嘘つきな僕と素直な君と【完結】   作:puc119

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秋話

 

 

 時間は流れ、季節が進みアレだけ鬱陶しいと思っていた暑さもだいぶ和らぐようになってきた。むしろ、寒いと思う日の方が多くなっているんじゃないかな。

 

 そんな今は秋の季節。食欲、読書、行楽、スポーツ、紅葉、芸術、勉学とまるで見境のない季節。つまり何をやっても良いってことだろうけれど、もう少しくらい絞ってくれないと、どうして良いのかが分からない。

 長かった大学の夏休みも終わってしまい、既に大学の講義は始まっている。そんな季節なわけだけど、何をやろうかねぇ。

 

 と言うか、夏休みを利用してやりたいことはほとんどやってしまったような気もする。お祭りにも出かけたし、海にも行った。友人も呼んでバーベキューだってしたもの。流石に詰め込み過ぎた気もするけれど、充実はしていたのかなぁって思うところ。あと、彼女がやっていたゲームも無事クリアでき、今度は第二世代を頑張るらしい。

 

「ああ、もう。どうしてあの講義は毎回毎回小テストなんてやりやがるんですか!」

 

 ぽっぽこと怒りながらも必死に勉強をしている彼女。ただ、この彼女はどうして僕の部屋にいるのだろうか。リビングとかでやれば良いのに。最近、僕の部屋にいる時間の方が長くない?

 

「テストに出そうなところ教えようか?」

「遠慮します。先週はそう言って全く関係ないところを教えたじゃないですか!」

 

 そう言えば、そんなこともあったねぇ。

 あの時は騙そうとしたわけじゃなく、本当に間違えていただけなんだけど……まぁ、別にそれは言わなくて良いか。

 

「そのせいで小テストを全く解けず、スライドにでかでかと私の名前が映されたんですよ!」

 

 アレは面白かった。笑いを堪えるのに必死だったもん。

 ただ、小テストで0点を取ったのは僕だけの責任でもないと思う。

 

「記念にその時の写真撮ってあるけど見る?」

「何撮ってるんですか! 早く消してくださいよ!」

 

 ああもう、ぎゃーぎゃー騒いでないでちゃんと勉強しなさいって。また晒されちゃうよ?

 

 さてさて、この季節は何をやろうか。

 

「それにしても、貴方っていつ勉強しているんですか? 勉強しているところを見たことないのですが……」

「うん? ああ、暇な講義中とかにちょこちょこやってるよ。良い成績を取りたいわけじゃないから本当にちょこちょこって感じだけど」

 

 なんて嘘をさらりとついてみる。

 本当は彼女が寝てしまう夜にやっているだけ。僕の身体が変化しているのはどうやら本当らしく、完全に睡眠が必要じゃなくなってしまった。

 夜の時間と言うのは思っていたよりも長く、他にやることもなかったから勉強をやるようになった。なんとも複雑な心境ではあるけれど、悪いことではないのかなって思う。

 

 因みに、僕の身体が変化していることは彼女に伝えていない。本当は伝えた方が良いはず。でも、心配されるのが嫌だったから彼女にはずっと黙っている。

 

 ホント、人間やめちゃったなぁ。

 

「うーん、もう疲れたので、今日はこれで終わりにします」

 

 全く勉強していなかったように見えたけれど大丈夫だろうか。この調子だとまた試験前に徹夜することとなりそうだ。

 そう言えば、どうして彼女は寝てしまうんだろうね? 最初は天使さんと言っても寝るものなのかと思っていたけれど、僕はもう睡眠の必要がない。多分、彼女とはまた違った道で人間から外れているってことだと思うけれど……その辺のことは良く分からない。

 

 天使さんとはまた違った存在と言うと……悪魔とか? いやいや、そんなまさか……ねぇ?

