この爆裂娘に親友を!   作:刃こぼれした日本刀

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この恐ろしい逃走に終止符を!

 その出会いは突然だった。

 

 その出会いは運命だった。

 

 その出会いで、私と彼女は夢を得た。

 

 

 

「グルルル」

 

「ヘルプ! ヘルプミー! こうなったら、最後の手段です! 私の片腕をくれてやりますよ!」

 

 草むらから出た私たちは、モンスターさんとエンカウント。命がけのおにごっこ第2ラウンド開始のゴングは、めぐみんのそんな叫びから始まった。

 

「めぐみん落ち着いて! 例え片腕を犠牲にしても、絶対助からないよ! 諦めないで走って! ていうか、即座に片腕を捨てるなんて発想が出るとか男らしい!」

 

「誰ですかあんな危険なペットを捨てたのは! 国家権力に訴えて賠償金ぶんどってやろうじゃないか! ふふふ、これでうちの生活水準が大幅アップです。もう3日に1食の生活とはおさらば、こんにちは1日1食の生活!」

 

「気をしっかり持ってめぐみん! 1日1食でも世間から見れば、かなりヤバイから!」

 

「そうです! このおもちゃを使いましょう」

 

 そう言うと、めぐみんは硬い石でできたパズルを怪物に向けて投げつけた。

 

 顔面にパズルの直撃を受けた怪物は失速し、私たちとの距離がかなり開いた。

 

 ……でも相手は獣。きっとアイツは全然本気を出してない。私たちが逃げるのを楽しんでるんだ。

 

 どうしよう。このままだと確実に死ぬ。距離を詰められる前に考えろ、考えるのよ私。

 

 選択肢1。 命の危機に陥ったことで、私に秘められていたあの力が覚醒しモンスターを撃破する。

 

 解答1。 1年前から毎朝殺人光線を出す練習をしているのに、成功したことは1度もない。現実は非情である。

 

 選択肢2。 1億人に1人の天才であるルーちゃんは、生き残るアイデアを思いつく。

 

 解答2。 1時間かけてもパズルが解けなかった私が天才なら、5分でパズルを完成させためぐみんは化け物です。期待するだけ無駄なので諦めましょう。

 

 選択肢3。 幸運を司るエリス様に全力で祈りを捧げ、万が一の幸運にかけて石を持って殴りかかる。頭かち割ってやるんだから!

 

 解答3。 残念! 一撃で仕留められなかった。もっと筋肉を鍛えましょう。反撃された私は死ぬ。

 

 選択肢4。 めぐみんを囮にして逃げる。

 

 解答4。 友達を見捨てるなんてできない。できたとしても、罪悪感で私は死ぬ。

 

 選択肢5。 なんと凶暴なモンスターは少女たちの洋服が大好物だったのです。服を脱いで逃走する。

 

 解答5。 乙女として大切な何かを命と天秤にかけた私たちは、全裸で里の中を爆走。この幼女全裸逃走事件は紅魔の里の中で、永久に語り継がれるだろう。私たちは今日、伝説になる! 例えモンスターから逃げ切れたとしても、社会的に死ぬ。

 

「めぐみん、どうしよう! まともな選択肢がないよ! 特に最後の選択肢だけはありえないよ!」

 

「何よく分からないこと言ってるんですか! バカなこと考えてる暇があるなら、神様にでも祈って下さい! 逃げるのもけっこう限界です」

 

 そうか! 最後の手段神頼みが残ってた。お願い神様。私に生き残れる力を!

 

 むむむむむ。はっ!

 

「来た! 来たよめぐみん! 神様に祈ったら何かお告げ来たよ!」

 

「マジですかルーちゃん! 神様ってすごい」

 

「選択肢6。地上をお散歩していた途中で、偶然通り掛かった美しい女神様が少女たちを助けてくれる。しかし、助けた代わりにアクシズ教への入信を約束させられるだって! え?」

 

「どんなお告げですかそれ! 地上を散歩する女神なんているはずないじゃないですか!」

 

 おかしいな。どっかから変な思念でも受信しちゃったのかな。

 

「きゃっ!」

 

 変なお告げに意識を向けていたら、落ちていた木の枝に躓いてしまった。

 

「ルーちゃん!」

 

 焦った様なめぐみんの声。後ろを見れば、数メートル先に黒い影。

 

