ほら、古城の分、と浅葱は新郎が着るタキシードを無理やり押しつけてくる。

 確かに、BCCにブライダル衣装で出るというアイデアは効果的だろう。他の個性的なメンツにも負けないインパクトが出るはずだ。

 

「本気で凪沙ちゃんとクロウ君(あのペア)の優勝を阻止するにはこれくらいのことをやらないとね」

 

「……ったく、わかったよ―――この“ケンカ”、絶対に勝ちに行くぞ浅葱」

 

 負けられない“戦い(ケンカ)”がここにある!

 やる気が出てきたのは古城だけでなく、そこに火を点けるように挑発気に流し目を送ってくる浅葱もまた強力なライバル登場に燃えてきていた。

 

 

彩海学園

 

 

「きゃああああああ―――っ!」

 

 

 悲鳴が上がる校舎内。

 突然、現れた、ボロボロの布きれを纏う白骨死体。どこかの出し物の仮装ではなく、魔術によって仮初の生命を与えられた怪物だ。死体から漂う強い魔力は、常人ならば卒倒してしまいかねないモノ。

 『骸骨兵士(スケルトン)』。

 死体を媒介にした式神の一種だ。

 

「<鳴雷>ッ―――!」

 

 しかし、その程度、『剣巫』の姫柊雪菜に敵と感じるほどの脅威はなかった。呪力を纏った雪菜の蹴りが、『骸骨兵士』の頭部を粉砕。『高神の社』にて、『師家様』の縁堂縁が披露してくれた、『剣巫』並の戦闘力を有する『骸骨道士』ほどではない。多数で押し寄せようとも狭い空間に引き込んで一対一で相手できるよう戦術を考えれば雪菜一人でも捌けないわけはない。

 だが、問題は、誰が何の目的で怪物を送り込んできたのかと言うことと―――怪物は、『骸骨兵士』だけでない。

 

(くっ……『悪魔像(ガーゴイル)』!? そんなものまで……!?)

 

 全長4、5mにも達する金属製の彫像に『骸骨兵士』と同様に生命を吹き込んだ『悪魔象(ガーゴイル)』。

 雪菜の唇から血の気が引いた。素手での近接格闘を得意とする雪菜にとって、金属製の『悪魔像』は相性が悪い。また『骸骨兵士』たちに邪魔されて、『悪魔像』を無力化できるほどの強力な呪術を使う余裕もない。

 また他にもミルクを大気に溶かし込んだような霧状の魔物『亡霊(レイス)』に宙に浮かぶ火の玉『鬼火(ウィルオウィスプ)』まで、物理衝撃の通じない怪物が、次から次へと絶え間なく出現しており……

 

(<雪霞狼>さえあれば……っ!)

 

 この怪物騒動が起こる予兆を察知した時、雪菜は夏音や凪沙らと叶瀬夏音が行っている懺悔室にいた。彼女たちに付きっきりで警護するべきか迷ったが、それでも篭城戦をするにしても手元に武神具がなく、またこの状況で確実にトラブルに巻き込まれるであろう<第四真祖>こと先輩の様子も気になる。雪菜は懺悔室の前に怪物たちが中へ入らないよう自動迎撃するよう式神を置いて、助けを呼びに行くと言って懺悔室を飛び出した。

 焦る。

 置いていってしまった夏音と凪沙も、そして先ほどから常時貼り付けていた式神の反応が途絶えている先輩のことも。

 雪菜を急かす。ここで不利な『悪魔像』と戦闘するのは時間の無駄と考え迂回するか、それとも―――

 

「うわあああっ!?」

 

 またも悲鳴。

 それも今度は、同じクラスメイトの、高清水。尻餅をついた彼に、『悪魔像』が無造作に踏み躙ろうとする―――それに迷いを振り切り、雪菜は飛び出した。

 

「高清水君、逃げて!」

 

 クラスメイトを庇い『悪魔像』の巨体に打ち込む雪菜だが、彼女の素手の攻撃では『悪魔像』は微動だにしない。『悪魔像』がゆっくりと足を踏み下し、雪菜の表情が絶望に歪む。

 

 剣―――閃。

 

「忍!」

 

 強靭かつ疾風のように迅速な刃が鋼の巨体を抉る。抉る抉る抉る抉る抉る! 一撃二撃三撃四撃―――雪菜にも数えることはできない。舞うが如く、嵐の如き剣を振るう。

 剣鳴。響鳴。音楽のように。

 抉る。

 抉る抉る抉る抉る!

 恐竜さえ切り刻む卓越した剣技に、『悪魔像』を料理するのは容易いか―――その爆撃の如き剣の威力に、鋼の巨体は豆腐のように抉れ、見る間に小さく窪んでいき、

 

「イヤアッ―――!!」

 

 ぐっしゃあァ―――ッンっッ!

 

 壮烈な音ともに、身を削りに削られた『悪魔像』は脆くも崩壊した。

 

「大丈夫でありましたか、剣巫殿」

 

「は、はい……」

 

 『悪魔像』を屠ったのは、『波朧院フェスタ』で雪菜と会ったアルディギア『聖環騎士団』の要撃騎士ユスティナ=カタヤ。

 凄まじい。

 元より彼女は、『剣巫』の雪菜よりも高い剣術の技量を持っていた。それが今では、技量の鋭さだけでなく、非力な女性にはない野獣のような力強さまで備わっている。

 

 北欧の神話にて主神も策を弄して盗むほど極上の酒と言われる『詩の蜜酒』。それには、『飲めば誰でも学者や詩人になれる』という伝承がある。

 <隠れ蓑>にあたらに彼女に組み込んだという『蜜酒』の魔方陣は、猟犬の追跡を誤魔化すためだけに活用できるものではなく、伝承になぞらえて、“術者の願った才能を与えられる”ことにも応用ができた。

 『あれは、自分にできる』、とある種『神懸り(トランス)』のような自己暗示を強くする。これにより、本来は持ち得ないスキルも、短期間だけ女騎士は獲得できる。

 これにより、ユスティナは獣性のあるもののみが持ち得る攻撃特性である怪力を発現して、一時的に筋力を増幅していた。肉体面の付加は真似できないため、“模倣相手(オリジナル)”ほどの無茶はできないが、それでも瞬発的に使っていくことで、一刀一刀ごとの剣戟の威力を高めている。

 続けて出現する『悪魔像』もその怪力乱麻の剣閃で薙ぎ払い、『亡霊』や『鬼火』も『宝剣』の聖光に浄化される。雪菜もまた残る『骸骨兵士』を打ち倒していき、

 

「―――お望みの品はこれかな、姫柊さん」

 

 目の前の虚空から、教室に置いてあるはずの黒いベースギター用のギグケースが現れる。

 空間制御で雪菜に、この『第七式突撃降魔機槍』を届けてくれたのは、つい先ほど演劇の舞台で会った、無貌の騎士を従える<蒼の魔女>仙都木優麻。

 ユスティナの剣技が猛威を振るっている間に、気絶した高清水ら学生らを空間転移にて怪物のいない安全な場所へと送っている。

 

「優麻さん……」

 

「話をするのは、こいつらをどうにかしたあとにしようか」

 

「はい―――<雪霞狼>!」

 

 優麻の言葉に力強く頷くと、取り寄せられたケースの中から、雪菜は槍を引き抜いた。全金属製の銀色の槍だ。獅子王機関の秘奥兵器。魔力を無効化し、ありとあらゆる結界を斬り裂く破魔の槍。それ故、『骸骨兵士』や『悪魔像』のような魔術によって駆動する疑似生物の天敵である。

 

「いきます!」

 

 流れるような動きで槍を構えた雪菜。

 銀色の槍が放つ閃光が、凄まじい速度で『悪魔像』を刺し貫く。

 この場一帯の怪物たちがすべて撃破されるまで、それから数秒と掛からなかった。

 

 

彩海学園´

 

 

「お互いのことをどれだけ知っているかクゥゥーーーイズッ!」

 

 

 異様なハイテンションで絶叫するステージ上の司会者。

 校庭に集まった観客たちはそれにつられて高々と拳を突き上げる。

 そんなヤケクソ気味の光景を無表情で眺める新郎新婦、の仮装をした古城と浅葱。

 

