お前はだらだらと話を伸ばしてしまうタイプだから、誰かに何かを説明する時はまず結論から言え。な~んてことを良く言われる。
そう言われると確かにそうかもなぁ。と思うところもあるから、そんなアドバイスに従って今回は結論から話したいと思う。
この1年にわたって続いた僕と彼女の物語は――バッドエンドだ。
あの優しい彼女なら、そんなことはなかったと言ってくれるかもしれないけれど、僕から見ればやっぱりこのお話はバッドエンドだと思う。
僕が嘘をつき、彼女はその嘘に騙され地へ堕ちた。
それは不可抗力と言って良いのかもしれない。でも、やっぱり結論は変わらない。いくら過程が良かったとしても、終わりが悪ければ全てが悪くなってしまう。
そう言うものだと思うんだ。
だからこれから僕が語るお話には、彼女への償いって意味も含まれているんじゃないかな。僕が彼女にしてあげられたことは何もなかったけれど、彼女は僕のためにそれこそ命をかけてくれた。
そんな彼女のためにも、今からゆっくりと語らせてもらおうと思う。
これは僕が嘘をつき、あの素直な彼女が傷ついたお話。
それじゃ、結論も言えたことだし、これからのんびりと、だらだらと、お話を伸ばしつつゆっくりゆっくりと語っていくとしようか。
お話の始まりは春。それは桜の花が綺麗な季節。
そして、このお話の終わりも桜が綺麗な季節だった。
――――――――――
別段、僕が他人よりも優れているとかそう言うことを思ったことはないけれど、他の人とちょっと違うと思っていたのは本当のこと。
「う~ん、今年も君は綺麗だねぇ」
満開となった公園の桜木へ何かしらの思いを馳せながら、独り言をぽそりと落としてみた。
毎年のように、桜は見ているけれど、いつ見たって綺麗に咲いてくれる。羨ましい限りだ。
そして、その満開となった桜の木の周りにはふよふよと漂う何か。そのふよふよと漂っているのがなんなのか僕には分からない。昔から見えていたし、何処にでもいるし。
このふよふよが良い奴なのか、悪い奴なのかそれすらも僕には分からない。ただ、別に何かをされたことはないから、放っておいても問題はないのかなって思う。たま~に僕の身体の中へ入ってくることはあるけれど、体調が悪くなったりすることもない。それに何よりこのふよふよの対処の仕方だって僕には分からない。
そんなふよふよだけど、どうやら僕以外の人には見えないらしく、小さい頃はそのせいで色々と苦労したこともあった。でもまぁ、そんな話は別に良いんだ。過去だって大切だけど、僕は今の方を大切にしたい。
小さい頃は普通の人に見えないものが見えたりすることが良くあるなんて聞く。ただ、僕の年齢は先日20を超えたところ。流石に“小さい”と言うのには無理のある年齢となってしまった。
まぁ、もう諦めているんだけどさ。受け入れるってことが大切だと思う。
さてさて、お散歩はそろそろ切り上げ、家へ帰るとしようか。明日から長かったあの大学の春休みも漸く終わり、また講義が始まる。特に準備することなんてないけれど、散歩を切り上げる理由としては十分だ。
そんなことを考え、桜木から離れようとした時――
「こんにちは」
だなんて極々普通の挨拶をされた。
その声は鈴の音のように綺麗な音だったことを今でもよく覚えている。
だから初めて彼女と出会ったのは、桜が綺麗な季節だった。
それがこのお話の始まり。
「はい、こんにちは」
後ろを振り返り、声をかけてきた人物を確認。其処には真っ黒な長い髪が特徴的な女の子の姿。大人っぽさも感じるけれど、何処かあどけなさが残る彼女の年齢は、多分僕と同じくらいなんだろう。
はて、そんな女の子がどうして僕なんかに挨拶をしたのだろうか? いや、挨拶は大切なことだと思うけれど、そんな後ろからいきなり挨拶をされると、僕は少しだけ困ってしまう。
「初めまして……ですよね?」
「うん、そうだと思うよ」