 

「夕飯にしましょうよ。今日はカレーが食べたいです!」

「了解。それじゃ買い物へ行こうか」

 

 う~ん、まだまだ分からないことが多いなぁ。

 

 

 

 

 夕食のメニューも決まり、近所のスーパーへ買い物。

 冷蔵庫の中身は空っぽだから、材料は全て買っておかないと。

 

 じゃがいもー、玉ねぎー、豚肉ー。そしてカレールー。うむうむ、材料も少なく、しかも簡単に作ることができるカレーは偉大だ。何より誰が作ってもそれなりの味になると言うのが本当に嬉しい。

 

「あれ、人参は買わないのですか?」

「売り切れだったよ」

 

 さて、他に買うものもないし、さっさと帰って作り始めるとしようか。玉ねぎが溶けてしまうくらい煮込んでやるぜ。

 

「いや、普通に売って……あっ、そう言えばいつも人参を私に食べさせてましたよね。こら、好き嫌いはダメですよ!」

 

 バレたか。

 別に人参くらい良いじゃあないか。どうして態々嫌いな物を食べなければいけないのだ。

 

「ほら、僕って人参アレルギーだから」

「そんなの絶対嘘じゃないですか。ちょっと待っててください。取ってきますから」

 

 ああ、もう。余計なことを。セリ科の赤い根っこなど食べたくない。なんだってアイツはどんな料理にも現れやがるのか。小中学生の給食なんて毎日のように現れやがるし。別に僕は良い彩なんて別に求めちゃいないんだ。

 

 その後もブーブー文句を言ってみたものの、結局買うことになった。こう言う時の彼女はなかなか折れてくれない。

 

 

「全く……好き嫌いしていると大きくなれませんよ?」

 

 買い物を終えて帰り道。まだネチネチと小言を言う彼女。

 

「いいよ。これ以上身長が伸びるとは思っていないし」

 

 高校へ入学した時から、僕の時間は止まったままだ。あともう2cmあれば170cmだったんだけどなぁ。まぁ、こればっかりは文句を言ったところで仕様が無い。

 

「身長の話じゃなく、人間的にって意味です」

 

 むぅ、何も言い返せない。

 どうして人参が嫌いなだけで此処まで言われなきゃいけないんだ。君だって椎茸が嫌いじゃないか。これからは毎日椎茸料理にするぞ。

 

 手に持っている袋の中には赤い根っこが一本。それを見ると無意識にため息が溢れた。人参食べるの嫌だなぁ……

 

 僕はそんななんとも低いテンションだと言うのに、隣を歩いている彼女はクスクスと笑っていた。何ですか、もう。僕はこの人参をどう倒そうか必死に考えていると言うのに。やはり磨り下ろすのが一番だろうか。

 

「ふふっ、貴方にも苦手なモノがあったのですね」

「そりゃあ、苦手なモノくらいはあるさ」

 

 この彼女は僕のことをなんだと思っていたのだろうか。僕はそんなにできた人間じゃあない。人見知りだし、人混みは苦手だし、音楽センスは皆無だし、性格は折れ曲がっているしと至らぬことの方が多いんじゃないだろうか。

 

「いえ、貴方はそつなくこなしてしまうイメージがあったので……それに何が起きても動じませんし」

 

 そんな器用な性格じゃあないんだけどなぁ。

 それに動じていないわけじゃない。ただ昔から感情表現が苦手で、感情を上手く表情へ表すことができないだけ。作り笑いとか本当に苦手だ。

 

『はい、笑ってー』

 

 とか言われても上手く笑えません。顔が引き攣ります。

 

「だって……」

「うん?」

 

 夕暮れの帰り道、急に足を止め、彼女は僕の方を真っ直ぐと向いた。

 

 

「私が貴方を殺すと言った時だって、全く動じなかったじゃないですか」

 

 

 そんな彼女の言葉は、夕日で真っ赤に染まった世界で良く響いた。

 夏も過ぎ、日が沈み始めると急に寒くなったように感じる。秋ですねぇ。

 

「……あの時も言ったけど、心の中では慌てまくっていたよ。ただ、表情に出ていなかっただけ」

 

