嘘つきな僕と素直な君と【完結】   作:puc119

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酔話

 

 

 僕の目標も決まり、それからこの生活が突然変わったかと言うと、別段そうでもなかった。

 僕の目標は“彼女のやりたいことをやる”なんて言う、随分と他人任せの目標だけども、その肝心の彼女が何をやりたいのかが良く分からないらしい。

 

 この彼女のことだし、僕のことを気にしているだけかと思っていたけれど、どうやらそうではなく、本当に何をすれば良いのかが分からないんだって。まぁ、いきなり今までとは違う世界へ来れば、そう思うのも仕方無いのかなぁってところ。

 じゃあ、どうしようか。なんてことになり、結局、何かやりたいことがあったら、ソレをやることにしよう。なんてことになった。

 そんななんとも手探りで物事を進めていく感覚が、まるで付き合いたてのカップルのようで、そのことを彼女に言ったらすごい顔をされた。良い例えだと思うんだけどなぁ。

 

 だから、目標を決めてから何か特別なことをしたことはまだ何もない。こんな状態で良いのかなぁとは思うけれども、何をして良いのかが分からない。大学の課題みたいにしっかりとテーマが決められていれば良かったのにね。まぁ、それもそれで遠慮したいけれど。

 とは言え、もう5月に入ってしまっている。世間一般ではきっとゴールデンウィークを満喫していることだろう。う~ん、僕も旅行くらい行けば良かったかな。日がな一日、こうやって彼女とダラダラ過ごすのも悪くはないけれど、どうにも心が落ち着かない。漫ろ神に心を狂わされたわけでもなく、道祖神の招きにあったわけでもない。それでも、何かをしたいなぁとは思うところ。

 

 

「あっ、そう言えば、私、居酒屋へ行ってみたいです」

 

 

 今日も今日とて、僕の部屋でゲームをしていた彼女が突然そんなことを呟いた。

 彼女のゲームの進行具合は僕が全力で邪魔をしていると言うのに、なかなか順調だ。さっき3番目のジムリーダーを倒したとも言っていたし。

 

「別に良いけど、君ってお酒を飲める年齢なの?」

「女性に年齢を聞くとはまた失礼な」

 

 いや、だって未成年だったらマズイじゃあないか。その辺は何とかなっちゃいそうだけど、一応聞いておかなきゃいけないことだろう。

 

「……貴方と同じくらいですよ。ちゃんと二十は超えてます」

 

 そして彼女は、拗ねたようにそんな言葉を落とした。

 僕と同じくらいねぇ。天使さんだと言うくらいだから、実は2000歳とかなのかなって思っていた。ちょっと残念だ。

 

「了解。それじゃあ早速行こうか」

「ちょ、ちょっとセーブするので待ってください」

 

 うんうん、セーブは大切だよね。以前、僕が――そのゲームは自動的にセーブされるから大丈夫だよ。なんて嘘を言ったら彼女はソレを信じてしまい、彼女の2時間分のデータ全て飛んだことがあった。滅茶苦茶怒られた。

 良いねぇ、ゲームの世界はセーブができて。この世界でもセーブができたらどうなっていたのだろうか? そんなことを考えてところでどう仕様も無いけれど、僕の状況が状況だけに、ついついそんなことを考えてしまう。

 

 さてさて、とりあえず居酒屋へ行くとしようか。時間的にはまだ早いけれども、今の時間ならそれほど混んでいないだろうし丁度良い。

 アルコールの力を借りれば、ひねくれたこの性格だって、多少は真っ直ぐになってくれるんじゃないかって思ってみたりします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えと、最初の飲み物はどうしますか?」

 

 日が長くなってきたこともあり、外はまだ明るい。そんな時間と言うこともあってか、居酒屋の中はやはり空いていた。居酒屋と言えばなかなかに喧しいイメージだったんだけど、こう言う時もあるらしい。

 

「とりあえずコーラで」

「いや、お酒頼めよ。居酒屋へ何しに来たんだ」

 

 ……最近、彼女のツッコミが激しい気がする。僕が少しでもボケると、容赦なくタメ口でツッコミを入れられる。仲が良くなってきた証拠なのかなぁ。なんて思わなくもないけれど、多分そうじゃないんだろうなぁ。

 

「それじゃあ、生中を一つ。君は?」

「分かりました。私は……ああ、じゃあ私も生にします」

 

 正直に言うと、ビールは其処まで好きじゃない。けれども、な~んか最初の一杯目はビールを頼んじゃうよね。好きなモノを頼めば良いのになぁって思うのに、不思議なものです。

 飲み物の他には、焼き鳥や焼き魚なんかのおつまみも注文。彼女がどれくらいお酒を飲むのかは分からないけれど、なかなか高くなりそうだ。

 

「それじゃ、乾杯しましょうよ、乾杯!」

 

 運ばれて来たビールジョッキを持ちながら、嬉しそうに彼女が言った。

 元気良いなぁ。そんなにお酒が飲みたかったのだろうか? 冷蔵庫の中には沢山のビールが入っているし、それを飲んで良かったんだけど。

 

「それじゃ、この生活が少しでも良くなることを願って……」

 

 

 ――乾杯。

 

 

 そう言ってからグラス同士をぶつけると、普段よりは静かな店内に、キンっと心地良い音が響いた。

 ホント、良い生活となれば良いんだけどなぁ。僕にとっても、彼女にとっても。それは望み過ぎなんだろうか? それとも望まな過ぎなんだろうか?

