この爆裂娘に親友を!   作:刃こぼれした日本刀

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 大変お久しぶりです。
 今年就職して執筆時間が取れず、本編の内容は思いついているんですが何故か貧乏店主の登場シーンが書けず。
 何か書かなければと思ったら、過去話の方が先にできたので投稿します。



この悲しい少女に哀れみを!

「めぐみん」

 

「はい」

 

 それはいつもの朝の風景、担任教師が私の名前を呼んだ。

 

 クラスが男女別に別れている小さな学校、女子教室にいるのは私を含めて12人しかいない。

 

 そして、このクラスには出席確認をする度に不機嫌になる生徒がいる。

 

「ルミカ! おい、ルミカ! どうしたんだ、返事をしろ」

 

 先生が呼びかけても、彼女は中々返事をしなかった。

 

「チース」

 

 ルミカと呼ばれた少女は肩甲骨まで伸ばした黒髪をくるくると指でいじりながら、気だるそうに返事をした。

 

「先生、すいません。私の名前はルミカじゃありません。ルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィです……何回も言ってるじゃないですか」

 

 我が親友ルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィ、略称ルーちゃんは机に肘をつき、頬を膨らませている。

 

 長い名前をきちんと呼んでもらえないことが、彼女は大嫌いなのだ。

 

「いやぁ、すまんすまん。お前の名前は長いからな、つい略したくなって。今度から気をつけるよ」

 

 苦笑いをする先生は知らないのかもしれない。実はルーちゃんの本名はルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィよりもさらに長いことを。

 

 果たして、彼女の長い本名が間違われず呼ばれる日は訪れるのだろうか。

 

「ふーんだっ!」

 

 ちゃんと名前を呼ばれずすねたルーちゃんは、机の上に行儀悪く足を載せた。

 

 大丈夫なのだろうかあの娘……私の席からだとパンツ丸見えなんだけど。

 

「よーし、全員揃っているな。では……」

 

「あ、あの、先生! ……私の名前……呼ばれてないんですが」

 

 名簿を片付けようとする担任に、私とルーちゃんの間に座る子が泣きそうな顔で挙手した。

 

「いやーすまんすまん、お前の名前は次のページに掛かっていたんだった。では……ゆんゆん」

 

「は、はいっ! ……あれ? ちょっと待って、どうして出席番号が私より後のルミカの方が私より先に呼ばれるの? ……先生!」

 

「よーしっ! それじゃ授業を始めるぞー!」

 

 ゆんゆんと呼ばれた、優等生っぽいちょっぴり地味な子の発言を遮るように、担任が大きな声を出す。

 

「ふっ、……運命とは残酷だ」

 

 ルーちゃんは自分のことを棚に上げ、ゆんゆんを鼻で笑った。

 

「ねえルミカ? その意味深な呟きは何なの? はぁ、私って……やっぱり地味なのかなって……ちょっと何をするつもり!」

 

 ルーちゃんはゆんゆんの話を無視して、筆箱から鉛筆を取り出し。

 

「せんせい、あぶない!」

 

 棒読みで叫びながら、鉛筆を担任の顔面に向けて投擲した。

 

「ウオ! 危なっ!」

 

 担任は咄嗟に出席簿を盾にすることで、ルーちゃんの攻撃を防いだ。

 

「おい、ルミカ! 今のは危なかった、危なかったぞ!」

 

「……ちっ、外した。せんせーい、手がすべりました」

 

 冷や汗を垂らす先生に向かって、適当な言い訳を開始する幼馴染。

 

 あんなに素直でいい子だったルーちゃんがぐれるなんて。私は頭が痛い。

 

「そんな言い訳が通ると思っているのか。先生がお前の名前を何回間違えたと思ってるんだ! ……いや本当にすまなかった」

 

 ちなみに先生がルーちゃんの名前をきちんと呼ばないのは一週間に1回程度であるのに対し、ゆんゆんが忘れられるのはほぼ毎日である。

 

