クロスアンジュ 遡行の戦士   作:納豆大福

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第14話  サリアの暴走

 

その日の夜。

 

 

ヒルダは浴場にいた。

脱衣所で体にタオルを巻きながら、考え事をする。

 

(まさかあの堅物が、隠れてあんな事をしてたなんてな。)

 

ヒルダが考えていたのは、サリアのコスプレの事だった。

彼女はまだこの事を誰にも言っていないようだ。

 

(副隊長兼隊長代理だからって偉そうにしやがって………あの女の事は、前々から

 気に食わなかった。 

 そして今は、その女の決定的弱みを握ったわけだ。 この秘密、どうしてやろうかな。)

 

そのような事を考えながら、ヒルダは大浴場の露天風呂の方へ歩いて行く。

 

 

そして引き戸を開けて浴場に入ると、そこには先客がいた。

 

「加減はいかがですか?」

 

「うん。丁度いいわ。」

 

そこにはいたのは、アンジュとモモカである。

アンジュはモモカに背中を流してもらっていた。

 

 

(アンジュ……。)

 

すると、ヒルダは立ち止まった。

 

 

ヒルダは前々からアンジュの事が気になっていたのである。

初めて会った時にアンジュから笑顔を向けられてからというもの、それ以来アンジュの事がずっと気になってしまうのであった。

近くにアンジュがいると、いつも無意識のうちに彼女を目で追ってしまう。

 

ヒルダはアンジュに対して何らかの感情を抱いている事は確かだった。

その感情というのが具体的にどんなものなのかは、本人もよく分からないのだが………。

 

 

 

その時、ヒルダはふとアンジュに目をやる。

 

(綺麗な体をしてるな。)

 

思わず見惚れてしまっていた。

 

(……って、何を考えてんだ、私は!!?)

 

すぐさまヒルダは、その考えを頭から振り払った。

 

(全く……アンジュの奴を見てると何か調子が狂っちまうんだよな。)

 

そんな事を考えながら、ヒルダは風呂椅子に座る。

 

 

 

その時であった。

 

 

浴場の引き戸が開かれる。

 

「あ?」

 

ヒルダはそちらに目を向ける。

すると、そこにいたのはサリアであった。

風呂場だというのに、何故か制服を着たまま立っている。

 

(サリアか。何しに来たんだ?)

 

ヒルダが訝しげな顔をしながらサリアを見る。

 

 

 

そして彼女は気づいた。

その時のサリアが鬼気迫る表情をしていたという事に。

 

 

「殺す。」

 

低い声で短く一言呟いたサリアは懐からナイフを取り出す。

 

「なっ!!」

 

ヒルダは驚愕する。

そんな彼女目掛けてサリアが突進し、ナイフを突き出してきた。

 

「危ね!!」

 

ヒルダは咄嗟に、近くに置いてあった風呂桶を手に取り、それを盾にしてナイフを受け止めた。

 

「てめえ! 何しやがる!!」

 

いきなり殺されそうになったヒルダは激怒。

 

そして、近くでその瞬間を目撃したアンジュがびっくりして目を見開き、傍にいたモモカは思わず悲鳴を上げる。

しかし、それに構わず、サリアは言った。

 

「あなたは知ってはいけない事を知ってしまった。 知られてしまった以上は

 消すしかないのよ。」

 

そう言いながら、サリアはナイフを持った腕に力を込めて、押し込もうとする。

ヒルダも負けじと、押し返そうとして力を入れる。

 

両者は押し合いながら、互いに相手を睨み合った。

 

「何だよ、サリア。痛い趣味がバレたからって口封じか?」

 

「なっ、痛いですって!?」

 

「ああ、そうだよ。いい歳した奴があんな事をしてたんだ。十分痛過ぎるだろ。

 つうか超ダサイんだよ!!」

 

「黙りないさい!!」

 

そのまま激しい舌戦に突入する両者。

 

「大体、あんたは前々から気に食わなかったんだよ。」

 

「は!?」

 

「副隊長だか隊長代行だか知らねえが、偉そうにすんな!」

 

「私のどこが偉そうだって言うのよ!!」

 

「偉そうにしてんだろ! そもそも、あんたなんかが副隊長なんて器か? あぁ?」

 

「ヒルダはそうやって、いつもいつも……人の苦労も知らないで好き勝手

 言ってくれちゃって……。

 私だって本当に色々大変なのよ!お気楽な立場の、あなたなんかとは違うのよ!

