死銃事件が起こり始めたのを確認してから俺がしたことは⋯⋯と言うより、俺に今出来ることはほぼ一つだけ。アパートの防犯の強化である。
何故そんなことをするかと言えば──そもそも、死銃事件の手口は解除履歴の残らない古い型の電子錠を病院で入手した緊急用のマスターコードで解除し、フルダイブしている無防備なプレイヤー本人に毒薬を打ち込む、というものだ。
最新型の、とは言わないまでも、解除履歴の残る型の電子錠を使えば、誰かが侵入したことが分かり、死銃の伝説性は非常に薄れる。死銃が伝説になることを目的としている彼らが入れるとしても、入るかどうかは怪しくなるということだ。そして、電子関連を受け付けない鍵穴式の鍵を取り付ければ、尚のこと死銃が部屋へと侵入できる可能性は低くなる。⋯⋯いや、ゼロになる、と言っても過言ではない。
そのために俺は、まず自分の家へと電話をかけた。
軽い世間話から、最近の東京は物騒になっている、電子錠を解除して侵入するような輩もいるらしい──と上手い具合に話を持っていくと、母は
「ははーん。⋯⋯つまり幸人は、詩乃ちゃんが心配なわけね?」
「⋯⋯なっ、違っ」
「で、不安になって電話を掛けてきた、と。ふーん、なるほどねぇ。⋯⋯まあ、朝田さんの所には話しておくわ。うちの息子が詩乃ちゃんの事を心配して夜も寝れてませんって」
「そこまでは言ってないだろ!?」
反射的にそう叫ぶも、既に電話は切れていた。どうやら、話し始めた時からほぼ全てを察されていたらしい。
⋯⋯やっぱり親には敵わない。その事を改めて認識することになった。
後、出来ることと言えば仲直りだけ⋯⋯なのだが、空いてしまった溝を埋めることの出来る機会が見いだせず、俺と詩乃の関係は宙ぶらりんのまま時間だけが過ぎて行った。
その間に俺は新川の様子を見に彼の家を訪れてみたり、砂漠地帯でエンカウントした鈍いピンク色の小さなプレイヤーと戦ったり、新たな武器調達のために深いダンジョンにシュピーゲルやシノンを巻き込んで突撃したりと色々なことをしていたのだが──まあ、その話は今することでもないので、後々語る機会があれば語ることにしよう。
***
とても広く広がり、多種多様なゲームが作られているVRMMOと言えど、自らの羽で空を自由自在に飛ぶことが出来るゲームはALOを置いて他には無い。
久しぶりに感じる、飛行中の風の心地よさに目を細め、俺は待ち合わせの場所へと向かっていた。
最近はGGOに掛かりきりだったので、こちらへ来るのはかなり久しい。最近ご無沙汰気味だった、ケットシー領主であるアリシャ・ルーに軽く挨拶だけしておいて、俺は本来の目的を行うために新生アインクラッドへと飛び立った。
約束の相手には既にメッセージを送ってあり、
「⋯⋯っと」
約束の場所──圏内である小さな廃墟へと降り立った俺は、腰に吊った鞘から、ゆっくりと本来の愛剣である片手剣を抜き放った。軽く振り回し、感覚を確認する。
重さの違いから感じる違和感に眉を潜め、剣をもう一度片付けると、次に俺はケットシーの街で見繕ってきたもう1本の細剣を取り出した。数回振り回し、間合い、重量の面で
だが、その時間もすぐに終わった。
「ごめん! ⋯⋯待たせちゃった?」
金髪のポニーテールを揺らし、
「いや、今来たとこだ。悪いな、休日なのに付き合わせちゃって」
「ううん、丁度私もこっちの剣の腕が訛ってないか確認したかったところだし⋯⋯。他ならぬケットシーの親衛隊長様からのお願いだったから」
リーファは剣を取り出すと数回素振りし、満足行ったかのように「よし」と呟くと、少し意地悪げにそう笑った。
「そういうので受けるのはやめろって言っただろ⋯⋯。これは俺個人でのお願いなんだから、ケットシーがシルフに借りを作ったみたいに言うなっての」
「ごめんごめん」
軽く謝ると、リーファは静かに剣を構え、俺を睨んだ。
「確か⋯⋯羽を使うのは無し、だったよね?」
俺も頷き、片手剣ではなく、細剣の方を構える。
「そういう事だ。あと、デュエルじゃなくて圏内での模擬戦。それだけかな」
「何でそんなルールにするのか分かんないけど⋯⋯うん、了解」
何でわざわざALOでこんなルールで模擬戦を行うのか、と言えば、当然、来る第3回BoBのためである。キリトと真正面から戦って勝てるよう、彼に勝てるだけのレベルの剣士と戦闘経験を積んでおきたかった、という訳だ。勿論、GGOにそこまでの剣術スキルを持つプレイヤーは居ない。
ALOにも数えるほどしか居なかったが、知人にいるプレイヤー達、特にその中でも一番頼りやすい相手──面識のあったリーファへと頼んだのだ。
因みに、デュエルじゃなくて模擬戦である理由は、単純に武器性能の差が看過できないものだからである。街で買える安物と、高位武器ではぶつけた時にすぐ安物が壊れるのは想像に難くない。
と、こんな理由があるわけだが、それを教える必要も特にないだろう。
「まあ、付き合ってくれるんだから、遠慮なく行かせてもらうよ⋯⋯っと!」
細剣を構え、俺は地を蹴った。
──ちょうどその頃、銀座のとある喫茶店で。古ぼけたレザーブルゾンにダメージジーンズという出で立ちの一人の青年が、スーツ姿の若い男性と向かい合って座っていた。
やがて、夢中でプリンをパクついていた若い男性の方は、顔を上げ、無邪気に笑った。
「やあキリト君、ご足労願って悪かったね」
そして、原作が始まる。
ようやく原作開始しました!