「パートナーに対する深い理解は、理想のカップルの最低条件! と言うわけで、相方の身長、体重、生年月日に好きな食べ物、趣味や過去の恥ずかしい体験などを悉く暴露して、決勝の舞台に勝ち上がってきたチャレンジャーの皆様がこちらです!」

 

 タキシード姿の古城に、ウェディングドレスの浅葱。

 古城の予想以上に、ウェディングドレスと言うのは大胆に肩や背中を露出している。おまけに今の浅葱は髪をアップにしているので、白い首筋が思いきり露わとなっている。

 着替えの際、手伝いで浅葱が手の届かない背中のリボンを引っ張った時なんてグッと来た。激しい渇きを覚えて喉を鳴らし、直後に鼻の奥が熱くなり、突然の息苦しさ―――いつもの鼻血。そして、“いつもであれば”、冷静でいられなくなる衝動が襲い掛かっていたと確信するくらいにウェディングドレスの浅葱は奇麗で、艶やかだ。

 

 なわけで、最初のファッションショーのようなアピール対決でのインパクトは負けていない。

 

 だが、次の嫁運び競争のようなレース対決、相方を抱えてグラウンド3周走らされるのには、獣王子(クロウ)眠り姫(なぎさ)ペアのぶっちぎりのトップであった。古城も浅葱を抱えて懸命に走ったのだが、普通にグラウンド3週はきつい。当たり前にクロウに一周遅れされ、あわや二周遅れされるところであった。これでも凪沙のことを考慮してだいぶスピードを落としてくれていたらしいのだが、それでもあの後輩に体力勝負で勝てるのは、魔族や攻魔師も含めてこの絃神島に誰もいないのではないかと思える。

 

 そして、最後の相方の理解力が試されるクイズ対決では……

 

「な……何なのよ、このコンテスト……」

 

「勝ち残るために、大事なものをいろいろ失った気がするぞ……」

 

 勝ちに行くぞ、とイベント前に宣言した古城と浅葱はどんよりと虚ろな目つきで顔を見合わせながらボソボソと呻く。

 ガチで優勝を狙いに行った彼らは、コンテストに勝ち残るために、互いの知ってる相手の秘密を、群衆の前で晒しまくった。最後の方は質問に答えるというより、単なる暴露合戦となってしまったが。

 なまじ友人としての付き合いが長いのが、完全に裏目に出てしまった。

 とはいえ、多くの犠牲を払った甲斐あって、決勝に勝ち残ったカップルの中では古城浅葱ペアの成績は見事に逆転し、断トツの首位に立っている。二位の獣王子眠り姫ペアに30点差をつけて、三位以下にはもう100点以上の大差をつけて、優勝はこのままいけば固い。

 

 が、これはゆるい企画。

 なので、会場を盛り上げるために古今東西こういうイベントごとのお約束事をしたりする。

 

「それではいよいよ最後の問題、決勝に残った全ぺアへの質問です! ズバリ、彼女が今、キスをしてほしいと思っている場所はどこでしょう? 彼氏はその場所に実際にキスをしてお答えください!

 

 ちなみに、こちらの問題はラストチャンスと言うことで正解者には200点のボーナスポイントが与えられることになっております!」

 

「「はぁっ!?」」

 

 想定外のきわどい質問。

 一応、事前に質問の回答を提出していたけれど、まさかステージ上でこんな真似をされるとは思ってもみなかった。

 

「『まあ、お互いの合意の上ならいいんじゃない?』と言うことで、生活指導の笹崎先生の許可は頂いております」

 

 中等部のチャイナ教師は適当過ぎるのではないか?

 ああやはりあの人も担任のカリスマ教師の後輩でそれに通じるところがあるんだな、と妙に納得してしまう古城。

 

 いくらなんでも、3万円分の食券のためにこんな衆人環視の中でキスするとか抵抗があり過ぎるだろ。

 しかもこれまで恥を代償に積み上げた得点もほとんど意味がないとか。

 トップの古城たちと最下位ペアとの点差は、100点以上はあるものの、200点もないのだ。つまりこの最終問題を落としただけで、いきなり最下位転落の可能性すらありうる。

 これでは無難に手の甲あたりにしといて、わざと回避する選択肢も取り辛い。

 

「う。よし、じゃあやるのだ凪沙ちゃん」

「う、うんクロウ君……」

 

 なんて古城と浅葱が迷ってるうちに、二位は覚悟を決めた模様。腰に腕を回し、顎先に手を添え角度を微調整―――ロマンチックにも眠り姫の物語通りに唇にするつもりか獣王子!

 

「さあ、残り時間、15秒です。答えをどうぞ!」

 

 古城たちが猛抗議しようにも司会者はさっそくカウントダウンを始めてしまう。

 ここは空気をぶち壊しにしてでも、殴り込むべきか。

 いや、ここで二位ペアの回答を実力行使の手段以外でストップさせるのは簡単だ。首位がどこよりも早くこのラストチャンスをものにして、回答の意味をなくしてしまえばいいだけだ。キスしても勝てないとわかれば、向こうも流石にやめるだろう。

 しかし……

 ぐぬ、と奥歯を鳴らしながら動きを止める古城。

 そんな古城の両頬を、浅葱がガッと鷲掴みにする。そして、グイッと力任せに古城の顔を自分に向けると、彼女はゆっくり顔を近づける。

 

「お、おい……浅葱……」

 

 緊張でかすれる古城の声。

 目を閉じた浅葱の長い睫毛が揺れている。ほんのりと桜色に染まる白い頬。そして、息がかかるほどの至近距離に、柔らかそうな彼女の唇がある。

 

 なにも、これが初めてじゃない。

 そう、あの『黒死皇派事件』が終わった直後に、古城は浅葱にされた。少し耳のピアスを見てくれ、と顔を近づけたところを不意打ちで……

 『じゃあ、そういうことだから』とした後に、彼女は言った。それは『仮面憑き事件』の終わった後にその意味を問いかけた古城に、あんなのは挨拶だと返してくれたが……

 もし、ここで二度目をするのならそれは、もう挨拶ではなく―――

 

 

 

 

 

 しかし、唇に触れる寸前で、浅葱は止まる。ぱっちりと目を開けて、古城から離れた。

 

「なーんてね」

 

 どこか満足げな口調でつぶやく浅葱は、大げさに肩をすくめる。その浅葱に古城は混乱したような表情で見返す。

 

「あ、浅葱?」

 

「もういいわよ、古城……“これって、現実じゃないんでしょ”?」

 

 気づいていたのか!?

 そう、この『彩昂祭』は現実じゃない。それを古城が確信したのはこのイベントに参加を決めてすぐのことだ。

 まずウェディングドレスに着替えている浅葱を見たとき、鼻血を出すほどの興奮に見舞われながらも、吸血衝動が起きなかった。その時に古城は、自分の体に起きた異変を悟る。

 そして、次に浅葱を抱えてのレースで、全力を出しても一人の少女を抱えてグラウンド3周がきつかったことに古城は、確信した。

 

 今の古城の肉体からは、吸血鬼の力が失われている。

 

 そして、これと同じ現象を古城は前にも一度体験したことがあった。

 

「何驚いてるのよ。うちのクラスの幻術投影サーバー、誰がプログラムしたと思ってるの? そこそこ楽しめたから、まあいいけどさ―――ただちょっとそれはやり過ぎ」

 

 驚く古城を見上げながら、尊大に笑ってみせる浅葱。きっと彼女は古城よりも早く異変に気付き、事態を推理し終えていたのだろう。

 古城から離れた浅葱は、同じく寸前でキスをやめた凪沙とクロウを見やる。

 

「あんたの仕業にしちゃ、こんな失態を犯すなんてね。ま、あれを計算しろというのはあたしでも無理があるけど」

 

 また、あの後輩は、都会に住んでいるのに原始的。触っただけで電子機器がショートしてしまうこともありえるという相性の悪さ。今時の学生にしては携帯機器を常に持ち歩くようなことをしないというのだから、“あいつ”には接点が少ない。だから、情報の更新が遅れてしまうのも仕方がないだろう。

