艦これ/龍の巫女と少年と……   作:エス氏

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第参話―前編

4月1日夕刻、名古屋軍港基地第8司令部専用ドック

 

 

 提督と書かれたネームプレートの置かれている席を挟んで、青年と幾人かの艦娘、作業服の職員達が向き合っている。

 青年は海軍の制帽、紺を基調とした士官用の軍服を纏っており、艦娘達も普段の制服ではなく海上へ出る時の戦闘装束という出で立ちで佇んでいた。

 

 本来ならそこにいるべき提督の姿が何故か見られなかったが、そんなことは誰も気にしていない様である。

 

 

 

 厳かな様子で制帽を取り、艦娘一同に礼をする青年士官。対する艦娘達は、ある者は期待の目で、ある者は興味深そうに、はたまた迷惑そうに表情を強張らせている者だっている。

 

 

「それでは……予定の日時より前倒しになってしまいましたが、山口 誠太郎中尉相当官。現時点を以て貴官を正式な中尉に昇格とし、我々第8司令部の提督補佐官として着任していただきます」

 艦娘達の代表格として、秘書官の霧島が右手を差し出す。

 彼女達と向かい合って立つ青年士官、山口 誠太郎は差し出された右手に視線を下ろすと、徐に左手で帽子を脱いだ。

「海軍中尉、山口 誠太郎。以後、大本営の勅命により第8司令部提督補佐官として着任いたします。なにぶん若輩では ありますが……皆様のご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 2時間前…

 

「名古屋軍港基地とは聞いていたけど、まさかこんなに早く再会するとは……僕も驚いたよ」

 ついさっきまで飛龍が持っていた荷物を片手に、誠太郎は彼女達と足並みそろえて基地の廊下を歩いていた。

「ううん、私達の方がもっと驚いてるよ……だって―――――――」

 左手を歩く飛龍は、やや興奮したような口調で隣の幼馴染を見遣った。

 

「た、確かにこれはビックリね――――――あんたが第8司令部(うち)の補佐官になるなんて、蒼龍が聞いたらどんな顔するかしら」

 同じく右手を歩く山城は、呆れと驚きの入り混じった複雑な表情で2人を眺めている。

 

 

「今度はヤキ入れられるくらいじゃ済まないかもしれないですね………」

 そう言いながら、誠太郎は身を竦めていた。

 

「かもしれないわね……覚悟しときなさいよ、提督補佐官殿」

 

 

 

 

「あら、2人とも戻ったのね」

 廊下を歩いていると、3人は誰かとバッタリ鉢合わせる。

「霧島さん」

 曲がり角から現れたのは、第8司令部の秘書官である霧島。本日はお馴染みの戦闘装束ではなく、深緑を基調とした制服を纏っている。

 よく見ると両手に幾つものファイルを抱えていることから、きっと書類仕事の提出か何かだったのだろう……と飛龍は思っていた。

「ん、そちらの方は……???」

 一方、霧島はというと……飛龍と山城の間に立っていた見慣れない人物に気付いたらしい。キョトンとした顔で彼を見ている。

 

 

 

 

「……初めまして、名古屋軍港基地の特務官とお見受けします。自分は本日付で第8司令部配属となる中尉相当官、山口 誠太郎であります」

 

 誠太郎は霧島の視線に気付くと、その場で姿勢を正して敬礼をする。

「あら、そうですか………お初にお目にかかります、中尉相当官。第8司令部秘書官、金剛型4番艦の霧島と申します」

 彼の無駄の無い簡素な敬礼。霧島もそれを見止めると、反射的に返していた。

 

(第8司令部配属……ふぅん、そういう事か―――――――)

 

 

 

「まだ着任には早いかと思いますが………なるほど、先日紀伊半島でうちの子達の指揮を取り、飛龍を介抱してくれた幼馴染って――――――貴方だったんですね」

 とはいえ、流石に秘書艦は伊達じゃない。飛龍がくっついている姿を見て、一瞬で全てを看破してしまう所は流石といえる。

「その節はご迷惑をおかけして、申し訳ありません。着任すらしていないのに出過ぎた真似をして……失礼しました」

「いえいえ、咎めてなんかいないわ。寧ろそちらの力量を図る事が出来て、こっちとしてはプラスってところよ」

 それに、先日の話を聞いたところでは指揮力、着眼点はまだ悪くない。多少荒削りで、一歩間違えれば窮地に追い込まれていたかもしれないのだが………それでも、磯部の杜撰な作戦に比べたらずっと出来は良い。

