嘘つきな僕と素直な君と【完結】   作:puc119

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説話

 

 

「それでは何か質問があればどうぞ」

 

 リビングにて、机を挟んでお互いに向き合う。そして、入れたばかりのお茶をちびちびと飲みながら、そう彼女が言った。

 リビングの広さは10畳程もあり、更に6畳ほどの個室が3つ。バス、トイレは分かれているし、洗面室だってある。つまり3LDK。それが僕の新しい住居だった。

 まさか大学生なんかの身分でこんな良い場所に住めるとは……人生なかなかどうして分からないものだねぇ。

 

 さてさて、とりあえず整理しようか。聞きたいことは沢山あるけれど、一気に聞いてしまったら彼女だって困ってしまう。少しずつ少しずつ、聞いていくとしようじゃあないか。

 

「どうして僕を今直ぐに殺さないんだい?」

 

 こう言うのもアレだけど、ただ僕を殺すだけならこんな住居を用意する必要なんてないし、それこそ僕が寝ている時にでもサクッとやってしまった方が絶対に楽だ。でも、そうしないと言うことはきっと何かしらの理由があるんだろう。

 

「貴方を殺すだけでは意味がないからです」

 

 なるほど、1年かけて嬲り殺さないといけないってことか。そりゃあアレだ。今にも泣きそうだ。それならいっそ一思いにやってください。

 ホント、なんでこんなことになっちゃったんだろうね?

 

「……君が僕と一緒に暮らさなきゃいけない理由は?」

 

 ――お前って異性に興味がなさそうだよな。

 

 なんて友人からはよく言われるけれど、決してそんなことはない。人並みに……まではいかないかもしれないけれど、僕だって異性に興味はある……と思う。少なくとも同性愛者ではない。

 それにこの彼女の容姿は、今まで僕が出会ってきた異性の中でもかなり良い方だ。彼女の言っていることが本当なら人間じゃなく天使だそうだけど、それでも気にはなってしまう。ましてや、一緒に暮らすなんて臆病な僕にはとてもとても……ヒャッホウ。テンション上がってきたぜ。

 

「貴方を直ぐに殺さない理由にも繋がりますが……今から1年後、貴方は私が殺します」

 

 なんだろうか。

 実は命って結構軽いモノなんじゃないかって思えてきた。そんなことあるはずがないのに。

 

「その時、私と貴方の間にそれなりの信頼関係が必要でしたので、一緒に暮らすこととなりました」

 

 はぁ、そりゃあ大変そうですね。

 じゃあ、つまりアレだろうか。もし、僕と彼女が予想以上に仲良くなってしまったら、1年後じゃなくても殺されることがあるってことかな? なんとも複雑な関係だなぁ……

 

 その時の僕はそうやって自分のことばかりを考えていたけれど、よくよく考えると彼女の状況だってなかなかに悲惨だ。見ず知らずの相手といきなり1年間一緒に暮らさなきゃいけなくなり、無理矢理でも仲良くしなければいけない。

 そして、漸く仲良くなれたところで、その相手を殺さなければいけないのだから。そんな役目、正直遠慮したい。

 

 さて、他には何か聞かなきゃいけないことはあっただろうか。ん~……とりあえずはこれくらいで良いのかな? まだ理解していないことはあるけれど、後1年もあるんだ。そのうちに聞くことができれば大丈夫だろう。

 

「了解了解。とりあえず聞きたいことはこれで全部だよ」

 

 ん~……これから1年どうやって過ごそうかねぇ。

 あと1年しかないのだし、やり残したことがないように生きたいけれど、特にこれと言ってやりたいこともないんだよなぁ。そうなると……まぁ、今まで通り過ごすのが一番なのかな? 一日一日を大切に思いながら過ごせれば、それだけで十分だとお思う。

 

「えっ? も、もう良いんですか? 時間ならいくらでも……はありませんけど、まだまだありますし、遠慮せず何でも聞いてくれて大丈夫ですよ」

「じゃあ、今日、君が履いているパンツの色を教えてほしいな」

「死ね」

 

 何でも聞いてって言ったじゃん……

 この彼女って優しそうな雰囲気のくせしてすぐ怒るよね。僕の中の天使さんのイメージはもっとこう、温和な感じだったんだけどなぁ。まぁ、天使さんと出会ったのはこの彼女が初めてだから、なんとも言えないことだけど。