 彼女のあだ名が『いろいろ悲しい地味娘』になるのは時間の問題かもしれない。

 

 ……今度肩でも揉んであげよう。

 

「すいません、先生の背後に怪しげな暗黒のオーラが見えたもので。きっと優秀な魔法使いであり、次世代の紅魔族を育てる一流の担任教師である先生を狙う……魔王軍からの刺客に違いありません」

 

 やれやれ、ルーちゃんは本当に可愛らしい。そんな誤魔化しが通用するはずがない。

 

 なぜならば、魔王軍が命を狙うなら紅魔族随一の天才である私を殺しに来るに決まっているのだから。

 

「なっ、なんだと!」

 

 ……どんな適当な話でも、カッコよければ丸く収まるのが紅魔族のすばらしい点だと思う。でも、紅魔族随一の天才たるこの私を仲間外れにしたことだけは許さない。

 

「まさか、この俺が今まで隠してきた古の禁呪を奪うために。すまない、ルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィ。お前のおかげで助かった。こうしてはいられん、俺が魔王との最終決戦に旅立つ前に、選ばれし者に我が禁断の大魔術を伝承せねば」

 

 そう言って、先生はいそいそと教室から出て行った。次の授業の準備があるのだろう。

 

「まったく、ルミカったら先生になんてことするのよ」

 

「私が悪いんじゃない、これも全て魔王のせいだし。ゆんゆんがぼっちなのも、おそらくはやつらの作戦に違いない」

 

「そっか、私に友達がいないのも、絶対に許さない! 魔王なんて経験値にして……違うから、私ぼっちじゃないから!」

 

 ゆんゆんの小言をルーちゃんは顔を横に向け聞き流す。私はそんな2人のやり取りを、にこにこしながら見守る。

 

 気づいてるんでしょうゆんゆん、ルーちゃんが誰のために怒ってくれたのか。頬が赤いのを誤魔化すために、顔を逸らしていることに。

 

 2人とも、お互い素直になればいいのに。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 ここは紅魔の里と呼ばれる、紅魔族の集落にある小さな学校。生まれつき高い知力と魔力を持つ紅魔族は、ある程度の年齢になると学校で一般知識を学び、12歳になった時アークウィザードという上級職につき、魔法の修行を開始する。

 

 魔法を覚えるまで学校で修行し、魔法を習得すれば卒業となるのが里の常識だ。

 

 つまり、ここにいる生徒は魔法が使えない魔法使いのたまごたちなのである。

 

 私たちは全員、自分の使いたい魔法を習得するために、『スキルポイント』と呼ばれるものを貯めている。覚えたい魔法により必要なスキルポイントは変動し、威力が高い魔法ほど多くのスキルポイントが必要になる。

 

 そして、ここにいる娘たちの多くが覚えたい必殺技こそが上級魔法。魔法使いなら誰もが憧れる、強力な魔法の数々を扱えるようになるスキル。

 

 紅魔族はこれを習得することで、一人前と認められるのだけど……。

 

「よーし、ではお待ちかねのテスト結果を発表する。心の準備はできたか?」

 

「ふふ、……今回の私は一味違うわよ」

 

「どうやら、ようやく我が真の実力をお見せできる機会が訪れたようね……圧倒的な絶望を知るがいい」

 

「この試験の結果に……明日のおやつ(私の全て)を、賭ける!」

 

「戦慄せよ敗北者、これがレベルの、いや格の違いだ」

 

 先生の発言を聞き、クラスメイトたちのテンションが上がっていく。

 

「いつも通り3位以内の者には、『スキルアップポーション』を渡すので取りに来るように」

 

 スキルポイントを増やすには、モンスターを倒してレベルを上げるか、スキルポイントが上がる希少なポーションを飲むしかない。だから、早くカッコイイ上級魔法を使いたい少女たちは、このポーションを得るために全力で定期試験に挑むのだ。