 

「それは何よりです……といっても、あの後参謀長から直々に小言を戴きましたが」

 やがて、誠太郎はやや肩をすくめて申し訳なさそうに俯いていた。

 

 

「確かにそうね……帝海軍法第6条『指揮系統統一法』。海軍の指揮系統において特定の司令部に所属する特務官(艦娘)を、該当する提督、ならびに補佐官以外の第3者が勝手に指揮することは、原則禁ずる……今回は緊急時だったためにやむをえなかったようですが、本来は資格停止もあり得る禁則事項……小言で済んだのは寧ろありがたいと思った方がいいですよ?」

 一方、霧島の方は少し険しい眼力で誠太郎を睨んで呟いた。

 

「それと、作戦も改めて吟味させて貰いましたが……あれはもう「奇策」の域ですね。相手が油断していた様だったから彼我の損害も無く大成功だったけれど、もし増援が来ていたら逆に皆が包囲されていた筈だわ。そうなれば、一気に畳み掛けられていたでしょうね――――――――――まぁお世辞にも満点には程遠いけど……それでも、相手の真理を見据えた戦術の構築は、急拵えながらも効果的に機能していました。取り敢えず、ビギナーズラックとしては良い方じゃないかしら」

 そして、直後に不敵な微笑を浮かべて誠太郎の胸を軽く叩いた。

 

 

「少々予定より早いですが……山口 誠太郎中尉相当官。貴官を歓迎いたします――――――ようこそ、名古屋軍港基地へ」

 

 

 

 

 

 

「は、は、は……これまた随分賑やかになりそうねぇ―――――――不幸だわ」

 半ば呆れた表情で誠太郎と霧島を眺める山城。

「ぷぅ~~~~」

 隣では……何故か頬を膨らませた飛龍が恨めしそうな表情で2人を睨んでいる。

 あの霧島に認められたのは良いが、せっかくの再会に水を差されたのはどうにも面白くないらしい。

 

 

(――――――――せいちゃんのバカっ、とーへんぼくッ)

 

 

 

 それから数分後、甘味処『間宮』名古屋支店

 

 ガシャン

 

 蒼龍の手からスプーンが落ちる。

 「甘味処『間宮』 名古屋支店」。限定で振舞われる日替わりデザートのうち、今日は楽しみにしていたプリン・ア・ラ・モードだったのだが………今の蒼龍には、それ以上に重大な問題が目の前に転がり込んできていた。

 

 

「な……なぁ……ななな…………」

 

 今まで浮かべていた笑顔は引き攣り、全身は信じられないものを見たという様にガチガチに硬直している。それほどまでに受け入れがたい状況が、目の前にあったのだ。

 

 

 

 

「何でアンタがここにいんのよーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」

 

 

 蒼龍の指差す先にいたのは、

 

 

 

「やぁ、昨日ぶり」

 

 昨日紀伊半島で飛龍に不埒(?)な真似をしていた自称「幼馴染」の青年………誰あろう、誠太郎その人だった。

 

「いやぁすみません。あの時はまだ機密事項だったので着任先は明かせませんでしたが……改めて、以後よしなに」

「よよよ「よしなに」じゃなぁ~~~い!!な、な、な、何でここにいるのかって聞いてんのよ!」

 慌ててるのか目を白黒させて誠太郎を指差す蒼龍。

 

「こら蒼龍、他人様をむやみに指差さないの」

 そんな蒼龍を宥める様に、後から入ってきた霧島が強引に彼女の隣に座ってきた。

「あーーっ、1人でプリン・ア・ラ・モード食べてる~~~!ずーるーいーーっ」

 その横から、今度は頬を膨らませた飛龍が顔を覗かせた。

「き、霧島さん!?飛龍も!?」

 

 

 

 

「彼は、これから第8司令部の補佐官として着任する中尉殿よ。失礼な事言っちゃダメ」

「んが!?!?」

 そして……やってきたのは予想外の答え。それを聞いた蒼龍は、普段の彼女からは考えられない素っ頓狂な悲鳴を上げたと思うと―――――――そのまま硬直してしまう。

 