 

「? さっきから何を言ってるのだ浅葱先輩」

 

 コンテストの司会者や観客たちも静まるこの状況においてなお問いかけを投げてくる後輩―――いや、“クロウ”は、推理小説に出てくる追い詰められた犯人役のようだ。だとすると、古城は間抜けな助手役であり、そして、探偵役は、間違いなく藍羽浅葱だ。

 

「あのね。クロウは“昨日、青年に(でかく)なったのよ”。成長期に入ると随分と大きくなるものね。それで、“三日前の少年だったころの体型で作った仮装(ふく)”が入るわけないじゃない」

 

 『西遊記』の道士服は、猪八戒という肥満体の役作りの予定で、中に詰め物をするので、ゆったりとした服装であった。だから、すぐに調整して合わせることができたという。

 しかし、王子様の礼服なんているかっちりとしたものにそんなすぐできる余裕があるわけがない。

 服は短く合わせるより、丈の足りないものを長くする調整は至難だ。長すぎればそれを切って合わせることもできるが、短いのならそれはできない。繋ぎ合わせて伸ばす、しかしそれはとてもうまくやらなければ不恰好になってしまう。

 暁凪沙は、確かに家庭的な女の子だ。裁縫も得意だ。けれど、衣服を縫う仕事をする職人(プロフェッショナル)にはとても及ばない。

 今、“クロウ”の来ている服は、縫い痕のなくそれでいてサイズがぴったりの、完璧なものだ。

 

「それから、今のクロウが凪沙ちゃんにそんな強引な真似は出来ないわよ。あの子は私たちが思ってる以上に大切にしてるの。いくらコンテストでもそんな風に流されるのは不自然極まりないってわけ―――だから、それ以上はいくら何でも見ておけない。あの子たちの尊厳を汚すのは、許さないわよ」

 

 『惚れ薬騒動』で校舎内に『B薬(チョコ)』を探し回っていた浅葱は、偶然にも“そのやり取り”を目撃した。

 乱暴にしてもいいといった少女の告白にそれでも固辞したあの子の想いを浅葱は見ているのだ。

 

 だから、こんなにも浅葱の好都合で進むわけがない。

 

 あの子は優しいとは少し違う。

 優しい、とは言い換えれば、自分にとって都合のいい、問題を起こさない、使い勝手のいい人物を指すものだろう。

 で、あの子は、間違いなく都合がいいわけなく、問題もたくさん起こす問題児で、その主人で担任の頭もしょっちゅう悩ます、使い勝手なんて言ってられないくらい面倒で手間のかかる子だ。

 ただ、純粋で利害の計算する必要のない、肩の荷を下ろして本音で話せる貴重な相手である。

 

 だから、この浅葱に優しい“クロウ”の正体は―――ひとりしかいない。

 

「この世界、さすがに都合がよすぎるものね。まるであたしの望みを、そのまま実体化させたみたいに。あたし以外にそんなことができるとしたら―――それは、“モグワイ”、あんただけよ」

 

「『ギギッ……』」

 

 “クロウ”が、邪悪な笑いを返す。それが答えのようだ。

 浅葱に“優しい”その相棒なら、引き時を見誤ったりしないのだろう。

 答え合わせしてすぐ、周囲の景色が変わった。

 ステージ上の司会者も、校庭に集まっていた観客たちも、そして、強力なライバルにして後押し役(サポーター)だった獣王子眠り姫ペアも消える。

 

 

 結局のところ、最初の肝試しから暁古城は“夢”から覚めていなかった。

 覚めたと勘違いした古城が、浅葱と回った『彩海学園´』は、すべてがこのモグワイが仕込んだ“夢”。

 そして、まだ……

 

 

 世界が崩落するようにすべてが消え去って、残されたのは、出入り口のない、完全密室の教室。

 教室の中央正面――教壇の上に置かれた作動中の大型コンピューター。その隣で見知らぬ仮面をつけた少女が、古城と浅葱を見下ろし立つ。

 

 

『ギギッ……』

 

 

彩海学園

 

 

 リディアーヌ=ディディエ。

 『北海帝国』の属州のひとつネウストリア出身の孤児であったが、欧州の軍事企業ディディエ重工に引き取られ、そこの養子として英才教育を受けたエリート・チャイルド。

 そうして、まだ小学生ながらも、ディディエ社の試作品である対魔族用一人乗り戦車<膝丸>の専属プログラマー兼テストパイロットに選ばれた。重度の広所恐怖症であるリディアーヌ=ディディエには、それは好都合であった。四六時中この有脚戦車に騎乗していると、その正体を見た者はいない雇われハッカーと噂され、いつからか『戦車乗り』と呼ばれるようになり、

 その防御と迎撃に優れたハッキング能力を買われて、この『魔族特区』絃神島の人工島管理公社保安部にてハッカーのアルバイトをすることになった。

 ―――そこで、彼女は出会う。

 自分のように造られた天才ではない、<電子の女帝>という本物の天才に。

 

 

 

「不覚を取ったでござる」

 

 赤い装甲に覆われた超小型有脚戦車(マイクロロボットタンク)。車内で膝を抱える推定年齢十二歳前後、燃えるように赤い髪を二つに結んだ外国人の少女。身体にぴったりとフィットした彼女のパイロットスーツには、『でぃでぃえ』と書かれたゼッケンが縫い付けられている。

 彼女は、リディアーヌ=ディディエ。同じアルバイト仲間の藍羽浅葱が通う学園祭を覗きに来て、彼女が手掛けた幻術投影サーバーの技術を盗みに来ようとした彼女は、“制御不能の”車内に閉じ込められることとなった。

 この状況を打開するには、ハッキングして制御権を取り返すか―――いや、それは不可能だ。自分がこの状況で、彼女には勝てないことはやる前からわかっている。

 ならば、残るは、この市街戦用の超小型有脚戦車にして、対魔族戦闘用の試作兵器を、電子世界ではない現実で、物理的に撃破するしかない。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 窓の外の景色は夜に変わり、一日晴天の天気予報だったのに激しい雨風が吹き荒れる嵐に見舞われる。

 

「―――シンディ、いいんちょ、伏せるのだ!」

 

 暴風雨に襲われた夜の廃校舎。怪物に囲まれる女子生徒に飛び込む人影。

 阿鼻叫喚の混乱の最中、彼は収束のため迅速に働いていた。

 

「オマエら、お祭り騒ぎもほどほどにするのだ―――」

 

 『骸骨兵士』の群れを一蹴し、『悪魔像』を粉砕する。剣巫に素手での白兵戦では分が悪い、まともに殴れば拳が割れるといったその鋼の巨体相手に、その豪力は“触れずして壊す”。

 

 パン! パパン! パパパパパパン!! とすれ違いざまに弾ける衝撃。

 ある方向にかかる力は必ず逆方向に同じ力が働く。『作用と反作用の法則』だ。強大な力の反作用はいずれ身を滅ぼす。

 故に、クロウは一点に集めた力を、それだけを一瞬、“置く”――“切り離す”。

 打撃力を加算する衝撃変換の攻魔師の白兵戦術を身につけた末にできた、全力の寸止めが生み出すのは、あえて言うなら、力の残像。

 銀人狼となってから可能な獣王の四つの秘奥そのひとつの空を断つほどの遠当ての、簡易版のバリエーション。飛ぶこともなく射程範囲は狭く、破壊力も劣るけれど、人間時にも連発ができ、肉体への負荷衝撃も少ない。

 また攻撃しても反動がないためノータイムですぐに行動できる。つまりは、移動しながらもスピードを落とすことなく物理衝撃を叩きこむことができる。

 

「忍法手裏剣術! ―――<火雷(ほの)>!」

 

 時に、『亡霊』や『鬼火』といった物理衝撃を透過してしまうような相手でも、霊力を固めて飛ばす霊弓術手裏剣と魔力を咆哮にして発して吹き飛ばす。

 

「今のうちにあっちから学校から出るのだ。オレが通ってきた方は片づけてきたから、怪物(あいつら)も少ない」

 