 

 ……ルーちゃん以外の子は。

 

「では、3位から! あるえ!」

 

 名前を呼ばれ、ポーションを貰いに行くクラスメイトを横目で見つつ、私は勉強嫌いな親友について考える。

 

 どうすれば妹分にやる気を出させることができるのだろうか。

 

 前回の試験なんて、ローブの袖に鏡を仕込んでカンニングしようとしていたし(私とあるえが気づかなければ危なかった)

 

 ……できることなら、同じタイミングで魔法を覚え、一緒に卒業したい。

 

「2位、ゆんゆん! さすがは族長の娘、今後も精進するように」

 

「は、はいっ! がんばりましゅ……え?」

 

 隣を見ると、ゆんゆんが顔を赤面させながら席を立った。

 

 ちなみに彼女が顔を赤くしていたのは、ルーちゃんがまた机に足を乗せパンツが見えていたからである。

 

 ……あの子は本当にもう。

 

「それでは1位、めぐみん!」

 

 ポーションを貰いに席を立つ私を、ゆんゆんが悔しそうに見つめてくる。そして、そんなゆんゆんに向けて、何故かルーちゃんは勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 

 もしかして、私の答案をカンニングして同率1位にでもなったのだろうか。

 

「さすがは紅魔族随一の天才、この調子で今後も頑張るんだぞ。でもめぐみんはそろそろ上級魔法を覚えられるぐらい、スキルポイントを貯めている気がするんだが……。まあそれはそれとして、他の者もめぐみんを見習い、勉学に励むように! 特にルミカ、お前はもう少しやる気を出してくれ、試験の答案の裏に毎回冒険小説を書くんじゃない」

 

 担任が他の生徒たちを激励する中、私は自分の席でこっそりと冒険者カードを確認する。

 

 胸元から取り出したそのカードには、職業欄にアークウィザード・レベル1と書かれている。その下に表示された手持ちのスキルポイントは45。

 

 そして、習得可能スキルの欄には《上級魔法》習得スキルポイント30という文字が光っており、「早く自らを使え」とスキル習得を催促しているかのようにすら感じる。もちろん気のせいに違いない。

 

 私はそんな上級魔法の下にある《爆裂魔法》習得スキルポイント50という灰色の文字を、何回も指でなぞる。……ようやく、ここまで辿り着いた。

 

 あの時のお姉さんは、今どこで何をしているのだろうか。

 

 里では上級魔法を覚えてこそ一人前と認められるけど、私が覚えたい魔法は、爆裂魔法だけなのだ。

 

 今でもたまに夢に見る。死を覚悟した私たちを救ってくれた、ローブの人が使ったあの破滅の一撃。

 

忘れられない、忘れられるはずがない。

 

 私は絶対に爆裂魔法を習得する。そして、いつか憧れたあの人に、私の魔法を見てもらうんだ。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 1時間目の授業が終わった後の休憩時間。

 

「さあ、めぐみん。いつもの、行くわよ」

 

 隣の席のゆんゆんが私の席に詰め寄って来た。

 

 彼女は、紅魔族の族長の娘にして、文武両道で才色兼備な学級委員。

 

「待っていましたよ、ゆんゆん。お腹が空きました、今日は肉の気分なのですが、私の朝ご飯はなんですか?」

 

「そ、そうなの? 実は今日のおかずは、私が腕に縒りを掛けて作ったハンバーグなんだけど……」

 

 そして私とルーちゃんくらいしか友達がいない、紅魔族随一のぼっちにして。

 

「違うから! 別に私はめぐみんのためにお弁当を作ってるわけじゃないから! どうして私が負けることが、あんたの中では決定事項なの? 絶対に負けない、今日こそは族長の娘として、私が勝つんだから!」

 

 私のために毎日弁当を作ってくれる、自称ライバルだ。

 