「蒼龍…蒼龍~~~???」

 霧島は暫く目の前で手を振ったりしていたが、当の蒼龍は立ったまま固まってしまった模様。

 

 

 

 同時刻、名古屋軍港基地 β会議室

 

「山口 誠太郎……だと!?」

『人事部に問い合わせてみたが、間違いない。正式な命令として既に受領されている――――おい、どうするんだ!?』

 

 奥歯がガタガタ震えるのが分かる。呼吸も不均等で、全身に氷水をぶっかけられた様なヒヤリとした悪寒が背筋を凍らせるのがわかった。

 

 

 

 あの『山口 多聞』だと……!?バカな!!!!

 

 かつてミッドウェーで名を馳せた猛将の血族が、自分の補佐官として来る………!?冗談じゃない!!!

 

 

 

 自分が連絡した相手からの報告を受け、その男………磯部中佐は青ざめた表情で受話器を握り締めていた。

 

 

 

 

 

 

 山口家は、艦娘に戦力を依存する現日本軍において影響ある血族『十家門』の1つである。

 筆頭である山本家、次席である東郷家に比べて第6席と地位は高い方ではないが、現在の大本営最強の戦力である主力艦隊を直々に指揮する武闘派を多く輩出した生粋の軍人家系だ。

 現当主である4代目『山口 多聞』こと、上級大将の山口 源児。彼は大本営における参謀長を務める老兵であり、今尚卓越した指揮力、統率力を有するベテランの提督として有名だ。その手腕は、海軍元帥である第3席の栗田 剛三をも凌駕するとさえ言われているほどである。

 

 また同時に、この上級大将は第5席である南雲家と共に軍内部の監査部門を引き受けている。僅かな不正や綻びさえも、彼の息のかかった者達なら即座に見つけてしまうだろう。

 

 

 だが、そんなことは磯部の頭にはない。

 彼の思考は、それ以上の重大な恐怖で占められていたのだ。

 

 

「ふざけるな!あの事がバレたら俺もお前も身の破滅だぞ!!」

『そ、そうだが……しかしどうする!?』

 暫く剣呑な会話を続けていた磯部であったが、やがて荒い呼吸を抑えて再び受話器を取った。

 

 

 

 

「……あ、安心しろ。奴の息子は俺の事は知らない――――――そのガキの任期が終わるまで乗り切ってやるさ、それにいくらでもやり様はある!」

『……わかった、お前に任せる。但し藪蛇にはなるなよ!』

 

 

 

 

 

 暫くして、会議室の中には静寂が立ち込める。

 その中で唯1人、顔全体に不気味な薄ら笑いを浮かべた男の姿が逆光に照らされていた。

 

(クヒヒ……そうだ、やり様はいくらでもあるんだからな――――――)

 

 

 

 同時刻、甘味処『間宮』名古屋支店

 

 

 「お?飛龍、それに霧島さんと山城さんと蒼龍も……珍しいわね」

 「間宮」に立ち寄った暁は、奥の席に見知った第8司令室の面々が相席しているのを見つけた。

 手前に霧島と山城、奥では二航戦の2人が向い合せに座っている。

 これで自分と時雨が揃ったら、それこそ全員集合!となるだろう。

 

「あら、暁ちゃん?霧島さん達もいるから寄っていかない?」

 そんな事を考えていると、後ろから誰かが声をかけてくる。

「あ、伊良湖さん」

 現れたのは、「間宮」の名古屋支店を切り盛りする特務艦娘の伊良湖。暁が密かに憧れている「大人のれでぃー」の1人である。

「はろはろー、れでぃーがこんな所で何突っ立ってるぴょん?」

「こら、そこ立ってると通れないんだけど……どいてくんない?」

 続いて現れたのは、伊良湖と同じエプロンを付けた2人の女の子。どちらも暁と同じ駆逐艦の娘だ。

 

「てゆーか、今日は暁シフトじゃないよね?注文運ぶんだからそこどきなさいって」

 暁に食って掛かるのは、サイドテールに結わえた銀髪が特徴の艦娘、霞。後ろでのんびり眺めているのは、無邪気そうな風貌をした艦娘の卯月。どうやら今日のウェイトレスはこの2人らしい(ちなみに暁も別の日にこの店でバイトしている)。