「これは夢これは夢これは夢」

 

 私は急いで木の枝を拾い、強く握りしめる。

 

「いいから逃げて下さい!」

 

「これは木の枝なんかじゃないこれは木の枝なんかじゃない。これは木の枝なんかじゃない。これは木の枝なんかじゃない」

 

 私は自分に言い聞かせる。自己暗示ってやつ。

 

 火事場のバカ力とも言えるかも。体のリミッターを外し、私の潜在能力を呼び覚ます。

 

「目覚めよ、神々に封印されし我が力よ! 魔剣開放! くっ、このままでは肉体が魔剣の全力に耐え切れない……身体拘束リミッター解除! 待たせたな化け物、1分で片づけてやる。それ以上の戦闘は我が魂まで消滅しかねんからな」

 

「どこからどう見ても木の枝ですから! 体のリミッターなんて外せませんから!」

 

「これは魔剣これは魔剣! そう、これは伝説の魔剣。魔剣くにょっぱ! ふふふ、私のくにょっぱで三枚おろしにしてやるんだから。待っててめぐみん。今夜は焼肉だよ」

 

「危ないルーちゃん!」

 

 めぐみんの声を聞き、咄嗟に地面を転がる。頭上を黒い影が通過し、髪の毛が数本舞った。

 

「本当にルーちゃんの体捌きがよくなってる! バカな子の思い込みって……すごい」

 

「危なかった。マジで自己暗示かけてなかったら危なかったよ。ていうか、自己暗示かけなかったらもっと余裕で避けられたはず……」

 

 暗示はとけた。むりやり押さえ込んでいた恐怖心が、再び湧き上がってくる。

 

 怖い、もうだめだ、死ぬ。

 

「グオオオ」

 

 黒いあいつは私に狙いを定めている。恋愛経験皆無な子供に、そんなに熱い視線を送らないでほしい。

 

 私の第六感が全力で逃げろと言っている。

 

「逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ……」

 

 勝手に走り出そうとする足を、必死に押しとどめる。私がここで逃げてしまったら、体力のないもやしっ子のめぐみんは多分逃げ切れない。

 

「めぐみん。こんな私なんかと友達になってくれて、ありがとう」

 

 2人で逃げ切れないのなら、誰かが囮になるしかない。

 

「何を……言ってるんですか?」

 

 何回言ってもカッコイイよね、このセリフって。

 

「めぐみん、あいつは私が食い止めるから! あんたは逃げて!」

 

「え? ルーちゃん」

 

「くらえ必殺魔剣投げ!」

 

 私が投げた枝は、魔物の目に直撃した。クルセイダーみたいなデコイのスキルなんてないけど、あいつの怒りは私に向かって大暴走。

 

 仲間を逃がして足止めなんて、すっごく燃えるシチュエーション。紅魔族なら死ぬ瞬間も、格好つけて参りましょう。

 

「グルオオオオオ」

 

 怒り狂ったモンスターが飛び掛かってきた。無理かもしれないけど……私がアイツにやられてる隙に。どこかに隠れてやりすごしてね。

 

「さようならめぐみん……どうか死なないで」

 

 ゆっくり私は目を閉じる。昨日お姉ちゃんが読んでくれた本のセリフを、なんとなく最後につぶやいて。

 

 ガシッ!!

 

 何かが私の上に覆いかぶさって、死んだかなっと。そう思った時だった。

 

「このおバカ娘! 死ぬかと思いましたよ!」

 

 目を開けると、そこにはめぐみんの顔があった。私を押し倒し、ヤツの攻撃を回避したらしい。

 

「何で逃げなかったの! 私がせっかくカッコイイセリフ言ったのに!」

 

「何でって、約束したじゃないですか。おやつにプリンをくれるって。ルーちゃんは私と一緒に楽しく遊んで、友達一万人作るって」

 

「私が囮になってる間に、どこかに隠れればよかったじゃん」

 

 格好つかないな、私。

 

「それに私はさっき言ったじゃないですか。私は友達を見捨てたりしません。私が友人を見殺しにするような最低なやつに見えますか?」

 

 そんな格好つかない私に向けて、めぐみんはカッコイイセリフを言った。

 

「でも、私みたいなおバカが生き残るよりも。めぐみんみたいに頭のいい子が」

 