 ゆんゆんは毎回お決まりの宣戦布告を告げると、自分の弁当箱を私の机の上に置いた。

 

 私も代わりに、試験のご褒美であるスキルアップポーションを机に置く。

 

「勝負内容は、もちろん私が決めていいですよね? いずれ紅魔族を背負うことになる族長の娘なら、ハンデをくれると信じています。それに、希少なポーションと弁当なんか、本当なら賭け金としてつり合いませんよ。私がここまで特別扱いしてあげるのは、ゆんゆんだけなんですからね」

 

「え? わ、私がめぐみんの特別? そっか、もちろん勝負内容はそっちが決めていいわよ。えへへ」

 

 私が特別扱いでいじるのはゆんゆんだけだ。それにしても、相変わらずちょろい子。

 

「では、勝負内容は次の発育測定で、どちらがよりコンパクトで、世界の環境に優しい女かを競いましょう……」

 

「それは卑怯よっ! そんな勝負、月とすっぽんどころか、エリス教徒とアクシズ教徒! 天地がひっくり返ったとしても、私が負けるに決まってるじゃない。めぐみんといい試合になる子なんて、ルミカくらいしか……」

 

 ビキリ。

 

 私の心に亀裂が入る音がした。

 

「……ねえ、……私もその発育対決とやらに、参加させてほしいんだけど……だけど!」

 

 違った。どうやら私の聞いた音は、ゆんゆんの余計なコメントを耳にしたルーちゃんが、鉛筆を握り潰した音だったらしい。

 

 ところで朝から投げたり握り潰したりと、この娘は鉛筆に恨みでもあるのだろうか。

 

「えっ、で、でも、ほらルミカには私たちみたいに賭けれる物がないんじゃ……だから、勝負はまた今度に……」

 

「そう、分かった。分かりました、賭ける物があればいいのね……命でもかけようかな、ふふふ」

 

 冷酷な笑みを浮かべながら詰め寄ってくるルーちゃんの怒気を感じ、血相を変えるゆんゆん。

 

「どちらが発育してるのか、勝負だゆんゆん! 私はこの対決にゆんゆんが今1番ほしがっている、『どんなに友達がいない可愛そうなあなたでも大丈夫っ! これさえ読めば魔王やドラゴンとでも友達になれる本』を賭ける。その代わり、私が勝ったらゆんゆんは。……バツゲームとして一週間、名乗る時に自ら負け犬と名乗ってもらう。族長の娘が、まさか成績最下位の私との勝負から、……逃げたりしないよね?」

 

 ご機嫌斜めなルーちゃんは、ゆんゆんを煽りながら地獄のような勝負を提案する。いくらゆんゆんが紅魔族随一のちょろい女でも、こんな挑発に乗るわけが……。

 

「その勝負、受けて立つわ! ……これでもっと友達が……」

 

 躊躇せずに即答する文武両道な委員長。どうしよう、将来族長になる娘がこんなので大丈夫なのだろうか。

 

「ふ、ならこの決闘契約書にサインを書いてほしい。あるえちゃんと一緒にカッコイイからと作ったのは良かったんだけど、使う機会がなかったの。ちゃんと出番があってうれしい。ゆんゆん、ありがとう」

 

 満面の笑みを浮かべるルーちゃんから紙を受け取り、ゆんゆんは契約書に自分の名前を書いた。

 

「よし、これで決闘は成立した。カッコイイので私が立会人を務めるよ。この契約書は勝負が終わるまで預からせてもらうから」

 

 いつの間にかやってきていたあるえが、そう言って契約書をローブの胸元に入れる。

 

「美味しい役割を持っていくとか、あるえちゃんずるい」

 

「だってルミカが持っててもなくすだけだと思うし」

 

「……あるえちゃん、話し合おう。あなたの私に対するダメな妹を見守る、お姉さんみたいな態度の理由について。とりあえず私が紙持っとく!」

 