 この馬鹿女!!」

 

「んだと、てめえ!!」

 

両者は激しくヒートアップしていった。

このままでは浴場が血で染まる事になってしまいかねない。

すると、そんな二人を近くから見ていたアンジュが見兼ねて介入する。

 

「何やってるの!?」

 

アンジュはサリアを後ろからの羽交い絞めにし、そのままヒルダから引き離す。

 

「離してよ!!」

 

「落ち着きなさい!」

 

アンジュに取り押さえられながらも尚、サリアはヒルダに斬りかかろうとしていた。

アンジュの腕を振り解こうともがくサリアを、彼女は全力で押さえ込んだ。

 

その有様はまるで時代劇の、城内で刀を抜いて斬りかかろうとする御役人と、それを必死で取り押さえる武士のようだった。

 

殿中でござる!!

 

せめて一太刀!!

 

そんなセリフが聞こえてきそうな有様である。

 

 

「止めなさいっての!」

 

アンジュはサリアの腕を掴み上げ、その手に握られていたナイフを素早く取り上げた。

 

しかし、サリアはその隙に腕を振り払って、ヒルダに掴みかかろうとする。

取り上げたナイフを捨てたアンジュは、再びサリアを後ろから羽交い絞めにした。

 

 

しかし、その行動がかえって事態の悪化を招く事になってしまう。

 

 

サリアは背後にいるアンジュに向かって叫んだ。

 

「というかアンジュも、さっきから胸を押し付けて!! 嫌味か、それは!!!」

 

「ええっ!?」

 

突如、サリアの矛先がアンジュに向けられたのだ。

 

「本当に何なの、あなたは!? 自慢してるの!? 私の胸の事を馬鹿にしてるの!?」

 

「え!? いや、何を……!!」

 

アンジュにはそんなつもりは全く無かったのだが、サリアを羽交い絞めにする事によって、図らずもサリアの背中に胸を押し付ける事になってしまった。

背中に伝わる柔らかい感触……それが自分の胸にコンプレックスがあるサリアを刺激してしまったのだ。

 

ただでさえサリアはメイルライダーとして、アンジュに対しては強い劣等感を抱いていた。

なのに、その上で胸の事でも差を見せつけられてしまったのである。

怒りと劣等感が混ざり合った感情が一気に爆発した。

 

 

突然の流れ弾にアンジュは戸惑う。

そして、更にヒルダが火に油を注いだ。

 

「さっきから、うるせーぞ、貧乳!!」

 

「何ですって!?」

 

「このド貧乳! まな板! 壁! 平地!!」

 

ヒルダがサリアにあらん限りの罵詈雑言を浴びせる。

 

「ちょっと、あんたも黙ってて!!」

 

事態を余計にややこしくしかねないヒルダの言動に、アンジュも思わず叫ぶ。

 

しかしこの時には、もうすでにサリアは完全に我を忘れて暴走状態に陥っていた。

サリアは力任せに暴れて、アンジュを振り切ろうとする。

その状態でもアンジュは何とかサリアをヒルダから引き離そうとするが、普段のサリアでは考えられないほどの馬鹿力を発揮され、完全に押さえ込む事が出来ずにいた。

 

 

「あっ!」

 

その時、アンジュは足を滑らせてしまった。

それによって体勢が崩れたアンジュは、サリア諸共倒れ込むように湯船に転落する。

そのせいでアンジュはサリアから手を離してしまった。

 

その隙にサリアは一人湯船から上がり、ヒルダの方に走って行き、彼女に掴みかかる。

それに対し、ヒルダも応戦した。

 

「この馬鹿女ああああ!!」

 

「やるか! この貧乳!!」

 

こうして二人は本格的に取っ組み合いの大喧嘩を始めてしまった。

もはや収拾が付かない状態である。

 

 

「ちょっと! 二人とも止めなさい!!」

 

アンジュが二人の間に割って入って二人を引き離そうとする。

 

「止めなさいって!!」

 

しかし、アンジュは制止しようとしても、二人はそれを無視し、全く止まる気配を見せない。

次第にアンジュもだんだんイライラしてきた。

 

「ちょっと……本当に止めろ!!」

 

アンジュが叫ぶ。

 

 

「生意気なんだよ! この壁!!」

 

「誰が壁よ! このアホ女め!!」

 

しかし、ヒルダもサリアもそれに耳を貸そうともしない。

 

それどころか彼女達は、邪魔だと言わんばかりに、アンジュを押し退けようとした。

 

 

その時、アンジュの堪忍袋の緒が切れた。

 

「止めろって言ってるでしょうが!!!!」

 

キレたアンジュの怒号が響き渡る。

そして次の瞬間、アンジュの拳がサリアの腹部にめり込んだ。

 

「かはっ!!」

 

重い一撃を食らい、サリアは息が詰まった。

そのまま彼女は意識を失う。

 

そして間を置かずして、ヒルダにも同様の打撃が叩き込まれた。

 

「ぐあっ!!」

 