 ぎゅっと。私に覆いかぶさっているめぐみんの力が強くなる。

 

「震えてるじゃないですか。本当は怖いくせに無理なんかして。ルーちゃんはバカです、大バカやろうです。あなたが死んで、一人だけ生き残れても……私が喜ぶはずないじゃないですか。カッコイイセリフなので、何度でも言います。私は友人を見捨てません」

 

「うぐっ……。ぐすっ……。めぐみ~ん! うわああああん! 怖かったよぉぉ」

 

 やばい。涙が止まらない。

 

「死にたくない。私やっぱり死にたくない。もっとめぐみんやゆんゆんと遊びたいよ」

 

「大丈夫です。ルーちゃんは死にません……私が守るから」

 

 めぐみんが男だったら、惚れちゃったかもしれない。恐るべし、イケメグミン。

 

「キシャー!」

 

 今度こそ私たちを八つ裂きにしようと、文字通りやる気満々のモンスターさん。

 

 ここはヒロインと主人公の感動シーンでしょ? 普通なら邪魔しないでしょ!

 

 そうか、そうだった……私もめぐみんも女の子じゃん、ダブルヒロインじゃん!

 

 ならお約束に期待できなくても、仕方ないか……って、諦めきれないよ!

 

「ヘイヘイ! そこの黒い毛並みがステキなこねこちゃん。ちょっと私たちと、暖かいコーヒーでも飲まない?」

 

 見たかモンスター! これが私の全力全開! ナンパだよ!

 

「何してるんですか? ルーちゃんは何言ってるんですか?」

 

 やれやれ、めぐみんには私の大人の魅力が分からないらしい。この作戦が成功したら、お姉さんが恋愛の何たるかを教えてあげないと。

 

「グオオオオオオ!!」

 

 だめだった。殺気をビンビン感じる。私の全力全開はまったく効果がなかった。

 

 仕方ないじゃん、大人の魅力なんてないよ! だって私幼女だし。

 

「だめですか。だめですよね。そうですか。人生の最初で最後のギャンブルだったんだけど、説得は失敗です。いったい、私はどこで何を間違えちゃったのかな」

 

「最初から最後まで何一つ正解なんてありませんでした。本気で成功するとでも思ったんですか? もうちょっとまともな悪あがきはなかったんですか!」

 

 人生初の告白はあまりにもあっけなく失敗した。

 

 しかも相手はモンスター。将来失恋の経験とか聞かれたら、どう答えればいいの?

 

 相手は野獣だったよって言えばいいの?

 

「……よし、死のう。……アイツに食われる前に、舌を噛み切って」

 

「待って! 最後まで諦めないで下さい! 大丈夫です、今のはノーカウントですから。私たちが生き残る確率は絶望的ですが、来世に失敗を生かすためにも! 反省会をしましょう。だからお願いします、自殺はやめて下さい」

 

 モンスター相手に本気で告白して、もちろん失敗して、自殺しようとする、恋の戦場から逃げ帰った敗残兵がそこにいた。……っていうか、私だった。

 

「やっぱり猫っぽい獣に熱いコーヒーを勧めるのはまずかったかな。冷たいミルクにしておくべきだったかも。動物にあげたらいけないもの、勉強しておけばよかった」

 

「だからさっき、私言ったじゃないですか。動物にはあげたらいけない食べ物があるんですよって」

 

 自殺はやめよう。反省会をする時間もないし。

 

 私も誇り高き紅魔族の一員。自殺するくらいなら、華々しく散ろうじゃない。紅魔族なら最後の瞬間、何かカッコイイことを言い残しておかないと。

 

 ……うーん。

 

「晩御飯のから揚げ、食べたかったな」

 

 やばい、全然格好良くなかった。私の人生最後の言葉、から揚げ食べたかっただよ!

 

「ふふふ、今度はもっと頭のいい子に生まれて下さい。友達としてお願いします。来世でまた会おう、我が友ルミカよ」

 

 私と違って、何かめぐみんはそれっぽいこと言ってる。いいないいな、私のセリフと交換してくれないかな。

 

 でも、私の失敗も無駄じゃなかった。最後にめぐみんを笑顔にできたんだし。

 

「キシャアアー!」

 

 死が迫ってくる。これが走馬灯か、全てがゆっくりに見える。

 

 短かった私の人生。やりたいことはいっぱいあったけど、悪くはなかったんじゃないかな。一緒に笑って死んでくれるような、最高の友達もできたんだから。

 

 唯一の心残りと言えば、私たち以外にゆんゆんに友達ができるかどうか。

 

「『ファイアーボール』!」

 

 怪物は突然飛んできた火の玉により、10メートルぐらい吹っ飛ばされた。

 

 あれ? もしかして、これって助かった?