 

「はぁ……もういいです。なんか疲れましたし。それにしても、貴方ってなんだか変わってますね」

 

 変わってる……どうだろうか? そりゃあ、僕にはあのふよふよが見えるわけだし、他の人と変わっているのは違いない。でも、それ以外は特に自分が変わっていると思ったことはないんだけどなぁ。

 

「ああ、そう言えば、あのふよふよってなんなの?」

「……私たちはアレを“邪”と呼んでいます。詳しいことはまだ分かっていないのですが、少なくとも良いモノでないことは確かです」

 

 う~ん、本当に悪いことをされた記憶はないんだけどなぁ。それにアイツらって意外と綺麗なんだよ? 薄ぼんやりと光っていることもあって、夜に見るとなかなか幻想的な景色となってくれるし。

 しっかし“邪”、ねぇ。なんとも物騒な響きじゃあないか。そんな呼ばれ方をするってことは、まぁ、それなりの理由があるのだろう。

 

「私が貴方と一緒に過ごすのは信頼関係を築くためと言うこともありますが、貴方を監視するためと言う意味も強いです」

 

 それじゃあ、まるで僕が罪を犯すみたいじゃあないか。いくら余命1年だとしても、犯罪へ走るほど僕は落ちていない。それくらいの善良さは持ち合わせているつもりだ。

 

「別に罪を犯そうとなんて思っていないよ?」

「ええ、それは分かっています。貴方がどんな人物かくらいは調べてありますし」

 

 あらぁ、調べられていたのか。プライバシーも何もあったもんじゃない。まぁ、でも、一年も一緒に過ごさなきゃいけないのだし、下調べくらいはするよね。

 

「ですが、それも今までの話。貴方は“邪”を取り込みすぎです。私たちも色々と考えましたが……殺す以外の方法は見つかりませんでした」

 

 ん~……つまり、殺されずにすんだ可能性があったってことなのかな? 彼女の言葉を聞くに、殺される方が異例っぽいし。

 そして、ふよふよを取り込み過ぎた僕は何かをしてしまうのだろう。それが何なのかは分からないけれど、彼女たちにとってそれが良くないことなのは確かっぽい。

 

 

「私たちの力が及ばなかったせいで、貴方をこんな目に合わせてしまい、本当に申し訳ありません」

 

 

 そう言って、彼女は深々と頭を下げた。

 天使さんでもできないことってのはあるものなんだね。何でもできるものだと勝手に思い込んでいた。きっとどんな存在になったとしても、悩みってものはなくなってくれないのだろう。

 

「ん、別に良いよ。もう諦めているからさ」

 

 人生諦めが肝心。そんな都合の良い言葉。

 許せるか。と聞かれたら嘘になってしまうし、気にしないか。って言われたらそれも違う。けれども、これは僕にどう仕様も無いこと。

 今までの僕の人生がどれくらい幸せなものかなんて良く分からないけれど、少なくとも悪いものじゃあなかった。それにまだ1年もあるんだ。悲観的になること何もない。

 

「…………ありがとうございます」

 

 そう言って彼女は随分と辛そうな顔をしながら笑った。

 優しいね、君は。嘘つきでひねくれ者の誰かさんとは大違いだ。

 

「それじゃあ、これから生活するのに必要な家具とか買いに行きましょうよ。大きなソファーとかぬいぐるみとか欲しいです」

 

 家具かぁ。

 どうやら僕は他人よりも物欲が少ないらしく、必要最低限の家具以外は持っていない。立って半畳寝て一畳。そんな生活を続けてきた。けれども、これからは彼女も一緒に生活をするわけだし、彼女に合わせる必要もあるだろう。

 

「そだね。でも、僕が死んでしまった後、色々と物があったら大変じゃない?」

 

 流石に死んだ人間が使っていた家具なんて使いたくはない。ああ、でも、彼女って僕を殺した後も此処で生活するわけではないのかな? まぁ、そうだとしても、1年しか生活しないわけだし、後々の処理のことを考えれば物は少ない方が楽そうだ。

 

「大丈夫ですよ。最後に処分するのは私以外の誰かの役目ですから」

 

 そりゃあ、アレだ。夢も希望もあったもんじゃないね。

 

 


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