 ルーちゃんがあるえから契約書を取り返そうと鬼ごっこを開始した。

 

「ふふ、ルミカ程度がこの私に追いつけるとでも? 100年早いぞ小娘」

 

「がっかりよあるえ、あなたの本気はこの程度なの? 私が本当の速度ってやつを教えてあげる」

 

「あははは、遅い、遅すぎるぞルミカ! 貴様の動きが止まって見える。この勝負、私の勝ちだ」

 

「バカめ、それは残像よ」

 

「嘘でしょ! ありえない、全魔力を右足だけに集中させて高速移動だなんて、……まさか、その技! ルミカのバックにいるのは……斬り姫デストラクションか!」

 

「そう、私の肉体強化は彼女から受け継いだ技。これから逃げ切った者は、魔王以外存在しない! 全員この世にいないから」

 

 どこまでも盛り上がるあるえとルーちゃん。……教室でいちゃいちゃしないでほしい。

 

「良いんですかゆんゆん? あなたも追いかけっこに参加しなくて」

 

「え、何が?」

 

 ルーちゃんとあるえの追いかけっこを羨ましそうに見つめるゆんゆんに、私は恐る恐る尋ねる。

 

「ゆんゆん、本当にあんな勝負を受けてよかったんですか? 今ならまだバツゲームを変えられます……負けたらぼっちから負け犬にジョブチェンジですよ?」

 

「わ、私がルミカに勝つのは決定事項だから! 族長の娘が、売られた勝負を買わないなんて、ありえないし! だからこれはそう、別にルミカの持ってる怪しげな禁書がほしいわけじゃないんだから! 発育という分野でなら、私はあるえ以外になら勝てる、……この場合、めぐみんより育ってたら負けなんだけど」

 

 自分が仕掛けた勝負ではあるけど、少し腹立たしい。できることなら今すぐ爆裂魔法を放ってスッキリしたい。

 

「……痛い、やめてめぐみん」

 

「何でめぐみんは私の髪を突然いじるの? あっ、こら、勝手に髪を解くな!」

 

 だから私がゆんゆんのほっぺたを抓ってストレスを解消したり、丁度横を通り過ぎようとした幼馴染を捕まえて、ルーちゃんの手触りのいい髪の毛を触ってリラックスするのは仕方ないのである。これは我が強大な魔力の暴走を抑えるための、必要な犠牲なのだ。

 

「おーい、そこの3人。もうみんな保健室に向かったみたいだから、私たちも行こう」

 

 私がゆんゆんとルーちゃんで遊んでいると、あるえが私たちを呼びにきた。

 

 大丈夫、ローブの人直伝の大魔法使いになれば巨乳になる作戦は完璧だ。2人で長年調査しているうちに、魔力の循環が活発だと血行が良くなり、結果的に発育を促進するのではないかということが分かってきた。

 

 紅魔の里の実力者たちには巨乳が多かったし、成績のいいゆんゆんやあるえは最近すくすく育っているし……この仮説には信頼性があると思う。

 

 だとすれば、現在クラスでトップの成績を誇る私が、巨乳になれないはずがない!

 

 はて? ならもしかして。

 

「ルーちゃん、私たちは例え進む道が違っても……ずっと友達ですからね」

 

「ねえめぐみん。何故か私に対する言葉に、ささやかな優越感と哀れみを感じるんだけど」

 

 クラスで成績が一番悪いこの娘が、巨乳になれる可能性は……。

 

 長年競い合ってきたライバルとの呆気ない決着に一抹の寂しさを覚えつつ、保健室の扉を開く。

 

 中に入ると他の子の測定はほとんど終わっており、私たちが最後のようだった。

 

「あるえさんは相変わらず発育がいいわね。クラスで1番じゃないかしら」

 

 おのれ、あるえ……クラスで一番身長が低い私に、その発育を分けてほしい。特に胸。

 