「でも、クロウ君は……?」

 

「オレは、このお祭り騒ぎをやめさせる」

 

 助けられた女子生徒、クラスメイトである彼女たちについているのが一番なのだろうが、事態を解決するには個人に張り付いてるわけにはいかない。

 

「大丈夫、なの……?」

 

「う。いいんちょ、シンディ、こいつらは怖がらせるだけで、あまり襲おうとはしてこないみたいだ。でも、攻撃とか威嚇したら、反撃してくる。だから、余計な刺激を与えなければ逃げられる、捕まっても暴れたりしないでじっと我慢するのだ。いいな?」

 

「う、うん。わかったよ、クロウ君……その、頑張ってね」

 

「ん。まかせとけ」

 

 女子生徒の避難誘導が終わると、クロウは一度鼻で深呼吸。そして、強く異臭を放つ方角へと険しい顔を向ける。

 

「……やっぱり、この“匂い”はあの時と同じだぞ」

 

 事態の早急な混乱収拾のため、足の速い南宮クロウは一時優麻たちと離れて単独行動を取っていた。

 それでも優麻と連絡を取り合って、意見を交換して、この事態の原因に結論を出している。

 

 これは、『波朧院フェスタ』の夜に起きた現象と同じ。

 <闇誓書>によるものだ。

 読み手の思いのままに、世界を書き換えるという強大な力を秘めた魔導書。

 かつて優麻の母、仙都木阿夜がこの学校を起点として世界を自分の望むままに書き換えようとした。

 十年前の光景を再現したり、ありえたかもしれないIFの可能性の世界を実体化したりなどと。現存する数多くの魔導書の中でも、破格の威力を秘めた危険の書物。

 

 とはいえ、<闇誓書>はもうその原本は存在しない。他でもないクロウの主人である<空隙の魔女>南宮那月が十年前に焼き捨てた。その内容を知るのは、主人の記憶野しかにしか残されておらず、それを『固有堆積時間操作』の禁書級の魔導書『No.014』により回収した<書記の魔女>が複製(レプリカ)を再現した―――だけど、それも消滅させたはずだ。

 何より動かすには、多大な魔力が必要で、そのため星辰の配置に気を配らなければならなかったはず。だから、<書記の魔女>は十年もその<闇誓書>を動かすに最適な時期を待ち続けたというのに……

 

 だけど、こうして現に世界は書き換わりつつある。

 

 そう、『恐怖の館(ホーンテッドハウス)

 先ほどクロウが進藤美波や甲島桜に忠告した通り、危害を加えずに怖がらせるだけで生徒を傷つけることを目的としていない。

 まるで、遊園地のアトラクションのお化け屋敷のよう。そうだ―――

 

「む。そういえば、向こうは古城君たちの教室がある方なのだ。確か、ぶいあーるえむえむおーとかですっごいお化け屋敷だったけ?」

 

 思い出そうとうんうん頭を捻りながらも、クロウはその答えに近づいていた。

 夜の廃校舎。そして迷い込んだ生徒たちを脅かすためだけに、不規則に出現する怪物たち。その構造は、まるで、ではなく、お化け屋敷そのもの。

 どうやら<闇聖書>の所有者(オーナー)は、『お化け屋敷を現実空間で再現すること』。何とも奇妙な話ではあるものの、この説明が一番しっくりとくる。

 

「とにかく、こっちの方だな」

 

 不気味な模様替えはされてるけれども、校舎の構造は元の彩海学園と変わっていない。

 実体があろうとも、“匂い”のしないこの幻影世界の怪物にクロウは惑わず、また怪物程度では足止めにならない。このままいくと単純明快の思考で、最短距離で答えに行き着きかねない。そのため、黒幕は手を打ってくるのは早かった。

 

「む……? これもお化け、か?」

 

 薄暗い廊下を走り出すクロウは、その突き当りで待ち構えていた金属の塊を視認する。

 全身を赤い走行で覆った、見慣れないお化け、ではなく、乗り物。

 全長はせいぜい軽自動車程度で、全体的なシルエットはリクガメに似ている。太くて短い四本足の先端は滑らかな球体になっていて、それらが回転することで、360度自由な向きに移動できるようになっているようだ。

 そして頭部にあるべき場所に装備されているのは、大口径の榴弾砲。

 

「前に見た<ナラクヴェーラ>になんか似てる気がするけど……ん」

 

 して、その強化プラスチック製の真紅の装甲板、そのリクガメの甲羅に当たる位置に拘束用ワイヤーで縛られ、張り付けられているのは、クロウが探そうと思っていた人物。そう、VRMMO用の特殊なゴーグルを装着した暁古城がいた。

 

「……また古城君が巻き込まれてるぞ」

 

 さすがの後輩も呆れた独り言をつぶやいてしまう。

 囚われた古城は、心ここにあらず、身動ぎもせず、まるで眠っているよう―――そう、<監獄結界>にその本体を眠り続けている主人と同じように、暁古城の意識も幽体離脱の如く別の場所へとあるのだろう。

 そちらの意識の方も回収しないとならないだろうが、なんにしても、その本体も確保しておかなければまずい。

 

『ギギッ』

 

 しかし有脚戦車はその思考に行き着くのを待ち望んでいたように、クロウが結論付けた直後、四脚の車球が回り出す。

 

 市街地における対魔族戦闘を想定して設計された、有脚戦車<膝丸>。

 その機動性は高く、多少の段差や障害物は余裕で乗り越えるし、場合によっては垂直な壁すらよじ登って見せる。瞬間的な最高速度は、120km/hにも達し、建物の密集した都市圏において、この機体に追いつける者はいない―――そう、ディディエ重工の開発者は豪語する。

 

「む。廊下をそんなに速く走っちゃダメなんだぞ!」

 

 囚われの姫ならぬ先輩を追いかけようとするクロウに、戦車の外部スピーカーから警告が飛んだ。

 

『ダメでござる! 今、<膝丸>は拙者の制御から外れておる! 迂闊に近づけば迎撃されるでござるよ!』

 

 時代劇の侍を連想させる、奇妙な言葉遣い。

 ぬ、まさかこれはサムライなのか、と頓珍漢な方へ思考が飛んだクロウへ、主砲の照準が合わせられる。

 

『くぅ! 武器の安全装置もすべて外れているでござるよ! 拙者にはどうすることもできないのでござる!』

 

 人間、または人間社会に生活する魔族にとって、銃弾は恐ろしいものだと認識されるものだ。

 未知だから有利に不意打ちできるのではない。既知だから戦わずして威圧できる。

 使わなくても、わかる。

 だけど。

 クロウは無視して追いかける。

 

「警告してくれてありがとな。でも、古城君は返してもらうぞ」

 

 簡潔に。

 目的を、宣言する。

 

「それに壊すのは得意だし、オレの体は結構頑丈だ」

 

 言葉はない。生身単身で兵器に挑む、青年に気を呑まれた。

 そうして、始まるのは戦車と人間の追いかけっこ(デットヒート)

 

 一歩分近づく。

 狭い校舎内といえど、有脚戦車は速度を落とすことなく、加速し続ける―――それに迫る青年。

 二歩分近づく。

 戦車の脚部に内蔵された走行用モーターは、赤熱し始めるほどに速度を上げる―――それでも青年から逃げ切れない。

 

『相対速度マイナス86.6m/s。接触まで推定7秒』

 

 速い。

 この小回りの利く高速機動可能な有脚戦車に追いつこうなど、冗談みたいだが、車外カメラに映る映像に、その青年の像は小さくなるどころか、大きくなりつつある。

 いや、近づくだけでなく、実際にその体が大きくなっているのだ。

 人型から、銀人狼へと。

 獣化を果たして跳ね上がった脚力は、有脚戦車にさらに接近を許す。

 

 三歩分近づく。

 そこで、ついに動いた。

 ドンッ!! という腹に響く強烈な破裂音。

 接近する相手へ榴弾砲。避けきれない。戦闘補助人工知能(AI)が導き出した最適解。

 そのはずだった。

 だというのに、カメラ越しの画像に、銀人狼の身体が揺れたかと思った時には、既にその体が消失していた。人型を倒すのに適した面で制圧する榴散弾全ての射線から逃れる。獣化となってその獣性を解放した、その強靭な肉体でもって強引に受け止めるような真似もしない。ただ避ける。

 つまり、いくら砲撃しようにも相手の身体は“停滞しない”。

 停滞することを厭う疾風のように銀人狼は疾駆する。

 

『な……?』

 

 お飾りだけの騎乗者(ライダー)は、砲撃しても止まらない銀人狼に唖然とさせられる。

 

 どうやって避けた?

