東方廃金庫 〜Tha keeper in far east〜   作:ランタンポップス

2 / 2
Chapter.1 人形師の金庫

 有刺鉄線が巻かれており、手で持って運ぶのは難を食らった。

 言うほどびっしりとは巻かれていないので、隙間隙間から手を入れれば運べない事はないのだが、大きさからして片手で運ぶのは不可能だ。そして両手を使って無傷で運ぶような、力量も伴う器用さを彼女は持ち合わせていない。

 

 

「よいしょっと……」

 

 

 なので、安楽椅子に乗せたまま、椅子を引いて部屋の中へと持ち込んだ。

 

 

「はぁ、全く……お気に入りの椅子なのに、誰よ、こんなのを置いたのは……」

 

 

 呆れた様子でそうは言うものの、これは一種、物事を正常化して見たいと言う思いからの発言である。

 本心は、「こんな持ち難い物を、一瞬目を離した隙に設置出来ようハズ無し」だ。つい先程放った二体の人形はまだ帰還していない、怪しい人物を発見出来ていない証拠だ。

 

 

「……降って来た、訳ないわよね……」

 

 

 椅子は屋根の下にあったし、何より音が全くしていなかったではないか。

 唯一の心当たりは、急に感じた『視線』だけであり、彼女自身も金庫を見落としかける程のさり気ない設置だった。本当にそれ以外に、金庫が現れた理由も存在価値も把握出来ずにいるのだ。

 

 

「…………」

 

 

 思考に耽っていた所、チラリと金庫へ視線を落とした。

 

 

 錆びや傷の目立つ鉄の、それも年季の入った金庫だ。

 形状は縦と横と全体的に長方形だが、金庫の後部下だけへこみがあり、床に置けばへこみが床に着いて必然的に前面が持ち上がるような設計となっている。ロック解除と中身の取り出しが楽になった形状だ。

 ロック解除は回転式のダイアルキー。ただ、上下に二つダイアルキーが存在しており、双方のキーを合わせなければ開かない作りのようである。

 

 

 しかしやはり目に付くのは、グルグルと巻かれた有刺鉄線に、金庫にベトリと付着している『血のような跡』だろう。錆びに混じり、赤茶けた跡がそこかしこに見受けられる。

 ハッキリ言って『異常』だ。得体の知れない呪物を扱うような気持ちになり、少女は非常に不気味がる。

 

 

「趣味悪い……所じゃないわよ。明らかにこの金庫、曰く付きしかないじゃない?」

 

 

 気味悪がりつつも、軽く小突くように金庫を触ってみる。何も起きない。

 また、特殊な力が宿っていると言う訳でもないと確認出来た。

 

 

「触る程度じゃ平気ね」

 

 

 自身の体に異常が発生していない事を確認すると、試しに彼女はダイアルキーを摘んで開くかどうかを検証してみる。

 勿論、金庫の扉は固くロックされている訳だが。

 

 

「開かない、か。そりゃそうよね」

 

 

 つまらなさ気に、多少呆れた様子で彼女は呟いた。

 

 

 その時、軒先で放った二体の人形がドアを開けて帰還した。

「どうだった?」と少女が聞くも、知れてはいたが二体は首を振って異常無し、と意思表示する。

 

 

「……そう。ありがとね……あぁ悪いけど、軒先のティーセットを片しといてくれないかしら?」

 

 

 彼女が命令をすると、二体はそれぞれ「シャンハーイ」「ホウラーイ」と返事をし、早速ティーセットの片付けに取り掛かった。

 カチャカチャと音を立て、開いた扉から二体はティーセットを運びながら浮遊しつつ、台所とを往来していた。

 その傍らで主人たる少女は、首を傾げて金庫と向き合うのだ。

 

 

「誰かが置いた訳でもない……いや、置いてすぐに飛び立てば…………ないわよね。風も気配もしなかったし」

 

 

 彼女は至って生真面目だが、自分の興味ある物以外は興味を一切持たない性格でもある。

 そんな彼女がここまで熟考すると言う事は、目の前の金庫が彼女の知的好奇心に受け入れられたと言う事だ。と言えど青天霹靂と現れ、奇々怪界な雰囲気を醸し出す金庫に興味を示さない訳がないだろうに。

 

 

「でもなんか……見ない形状よね」

 

