「詩乃――ごめん」
そう謝ったところで、俺に隠している事がある以上、俺と詩乃の間にある溝は決して埋まらない。
分かっていながらそれには触れずに謝った俺を、詩乃は微笑んで、許すとは一応言ってくれたものの。俺と詩乃の距離は喧嘩する前よりも微かに――しかし確かに離れていた。
* * *
別に、幸人が嫌いになったわけではない。もう怒ってもいないし、事情を話してくれないことについても理解は出来る。私だって幸人相手に私のことを全て打ち明けられるかと言えば、首を横に振るからだ。
だが、理解が出来ることと納得できることは全く違う。私は幸人に頼ってほしいと思っているし、悩み事があるなら解決してあげたいと思う。それが、私を守ってくれた幸人に対するせめてもの誠意だから。……幸人が苦しんでいるのを見ると、私も苦しい。
でも、実際は幸人が私を頼ることはなかった。――いや、この前の意図がよく分からないお願いを含めなければ、だが。
「――はぁ」
一緒に待ち伏せしている、SQSとは違うスコードロンの仲間にバレないように、小さくため息を洩らす。
このスコードロンに入ったのは二週間前。彼らはクーと離れ、ソロで行動するようになった私を誘ってきたのだ。一人一人の実力はBoB本選に残れるほどは高くないものの、連携が得意なPvP専門のスコードロンで、特に断る理由もなかった私はすぐに承諾した。次のBoBのためにはもっと実力者が多いスコードロンに入るべきだと分かっていたが、何となくそういう気分でなかった、という理由もある。
「シノンさん、行きますよ」
一緒に待ち伏せしていた、武骨な男性アバター――このスコードロンのリーダーだ――がこちらを見ることもなく淡々と呟く。彼は手にもったサブマシンガン、イスラエル製のUZIを油断なく構え、黙々と走り出した。「ええ」と小さく呟いて頷くと、私も後に続く。
少数の前衛が不意打ちで気を引き、程々に相手を釣り上げてから、待ち伏せしていた人員で一気に叩く。
このスコードロンは本当に連携に手慣れている。安定感がある、とでもいうべきだろうか。クー達と組んでいた時のあのスコードロン戦とは大違いだ。
――そういえば、
戦闘に集中しなければならないことは分かっているのだが、ふとそんなことが頭を過り、胸がチクリと微かに痛んだ。
* * *
『AGI万能論なんてものは所詮、単なる幻想なんですよ!』
キーの高い男の声が、酒場に響く。
どこからでも見られるよう、酒場の真ん中に高く浮かぶ四面ホロパネルには、明るめの青色の髪をした気障っぽいアバターがデカデカと映り、自慢げに自らの主張を語っている。
――多分、ここの筈だ。
記憶にある、アニメで見た時の光景がここと酷似している。もしかしたら違うのかもしれないが、その時はその時だ。今は、どうなったかだけが知りたい。
ざっと店内を見回したところ、黒のギリースーツを纏った細身のアバターはそう多くない。まあ、広い店内だから見落としている可能性もあるが。
深く息を吐く。やはり緊張しているらしい。それもそうだ。もうすぐ、友人である新川の運命が決まろうとしているのだから。とは言っても、ここまで来ると俺に出来ることは何も無い。薄情なようだが、なるようになるしか無いのだ。
ウインドウに映る時計が指すのは2025年11月9日午後11時24分。死銃が動きを見せる筈の30分までそう時間は無い。
俺はもう一度深く息を吐くと、目をつぶって組んだ手に力を込めた。