 砲口の向きから射線を先読みした―――いや、それは無理だ。ランダムに飛ぶ散弾を咄嗟に予測することなど不可能。それに砲口を向けても、どのような種類の砲弾を使うかはわからないはず。だから、絶対に初撃に対する反応は遅れなくてはおかしいのに。

 それでも避けた。

 一発も当たらなかった。

 

(つまり……つまり、先読みして避けたのではない。実際に飛び出た砲弾を、目で見てから避けたとでもいうのでござるか!?)

 

 何をどうしたらそんなことができるのか! そんなのいくら獣人種でも無茶苦茶すぎる!

 ようやく認識の周回遅れを脱したと思い込んでいた少女であったが、やはり彼女は経験不足であった。

 今、この場において重要なのは、細かい理屈の検証ではない。

 常識外れの化け物に追われているという事実。どうやって逃げ延びることができるのか、ということへ全思考能力をフル稼働させなければ無理な相手。

 つまりは。

 現在、自身から操縦権を奪われている<膝丸>に、この相手は務まらない。

 

 そして、この砲撃でさらに学習能力を働かせたか。ただ直進するイージーな標的では、次からは榴弾砲が捉えるたびに、次の瞬間には消失している。有脚戦車に搭載れた四門の対人機関銃が火を吹かんとするも、補足すれば、見失い、捕捉すれば、見失い……その繰り返し。合計五つの砲門が、一度たりとも安定して照準を続けることを許さず、引き金を引くチャンスを与えない。速いだけではない、むしろこちらの動きが読まれている。

 

『―――発煙弾投射。<電撃地雷(スタンマイン)>、装填(ロード)。散布開始』

 

 人工知能が選択した兵装。

 そのディディエ重工・絃神島ラボで開発された発煙弾は、呪術による追跡や獣人種族の嗅覚を阻害する特別製。そして、<電撃地雷>には平均的な魔族を半日程度、昏倒させる威力がある。いかに並外れた身体能力を持った追跡者といえども、そうたやすく乗り越えられる妨害ではないはずだ。

 

 ―――それを振り切る。

 

 攪乱煙より飛び出したところを、校舎内で弾けた電雷に呑まれた銀人狼。

 その全身へ容赦なく直撃した、オゾン臭を漂わせる<電撃地雷>。

 けれど、半日どころか、半秒ももたない。

 

「ビリビリには慣れてるのだ」

 

 理解したのは、ひとつ。

 人間の身体構造を基準にすべての生物を測られてもそれは無理があったということ。

 

 この有脚戦車という狭い世界に閉じこもっていたエリート・チャイルドが、外の住人によって世界が広いと思い知らされたのは、これで二度目だ。

 

「―――捕まえたぞ」

 

 その声は外部の音を拾うマイクからではなく、天井越しに聴こえた。

 ついに、有脚戦車の直上に乗りかかったのだ。

 突然にかけられた荷重に有脚戦車の球体ホイールが、路面のグリップを失ってスピンする接地した腹部装甲が、廊下を削って火花を散らした。

 

 有脚戦車は強引に回転して、振り落とそうとする。普通の人間ではけして耐えられないであろう急激な加速。だが、銀人狼は平然と有脚戦車の背中に張り付いたままで、暁古城を車体に縛り付けている鋼線(ワイヤー)をぶちぶちと引き千切っている。

 そこで、銀人狼は車内より少女の苦悶の声を拾う。

 

「ん。おい、大丈夫か?」

 

 こんこん、と装甲をノックする。返ってくるのは、微かな息遣い。

 暴走する戦車の中に閉じ込められている少女は、かなり消耗しているようだった。他人の無茶な操縦に振り回されているのだから無理もない。早めに助け出さなければ、彼女の体調も心配だ。

 それでも、彼女は小さな小さな声で言う。

 

『早く……彼氏殿を助け出してくだされ。さすれば、拙者が自爆装置で<膝丸>を止めるでござるよ……』

 

 今、<膝丸>が攫っているのは、<電子の女帝>の大事な方。それ故に巻き込むわけにはいかなかったが、ここで外してもらえるのなら、気にすることはない。

 弱っていても、自爆装置のボタンを押せるだけの気力は残っている。暁古城を解放し、周囲に学生らがいないのを見計らって、自爆装置を起動させる。

 リディアーヌは、兵器産業の名門企業、欧州ディディエ重工に育てられたエリート・チャイルド。そして試作有脚戦車の開発者兼テストパイロットとして『魔族特区』に派遣された。

 しかし、元々は『北海帝国』で明日の命も保証できなかった孤児。

 ここで命を落とすことに、多少の口惜しさはあるものの後悔はない。リディアーヌが侍口調にこだわりを見せるのは、死を恐れない彼らの高潔な精神性に、憧れを抱いているからだ。

 

 と。

 

 

「その介錯、壬生狼(みぶろ)一番隊隊長南宮クロウが務めさせてもらうのだ」

 

 

 言ってすぐ、返答待たずに、クロウはその有脚戦車の脚ひとつへ<火雷>の魔力咆哮――魔咆で撃つ。

 

「頭をしっかりと守ってろよ!」

 

 旋回中に機動部へ衝撃波をぶつけられた有脚戦車は、バランスを崩して廊下の側面に激突。そのまま突き破って、外へ―――校舎三階から落ちる。

 

「よし、落下地点には誰もいないぞ!」

 

 外は嵐。庭に出てる学生はいない。念のために嗅覚で人の“匂い”がないことは確認している。

 そして。

 銀人狼は。

 小脇に暁古城先輩を抱えたまま、落ちる有脚戦車の落下地点へと飛び込み、片腕で受け止めた。

 

 ドンッッッ!!! と庭に波紋上の大きな凹みができる。

 されど、銀人狼は有脚戦車を片腕一本で持ち上げた、直立不動の姿勢を保っていた。大地に根強くある大木のように、一本芯の通った姿勢はぶれず。

 小型と言えど、戦車。その落下の重量加速を支える膂力。だけでなく、その衝撃を吸収する肉球型生体障壁まで展開している。

 

 なんという馬鹿力に、無茶苦茶な行動力。そして、破壊力。

 

「―――壬生の魔拳『ねこまたん』弱!」

 

 ぽん、と屈伸して巧く勢いを飲み込むと、真上に腕を突き上げ、同時、気功砲を放って有脚戦車を天高くに打ち飛ばす。

 そして、落ちてくる間に、戦車の四脚を、銀人狼が狙う。

 

「騎士道は誰かを護るために死ぬものだけど、武士道は自分のために死ぬものだぞ。だから、お前はこんなところで死んじゃいけないのだ」

 

 有脚戦車の装甲材は、特殊な呪術強化プラスチックだ。耐衝撃性能に優れたその装甲は、20mm砲弾や対戦車ロケット弾の直撃にも耐える。

 ―――しかし、こちらは、地殻硬度に達する牛頭神(ミノタウロス)を切り払った。

 

「―――壬生の魔拳『ガン()レード』!」

 

 ドォ!! と暴風が吹き荒れた。

 

 それを気分身の応用術でその身に捻りながら重ね、血肉とした純血の眷獣(ガングレト)の魔気を纏う。三面六臂の阿修羅―――否、三つ首魔犬(ケルベロス)の阿修羅と化した銀人狼、六つに手数を三倍にして、燃え盛る魔犬の爪気纏う。紅蓮の手刀(ブレード)が、脆いと見抜いた関節部へ斬りかかった。