 

「めぐみんめぐみん、やったよ! 適当に言ったけど、本当に誰か近くで炎の魔法を練習してたみたい!」

 

「やりましたね、ルーちゃん。どうでもいい一言が伏線になるなんて、思いませんでした」

 

「ふふふ、計画通り。バカのようにしか見えなかった私の悪あがきは、勝利の方程式を完成させるための時間稼ぎだったのよ!」

 

「それっぽいことを言って、誤魔化さないで下さい。あやうく最後の言葉がから揚げ食べたかったになりそうだったくせに」

 

 魔法が発射された方向を見ると、誰かがこっちに走って来る。

 

 深くフードを被ってて顔は見えないけど、やぼったいローブでは隠し切れないボディラインからして、女の人だと思う。

 

「闇色の雷撃よ、我が敵を撃ち貫け! 『カースド・ライトニング』!」

 

 黒い稲妻が怪物を追撃する。これ以上攻撃を受けたくないのか、怪物は私たちに背を向けて走り出す。

 

「逃がさない」

 

 そう言って、ローブの人は早口で呪文を唱え始めた。膨大な魔力が渦巻き、ローブの人の周りの空気を震わせる。

 

 そして、呪文が完成したのだろう。見るだけでヤバイと分かる高密度に圧縮された魔力の塊が、黒い獣に向け解き放たれた。

 

「『エクスプロージョン』ッッ!」

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 それは、見たこともない魔法だった。

 

 凄まじい轟音と爆風が大気を震わせる。

 

 魔法が着弾した場所には大きなクレーターができていた。

 

 周囲に生えていた草木は根こそぎなくなっている。私たちを追いかけていたあの黒い獣も、何の抵抗もできずに爆風に蹂躙され、遠くに転がっている。

 

 圧倒的だった。こんな大破壊を1人の人間が作り出したなんて信じられない。

 

 あの人は何者なんだろう? 私たちがぽかんとしていると、ローブの人が近づいてきた。

 

「お嬢ちゃんたち。怪我はない?」

 

 屈み込んで私たちの顔を覗き込むローブの人。近くで見ると、やはりお姉さんだった。

 

 ローブでは隠し切れない豊満なボディ。私たちはそんなお姉さんの胸を凝視していた。

 

 さっきの魔法より、この巨乳はもっとすごい。私だって、いつかはこんなナイススタイルに……。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 お姉さんの強大な胸に圧倒された私は、気がつけば謝っていた。未来永劫このおっぱいには勝てないことを、なんとなく本能で悟ってしまった。

 

 戦いにすらならない。私程度がこんな巨乳に勝てるだなんて、一瞬でも考えてしまった自分が恥ずかしい。

 

 お姉さんの巨乳に勝とうだなんて、100年早かったですごめんなさい。

 

「ねえ? 何でこの子は私に謝ってるのかしら?」

 

「ルーちゃんは気がついてしまったんです。世界は平等ではないと言う悲しい真実に。私もくじけそうです」

 

 めぐみんの家系は、貧乳が多いらしいし。私のお母さんとお姉ちゃんの胸の大きさを考えると……。

 

「フッ、勝った」

 

 ごめん親友、私はめぐみんの一歩先を行くよ。

 

「今笑いましたね! 今私の方を見て、鼻で笑いましたね! 上等です、その喧嘩買おうじゃないか!」

 

「どうしましょう、この喧嘩。よく分からないけど、とにかく止めないと」

 

 3分後、私たちの戦いはお姉さんの圧倒的戦闘能力によって止められた。

 

「めぐみん、争いからは何も生まれないんだね」

 

「私たちは、無力です」

 

 見てしまったのだ。コブシとコブシから始まるコミュニケーションを止めようと、こっちに駆け寄るお姉さんの胸がゆれているのを。そのあまりに強大な武器を見て、私たちは戦意を失った。

