逃亡だけはしないつもりですので何卒ご容赦を……
――よくよく考えると、俺が詩乃とこんなに本格的なケンカをするのは初めてかもしれない。
詩乃が部屋を出ていった数時間後、疲労からか気絶するように眠りに落ち、ついさっき目覚めたばかりの俺は、自室のベッドの上で寝転がりながらそんなことを考えていた。
今までは俺の方が大分長く人生やって来てるので、精神的に余裕もあり、小さな言い合いこそあれケンカはやってこなかった気がする。まあ、単純に詩乃が好きだから詩乃とケンカしたくないってだけだったのだが。
落ち着いて思い返してみれば、この件で悪いのは確実に俺だろう。疲労とストレスが重なり、イライラしていたのは兎も角、それにしても『詩乃には関係ない』ってのは流石にどうかと思う。うん。
まあ、だからといって詩乃が要求しているように、俺の事情を話せるわけは無い。神様転生だなんて信じられる筈がないし、よしんば信じてもらうことが出来たところで、どうだ。詩乃との関係が崩壊するのが関の山だ。
だってそうだろ?
詩乃は
詩乃からすれば自分の知らない自分を見て、その上わざわざ自分の隣へと引っ越してきて、今の今までのうのうと仲良くしてきた人間。
そんな俺に対して、嫌悪こそ抱こうが――続けて仲良くしてくれる筈も無い。
俺だって、詩乃に隠し事をしたくはない。だけど、仕方がないじゃないか。その隠し事を明かせば、きっと俺は詩乃に拒絶される。そう考えたら、言えるわけがないんだから。
体を起こし、膝を抱えて顔を埋める。
「……はぁ」
思わず、溜め息が漏れた。熱のせいか思考が上手く回らないし、ネガティブな方へと考えが向いてしまう。
――そう言えば、何で俺はあの時、この世界に転生することを選んだんだっけ。
神様に転生させてもらった時のことを思い出す。今考えてみると、あの世界に行くと即座に決めたのは詩乃を守るため、だったような気がする。PTSDに苦しめられ、同級生に苛められ、挙げ句の果てには一番信頼していた唯一の友人からも裏切られる。……そんな彼女を、守りたかったからだと思う。
今、俺は詩乃を守れているんだろうか
――いや、違う。そもそも、俺が守る必要なんて、
そう思うと、不意に怖くなった。自分の存在価値がこの世界に無いことに気付いたからだけではない。自分のせいで原作とは違う道のりへ進み、詩乃が死んでしまうかもしれないと気付いたからだ。
「…………は」
そんな風に泥沼化していく思考を中断させたのは、背筋に走った悪寒だった。
軽く身を震わせ、思い出す。俺が着ている今の服は、BoBの本戦からずっと同じままだった。当然、既に熱による汗でぐっしょりと濡れている。そう言えば、詩乃が寝間着持ってきてくれていたはずだ。
嫌な考えを吹き飛ばそうと頭を振り、誰に向けるわけでもない小さな呟きで自分を誤魔化しながら俺は置いてあった着替えを手に取った。
* * *
ひ弱そうな青年――新川恭二は、自室に籠り、自身の端末をじっと睨んでいた。端末に写し出されているのは、満足そうに笑っている一人の男と、それに対する軽いインタビュー等も乗っている。今回のBoBの優勝者である、ゼクシードだ。
「『AGI特化型はもう古い。これからはVITやSTR重視の時代だ』」
インタビューの真ん中辺りにデカデカと書かれた、