黄昏色の空の下に広がる仮想世界に降り立った私は、ここで会う約束をしていた少年の姿を探してきょろきょろと辺りを見回した。しかし、金属で舗装された道を歩いていくのは、ゴツゴツした装備を付けて歩く山のような体躯の男性だらけ。残念ながら、彼から聞いていた容姿の少年の姿は見つからない。
慣れない感覚と不安を抱きながら忙しなく辺りを見回していると、不意に肩が叩かれた。
――もしかしたら不審者なのではないだろうか。
そんな考えが一瞬頭に過り、思わずびくりと身を竦ませて恐る恐る後ろへと振り向く。すると、そこには。
「――あれ? 詩乃……シノン、で合ってるよな?」
他のプレイヤー達とは似つかない、ラフな格好をしている少年が私――シノンの肩を叩いた姿勢のまま固まっていた。現実世界とは顔が違うが、聞いてあった通りの格好だったため何となく彼が自分の探していた少年だと分かった。その間の抜けた表情がおかしく、先程までの不安などを忘れて思わず吹き出しそうになってしまう。ギリギリでその衝動を堪え、私は微笑んだ。
「ええ、合ってるわよ。幸人――じゃなくてこの世界ではクー……だったかしら?」
私の言葉に、彼――クーは、満足げに頷いた。
何故私がここ、『Gun Gale Online』の中にいるのか。話は、一日前に遡る。
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ゴールデンウィーク真っ只中の土曜日。私は、開いていた本のページから逃げるように目を逸らした。沸き上がってきた吐き気を何とか堪え、本を閉じる。
「大丈夫か?」
私の様子に気付いたのだろう、テーブルを挟んで前に座る幸人へと頷き、曖昧に笑う。
「ええ、大丈夫。……ありがとね。わざわざ付いてきてくれて」
「いや、今日は特に予定なかったからな。詩乃の頼みだし、図書館くらい付き合うよ」
――そう。今私と幸人がいるのは区立の図書館。私の銃に対するトラウマ克服のため、幸人に頼んでわざわざ付いてきて貰ったのだ。……と言っても、その成果は余り芳しくはなく。何か、もっと別の方法が無いか、等と最近は考えるようになった。
ちらりと先程まで開いていた本――『世界銃器名鑑』の表紙を一瞥する。今のところ、まだ『あの銃』を見るのは辛いが、他の銃なら少しは耐えれるくらいにはなっていた。
だが……あくまでそれはほんの小さな一歩に過ぎない。『あの銃』への恐怖を克服するためには、もっと新しい何かが必要だと既に気づいていた。白く清潔な天井を仰ぐと、無意識に溜め息が溢れた。
そんな時だった。
「……あれ? 工藤くんじゃない?」
前の方で声がして、私の視線が前方にいる幸人の方向へと引き戻される。目をやったその先――幸人にとっては自分の後ろ――には、同年代くらいの少年が分厚い本を脇に抱えて立っていた。
「……お、おう新川」
幸人はピクリと体を硬直させると、何故か錆び付いた機械のような動きで彼へと振り返り、ぎこちなく笑みを浮かべた。途中、一瞬だけ私の方をちらりと見た気がするが、気のせいだろうか。
少年――新川君は、私と同じように幸人の様子に違和感を感じたのか、一度首を傾げた。だが、その事について言及する前に漸く私へと気付いたらしく、慌てて会釈。
「こ、こんにちは。え、えーっと……工藤くんの彼女?」
こちらも会釈を返すと、突然彼がおずおずと訊ねてきた。よく言われるが、まだ間違えられるのには慣れない。羞恥からカァッと顔に血がのぼるのを感じながら、私はそのことを否定しようと口を――
「い、いや、違う違う」
開こうとしたところで、幸人が慌てて首を振った。こちらを一瞥し、ふっと表情を緩める。その笑みは、何処か暖かくて。
「違う、けど――…大切な人だ」
「っ!!」
彼の真っ直ぐな言葉に、私は弾かれるように幸人から顔を背けた。自分でも分かるほど、顔が熱い。
――何言ってんのよ!
心のなかで愚痴にもつかない言葉を漏らす。新川君はそんな私と幸人の間に視線を往復させ――やがて、何かに納得したように頷いた。
だが、その話題を更に続けるようなことはせず、私と幸人の間に流れる微妙な雰囲気を紛らわせるようにわざと声を明るくして幸人に話し掛ける。
「あ、そう言えば工藤くん。GGOの話なんだけど、M1911じゃ射程が――」
だが、新川君の言葉の途中に聞こえた単語に、ふと違和感を感じた。記憶のなかを漁ると、その違和感の正体は簡単に分かった。幸人の会話で出るはずのない単語。最近――いや、先程まで読んでいた本で見たばかりの名前。震える声で、幸人に問う。
「M1911……って、銃の名前……よね。何で……幸人が?」
続く。
と言うか書いてて何ですが新川のGGOへの話の持って行き方が不自然すぎるのはご愛敬と言うことで。きっと彼にはそれくらいしか話すネタが無いんですよ。はい。