 彼女に合わせて止めてしまった足をもう一度動かし始める。どうしてそう思ってしまうのか分からないけれど、夕方って無性に切ない気分になるよね。こんなに綺麗な景色だと言うのに、もったいないものだ。

 

「……どうして、そんなに冷静でいられるのですか? 殺されるんですよ、貴方」

 

 後ろの方から彼女の声が聞こえ、また歩き出す音も聞こえた。

 

 どうして冷静でいられるか、ねぇ。それは僕が楽観的な性格をしているからってこともあるのだろうけれど、きっとそれだけじゃあないんだろう。

 別に輪廻転生を信じているわけじゃないし、実は彼女が僕を殺すと言っていることが全部嘘だとか思っているわけでもない。それでも動じていないのは……きっと僕が物事の重さを計るのが苦手だからなんだろう。

 

 “死”って言うものの重さを僕はちゃんと理解していない。

 

 大げさに言うと――人参を食べるのと、死ぬの何方を選ぶ? なんて聞かれた時、僕は死ぬことを選ぶかもしれないってこと。

 流石にそんなことを言いはしないけれど、それでも普通の人と比べてその傾向はあると思う。どうしてそうなってしまったのかは分からないんだけどさ。

 

 それに――

 

 

「君に殺されるのなら別に良いのかな。なんて思っているからじゃないかな」

 

 

 それはきっと僕には珍しく、嘘偽りのない言葉。

 

 けれども、そんな言葉を受けた彼女は酷く悲しそうな顔をした。

 う~ん、これは失言だったか。考えなしに色々と喋るものじゃあないね。これまでだって何度も同じ間違いをしていると言うのに……学習してくれないものだ。

 

 さてさて、そんなことを考えていたって仕様が無い。今は目先のことを考えようじゃあないか。とりあえずこの人参をどうするか辺りから始めよう。

 

「ほら、帰るよ」

「…………はい」

 

 ……ホント、君は優しいね。別に僕のことなんて気にしなくても良いんだけどなぁ。

 そんな性格で本当に僕を殺すことができるのだろうか。誰が彼女をこの役目に選んだのか知らないけれど、もう少し人を選ぶべきじゃあないですか?

 

 僕が彼女のことを気にかければ気にかけるだけ、彼女は僕を殺すとき辛くなってしまう。笑いながら殺してくれとは言わないけれど、できればサクッと殺ってもらいたいかな。

 どうか、できるだけ君が傷つかないような終わり方を僕は願います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食を食べ終わると、珍しく彼女は早々に自分の部屋へ戻ってしまった。

 どうやら、帰り道のあの会話がなかなか効いたらしい。食事中は頑張っていつも通り振舞おうとしていたみたいだけど……アレじゃあなぁ。なんとか元気になってもらえれば良いけれど、僕に何かできるわけでもないし、困ったものです。

 

 さて、そうなってしまうと僕が暇になってしまうわけでして、どうしたものやら。講義が始めるまではまだ12時間以上もの時間がある。かと言って、寝られるわけでもないし、今は勉強する気にもなれないし……

 

 此処は正直に言っておこう、彼女がいないと暇なんだ。それになんか調子が出ないし。ん~……とは言え、どうしたものか。

 

 ああ、たまには僕の方から彼女の部屋へ行ってみるとしようか。あの部屋の鍵だって10円玉があれば開けられるやつだし。

 

 そんなことで、早速彼女の部屋へ行くことに。

 

 最初は鍵がかかっているかなぁ。と思っていたけれど、ドアノブは回りあっさりと彼女の部屋の中へ入ることに成功。遊びに来たよー。

 そして、部屋の中では、明かりも消さずほぼ下着姿の彼女がベッドの上でうつ伏せに寝ていた。

 

 部屋に入ってきた僕に気づき、顔を上げた彼女。

 目と目がバッチリと合った。

 

 

「…………お、お邪魔しました」

 

 

 ヤバいヤバい。流石にこれは予想外だ。下着姿ご馳走様でした。いやいや、これはちょっとマズイぞ。いつものようなギャグで終わる気がしない。ああ、困った。こんな時なんて謝れば良いのだろうか。