 

「よく分からないけど、喧嘩はだめよ。お姉さんとの約束よ」

 

「「分かりました」」

 

 所詮この世は弱肉強食。敗者は勝者に従うしかないのです。

 

「えらいえらい」

 

 そう言って、お姉さんは私たちの頭を撫でた。撫でられるの気持ちいいな。

 

「やばいよめぐみん! 急いでお姉さんから離れて!」

 

「どうしたんですルーちゃん?」

 

 急いでめぐみんの手を握り、お姉さんから距離をとる。

 

 危ない、油断した。もう少しで騙されるところだった。

 

「まだ分からないの? そのお姉さんは自然をあんなに破壊したんだよ。きっと邪神みたいな破壊と殺戮を楽しむ危険人物だよ! だから逃げるの、ほら急いで」

 

「すいません。この子、さっきも怖い目にあったので。まだ混乱しちゃってます」

 

「大丈夫よ。お姉さんは怖い人じゃないから……邪神じゃないし!」

 

 邪神ということだけ強く否定して、お姉さんが近づいてくる。どうしよう。

 

「騙されないもん。巨乳の女はいい女だけど、人を堕落させる悪い人だって、お父さんが言ってたもん」

 

「この場合、私は教育上なんて言えばいいのかしら? 確かに間違ってるとは言い切れないのだけど」

 

「すいません。うちのルーちゃんがすいません」

 

 めぐみんは敵に洗脳されて役立たず。こうなったら仕方がない、これだけは使いたくなかったんだけど。

 

 最後に信じられるのは自分だけだよ。

 

「ごめんなさい! 今日見たことは誰にも言わないから! だから、命だけは。……ぐす……ゆるじてくだざい……」

 

 私は泣きながら土下座した。

 

「もう大丈夫だから。怖いヤツはやっつけたからね」

 

 お姉さんは、怯える私を抱き上げた。

 

 お姉さんの胸が顔に当たる。いい匂いがする。

 

 なんという安心感。これが、大人の魅力ってやつなのかな。

 

 落ち着いて考えたら、分かることだった。命の恩人になんてことを言っちゃったんだ私。

 

 邪神とか失礼すぎる。今度こそ土下座が必要かも。

 

「落ち着いた?」

 

「ごめんなさい。もう大丈夫です」

 

 お姉さんから降ろしてもらった私。やばい、すごく恥ずかしい。そして、すんごい大きさだった。

 

「どうやったら、お姉さんみたいになれますか?」

 

 そんな私の邪念を感じたのか、めぐみんが質問する。それを聞き、お姉さんはくすっと笑った。

 

 さすがは巨乳、女の子がどこを気にして何を考えているかなんてお見通しか。

 

「可愛いお嬢ちゃんたち、お名前は何て言うの?」

 

「めぐみんです」

 

「ルーちゃんです」

 

「……あだ名かしら?」

 

 お姉さんは、何故かしばらく沈黙してそんなことを聞いてきた。

 

「めぐみんが本名です」

 

 お姉さんがなんとも言えない表情で、めぐみんから目を逸らした。

 

「……あなたのはあだ名よね? 本名じゃないのよね?」

 

 気を取り直すように、お姉さんが私を見た。

 

「あだ名です」

 

「良かった。そうよね。普通はそうよね」

 

 私の返事を聞き、安堵したような顔をするお姉さん。

 

「でも、本名は長いし呼びづらいので誰も呼んでくれません。お父さんもお母さんも私の名前をめったに呼んでくれないんです。ルーちゃんとかルミポンとかルーシーとかミツナとかリオンとかいろいろ略されちゃうんだ! だから私的には、ルーちゃんが本名でもいいかなと思ってるの」

 

「………………」

 

 お姉さんは、すごく悲しそうな顔になった。何かあったのかな?

 

「あの……その……そうよ! どうしたら私みたいになれるかだっけ?」

 

 まるで何かを誤魔化すように、お姉さんは話し出した。

 

「早寝早起きを心がけて。好き嫌いせずにたくさん食べて。いっぱい勉強して。誰もがすごいと思えるような大魔法使いになれば。きっと夢は叶うはず」

 

 ……何、だと……

 

「「例えどんな敵が立ちはだかったとしても! どんな苦難があるとしても! 大魔法使いに、私たちはなってやる!」」

 

 私とめぐみんの心が一つになった。夢はでっかく、胸みたく!