 

「む?あそこにいるのは……おりょ?飛龍先輩じゃないかぴょん!」

 そうこうしていると、卯月が向こうのテーブルに座る飛龍達を発見した。

「あら……?霧島さんと山城さんに蒼龍も、珍しいこともあるのね」

 霞も向こうのテーブルの様子に気付いたのか、少しキョトンとした顔で首を傾げる。つられて暁もそちらの方を見る。

 

 

 

 

 瞬間―――――――

 

 

「え???」

 

 

 その表情が不意に強張ってしまった。

 

 「あ、あれってまさか……!?!?」

 

 

 

 

 

 

 同時刻、第8司令室

 

 

「それは本当かい?大和さん」

 提督のいない司令室で、時雨はスマートフォンを片手に会話していた。

『えぇ、貴女達がもう会ってたのには驚いたけど……でも山口補佐官は間違いなくいい人よ。そこは保証してあげる』

「そっか、大和さんがそこまで言うならひとまずは安心かもしれないね」

 ほのかな笑みを浮かべる時雨の傍では、カーキ色の軍服を纏った男性が静かに佇んで見守っている。

『参謀長も貴女達の事、結構気にしてるから……何かあったらいつでも言ってきてくれていいのよ?』

「て言うか……あの人は寧ろ、中尉の事の方が心配かもしれないよ……ちょっと「祖父バカ」な所もあるから」

 少し皮肉の入った口調で、時雨は電話の向こうの女性にそう返した。

 

『そんな事無いのです。時雨も会ってみたらわかるのです』

 そんな時だった。電話の向こうから別の声がしたのは……

「うぇっ!?」

 一見あどけなさの残る女性の声。普通に聞けば少女と思ってしまうかわいさすら匂わせる……その声を聞いた途端、時雨は雷に打たれた様に背筋をピン!と伸ばして直立不動の態勢を取っていた。

「ま、マスター・プラズマ!?いらしてたのですか?」

『誰がプラズマなのですか!?私は(いなずま)なのです。二度と間違えるな、なのです!』

 電話に出たのは、時雨にとっては非常に印象深い相手らしい。先刻までの砕けた雰囲気が瞬く間に霧散していた。

 

『全く、時雨は相変わらず一言多いのです……けど、源児は仕事に関しては孫だからって甘やかさない性格なのです。そこんところは時雨も知ってる筈なのです』

「あはは……そういえばそうでしたね。参謀長は私情は絶対に挟まない人でしたから」

 久方ぶりに聞く教官の声に、時雨はまた苦笑していた。

『まぁ電に比べたらまだまだヒヨっ子なのですが……それでも素質はあるのです。とりあえず遠慮は無用、そっちで一丁揉んでやってほしいのです』

 そんな時雨の心境を知ってか知らずか、電話越しの教官はあどけない口調で教え子に申し付けていった。

 

 

 

「あ、ごめんね長居して。迷惑かけちゃったかな」

「気にするな、俺も気にしていない」

 暫くして……電話を切った時雨は、男性に向かって苦笑しながら呟く。話しかけられた男は、表情を変えずに静かに答えた。

 

 

「十家門の山口家、か………」

「うん、きっと昨日会ったのも何かの縁だと思うな……」

 名古屋軍港基地に駐留する憲兵大尉、横井 純は制帽を直しながら廊下を闊歩する。時雨も真剣な表情で彼の後を歩いていく。

「まぁ、大和のみならずあのマスター・プラズマがそこまで推してるんだ……一つ、信じてみようじゃないか」

横井大尉はそう言うと、ずれていた制帽をサッと被り直していた。

 

 

「何にせよ、これで磯部中佐も喝が入ってくれればいいんだがな………」

「そうだね……この際そっちの岩村大佐も、提督のこと本気で査察してくれればいいのに―――ボク達のところ、典型的なブラック鎮守府なんだよ?」

「ハッハ、全くだ」

 

 第8司令部のいけ好かない提督、そして名古屋駐留憲兵隊を率いる大佐の顔を思い出し、いつしか横井大尉も時雨も目を細めていた。

 

 


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