 まさに『天部』の末裔の魔導犯罪者が<轟嵐砕斧>と名乗った念動による不可視の衝撃波のよう、しかし、その恐るべき六つの太刀風は、溶けた硝子のような赤熱を伴っている。分厚い装甲版に覆われた超小型有脚戦車は、その機動部分(よつあし)を溶断されて、甲羅の中心部だけになる。

 

 そして、脚がなくなった戦車、それも逆さにひっくり返ったところを受け止めて、最後はコクピットへ通じる甲羅部分をこじ開け、中で目を回していた赤毛の少女――リディアーヌ=ディディエが転がり出たところをキャッチする。それから、ぽいっと抜け殻の戦車を投げ捨てる。

 

「ほれ、カメはひっくり返ったら何もできないんだろ? これで介錯終いなのだ」

 

 確かに、脚を破壊され、上下逆さまとなれば<膝丸>も動きたくとも動かせないだろう。方法は力任せであっても、理にはかなっている。

 

(できれば、もう少し優しく救助してほしかったところでござるが……)

 

 青年の姿に変わっていたのですぐに気づかなかったが、言われてみれば収集した情報にその面影があった。

 これが、現在、公社の非常勤(アルバイト)ではなく、請け負った依頼主の執着する相手―――

 

(この<膝丸>に記録されてる筈の獣王殿との戦闘記録……売れば、きっと高い値で買い取ってくれる筈でござろうが―――いや、一日に二度も武士道に反することはできぬな)

 

 暴走した有脚戦車は、壊れた。そういうことにしておこう。

 そして、武士(もののふ)を教えられた異性に抱き留められたこの経験も、胸にしまっておくとしよう。

 

 

 

 腕の中で眠るように気を失ったリディアーヌ

 無事、戦車を撃退し、暁古城の身柄を確保したクロウ。

 しかし、また新手が彼の前に現れる。

 

 

「ぬ!?!? お前は―――」

 

 

彩海学園´

 

 

 出口のない教室の中央にある幻術サーバー。

 それを守護するように立ちはだかる少女。

 藍羽浅葱によく似た外見だが、彼女は表情のない仮面で顔を覆い隠している。仮面の下から漏れ出すのは、ギギッ、というノイズ混じりの合成音声だ。

 

「あいつが……モグワイか?」

 

「え……と、多分ね」

 

 古城の疑問に、言葉を濁した返答をする浅葱。

 浅葱が相棒とするモグワイは、ぬいぐるみの姿で画面に出てくる。その本来のデザインからかけ離れている、またしかも自分に似せていることに少々困惑しているらしい。

 

「で、ここから脱出するにはやっぱりあれを何とかしなくちゃならないようね」

 

「そうだろうな。けど……」

 

 完全密室の空間。そして、今の古城は何の力ももたない一般人。“世界”そのものを書き換える人工知能(AI)が相手では、おそらく歯が立たないだろう。

 こうして、古城はしかめっ面を作るしかない。

 仮面の少女モグワイもそれを理解しているからこそ、古城たちをどこか勝ち誇ったように余裕の態度で見下している。

 

 だがそんな少女の姿が、不意に怯えたように激しく揺らいだ。

 

「獅子の神子たる高神の剣巫が願い奉る―――」

 

 厳かに詠われる祝詞が、この異空間にまで響く。

 

「破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え!」

 

 少女の背後で閃光は煌めき、空間が地割れのように引き裂かれていく。そう、この暗い『夜の世界』へ現れたのは、光り輝く槍を携える乙女――姫柊雪菜だった。

 

「―――先輩、無事ですか!?」

「姫柊!?」

 

 槍を抱いたまま教室の異空間へと着地した雪菜は、まず驚く古城を確認し―――それから、古城と浅葱が揃ってブライダル衣装を着てることに気づいて、ムッと眉を寄せる。

 

「先輩方、その恰好は……」

 

「あ……いや、違うぞ。これは仮装だからな! そう、お化け屋敷用の!」

「そ、そうなの。学食の食券3万円分のために仕方なく……!」

 

「はあ」

 

 そうですか、と古城たちを眺める雪菜の瞳に感動の色はなく、無機質。

 そんな雪菜のすぐ背後に、波紋のように空間を揺らして男装の少女と軍服の女性が現れる。

 

「これはこれは……」

「やれやれ。相変わらずだな、古城は」

 

「ユウマ? それにユスティナ? どうしておまえらが……」

 

 面を喰らう古城。『西遊記』の舞台で登場した時、古城は気を失っていたので気づかなかったので、ここで初めて幼馴染が文化祭にいたことを知ったのだろう。

 しかし優麻は旧交を温めることはせず、真面目な顔で仮面の少女を睨む。

 

「話はあとだよ、古城! あいつはまだ諦めてないみたいだ」

 

 空間の裂け目より現れる怪物の群。

 『骸骨兵士』、『悪魔像』、『亡霊』、『鬼火』―――浅葱がお化け屋敷用に幻術投影サーバーに情報入力(インプット)したものたちだ。

 それらが仮面の少女、そして幻術投影サーバーを守護するように陣取る。

 

「どうなってんだ、浅葱!? モグワイって、おまえの相方の人工知能だろ?! なんでそいつが俺たちを攻撃しようとしてくんだよ!?」

「あたしだって知らないわよ! そもそも人工知能が実体化してる時点でおかしいでしょ!」

 

 咎める古城に、逆切れして反論する浅葱。

 そんな浅葱を庇いつつ、古城は、雪菜とユスティナが前線で槍を振るい、剣を薙ぎ、雪崩の如く押し寄せる怪物の群を捌くのを見てるしかない……そのことに己の無力さを歯噛みする。<第四真祖>の眷獣がいれば、数だけの大軍など軽く殲滅できるのに。

 優麻が召喚した<蒼>の背後に隠れて、彼女らの邪魔をしないように忍ぶだけだ。

 そんな古城に、隣に屈みこんだ優麻が冷静な口調で事情を説明する。

 

「<闇誓書>だよ、古城」

 

「<闇誓書>? だけど、あれは消滅したんじゃなかったのか?」

 

「いや……残ってたんだよ。人間の目には見えない形でね」

 

 <書記の魔女>の能力は、『魔導書の複製』だ。その能力を使い、彼女はかつての盟友<空隙の魔女>が大事にしていた場所――彩海学園の校舎に<闇誓書>の内容を書き記した。そう、“彩海学園を巨大な魔導書へと変えたのだ”。

 その<闇誓書>の複製は、古城たちが消滅させて、もう存在しない。

 あの時の全ての魔力が失われていた絃神島にて、<闇誓書>を盗み出せる者がいるとは思えない。しかし、<闇誓書>を奪った“人間(もの)”は存在しなかったが―――記録してしまった“物”はあった。

 

「監視カメラだよ、古城」

 

「カメラ……?」

 

「仙都木阿夜がこの彩海学園に書いた<闇誓書>の断片は、監視カメラに映像データとして記録されていたんだ」

 

 もちろんデータだけでは<闇誓書>は起動しない。

 しかし、その機動のためのピースが目の前にある。それに気づいた浅葱が、そうかと表情を引き攣らせた。

 

「幻術サーバー……! 魔術を実行するために造られた、『魔族特区』製コンピューターの性能(スペック)なら……」

 

 つまり、コンピューターが<闇誓書>に汚染されていたということだ。

 

 それがこの異変の原因。

 監視カメラの映像記録に姿を変えてしぶとく生き残っていた<闇誓書>の情報が、古城たちのクラスの出し物で使われる幻術サーバーを利用して、再び魔導書の呪いを実行した。人工知能のモグワイも、<闇誓書>に乗っ取られて暴走してしまっている、犠牲者なのだ。

 

「だったら、その幻術サーバーをぶち壊せば、この異変も直るんだな」

 

「ああ、そうなるね。けど―――」

 

 優麻が口を開こうとした、その時、また虚空より何かが現れようとしている。

 

 ドサッ、とそれが古城たちの前に落ちた。

 そう、ぐったりと倒れた銀人狼――南宮クロウ。しかも、その怖いものなしと思われた後輩が、ブルブルと震えて悲痛な声を上げた。

 

