僕の最期の一年間が始まり、もうそろそろ1ヶ月と言ったところ。
いくら最期の一年とは言え、特にやりたいことなんてないから、今まで通り過ごしているわけだけど……やっぱり何かやらないとだよなぁ。なんて妙な焦燥感に駆られる。
けれども、やはり何をして良いのかなんて分からないし、どうしたものやら……と言うのが現状。
「あの……此処の場所って本当にピカチュウが出るのですか? もう一時間くらい探索しているのに、虫しか出ないのですが……」
一年でできることかぁ……こう言う時は普通、やり残したことをやっていくものだと思う。でも、やり残したものも特には思い浮かばない。困っちゃうね。
ホント、どうしたものか。
「うん、ちゃんと出るはずだよ。確率は5%くらいだと思ったけど」
そして、当たり前のように僕の部屋で、もう20年近く前のゲームへ夢中になる彼女。最近ではこんな光景が当たり前のものとなってきている気がする。最初は可愛い女の子が自分の部屋にいると言う状況にどうにも緊張してしまったけれど、今じゃそんなこと全く思わない。人間慣れるものなんだね。
「むぅ、分かりました。もう少し頑張ってみます」
大きめのクッションをお腹で押し潰し、その頬を少しだけ膨らませながら彼女はそう言った。見た目だけなら抜群に可愛いんだけどなぁ……
そんな可愛い彼女と一緒に生活できることは嬉しい。けれども、あと1年くらいで僕はこの彼女に殺される。人生どうなるかなんて分からないものだね。
可愛い女の子に殺されるなんてご褒美だ。とか言っている奴もいるけれど、僕はそんな変態じゃないし、流石に殺されたくはない。そりゃあ、可愛い女の子と筋肉ムキムキのマッチョさん何方に殺されたいか? なんて聞かれたら、其処は可愛い女の子でお願いします。なんて応えると思う。
でも、それはそう言う状況だからであって、普段から可愛い女の子に殺されたいなんて思っているわけじゃないし、そんなことを考える奴の気が知れない。
「あっ、あ! ピカチュウ! ピカチュウ出ましたよ!」
いや、まぁ、殺されることはもう諦めているんだけどさ。納得したわけでも、理解したわけでもなく、諦めました。
因みに、この彼女はこうやって僕の部屋へ勝手に遊びに来るわけだけども、僕は彼女の部屋へ勝手に遊びへ行くのはダメらしい。以前、この時間ならちょうど彼女が着替えていそうな時間だなぁ。なんて時に、たまたま彼女の部屋へノックもなしに入ったら、たまたま彼女が着替えをしていた。ご馳走様です。それから彼女にぶん殴られ、扉には鍵が付けられるようになった。
「あの……すみませんが、捕まえるのが下手なので、私の代わりにお願いしてもらって良いですか?」
それから彼女に嫌われたかと言うと、多分それほど嫌われてはいないんじゃないかなって思う。だって、嫌いな奴の部屋へ態々遊びに来たりはしないだろうし。
まぁ、本当のところは彼女が、僕をどう思っているのかなんて分からないんだけどさ。
「ほいほい、了解。そのピカチュウを捕まえれば良いんだね?」
「はい、お願いします!」
彼女からゲームを受け取り、迷うことなく“にげる”を選択。
「ちょっ、おまっ、今……何をしやがりましたか?」
「おめでとう。これでまた1時間楽しめるね」
引っ張たかれました。
「目標を決めようと思うんだ」
夕食後のお茶の時間、彼女へそんなことを言ってみた
「えと……何の目標ですか?」
キョトンとした顔をしながら、彼女もお茶を啜った。
今日の夕食は、彼女に何を食べたいか聞いたところ――大きなハンバーグ! と元気良く応えてくれたので、素麺にした。そのせいか彼女はかなり不満そうな顔をしたものの、素麺は気に入ってくれたらしい。安上がりな娘で助かった。まぁ、ハンバーグだってそんなに高いものじゃないんだけどさ。ただちょっと面倒なだけ。
「ほら、僕はあと11ヶ月程度しか生きられないから、その間に何か目標があった方が良いでしょ?」
「ああ、なるほど、そう言うことでしたか。それは良いことだと思いますよ。それで、どんな目標にするんですか?」
どうやら彼女も納得してくれたらしい。良かった良かった。
「いや、まだ決めてないよ」
