俺とシノンのお隣さんライフ   作:ラビ@その他大勢

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詩乃との約束

詩乃の家の隣に引っ越してきてから、一年以上が経ち。小学五年の夏休みが終わって二学期が始まってからも変わらず俺は詩乃と登校し続けていた。引っ越してきてから最初の数ヶ月こそ、異性同士が一緒に登校してくることを冷やかしてくる小学生もいたが、すぐに飽きたらしい。今となっては『ああ、今日も一緒に登校してるな……』等という雰囲気がクラスに流れている。

 

今日も今日とて詩乃が出てくるまで俺が風に流される雲を眺めていると、ドアが開くガチャリという音が聞こえた。目をやると、相変わらず美少女な詩乃が大きく膨らんだランドセルを背負っている。

――相変わらずって言うか最近、さらに綺麗になってきてるよな……。

元々あった大人びた雰囲気が更に磨かれているように感じる。心なしか、胸も……こほん。

 

「じゃあ、行きましょう」

 

俺がそんなことを考えていると、いつの間にか先に進んでいた詩乃は通学路で俺を待っていた。おう、と慌てて返し、走って追い掛ける。

脳裏に過るのは、《あの事件》に関する情報。あれが起こるのは……二学期が始まってすぐの土曜日、だ。

 

「なあ、詩乃」

 

前を歩いていた詩乃に呼び掛けると、詩乃は立ち止まってこちらへと振り返り、可愛らしく小首をこりん、と傾げた。

 

「なに?」

 

「ああ、いや。何でもない」

 

――土曜日、郵便局に行くなら注意しろよ――

なんて、言えるわけもなく。俺は曖昧に笑って誤魔化すと、再び空を見上げて長い溜め息を吐いた。

 

白濁とした雲に覆われた空は、まるで俺の心を表しているようだった。

 

*******

 

闇。

 

黒く深い、全てを呑み込むような闇の奥に、郵便局に現れたあの男の顔が浮かんだ。だが、次の瞬間、男は頭から血を吹き出す。額には、小さな痣のようにすら見える……傷。男の顔から表情が消える。

だが、不意に男はこちらを向いた。底無し沼のような瞳孔がこちらを――詩乃を捉える。震える私の手に……銃が握られていた。

 

 

 

 

私は飛び起きた。心臓が異常な速さで鼓動を刻む。大量の汗が頬を伝い、いつの間にか固く握りしめていた拳に落ちる。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

近くで聞こえる荒い呼吸が誰のものか、少しの間分からなかった。

 

漸く落ち着き、未だにびっしりと汗が滲んでいる額を腕で拭う。体に張り付くパジャマが気持ち悪い。

辺りを見回す。あの事件の後に数日間、隔離されていた病室ではない。見慣れた、自分の部屋だ。壁にかけてある時計を見ると、まだ朝の3時。起きるには早すぎる時間だが、もう一度寝る気にはなれず。私はベッドを降りて、せめてこの気持ちの悪い汗を落とそうとシャワーを浴びに浴室へ向かった。途中、足の力が抜けて幾度となく倒れかけたが、何とか堪えた。

冷たい水が、生ぬるい汗を流して熱く火照った体を冷やす。私はシャワーを浴びながら、目を強く瞑る。

 

(明日から……学校……)

 

この時は、明日――いや、今日から段々いつも通りの生活に戻っていくものだと思っていた。学校に行って、少ないが居ないわけではない友達と話したり、本を読んだりして忘れよう。そう、思っていた。

だが。

――そう現実は甘くなかった。

 

 

 

 

「おはよう」

 

私がランドセルを背負って家を出ると、今日も幸人は雲を見ていた。いつも通りの彼の姿に、何だかとても安心してしまう。だが、幸人は何時ものようにすぐ出発せず、こちらの顔を覗き込んできた。思わず一歩下がりかけたが、幸人の瞳に心からの心配が色濃く見え、踏みとどまる。

 

「大丈夫か? 詩乃、眠れてないんじゃないのか――あ、いや。悪い。無神経だった」

 

すまなそうに俯く幸人に、肩をわざとらしく竦めてみせる。

 

「……別に良いわよ。気にしてないから。嫌な夢を見ちゃって眠れていないのは本当だしね」

 

実際、そんなに気にしていなかった。何かは言われるだろう、と思っていたから、むしろ予想できていたほどだ。幸人は頭の辺りで腕を組むと、そっか、と呟いた。そして、冗談めかしてこちらを向いて笑う。

 

「じゃあ、今日は一緒に寝るか?」

「な、何でよ」

 

幸人の言葉に動揺してしまい、声が震えるのを自覚する。

 

「いや、一緒に寝たら悪い夢なんて見ないだろ?」

 

もしかして、からかわれているのだろうか。

私は少しむっとして、だが、すぐに笑みを浮かべた。

 

「じゃあお願いしようかしら」

「えっ、ええっ!?」

 

驚く幸人の顔を見て、私は満足げに頷くと、「冗談よ」と言おうと口を開く――前に、幸人が顔を紅くして俯く。

 

「よ、よろしくお願いします」

 

しまった、と内心で頭を抱える。撤回できる雰囲気じゃなくなってしまった、と。

 


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