 

 少女はまじまじと金庫を眺め、眉を顰めた。

 ダイアルキーでロックされた箱と言うのは、確かに金庫だ。だが、それにしてはあまり見ないような珍しい形状だ。

 錆びてボロが入っているとは言え洗練された設計で、禍々しくもスラリとしたデザインであると見る。

 彼女の知る限り、ここらの『界隈』でこんな物を作る技術はないと知っていた。なのでこれは、この『界隈』の外側たる『外来品』であると結論が出るだろう。

 

 

「……こんな不気味な感じになってなければ、私の手元に置いておきたいかもだけど……」

 

 

 金庫として使うとするなら、形状面と合わせて良い部屋のアクセントとなれたハズだろうが、目の前のそれはボロがかった上に有刺鉄線巻かれた不気味な代物。

 

 

 

 

「……お部屋のアクセント所か、オーバースパイスよ……まずなんで有刺鉄線なんて巻くのよ」

 

 

 理解出来ない点と言えばそこだ。

 有刺鉄線のせいで、触るに触れない。確かに泥棒であっても持ち運びまで時間をかけさせる事が出来るだろうが、それは本人が中の物を取り出す際にも同様だろう。

 もしくは中にある物は持ち主でさえも手に余る冒涜的な物で、封印する為に巻いている可能性もある(それならもっと強固にするべきなのだが)。

 

 

「取り敢えず邪魔でしかないわね。切ろう」

 

 

 使用するかしないかは別として、有刺鉄線はとても危険だ。

 何かの拍子に怪我してしまうかもしれないし、まず取っ払わないと持ち運びが酷だ。今、金庫が陣取っている椅子は彼女のおきに入りで、どうしても退かしてしまいたい。考察については後だ。

 

 

「鉄線を切るには鋸かカッターか……鋸ならあったわね」

 

 

 そう言うと少女はそそくさとリビングを出て、奥の部屋にある物置から鋸を持って来ようとした。

 間に人形らの片付けは終了し、彼女の後に続く形で人形らもリビングから出て行った。

 

 

 

 

 人気(ひとけ)の無くなったリビングに、椅子の上の金庫だけが物憂げに佇んでいる。

 静かなリビングの中で真昼の木漏れ日が窓をくぐって、カーテンに映し出されていた。光が揺蕩う海上のように、淡い明かりを部屋に散らしている。その光は、金庫を包むように照らした。

 

 

 金庫は光に目覚めるように、カタカタと一人でに揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

 不思議な空間だった。

 暗い中で無数の光球が行き交い、衝突したものが閃光を放つ。量子物理学の解説書で見るような、得体の知れない空間に私がいた。

 暫くは動かない身体で、弾丸のような光球たちを眺めていたのだが、ここでふと私は、己の存在について疑問を想起する。

 

 

 私の名前が思い出せない。

 私の宝物が思い出せない。

 私の立場が思い出せない。

 私の人生が思い出せない。

 

 

 まるで脳を開いてひっくり返し、中の記憶を散らかしてしまったかのようだ。

 そしてその、散らした記憶の一つ一つが、私の頭上に行き交う光球だと言う錯覚じみた妄想を起こした。こう考えたのなら、弾けては衝突し、ガス抜きのように閃光しては暗闇に溶けるそれらを見て、もう記憶を戻す事に諦念を覚えてしまう。私の記憶はこの世から完全に、消えてしまったのだ。

 

 

 

 

「………………」

 

 

 記憶は乱舞し、自由の身を楽しんでいる。ぶつかり合って輝いて、姿が消えて行く。

 勿体無いな、そうは考えるが取り戻そうと思えず、例えそう考えたとて身体が動かないのだから、どの道不可能だろうに。

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 しかし、無くなって行く思い出の中で、一際輝く物を見つけた。

 

 

 

 

「…………………………!」

 

 

 靡く白髪と、青いドレスのスカート。

 やけに明るい部屋の中で、白髪の少女が横たわる私の手を握っていた。

 感謝と憂いを帯びた、悲しげで儚い微笑みを私に向けている。

 

 

 私は彼女を忘れる訳がない。

 飛んで行く記憶の中で、一つだけ焼き付いていた唯一の記憶、私の支え。

 彼女は私の娘、囚われた私の娘。

 娘の微笑みを見て私は察し、心の底からの安楽を実感した。娘は無事、救われたのだ。

 