「うぐぐ……こっ、怖いのだ。オレ、やっぱり敵わないぞ」

 

「おい! どうしたんだクロウ!?」

 

 ただごとではない感じを受けて、古城らは慌ててそちらへ駆けつける。

 だが、そうするにはこの怪物の大軍と、そして、

 

『ヤラセナイ……!』

 

 敵意を剥き出しに咆哮する仮面の少女。

 その彼女が喚び出すのは、対魔族兵器の有脚戦車を撃退した銀人狼(クロウ)をも屈服させた最強の刺客―――

 それはぐてんとうつ伏せに倒れた後輩の背中にちょこんと座る、黒いゴシックな衣装を纏う6歳くらいの長い黒髪の幼女で、その名は……

 

 

 

「―――ナー・ツー・キュン♪ 奇跡のふっかーつ!」

 

「う、うう……ご主人がぁ……何か、見てるだけで、心がぐらぐらするのだぁ」

 

「もう、クロロンもちゃんと歓びのポーズをするのー! クロロンは那月(ナツキ)ュンのサーヴァントなんだから、那月(ナツキ)ュンを讃えなきゃダメー!」

 

「でも、お前、本当じゃないし……」

 

「なにー! 口答えするのクロロン! まったく、また勝手にご主人様より大きくなっちゃって、もう! お仕置き! ぺんぺん!」

 

「あぐっ! 痛くないのに、なんかイタい! イタいぞ!?」

 

 

 

 古城と浅葱は、ちょっと反応に困った。そして、初めて見たであろう雪菜、優麻、ユスティナの三人はものすごく困り果ててることだろう。

 ええと、つまり、これはどういう状況なんだっけ? 何か目の前で後輩が幼女相手に一方的に苛められてるみたいだけど、これって助けた方が良いのか? できれば、古城は関わり合いたくないんだが。

 

 このボス登場の強制イベントは、どうにも無視は許してくれないようで、泣きながらお馬さんする後輩に乗る、幼女――『幼い那月ちゃん』を略して、通称『サナ』の姿で現れた、『固有体積時間(パーソナルヒストリー)』を奪われ、幼児化してしまった主人が保険と用意した、復旧のためのバックアップ用仮想人格『那月(ナツキ)ュン』は、

 後輩の腰の上ですくっと立ち上がると、何故だか両手を腰に当ててこちらを見下して(には踏み台あってもまだ身長が足りてないけど)、反応を返してくれない古城たちへもう一度(リテイク)してくれた。

 

 

 

「―――ナー・ツー・キュン♪ アー・ンド!」 「クロロンだワン!」

 

 

 

 もう、だめだ。

 これ以上、無茶ぶりに付き合わされる後輩を古城は見てられない!

 

「クロウ殿が、これまで見たことないほどにダウンしてるであります! それにあれは<空隙の魔女>でありますか!?」

「ああ、そうみたいだ。信じたくないけど、クロウ君があそこまでやり篭められるのは彼女しかいない……!」

 

「で、でも、偽者なんですよねっ? あの子は南宮先生じゃなくて、この幻術サーバーが作り出した……」

「そう、ね。そういえば、この仮想人格(バックアップ)が出た時、<オシアナス・グレイブⅡ>に侵入してたモグワイも見てたのよね。そこから再構築したんでしょ、対クロウ用の肝試しに」

 

「そんなことはどうでもいいだろッ! 早く、早くクロウのヤツを助け出してやろうぜ! じゃないと、これ以上はあいつのメンタルが耐えられない!」

 

 幻術投影サーバーが召喚するのは、あくまでも“怖がらせるだけで危害を加えないもの”。

 この魔(法少)女もこれまでの『骸骨兵士』とかに比べればまったく攻撃力のないものだが、後輩個人を狙い撃ちしたその脅威は凄まじくある。

 

「はーい、だから、この世界を壊そうとか考えちゃダメだニャン♪ さもないと、クロロンにもっと罰ゲ―――じゃなくて、もっと可愛がってあげるブー!」

 

「罰ゲームだろ!? お前のサーヴァントなんだから人質になんかしないで、もっと大切にしてやれよ! それから語尾とかキャラ設定をちゃんとしろ!」

 

「じゃあ、そうする。クロローン、いいこいいこしてアゲルにゃあよ♡」

 

「なんか怖い!? ご主人のいいこいいこすっごく怖いぞ!?!?!?」

 

「うふっ♪ そんなにも反応してくれるなんて面白いなークロロン。じゃあ、今度はぎゅぎゅっとはぐはぐしてみよう!」

 

「やめてくれ!」

 

 傍目からでは、普通に後輩が幼女に可愛がられる図にしか見えないだろう。しかし、その後輩は思いっきり震えてる。ガクブルとこんなに怯えてるのは古城も初めてだ。

 これが『まんじゅう怖い』みたいに、実は褒められてるのは嬉しい―――なんて、事は一切なく、叱られることに慣れていても、主人に褒められるのに耐性がない後輩は、ガチで、この不可解な現象に怖がっている。

 

「那月ちゃん、偶には素直に褒めてやってくれよ……」

 

 後輩を想い、ほろりと涙が出てしまう古城。

 

「こ、じょう君……オレのことは……いいから……はやく―――」

 

「クロウ、おまえってやつは……!」

 

 なんだか熱くなってる男子二人のやりとりに、まったく、と深い溜息を吐く浅葱は、愛用のスマートフォンを取り出す。

 

「『恐怖の館』なんか無視しとけばいいのよ。要は幻術サーバーを起点とした、汚染されたモグワイの支配から、解放してやればいいんでしょ」

 

 浅葱は自作のハッキング用アプリを起動して、怪しげなコマンドを次々に入力。幻術サーバーへとハッキングを仕掛ける。

 

「<闇誓書>だか何だか知らないけど、電脳世界(こっち)はあたしの縄張りよ。好き勝手はさせないわ」

 

 獰猛な笑みを浮かべながら、次々と新たな携帯電話やタブレット端末を取り出す浅葱。一体ウェディングドレスのどこにそんなものを隠していたのかと、古城は驚くよりも先に呆れ返ってしまう。

 

「……君は、本当にそれでいいのかい?」

 

 浅葱を気遣うように優麻が言葉を投げかける。

 これは、最低でも“ここにいる彼女”に説明しておかなければならないもの。

 

「力を貸してくれるのは嬉しいけど、ボク達はキミに伝えなきゃいけないことがある。もし君が幻術サーバーを<闇誓書>の支配から解放してしまったら―――」

 

「今のあたしは消えてしまう、ってこと?」

 

 しかし、優麻が説明しなくてもすでに“浅葱”は悟っていたようだ。

 

「浅葱が消えるって……どういうことだよ!?」

 

「つまりさ、ここにいる藍羽さんは、本物じゃないってことだよ。古城、もちろん君もね」

 

 優麻は、今度こそ古城に全ての真相を種明かしする。

 

「今のキミたちは、“<闇誓書>が創り出したニセモノの世界の一部”なんだ。この世界は藍羽さんが見てる夢なんだよ。きちんと確認したわけじゃないけど、キミたちの本体は、今も<闇誓書>に汚染されたコンピューターに接続されたままだと思う」

 

「夢……って、だけど、どうしてそんな……」

 

「<闇誓書>を起動するためには、“幻術サーバーを起動するオペレーター”と、“<第四真祖>の魔力が必要だからだよ”。<闇誓書>は古城の魔力で起動して、藍羽さんの願いのままに、この世界を創り出した。藍羽さんが望む理想の世界をね」

 

「……まあ、そう言うにはちょっと認めがたいのがちらほらあるけど、そのあたりは断片だからってことなんでしょ」

 

 世界を望みのままに書き換える<闇誓書>の能力も、所有者(オーナー)本人には効果がない。かつて仙都木阿夜が絃神島から異能の力を消し去った時も、阿夜だけは存分にその魔女としての力を振るうことができた。

 <闇誓書>が浅葱の願いを叶えるためには、彼女に夢を見させるしかなかった。

 

 しかし、それでも古城には納得できないものがある。

 