 

 はてさてどうしたものかと、彼女の部屋の前でおろおろしていると、彼女の部屋の扉がゆっくりと開いた。

 

「……何か用ですか?」

 

 恐ろしく冷たい視線。この天使さん超怖い。

 ただ、着替えてしまったのが残念なところ。もう少しあの純白のパンツを目に焼き付けて……こらこら落ち着きなさいって。今はそれどころじゃないんだ。

 

「いえ……そ、その、暇だったので遊びに……」

 

 極々自然な流れで正座。秋夜のフローリングの床は思った以上に冷たかった。

 視線は下へ。怖くて彼女の顔なんて見られるわけがない。

 

「部屋の鍵をかけなかった私も悪いですが、入るときはノックくらいしてください」

「……はい、以後気をつけます」

 

 いつもなら、茶々の一つでも入れるところだけど、流石に自重。今くらいは大きな心をもって謝ってみる。嘘です。ただただ、彼女が怖いだけです。

 

「貴方がそういう変態だってことは知っていましたし、これ以上その性格を蔑みようもありませんが、もう少し空気を読んでください」

 

 酷い言われようだった。ただ、言い返すことなんてできるわけがない。女性の愚痴を黙って聞くことのできる立派な男を目指しています。

 しかし、あの下着姿を見られたことは後悔していない。今はちょっと下を向いているけれど、前向きに生きるのだ。

 

「はい、心より御礼申し上げます」

「いや、謝れよ」

 

 間違えました。

 

「すみませんでした」

 

 僕がそう謝ると、彼女のため息のようなものが聞こえた。

 どうだろうか? なんとか許してもらうことはできたのだろうか? この彼女とはまだ半年ほど一緒に生活するわけだし、あまりギスギスした関係になりたくはない。

 

「はぁ……」

 

 そして、またため息が一つ。

 

「もう良いですよ。気にして……ないこともないですが、其処まで怒っているわけでもありませんから」

 

 なんと、そうだったのですか。じゃあアレかい? もうちょっと見ていても良かったってことかい? そりゃあなんとももったいないことをした。

 一ヶ月後くらいにまたやってみようかな。

 

「ただ、次にまた同じことをやったら本気で怒ります」

「もうやるわけがないでしょうが、僕はそんな不誠実な人間じゃない」

 

 ああ、危ないところだった。本気で怒られたら流石に僕だって凹んでしまう。それはちょっと勘弁してほしいところ。

 彼女の下着姿も大切だけども、それ以上に失うものが大きい。

 

 

「…………ありがとうございます」

 

 

 ぽそりと、彼女の口から何かが聞こえた。

 

 何に対してのお礼? とは流石に聞かない。それくらいはこの僕にだって分かるから。

 

 その小さな背中でこの彼女は色々と背負いすぎなんだ。逃げることや諦めることってのは、良いことではない。なんて言われるけれど、そんなことはない。

 逃げて良いんだ。

 諦めて良いんだ。

 

 だって、潰れてしまっては意味がないから。まぁ、だからと言って僕みたいに逃げ続けていることを正当化しようってわけじゃないんだけどさ。

 ただ、この彼女はちょいとやりすぎ。もう少し肩の力を抜いたって良いと思う。張り詰め過ぎると直ぐに破裂してしまうのだから。別に小テストで0点を取ったからって世界が滅ぶわけじゃあないんだ。もっと気楽に生きましょうよ。

 

「ほら、いつまでも座ってないでください。私は甘いココアが飲みたいです」

 

 まだぎこちなさは残っているけれど、彼女も多少は元に戻ってくれたのかなって思う。

 

 ココア、かしこまりました。

 

 正座の状態から立ち上がり、漸く彼女と目を合わせてみた。其処には何処か恥ずかしそうに笑う彼女の顔。

 

 そんな彼女の顔を見ながら、一つ言葉を落としてみる。

 

 

「今度は黒い下着をお願いしてもらっても良いかな?」

 

 

 ぶん殴られた。

 

 

 


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