 

 

 

 手から伝わる娘の緩やかな体温が、次第に失われて行く。

 いや、私の方の神経が鈍くなっているのだ。現に、私の視界は段々と霞み、消えて行く娘とぼやけた光球たちが最後の光景となる。

 

 

 ぼやけてぼやけて、三重に四重に霞んで行くと、ある一点に達した時にブツリと、ブラックアウトした。

 

 

 暗闇となる前に一瞬感じた事は、何かに着地したような衝撃だった。

 

 

 

 

 私はまた、何処へ向かうのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は奥にある物置で、有刺鉄線を切断出来る工具を探していた。

 物置、と言うが、案外綺麗に整理整頓されている為、人一人過ごす部屋としても使えそうだが。

 

 

「えーっと、確かこの箱に入れていたハズなんだけど」

 

 

 高い所にあった箱を人形たちに下ろして貰い、その中から鋸を探す。

 一応、鋸や金槌などの工具は持っているのだが、日曜大工など趣味では無い彼女にとっては無用の長物に等しかった。精々取り出す時は、他人に貸す時ぐらいか。

 

 

「鋸鋸……っと……あぁ、もっと良い物があったわ」

 

 

 彼女は箱から、ニッパーを取り出した。

 片手だけで簡単に金属を切断出来ると聞いてとある店で購入したが、切断出来るのは細い鉄線だけと知って呆れて収納した物だ。その時の事を思い出し、「まさか使う時が来るとは」と感慨に浸っている。

 

 

「まぁ、多分これっきりね……これじゃ付喪神(つくもがみ)になりかねないわ」

 

 

 冗談混じりにそう呟き、彼女はニッパーを片手に物置から出た。

 物置から出て、角を曲がって廊下を歩けば、リビングは目の前だ。少女はドアノブを回し、扉を開ける。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 リビングに入った彼女は、思わずニッパーを手放しかけた。

 

 

「……え?」

 

 

 椅子の上に鎮座していたハズの金庫が、綺麗さっぱりといなくなってしまったのだ。

 

 

「き、消えた!?」

 

 

 少女は取り乱し、椅子の前に噛り付いた。

 お気に入りの椅子は、金庫の有刺鉄線が擦れて傷が入ってしまっている。確かにそれもショックだが、それよりも金庫が消えた事の理由が知れないのだ。

 

 

 

 

(油断した……! 何もないとばかり思っていた!)

 

 

 頭を抱え、みすみすと目を離した自分を呪うばかり。

 何かしら、自分には感じ取れないような力があったのかと、後悔に似た考察が現れた。

 

 

 彼女が焦っているのは、あの金庫に付随した効果を警戒しているからだ。

 漠然と感じていた金庫の狂気に、悪い予感しか起きていない。

 

 

「上海に蓬莱!…………辺りに警戒して」

 

 

 何が分からない金庫の消失が、ただ消えただけとは思えない。

 少女は急遽、二体の人形を呼び寄せて臨戦状態に入ろうとした。

 

 

 

 

「……上海? 蓬莱?」

 

 

 しかし、呼べばすぐ応答して近寄ってくれる従順な人形たちが、やって来ない。

 自分の後ろに控えているハズだ、だが一向に現れない。

 

 

「ッ!!」

 

 

 異常事態を察知し、少女は振り返る。

 彼女の目の前には、二体の人形は確かにそこに浮いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二つの大きな手に顔ごとごっそり掴まれ、もがいている姿だが。

 

 

「な……ッ!?」

 

 

 お気に入りの椅子だとかはもう関係ない。

 彼女は椅子を倒して退路を確保し、その場から大きく距離を取った。

 

 

 

 距離に余裕が出来た彼女は、自身の背後に佇んでいた存在を目の当たりにする。

 

 

 

 

 絶句する彼女の目の前にいたのは、自身の身の丈を悠々越した、薄汚れた服を身に纏った巨漢。肘までの手袋をはめた大きな手で、二体の人形を鷲掴みしているのだ。

 だが、そんな男の図体や威圧感よりも視線を捉えて離さないのが、頭部だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 男の頭部、それこそが消失していたあの、『金庫』だったのだ。