 

 大魔法使いになれば、巨乳になれるなんて、人類の歴史上最も偉大な発見である。これを知ればきっと、多くの女性冒険者たちがアークウィザードを目指すだろう。

 

 それはだめだ! そんなことになれば、冒険者たちの職業がアークウィザードに偏ってしまう!

 

 それではバランスの良いパーティが作りにくくなる。このままでは、魔王軍やモンスターたちと戦うことが困難になってしまう。ただでさえ劣勢な人類が滅んでしまうかもしれない。

 

 仕方ない、これは仕方がないことなのよ。

 

 女性冒険者たちが、無理して大魔法使いを目指すことを防ぐためなの。人類滅亡の危機を未然に防ぐためにも、このことは私たちの心の中にしまっておかないと。

 

 勘違いしないでよね。別に私たちだけが巨乳になって、貧乳冒険者を見下したいわけじゃないんだからね。

 

 よし、自己弁護完了。これで勝てる!

 

「大魔法使いになれば、さっきの魔法もきっと使えるわ。でも、この魔法はお勧めできないかな。燃費も悪いし、使いどころに困るし」

 

「ルーちゃん、この話は」

 

「もちろん、私とめぐみんだけの秘密だよ」

 

 さすがはめぐみん。彼女も私と同じ考えに至ったようね。

 

 これで世界の平和は守られた。

 

 お姉さんが何か言ってたけど、私たちの頭の中は大魔法使いになることでいっぱいだったから、全然聞き取れなかった。

 

「ねえ、お2人さん。少し聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」

 

 お姉さんはそう言って、私たちの肩をたたいた。

 

「何なりと聞いて下さい! めぐみんの涙なしでは語れない話から、私のスリーサイズまで! どんな難問にもお答えします」

 

「さあ、お姉さん! 私とルーちゃんはやる気ですよ」

 

 素晴らしいことを教えてくれたこの人に、絶対に恩を返さないと。紅魔族の名に掛けて!

 

「あなたたち以外に大人はいなかった? そこのお墓の封印が解けているの。封印の欠片があちこちに落ちてるし、自然に解ける可能性はないはずなのよ」

 

 そう言って、お姉さんはめぐみんが放り投げたパズルの欠片を拾い上げた。

 

 さっきの爆発でパズルはバラバラになっちゃったみたい。一応全部拾っておこう。

 

「分からないならそれでいいの。誰が私の封印を解いてくれたのかしら」

 

 お姉さんは何かぶつぶつ言いながら、瀕死の黒い獣に近づいていった。

 

「もう少し眠りなさい半身よ。この世界はあなたが目覚めるには平和すぎる。時が来るのを待っていなさい」

 

 お姉さんの手が光り、黒い獣が小さくなっていく。まるで何かを吸い取られたように。

 

 封印術かな? 半身とかよく分からないけど、きっと決めゼリフか何かでしょ。黒い獣は小動物くらいの大きさになると、消えてしまった。

 

「じゃあ、私は出発するから。仲良く遊ぶのよ……え? ちょっとちょっと! 何してるの?」

 

 パズルで遊ぶめぐみんを見て、驚愕するお姉さん。

 

「何って。めぐみんの家は貧乏で遊ぶものがないから。その変なパズルで遊んでたの」

 

「あれ? 欠片が足りないです。お姉さんの魔法でどこかに行っちゃったみたいです」

 

「本当だ。これじゃ遊べないね」

 

「あれ? それは悪いやつを封印する大切な欠片で……おかしいな。そんなに簡単に解けるはずがないのに……。ねえ、お2人さん。ここには入らないようにとか言われたことあるかしら?」

 

「危険な場所にこそ、魔剣とかがある気がしたので、めぐみんと無視して毎日遊んでました」

 

「ルールは守るべきものですが、破ってみた方が大抵面白い。ならば、ルールとはそもそも破るためにあるんだよって、お父さんが教えてくれたので」

 

「……お嬢ちゃんたちのおかげで助かったみたい。お礼に大魔法使いなお姉さんが、何でも願いを一つだけ叶えてあげちゃうわ」

 

 何ですって! このお姉さん、巨乳になるための人類の英知を教えてくれただけでなく。私たちのお願いまで聞いてくれるの?