「そんな馬鹿な……だって、俺たちは普通に『彩昂祭』を回ってただけだぞ? なんで浅葱がわざわざそんなことを望むんだよ!?」

 

「えーと……いや、だからさ……」

 

 言葉を詰まらせてしまう優麻。

 ここで、『古城と一緒に『彩昂祭』を回ることが彼女の願望だったのだ』とズバリ言えたら楽だろうが、流石にそれは教えられない。

 雪菜もまた同情するように浅葱へ目を伏せる。

 

「先輩……」

 

「そういうヤツよね、この男は」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らす浅葱。

 して、

 

 

 

「べたべたー、クロロンベットー♡ ごろごろーにゃーにゃー♪」

「あれ、なんか蕁麻疹っぽいのが出てるぞ!? オレ、病毒(ウィルス)には無敵なの、に!?」

「まあ、大変! じゃあ、那月ュンがお布団になって、温めてあげるワン♪」

「―――ぐはぁっ!?!?」

「クロウ殿ー!? 気を確かにー!? 病は気からでありますよー!」

 

 

 

 向こうはそろそろマズい。

 浅葱は吹っ切れたように明るく笑って、

 

「だけど、古城の言う通りよ。こんなまやかしの記憶……クロウには何か悪夢になってきてるけど、まあ、消えたってどうってことないわ。現実の世界で、もっといい思いをすれば済むでしょ。『彩昂祭』はまだ一日あるんだし」

 

「さすが……手ごわい人だね、藍羽さん」

 

「ありがと。褒め言葉だと思っておくから」

 

 優麻の賞賛に、浅葱は誇らしげに目を細めると、無造作にスマートフォンの画面に触れた。

 

「浅葱……!」

 

「またね、古城」

 

 その瞬間、幻術サーバーの筐体より、光が溢れ出し、世界が白く染まった。

 ギギッ、と弱々しいノイズを残して、仮面の少女は消滅。

 古城の意識が残っていたのはそこまでで、明滅する電子の光に呑まれて、仮想人格(ナツキュン)、それに浅葱の姿が消えていく。

 

 

 そして、世界は夢から醒める。

 

 

彩海学園

 

 

「先輩。起きてください、先輩」

 

 

 すぐ近くで聴こえてくる雪菜の声に、古城の意識はゆっくりと浮上する。

 焼けつくような不快感も覚えるも、それは今が夜ではなく、午後の陽射しが頭上より降ってくる夕方で、そして、古城が吸血鬼である証左。

 

「姫……柊……?」

 

 自分を見下しているのは雪菜。

 そして、視点を彼女から横に巡らせると、今自分がいるのは中庭で、近くには半壊した戦車のような物体が転がってたりするも、大勢の生徒や一般客が盛り上がる『彩昂祭』はまだ終わっていないようだ。

 

 長い、夢を見ていたような気分。

 そう、『惚れ薬騒動』で『西遊記』の舞台に乱入して、後輩に向かって何か叫んだところで記憶は途切れてる。うん、あれは忘れた方が良いものだ。

 それから、後は……そう、『ベストカップルコンテスト』に浅葱と出た体験が、夢の中とはいえ地味に効いてきた。それに、後輩と妹がペアで出てきたのもまた含めて。それから、後輩が小さい担任に可愛がられてる(いじめられてる)のを見て、すごく胸が締め付けられるようだったのも、やけに生々しく記憶に焼き付いてる……なんだか、後輩が結構な頻度で出演してるような気がする。

 

「でも、夢か……」

 

 妙にリアルな夢で、精神的な疲労が全身に重くのしかかってるよう。

 耳に引っかかっていた3Dメガネ風のスマートグラスを投げ出して、古城はのろのろと上体を起こす。別に雪菜に膝枕されてたからではないと思うが、不思議と寝心地は悪くなかった気がする。

 それを確認したうえで、古城は安心して壁に手を突こうとして―――ふにょん、と。

 

「って……なんだ、この感触? え……!?」

 

 指先に伝わってきた柔らかな弾力。一見控えめなようでいて、意外に豊かな胸の膨らみが掌にすっぽりと収まってるようで、この実感は夢ではない。表情を引き攣らせる古城に、少し照れたような声がかけられる。

 

「さすがに恥ずかしいな、古城。姫柊さんが見てるのに……」

 

「ユ、ユウマ!? おまえ、なんで!?」

 

 一気に覚醒した古城の前にいるのは、頬を染めて目を伏せる男装少女の幼馴染。

 その本来この場にいるはずのない彼女の存在が、バラバラだった古城の記憶の破片を結び付ける。

 優麻の服装は、古城の記憶(ゆめ)と完全に一致。

 雪菜が<雪霞狼>を剥きだしているのもそう。

 となると、さっきまでの出来事は、古城の夢なのではなく……

 

「あれは現実だったのか? <闇誓書>は……浅葱はどこだ!? それから、クロウは無事なのか!?」

 

 古城は目つきを険しくして、首を振って周囲へ視線を走らせる。

 この体はすでに<第四真祖>の力を取り戻してる感覚がある。

 古城は吸血鬼だと浅葱が知らない以上、ここは彼女が想像した願望の世界ではなく、なのに、浅葱の姿は見当たらない。彼女だけが、この現実世界にいない。いや、まさか―――まだ、終わってないのか。

 

「うぅ、古城君、呼んだか……?」

 

「クロウ殿、そう無理はなさらずに……」

 

 ふらふらと弱った後輩が女騎士の肩を借りている。

 間違いない、夢であった後輩の苛めは本当にあったこと。それを思うとなんだか涙が出てくる古城で、ついっと歩くのもおぼつかない後輩から視線を斜め下へ外すとそこに、赤毛の小学生くらいの少女。あれは、浅葱の友人で『戦車乗り』とか呼ばれてた娘だ。どうして、彼女がここにいるのかは知らないが、おそらく巻き込まれたのだろう。

 

「浅葱先輩なら、向こうだぞ」

 

 それでも健気に、探し物(サーチ)が得意な特殊スキル持ちの後輩が、指をさす。彩海学園の敷地の外―――絃神島の中心部キーストーンゲートと呼ばれる建物がある地点を。

 四基の人工島を連結し、すべての都市機能を掌握する、文字通りの絃神島の中枢部―――だが、その毎日必ず目にしていた巨大なビルの姿が変わっていた。

 城に。

 それも、近づくものを拒むような険しい断崖と深い森に囲われて、上空には邪悪な黒い霧に覆われた……まさにRPGゲームに出てくる魔王城のよう。

 

「なんだ、ありゃ……」

 

「え、っとですね先輩」

 

 呆気にとられたように声を震わせる古城へ、雪菜が言いづらそうに目を伏せながら説明する。

 

「<闇誓書>がモグワイさんと融合して、自我を持ってしまったみたいなんです。それでどうやら藍羽先輩を人質にして、あの城の中に立てこもってしまったみたいで……」

 

「……ってことは、これはモグワイが望んだ世界ってこと……」

 

 ああ、それでこんな電子遊戯(ゲーム)の世界になっちゃってるのか……納得するが、頭を抱えたい古城。

 

 古城たちの教室にある幻術投影サーバーはストップさせたが、キーストーンゲートの内部には、モグワイの本体であるスーパーコンピューターがある。浅葱は今日の『彩昂祭』にクラスの出し物を間に合わせるために、相棒の力を借りてたので、それでネットワークのラインができてしまっていたのだろう。

 そして<闇誓書>に汚染されたモグワイはその回線を経由して、キーストーンゲートに移動して、ああなった、と。

 

「まあ、そんなわけで藍羽さんを助け出さないとね」

「行きましょう、先輩」

「う。一緒に事件解決するのだ」

 

 さしずめ、囚われの浅葱姫を、魔王の(ダーク)モグワイから救い出せ、ということになってる展開。

 そして、古城は、魔法使い(ユウマ)僧侶(ユキナ)武闘家(クロウ)のパーティを連れる勇者か……

 

「勘弁してくれ……」

 

 学園祭一日目の夕の部は終わり、これより場外へと足を運ぶことになる夜の部が始まる。

 

 

 

つづく


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