 有刺鉄線が巻かれた不気味な金庫の下に、人間の身体が存在していた。そしてそれは、意思を持っている。

 

 

 

 

「嘘……!」

 

 

 異常には慣れているハズの彼女さえも初めて見る、狂気がそこに立っていた。

 金庫頭は掴んだ人形を見やるように金庫の前面を向け、観察しているようだ。

 

 

 少女は両手をポケットに突っ込む。

 そして、二秒程度で引き抜いた時には、彼女の十本の指全てに指輪がはめられていた。

 

 

「動かないで!!」

 

 

 忠告を飛ばし、構えを取った。

 

 

 

 

 すると、彼女の背後から五芒星の魔方陣が出現する。

 その奥より、更に三体の人形たちがぬらりと顔を出した。人形たちは操り手の彼女を守護するかのように、金庫頭の前に整列し、立ち塞がる。

 

 

 

「…………!」

 

 

 金庫頭はそれらの芸当を見て、驚いているようだ。

 だが存外、状況の判断が可能のようなのか、掴んでいた二体の人形を解放し、バックステップを行使して少女同様距離を取る。

 その際に腰にぶら下げていた大きな金槌を抜き取り、臨戦態勢を整えた。図体に似合わず、かなり俊敏か。

 

 

 

 

(なによ、冷静じゃない……?)

 

 

 少女は、金庫頭の行動が冷静で妥当と言う面で驚いた。

 上海も蓬莱も粗雑に掴まれていたものの、すぐに金庫頭に対して臨戦態勢になれる程は元気である。攻撃では無かったのか。

 

 

 

 

「………………」

 

 

 しかし、金庫頭の姿はハッキリ言って、正気の沙汰では無い。

 血と油でドス黒く汚れたエプロンに、禍々しく尖った先端付きの金槌、更に金属片が突き抜けた布袋を腰にかけて、そして何よりも頭。それら金庫頭の全貌からして少女の経験上、まともな精神をした存在とは思えないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 実はと言えば、金庫頭の方は存外にまともな考えの持ち主であった。頭の中ではこう、考えている。

 

 

 

 

 何だ。目覚めたと思えば、ここは一体何処だ。そして目の前の少女……人形のような物を操っている……?

 得体の知れない存在だ、あの人形は……人形なのか?

 

 

 

 

 疑問と衝撃が募る金庫頭であるが、少女は強い敵意を見せている。

 しかも突如、何も無い所から人形を召喚し、空中に浮かばせると言う、とんでもない現象を見せて来た。見た目は人間だが、普通の人間では無いだろう。また、人形を出した時に一瞬見せた殺意は尋常では無かった。この子は容赦しない気だ。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 だが今の少女からは殺意の念は消えている。勿論、警戒心は強く感じられるのだが、表情がこちらを測っているかのような、所謂『興味』の類の感情が見受けられた。

 

 

 敵意はあるが、殺意は無い。狂気と殺意の中を奔走して来た彼にとって、久しぶりに受けたマトモな感情。

 故に彼は、この不可解な術を使う少女との戦闘に意味は無いと判断出来た。

 それに今まで、肉弾戦でどうにかなって来た『連中』と違い、彼女からは異質なモノを感じ取っていたし、彼自身の『情景』が戦闘を拒んだのだ。

 

 

『この娘は殴れない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 金庫頭は持っていた金槌を、床に落とした。

 

 

「え?」

 

 

 そしてそのまま困惑する少女の前で、両手を上げる。

 

 

 少女にはその行動の意味がすぐに分かった、『降参』である。

 

 

「…………え?」

 

 

 突然の降参と、やはり見た目に反した金庫頭の人間的な理性の有様に、より強い困惑を見せた。

 それは犬や猫が強者に媚び諂うような様でも無く、ニヒルな諦念からでも無く、自然とそうしたかのような理知的で紳士的な降参。正直、彼女の偏見からだがこんな無骨そうな大男に、そんな事が出来たのかと驚く。

 

 

 

 

 それでも少女は疑いを消さず、罠を警戒してからか、人形たちを厳戒態勢にしたまま。

 その状態で話は通じるのかと、声をかけてみる。

 

 

「…………話、通じる?」

 

「!」

 

「私の言っている事、理解出来る?」

 

 