もろに鳩尾を強烈に殴られたヒルダは気絶して倒れた。

 

 

 

「ハァ……ハァ………全く、あんた達は……。」

 

アンジュの電光石火の如き早業で、ヒルダとサリアはまとめてKOされたのであった。

これにより二人の喧嘩は強制終了。

 

 

 

すると丁度そこに、また別の者達が訪れた。

 

「温泉♪温泉♪」

 

「やっぱり疲れた時は温泉よね。」

 

そこにいたのはヴィヴィアンとエルシャだった。

彼女達も温泉に浸かるために来たのである。

 

しかし、露天浴場に足を踏み入れた彼女達が見た物……それは、肩で息をしながら佇むアンジュと、彼女の足元で倒れ伏すサリアとヒルダ、それを見てオロオロと狼狽するモモカであった。

その光景を見た二人は目を丸くする。

 

「ほぇ!? 何じゃこりゃ!?」

 

「あらあら。一体何があったのかしら?」

 

事件現場を目撃してしまったヴィヴィアンとエルシャ。

 

 

そこでモモカが事件の経緯を二人に説明した。

サリアが刃物を持って風呂場に突入して来た事。

アンジュのおかげで流血沙汰は回避されたが、サリアとヒルダの取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった事。

そしてアンジュが喧嘩の仲裁(ボディーブロー)をした事。

 

 

「アンジュ、すっげぇ!!」

 

「アンジュちゃん、大変だったでしょう。 お疲れ様。」

 

「ええ。本当に疲れたわよ。」

 

ヴィヴィアンはアンジュのその腕っ節に感心し、エルシャは労いの言葉をかける。

面倒事に巻き込まれたアンジュはうんざりした様子だった。

 

そして彼女は気怠そうに言った。

 

「ヴィヴィアン、エルシャ……悪いんだけど、この倒れてる二人の事、頼める?

 私はもう疲れたから、部屋に戻って寝たいわ。」

 

辟易とした表情だったアンジュは、その場をエルシャ達に任せて風呂場から出た。

疲れを癒すために温泉浴場に来たというのに、そこで不運にも乱闘に巻き込まれ、そのせいで余計に疲れてしまったのである。

 

 

 

 

 

 

その後、風呂場で乱闘騒ぎを起こしたという事で、サリアとヒルダの二人は司令室に呼び出され、そこでこってりと絞られた。

監察官のエマから一時間以上、小言を延々と聞かされるはめになったとか。

 

 

そしてアンジュは、そんな二人を他所に、さっさと自室に戻った。

 

「はぁ………疲れた。 おやすみ。」

 

「はい。 おやすみなさいませ、アンジュリーゼ様。」

 

モモカに一言言って、就寝する事にした。

 

途端にどっと疲れが出たアンジュは、ベッドに倒れこむように横になり、目を閉じる。

その時、妙に体が怠く、重く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、翌日の朝。

 

「おはようございます、アンジュリーゼ様。」

 

起床したモモカがアンジュを起こそうとして声をかけた。

 

「………………………。」

 

「アンジュリーゼ様?」

 

しかし、アンジュの返事はなかった。

不審に思ったモモカが近づいて確認しようとする。

 

「あっ!?」

 

その時モモカは気づいた。

明らかにアンジュの顔色がおかしい。

 

「うぅ………。」

 

顔が赤くなっており、息も荒く、苦しそうに呼吸をしていたのである。

 

「アンジュリーゼ様!!」

 

モモカはアンジュの異常に気がついた。

すぐにその額に手を当ててみる。

 

「酷い熱!」

 

その時、アンジュの体温は異常な高熱になっていた。

アンジュの体調に異変を起きている事は確かである。

 

モモカは慌ててアルゼナルの医師を呼んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風邪ですか?」

 

モモカは軍医のマギーから話を聞いていた。

 

 

どうやらアンジュは風邪を引いたらしい。

しかも、湯冷めが原因だとか……。

 

昨日、風呂場で乱闘が発生した時、アンジュはそのせいで長時間外にいた。

それによって湯冷めしてしまい風邪を引いたのである。

 

突然に発生したサリアとヒルダの大喧嘩だが、哀れな事に、アンジュは偶々その場に居合わせてしまったばかりに、このような事になってしまった。

とんだとばっちりである。

 

「アンジュリーゼ様………おいたわしや。」

 

モモカは、ベッドで苦しそうな寝息を立てているアンジュに目をやり、呟いたのであった。

 

 

 

 





アルゼナル湯煙殺人事件(未遂)とアンジュの仲裁(物理)でした。

アンジュ強化の影響がこんな所にも表れました。
でも、結局風邪引いてしまうという……。

それは決して逃れられない運命(笑)。


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