 

 女神様だ! この人きっと女神様なんだ!

 

「世界を我が手にしたいです」

 

「ごめんね、ちょっと無理かな。他なら大丈夫だから」

 

 めぐみんのお願いが断られた。なら私がお手本を見せないと。

 

「妹がほしいです。将来は私を崇拝してくれて。可愛くて天才でお金持ちでスタイル抜群な金髪で碧眼で常に語尾にセクシーとつけるような妹を下さい! 私を一生やしなってくれる妹がほしい」

 

「お姉さんあなたたちが大物すぎて驚いちゃう。それはお父さんかお母さんにお願いしてね。使い魔とか呼び出せば、何とかなりそうだけど……。ニートはよくないと思うな、だいたい語尾に常にセクシーとつける使い魔なんて、呼び出せたとしても嫌だわ」

 

 そんな。私の未来予想図がパーになっちゃった。何でもの範囲が狭いよ。

 

「なら、私とルーちゃんをナイスバディにして下さい」

 

「ごめん、本当にごめん。将来の成長に期待してくれるとうれしいな」

 

 ショック! 夢の勝ち組人生が。なら次はこれかな。

 

「じゃあ、私泳げないから。この世界から海とか消してほしい」

 

「できないし、やらないから! 水は大切なんだから、海がないとお魚とか食べれないのよ」

 

「お肉食べるからいいもん。魚とかヌルヌルしてて気持ち悪いし」

 

「もう、好き嫌いはいけません。大きくなれないわよ?」

 

「無理言ってごめんなさい」

 

 大きくなれないのは困る。ならその次に考えてた、川を消してほしいも無理なの?

 

「私を魔王にして下さい」

 

「厳しいかな、いろんな意味で厳しいわ」

 

 めぐみんの魔王になるも無理なのか。ならばこれでどうだ。

 

「魔王になれないなら、自分で未来を切り開く力がほしいです。殺人光線を出せるようにして下さい。自分で人類を倒して独立します」

 

「ごめんなさい、お姉さんはあなたたちみたいな大物ではなかったの。何もできないだめだめの魔法つかいだったの。訂正するね、もう少し叶えられそうなお願いはありませんか?」

 

 なるほど。理解しました。大魔法使いは魔王にも神にもなれないけど、その代わり巨乳になれる。

 

 神も魔王も巨乳に比べれば、大したことのないちっぽけな存在にしかすぎない。巨乳を目指すならそれ以外を捨てなさい。お姉さんはきっとそう言いたいんだ。

 

 巨乳以外に目が眩んでしまった、自分が恥ずかしい。

 

 ならば、これ以上大切なことを教えてくれた人を困らせるわけにはいかない。謙虚になろう。

 

「なら私の家は貧乏なので、お腹いっぱいお肉を食べさせて下さい。もしお姉さんも貧乏で無理なら、私のおもちゃの欠片が足りないので探して下さい」

 

「じゃあ、私はさっきの爆風で髪がぼさぼさになっちゃったので、何か髪を結べるものでも下さい。結べるものもないなら、私の髪を整えるのを手伝って下さい」

 

「本当にごめんね、お姉さんの説明が足りなかったね。さすがにもっと大きなお願いを聞いてあげられるから大丈夫! それからここにはもう来ないこと、あの化け物は封印しただけだから。あれで遊ぶのはやめなさいね。後でお姉さんがあなたたちの家に食べ物と髪を結ぶゴムを送ってあげるから! だから他に、もっと他にないかしら? このままだと、お姉さんの魔法使いとしてのプライドが!」

 

 お姉さんの口元が引きつっている。どうしたんだろう、まさかこのお願いも難しいのかな。ちょっと、めぐみんと相談しよう。

 

「どうしようめぐみん。他に叶えたい願いなんて、くせっ毛を直して下さいくらいしかないよ?」

 

「私も食べ物があれば十分なんですが……あっ! そうです!」

 

 めぐみんが、私に耳打ちする。ふむふむ。それはいいかもしれない。私たちは声をそろえて、こう言った。

 

「「さっきの魔法を教えて下さい」」

 

 この日から始まったんだ。長く苦しい私たちの爆裂道が。

 

 




次回からアクセルの町に舞台は移ります。

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