初めて会った時から彼女は敬語を使っていた。ブチギレた時とか、たまに……極希に敬語じゃなくなる時もあったけれど、多分これが彼女の“素”なんだろう。
「えと、それで君は僕に何か用事でもあるのかな?」
これで何の用事もないとか言われたら驚きだけど、流石にそれはないだろう。人間関係が希薄になりがちだなんて叫ばれる昨今、何の用事もない相手にこんなには喋らないもの。
「はい、貴方を殺しに来ました」
なるほど、そう言う用事でしたか。
……これはまたとんでもなことになってしまった。殺されるほど恨まれることをした記憶もないんだけどなぁ。
「ああ、それはまた……えと、お疲れ様です?」
どうしよう。こんな時どう反応して良いのか分からない。
いきなり殺害宣言をされた時の正しい対処法なんて、習ったことがないもの。なるほど、これが義務教育の限界か。
「あっ、殺すと言っても、今すぐではないので安心してください」
あら、そうだったのか。そりゃあ良かったよ。大学の講義の準備はしなくても良いけれど、殺されるのならそれなりの準備くらいはしておきたい。
まぁ、かと言ってどんな準備をすれば良いのか分からないんだけどさ。ネットで調べれば分かることだろうか? 少なくとも図書館で調べるよりはまともなことが分かりそうだ。
「そかそか。それで、僕はいつ君に殺されるのかな?」
とりあえずは予定を聞く必要があるだろう。準備をするのはそれからだ。
「……やけに落ち着いていますね。言っておきますが、嘘ではありませんよ?」
「落ち着いてなんかないさ。足とか震えてるし」
いきなり人を殺すとか、何この人、超怖い。ってのが本音。
でも、そんな本音を落としたところでどうなるってわけでもない。それなら、できるだけいつも通りにいるのが一番だと思うんだ。
正しい対処法なんて分からないけれど、多分これは間違でないと思う。
「いや、まぁ、いきなり騒ぎ始めるとかよりは私も楽で良いんですけど……」
それならもっと良い言い方があったと思うのだけど、それは口に出さないでおこう。下手なこと言って――やっぱ今から殺しますね。とか言われたらたまらない。
きっとこの彼女はおっちょこちょいなんだろう。可愛い顔してあざといねぇ。
「それで、僕はいつ君に殺されるのかな?」
「今から丁度一年後でしゅ」
「そうでしゅか」
睨まれた。超怖い。
ちょっとした冗談じゃあないか。僕はそう言う性格なんです。
なるほど、なるほど。つまり後1年は生きていられるのか。
1年かぁ……長いようで短いんだよね。まぁ、それでも準備をする時間くらいは取れそうだ。5分後です。とか言われるよりはよっぽど良い。
さてさて、そうと決まれば……何をすれば良いんだろうね? こんなこと初めてだから、どうすれば良いのかさっぱりだ。
ああ、そうかまだ大切なことを聞いていないじゃあないか。
「どうして僕は殺されるんだい?」
殺されるのが本当だとしてもそれくらいは聞いておきたい。訳も分からないまま、殺されるのちょっとなぁ……
世の中知らないことが良いこともあるけれど、自分のことくらいは知っておいて良いと思う。
「……これ、見えますよね?」
僕が質問をすると、彼女は近くに飛んでいたふよふよを素手で捕まえ、僕の前へ差し出した。
おおー、すごい。彼女はふよふよを触ることができるのか。僕も幾度か試したことがあるけれど、捕まえるどころか触ることすらできなかった。触ろうと思ってもすり抜けちゃうんだよね。
「いや、さっぱり見えない。何やってんの?」
僕がそう言うと――えっ? 嘘。ち、違ったんですか? なんて彼女は急に慌てだした。何これ、面白い。
きっと見えない人がこの会話を聞いていたら、面白いことになっていただろう。だって、この彼女どう見ても痛い人にしか見えないもの。
「えっ? え……ほ、本当に見えてませんか?」
はて、どうしようか。咄嗟に嘘を吐いてしまったけれど、バッチリ見えているんだよなぁ。このまま嘘をつき続けたら殺されなかったりしないかな?
