「……すみません、料理までご馳走になってしまって」
「いえいえ、詩乃も幸人くんに手料理を振る舞えて本望でしょうから」
「ちょっと、お婆ちゃん!! 変なこと言わないでよ」
お婆さんの言葉に詩乃は顔を紅くしてテーブルを叩いた。俺はどんな風に反応すればいいのか分からず、顔を俯かせて、白い湯気を上げる肉じゃがを黙々と口に運ぶ。
学校の授業が全て終わり、帰宅後。詩乃に誕生日プレゼントを渡しに詩乃の家を訪ねたところ、詩乃のお婆さんに「おや、良いところに来たね。今丁度晩御飯を作っていたところなの。詩乃が作った肉じゃがもあるし、是非食べていきなさい」と半強制的に夕御飯に招かれた。
いや、まあ詩乃の料理は一度食べてみたかったからむしろ歓迎するほどだったが。
因みに、詩乃が一人で作ったという肉じゃがは普通に美味しかった。感想を求められたので「良いお嫁さんになれるな」と答えたら詩乃に怒鳴られた。……割りと真面目に褒めたのに。
と、不意にずっと黙々とご飯を食べていたお爺さんが真剣な顔になり、俺へ向いて口を開いた。
「あぁ、幸人くん。少し話があるのだが…この後時間はあるかね?」
「……あ、はい。特に何もないです」
「うむ。なら後で私の書斎に来て欲しい」
俺は首を傾げながらも頷く。……と言うのも、俺と詩乃のお爺さんに直接的な接点は殆ど無い。そのため、話の内容が推測できないのだ。その真剣な表情から、怒られたりすることは無さそうだが……。
食後。詩乃のお爺さんの書斎にて。俺とお爺さんは椅子に座って向かい合っていた。
「話というのは他でもない。詩乃についてだ」
「……はあ。詩乃について、と言いますと?」
取り敢えず頷く。詩乃抜きで詩乃の話をすることには少し違和感を感じたが、まあこういうこともあるだろう。お爺さんはコホンと軽く咳払いをして、姿勢を正した。
「実は、つい先日な。詩乃が上京して専門学校へ行く、等と言い出したのだ」
「……はい」
「勿論、詩乃には確りとした大学を受けてほしいのだが……。如何せん、学校にも余り馴染めて無いようでな。専門学校へ行くことについては絶対に行かせるわけにはいかないが、東京へ行くこと自体は止められないのだ」
そこまで聞いて、俺は「なるほど」と内心で頷いた。
つまり彼は、俺に詩乃が東京へ行かないように説得してほしい、ということなのだろう。詩乃を呼ばなかった理由も説得のお願いということなら納得できる。
――だが、続く言葉は予想の斜め上を走っていた。
「と言うわけで、だ。君にお願いしたいのは――
『詩乃と一緒に上京して欲しい』ということなのだ」
「………へ?」
呆気に取られる俺を見て、お爺さんは慌てたように首を横に振る。
「勿論、強制力など一切無い。……だが、私達と面識があり詩乃の彼氏である君も東京へ行ってくれれば私達にとってこれ程安心できることは無い」
「……え? ……いや、僕と詩乃は……別に……付き合ってるとか、そう言うんじゃなくて」
辿々しく呟いて俯く俺に、お爺さんは何に驚いたのか目を丸くした。
「おや? 詩乃とはまだ付き合って無かったのかね」
(『まだ』ってどういうことですか……?)
少し引っ掛かる箇所があったものの、心の中の呟きを口に出すような愚はおかさない。小さく頷いて、口を開く。
「詩乃とは今付き合ってません。……それに、僕の両親が了解してくれ――」
「ああ、それなら問題ない。君のご両親には既に御了承を頂いている。後は君の心次第だが……」
俺の言葉を遮って、お爺さんが頷く。
どうなってんだ、俺の親。放任主義にも程があるだろ…。何か勝手に裏で話が進められていた。
まあ、結局は――俺の気持ち次第。……勿論、詩乃と離れたくはない。それに、詩乃を一人で東京へ行かせるのは危なすぎる。色々な意味で。しかし――
そんな風に考えてから、俺はこんな大事なことについてでさえ損得勘定を行おうとする余計な思考を吹き飛ばすために勢いよく頭を振った。そして、お爺さんに向き直って立ち上がり、頭を下げる。
「俺も詩乃と一緒に東京へ行かせてください」
何も迷うことはない。俺は詩乃が好きだ。――だから、ついていきたい。
俺の言葉にお爺さんはフッと表情を緩めると、椅子から立ち上がった。「うむ」と満足げに頷くと、
「話は終わりだ。……幸人くん、ありがとう。
――詩乃を頼む」
頭を下げたままの俺に、すれ違いざまに呟いた。
お爺さんが部屋を出る気配がして、数秒。俺は頭を上げ、緊張で強張っていた肩を解しながら深く息を吐いた。
「つーか、これって客観的に見たら俺……詩乃のストーカーみたいじゃん……」
――ま、まぁ……両方の保護者が了解してくれてるならストーカーにはならない………ならないよね?
「詩乃、誕生日おめでとう」
俺がネックレスを包装した箱を詩乃に渡すと、詩乃は箱の細長い形を見て意外そうに目を丸くする。
「……今年は本じゃないのね」
「まぁ、毎年同じプレゼントってのもどうかと」
気恥ずかしさから目を逸らしながら笑うと、詩乃はクスリと微笑んだ。
「ええ、そうね。――今開けても良い?」
「……ん。喜んでもらえると良いんだけど」
俺が頷くと、詩乃は慎重に箱の包装紙を剥がし、中に入れていた銀のネックレスを取り出した。小さく感嘆を洩らし、部屋の灯りに掲げる。シンプルなデザインのネックレスは、光を反射してキラキラと輝いていた。
「ど、どう?」
「……幸人、ありがと。――大切に使わせて貰うわね」
詩乃はそう言って大事そうにネックレスを胸に抱いた。
二人の関係は保護者公認。――さて、早くGGOに行かなくちゃ。