「ええー、何ですか、それ……」
そんなことを言われても、目標なんてそんな直ぐに決まるものじゃない。ただ、無いよりはあった方が良いと思ったから言ってみただけ。
今までの人生を振り返ってみても、僕には大きな目標とかはなかった気がする。小学生の時、将来の夢について書く作文があったけれど、その時はアメリカ大統領になるとか書いていた。当時の僕は何を考えていたんだろうね? どうせ何も考えていなかったんだろうけど。
とは言え、僕に残されている時間はもうあまり長くない。良い加減、何かを決めなければいけない時なんだろう。そろそろここらで一歩踏み出すのも悪くない。
「ん~……そうだなぁ」
目標ってのはやはり、ギリギリで手に届かないものか、曖昧でふわふわしているものの方が良いと思う。簡単に達成できたんじゃあ面白くないし、明確に決めてしまってはソレに縛られてしまう。
はて、じゃあ僕は何をやりたいのだろうか? パッと思いつくものは旅行だけども、本当にソレをやりたいのかと聞かれると、少し困る。何と言うか、皆が良く旅行をしたいとか言うから、僕もソレにつられているだけ気がするんだ。つられるのも悪くはないけれど、どうせなら自分で決めたものにしたい。
う~ん……どうしたものか。
「なんとも、複雑な顔をしていますが、別に無理をして決めなくても良いのでは?」
そう言われてしまうと、余計に決めたくなってくる。
ほら、やるなと言われたら、やりたくなってしまうようなあの感じ。
チラリと彼女の方を見てみると、彼女だって随分と複雑そうな顔をしていた。
僕の境遇は決して良いものではないけれど、彼女だってなかなか悲惨なものだ。そんな彼女は自分の立場のことをどう思っているんだろうね?
せめて僕を殺すこと以外はそれなりに楽しく思ってくれれば良いけれど……
「ああ、そうか。それじゃあ、そうしようか」
「決まったのですか?」
うん、決めたよ。
僕の性格的に、僕が何をしたいのかは分からないし、答えなんて出ない。それならもう其方は諦めるとしよう。どうせ考えたって分からないもの。
それなら、僕のことはバッサリと切り捨て、違うことを目標とした方が良い。だから、この残りの時間は――
「君のやりたいことをやろう」
多分、これが正解だ。
彼女が元々いた世界のことは良く分からないけれど、せっかくこの世界へ来たんだ。それなら僕よりはやってみたいことが沢山あるはず。
大学生と言う、随分と都合の良い身分。高校生や社会人なんかよりもよっぽど自由に動き回ることもできる。
「は? え、えと、お気持ちは嬉しいですが……流石にそれは」
僕の提案に彼女は怯み、そして悲しそうな表情となった。
優しいね、君は。
でも、僕はそれで良いんだ。だってこのままじゃ、きっと何もできずに終わってしまうから。それもそれで良いのかなって思うけれども、せっかくの機会なんだ。何かをやってみるのも悪くはない。
「僕にはやりたいことが思い浮かばないからこれで良いんだよ。それに君だってせっかくこの世界へ来たのだから、何かやりたいことくらいはあるでしょ?」
きっと自分のためだけに生きてきたこの人生。最期くらい誰かのために生きてみるのも悪くはない。そしてそれが、可愛い女の子のためだって言うのなら、誰も文句は言わないだろう。
「本当に……本当にそれで良いのですか? これは貴方の最期の一年間なんですよ?」
「そんなことくらい分かっているさ。そして最期だからこそ、自分以外のことを頑張りたいんだ」
そう言ってからできるだけ、優しく笑ってみた。少しでも彼女が安心してくれるように優しく、優しく。
「貴方がそう言うのなら、私は従うしかありませんが……」
彼女は未だ納得していない様子だけども、立場が立場なせいか、やはり強く言うことはできないらしい。それならその立場って奴を全力で利用させてもらおうか。意地汚く、全力で強引に。
「うん、それじゃあ、そんな感じでよろしく頼むよ」
「……はい、此方こそ、よろしくお願いします」
ゴールは最初から見えている。そしてこれで目標も決まった。
いつの間にか止まってしまっていた人生をもう一度動かし始めるとしようか。
終わりへ向けて。