 

 そんな一杯目のビールはひたすらに苦く感じた。

 

 

 

 

 アルコールが入り、調子が出てきたのか、それからは凄い勢いでお酒を注文していった。主に彼女が。僕もお酒は嫌いじゃないけれど、ちょっと彼女のペースに合わせるのは無理です。

 とは言え、彼女もお酒に強いって言うわけではないらしく、既に色々と怪しい。ちゃんと水を飲ませているし大丈夫だとは思うけれど、明日の二日酔いは避けられないだろう。僕も割と怪しくなってきています。でも、二人して倒れるわけにもいかないから、なんとか頑張っています。

 

「それにしても、人間って皆貴方みたいなんですか?」

 

 もう何度聞いたのか分からない彼女のセリフ。

 先程から彼女とは会話にならないことが多い。うん、今後お酒を飲む時は気を付けようか。

 

「どうだろうね? 別に自分が特別だとは思っていないけど」

「でも、ピカチュウは可愛いじゃないですか!」

 

 もうやだ。この人。お願いだから会話のキャッチボールをしてください。さっきからずっとこんな調子じゃないか。

 

 はぁ、それじゃあそろそろ帰ろうかな。僕だってこれ以上はちょいとキツい。んもう、この彼女もどうしてこんなに飲んだのやら。目も座っていてちょっと怖い。話しかけてもちゃんとした返事が帰ってこないし。

 

「ほら、そろそろ帰るよ」

「うーん……頑張ります……」

 

 何を頑張るのかは分からないけれど、多分ダメなんだろうなぁ。

 

 

「貴方の人生が少しでも良いものとなるように……」

 

 

 そして、そんな言葉を言い、彼女は完全にダウンした。息苦しそうではないし、ただ寝ているだけだと思う。それに、天使の身体はそんなに柔ではないと言っていた。じゃあ、寝るなよ。なんて思うけれども、精神的な疲ればかりはきっとどう仕様も無いのだろう。

 

 僕のために頑張る……か。そんな頑張られるような偉い存在でもないんだけどなぁ。彼女はちょいと背負い過ぎだ。それじゃあ、いくら丈夫な身体だとしても、いつか押しつぶされてしまうんじゃないかって思ってしまう。

 もっと気楽にいてくれた方が僕としても有り難いんだけどねぇ。

 

 

 先にお会計を済ませてから、完全に寝てしまった彼女を背負って居酒屋を出ることに。店員さんや、他のお客さんになんとも生暖かい視線を向けられたけれど、まぁ、此処は我慢しよう。

 それに可愛い女の子を背負うなんて、なんとも素敵なイベントじゃあないか。背中に当たる感触が素晴らしい。役得役得。

 

 それなりの時間、居酒屋で飲んでいたせいか、いくら日が長くなってきたとは言え、外は真っ暗な世界となっていた。

 そんな帰り道、帰宅中のサラリーマンや、部活帰りの学生なんかに向けられる視線がなんともこそばゆかったため、できるだけ人通りの少ない道で帰ることに。

 

 居酒屋から自宅までの距離は歩いて十数分と言ったところ。けれども、流石にずっと彼女を背負って歩くのも疲れてきたため、例の公園で一度休むことに。

 昼間はそれなりの賑わいを見せてくれる公園だけど、夜となってしまっては流石に人も集まらないらしい。まぁ、あの桜も散っちゃったもんね。

 

 人影は僕たち以外に見当たらない。けれども、その代わりにあのふよふよ――彼女は“邪”なんて言っていたかな。そのふよふよ達が沢山いた。

 背負っていた彼女をそっと公園のベンチへ寝かせてから、そのふよふよ達に近づいてみた。

 

 今は青々とした葉を広げるばかりになった桜木の周りに、ふよふよが踊っている。それらが街灯に照らされ、其処には幻想的な景色が広がっていた。

 なんなんだろうね、君達は。僕が殺される原因は君達らしいけれど、どうにも恨む気になれない。

 

 そして、近づいてきた1つのふよふよへ手を伸ばしてみた。以前なら触ることもできず、そのふよふよは僕の手をすり抜けてしまったはず。

 

 けれども、今の僕にはそのふよふよを触ることができた。その感触はちょっとひんやりしていて、暑い日には便利そうと言った感じ。

 

 う~ん、なんだか順調に人間をやめていってる気がするね。そして、どうせこれだけで終わることはないのだろう。彼女の言うことが正しければ、これから僕には少しずつ問題が起きるはず。想像できやしないけれど、あの嘘をつくことができない彼女が言うのなら……本当のことなんだろう。

 

 なんだろうか、僕が僕でなくなっていくようなこの感覚は。多少は覚悟できていたのかなって思っていたけれど、この感覚はどうにも怖いと思ってしまう。はぁ、なんとも大変なことになっちゃったなぁ。

 せめて殺されるまではもってくれれば良いんだけどねぇ。そんなことも今の僕には分からない。

 

 

 よしっ、休憩終わり。それじゃ帰ろうか。どうせ僕も明日は二日酔いで何もできやしないだろう。そんな日はまぁ、またいつも通り、彼女とのんびり過ごすとしようか。

 

 考えれば考えるほど、悪い方へ沈んでいってしまうから、そうならないよう、今は上を向いて生きてみようと思うんだ。

 

 


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