 分かっていた事だが、金庫頭は喋れないようだ。

 しかし金庫頭は少女の言葉に即座に反応をし、肯定の意として首を二度縦に振った。話は通じるようだ。

 

 

(何なのよ、コレ……付喪神? いや、頭だけ物のままって、滑稽過ぎるでしょ!…………でも、話は通じるようね……)

 

 

 彼女はあまり、戦闘が好きでは無い。ゆっくりと読書に浸りたいようなタイプだ。向こうが戦闘をしない意思があるのなら、しないに越した事は無い……が、こんな異形の存在を信じるほどもお人好しでは無いのだが。

 

 

「……理解出来るなら結構よ。じゃあまず信用されたいのなら、武器になる物を全て捨てなさい」

 

「…………」

 

 

 金庫頭は拒む事はせず、腰の布袋や背中に背負っていた金属製の箱を次々と床に落とす。

 これで凶器は無いと示すかのように、また両手を上げた。

 

 

 

 

「いいや、その頭のも取りなさい」

 

「…………?」

 

「その有刺鉄線よ、それも危ないでしょ?」

 

 

 少女がずっと気にしていた、頭の金庫を巻く有刺鉄線だ。

 金庫頭は「これまで取るのか」と困惑するように少し身じろぎした後、大きな右手で一思いに引き千切る。千切られた有刺鉄線もまた、床に落とした。

 

 

 

 

 ここまで要求をこなした金庫頭に、やっと少女の警戒心が弱まる。

 

 

「…………一応聞くけど、喋れないわよね?」

 

「…………」

 

 

 首を縦に振って、肯定する。テレパシーとかも出来ないようだ。

 

 

「じゃあ、イエスかノーで聞くわよ。敵意は無いのよね?」

 

「…………」

 

 

 肯定する。態度から薄々感じていたが、敵意はやはり、無いようだ。

 

 

「……私の事は知っている?」

 

「…………?」

 

 

 これは首を横に振り、否定した。

 少女はそこにだけ、少し眉毛を上げて怪訝な表情となる。これでもそこそこ、有名なハズなのだがと、思っていたからだ。

 

 

 

 

「……人並みの知能はあるようね。じゃあ、読み書きは出来る?」

 

「…………」

 

 

 肯定。可能なようだ。

 

 

 それを確認した彼女は、ふと近くを浮遊する人形に目配せする。すぐに三体の人形は部屋の中から適当な紙とペンを見つけて来ると、分厚い本と共に金庫頭の前に持って来た。

 金庫頭にとって人形たちのその、意思を持った行動は珍しいようで、頻りに人形たちを興味深く見つめている(目は無いので視線は分からないので、金庫の正面で視線を判断している)。

 

 

 人形は運んで来た分厚い本を下敷きに紙を乗せ、ペンを金庫頭の目の前に突き付けた。金庫頭はそれをおずおずと受け取り、何を書けば良いんだと少女を見てから、首を傾げている。

 

 

 

 

「名前を書いて。まずは名乗って貰わなければ始まらないわ」

 

 

 成る程と納得をし、金庫頭はその大きな手でサラサラと紙に名前を書いて行く。慣れた手つきだ、普段から文字を書いているような、マトモな教養を受けてある手つきだ。

 

 

「書けた?」

 

「…………」

 

 

 金庫頭は手を止め、肯定する。すると紙だけが一体の人形によって少女の元へ運ばれ、目の前で広げられた。

 

 

 

 

「……んん?」

 

 

 そこに書かれた金庫頭の名前を見て、少女は当惑する。

 いや、確かに名前に対しても当惑したが、それよりも文字に当惑したのだ。彼女はパッチリ開かれた目を金庫頭に向け、一際早口に質問した。

 

 

 

 

「……貴方、もしかして西洋人?」

 

 

 その質問には肯定でも否定でも無く、彼は首を捻った。分からないと示しているようだ。

 

 

 

 

 

 

 少女の前に広げられた紙には、金庫頭の名前が書かれてある。

 

 

 

 

『The keeper』

 

 

 

 

 筆記体の、その言語圏の人間ならば書き慣れた、『英語』の名前である。

 金庫頭の名前は『keeper』だ。




一年ぶりの新話です、申し訳ナイス!
サイコブレイク2発売決定おめでとうやったぜ記念。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。