いや、まぁ、多分ダメだと思うけど。この人生そんな上手くはいかないことくらい分かっている。
「うん、君が手に持ってるふよふよくらいしか見えない」
「それのことだよ! 見えてんじゃねーかバカヤロー!」
うわぁ、怒られた。
そんなに怒ることじゃあないだろうに。僕が何をしたと言うんだ。
「はぁ……私が間違えちゃったのかと思ったじゃないですか」
ため息を一つ落としながら、彼女はそんなことを言った。
しかし、なるほどねぇ。僕が殺されるのはこのふよふよ達が関係あったのか。僕は無害だと思っていたけれど、どうやらそうではないのかな? そりゃあついてないなぁ……
「そのふよふよが見えることと、僕が殺されることはどんな関係があるのかな?」
そのふよふよが何か悪さをしているところなんて見たことないし、僕が何か悪さをしたこともない。そうなると、そのふよふよが見えるってこと自体がきっと何か問題なんだろう。
「詳しくは説明できませんので、簡単に言いますが……貴方がこれらを溜め込み過ぎたからです。今までは問題ありませんでしたが、二十歳を超えた貴方にはこれから、色々な問題が起きてきます」
そんななんとも曖昧な返事。
これじゃあ納得なんてできるわけがない。
溜め込み過ぎた、ねぇ……別に僕が溜め込んだわけじゃなく、ふよふよたちが勝手に僕の中へ入っていったんだけどなぁ。どうやらそれが悪かったらしい。かと言って、僕じゃ防ぎようもなかったし、仕方の無いことなんだろう。
ホント、運が悪いことで。
「他にも色々と聞きたいことがあるでしょうし、とりあえず家へ帰りましょうか」
まぁ、それもそうだね。立ち話も悪くはないけれど、座りながらのんびりと喋った方が楽だもの。僕の部屋はあまり広くないけれど、ゆっくりしていってくださいな。お茶くらいは用意できるからさ。
少し遅くなってしまったけれど、漸く帰宅できる。日はまだまだ高いからゆっくりとお話する時間くらいはあるだろう。
そんなことを思ってから、自分の家を目指して歩き出して直ぐ、また彼女に声をかけられた。
「あっ、貴方の家ですが、もう変わっちゃいましたよ。私も住むのにワンルームじゃ狭すぎますし。それじゃ、今から新しい家へ案内しますね」
……はい?
なんか色々と聞かなきゃいけないことを言われてしまったぞ。ちょ、ちょっと待ってほしい。それに君も一緒に住むって……
「荷物はもう全部移し終えているので安心してください」
何も安心できない。
なんと言うことをしてくれたのでしょうか、この彼女は。せめて事前に教えてくれても良かったじゃないか。てか、僕が散歩へ出かけていた時間はそんなに長くはないのだけど、この短時間でどうやって……
「いやぁ、貴方の荷物が少なくて助かりました。場所は此処から歩いて数分のところです」
人間ってのは便利なもので、理解できないことが一気に来ると、どうやら考えるのをやめるらしい。
もう諦めました。どうとでもしてください。ああ、今日も良い天気だ。
鼻唄混じりで僕を先導始めた彼女の横顔をちらりと見てみる。
整いすぎた顔立ち。これじゃあまるで人間じゃないみたいだ。
こんなに可愛い顔をしているのに、彼女は僕を殺そうとしているんだよなぁ。人は見かけに寄らないと言うけれど、これはちょっとレベルが違う。いったい僕が何をしたと言うのやら……
まぁ、それも彼女から聞けば分かることなのかな?
そして、彼女が言っていたことは本当らしく、それから数分で新しい僕の住居らしき建物へ着いた。
「……此処がそうなの?」
「はい、そうですよ」
目の前には10階建ての家族用マンション。この辺りでは一番高いんじゃないかな。値段も高さも。とてもじゃないけれど、学生が住めるような場所ではない。僕が今まで住んでいた、あのオンボロアパートとは大違いだ。
「高くなかった?」
「別にこれくらいなら経費で落ちますよ? ああ、あと、貴方が家賃を払う必要はないので安心してください」
あら、それなら良かった。割り勘だったらどうしようかと思ったよ。いくらルームシェアでもこれはキツいだろうし。
「さて、それでは、改めて自己紹介をしますね。初めまして、私は貴方達から天使と呼ばれている存在です。一年と言う短い間ですが、どうかよろしくお願いします」
はぁ、天使さんでしたか。やってることは悪魔みたいなのにね。最近の天使さんは殺人も仕事内容にはいっているのか。そりゃあ、大変そうだ。
もう何が何やらさっぱりだけど、此処は黙って受け入れるとしよう。今の僕にはそれくらいしかできやしない。
「あ~……初めまして。人間です。此方こそどうぞよろしくお願いします」
お互いに自己紹介を終え握手。
せっかく可愛い女の子の手を握れたと言うのに、どうしてなのやらちっとも嬉しくない。なんとなしに上を見上げたら、ため息が一つ溢れた。
なんだか大変なことになっちゃったなぁ。