「次はめぐみんさん」

 

 ついに運命の時が訪れてしまった。

 

 私の背が低いのは、朝食に同級生の弁当を当てにしなければならないくらい、我が家が超絶貧乏で栄養が足りていないからだと思う。

 

 そう。だからこれは私が悪いのではなく、全て貧乏が悪いのだ。

 

「あ、あのねめぐみんさん……発育測定の度に言ってるんだけど、魔法を使って計測するから、背伸びしても胸を張っても全然意味はないのよ? あっ、よかったわねめぐみんさん! おめでとう! 少し身長が伸びているわ」

 

 だから私が空しい抵抗を繰り返すのは、世界が選択せし定めであり、私が見栄っ張りなわけではないのである。

 

「……先生、どうしたら身長以外も育ちますか?」

 

「大丈夫よめぐみんさん。あなたはまだ育ち盛りだから、きっとぐんぐん大きくなるわ。……だからそんなに悲しそうな顔をしないで」

 

 保健室なんて……、計測魔法なんて大嫌いだ。

 

「じゃあ、気を取り直してゆんゆんさん」

 

「はい、……はぁ。最近また大きくなったから、めぐみんにはどうせ勝てないんだろうな。でも、今日の勝負は一味違う。ルミカに勝てば、私にももっと友達が。ほら、やっぱりそうだ……めぐみんに負けて悔しい」

 

 本当に悔しいのはこちらの方だ。

 

 弁当のためだとしても、こんなにも屈辱的な勝利があっていいのだろうか。いや、いいはずがない!

 

「落ち着いてめぐみんさん、先生のお仕事が増えちゃうから! 保健室で怪我人を出そうとしないでっ!」

 

「ひどい、ひどいよめぐみん! それが勝者が敗者にすることなの!?」

 

 いつの間にか私はゆんゆんの胸をぽかぽかと叩いていた。

 

「うろたえるな! 真打登場、実は脱いだらすごいと噂される私の本気を見せてあげる。さあ先生、お願いします」

 

 意気揚々と発育測定に挑むルーちゃん。

 

 彼女は私とほとんど身長が同じはずなのに……その溢れ出る自信は、どこから沸いて来るんだろう。

 

 脱いだらすごいってことは……まさか、巷で噂のロリ巨乳とやらに……。

 

「ルミカさんは……んー、これは、前回の測定結果と比べてみても……1ミリも成長していないわ」

 

「……え? ……うそ」

 

 先生の言葉に、呆然とするルシフェリオン・ミッドナイト・カタストロフィ。

 

「あ、あのね、ルミカさん、……めぐみんさんにも言ってることだけど。少しでも身長を伸ばそうと、靴下を5枚重ねにしたとしても、意味は……」

 

「ルミカ。……あんたって、すごく残念な子ね」

 

「靴下5枚重ねって、1センチぐらいしか……ほろりときた」

 

 先生もゆんゆんもあるえもやめてほしい、これ以上言うとルーちゃんがマジ泣きする。

 

 私も人のことは言えないけど、幼馴染の小細工が悲しすぎる。

 

「うぐ、こうなったら仕方がない、最後の手段、……悪魔に魂を売り渡してでも……」

 

 ルーちゃんは不穏なことをつぶやきながら、覚悟を決めた顔でローブから何かを取り出した。

 

「ル、ルミカさんっ! だめよ、あなたにそれはまだ早いわ。大丈夫、これからぐんぐん大きくなるから……女の子の発育に悪影響だから、その胸パッドはやめなさい!」

 




 このすば映画化決定でテンション上がりました。なんとか執筆ペースを月1回にしたいんですが、なかなかうまくいかないです。
 どんなに時間が空いても、死なない限り完結させるつもりではあるので、アクア様の泣き顔でも見ながらエリス様のような慈悲深さでゆっくり待っていただけると嬉しいです。
 今後もよろしくお願いします。



 

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