艦これ/龍の巫女と少年と……   作:エス氏

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第弐話―後編

3月31日 京都府 舞鶴

 

♪~~~~♪~~~

「ん?」

不意にかかってきた携帯を手に取って、女性は徐に通話ボタンを押す。

「はーいもしもし……」

『菜月姉さん――――友永 菜月少佐、御無沙汰しております。中尉相当官の山口 誠太郎と申します』

 

聞こえてきたのは、数か月ぶりに聞く幼馴染の声。

確か、数日前に提督資格取得試験を受けたという話だったが……

「久し振りね、せーたろー。あんたも遂に提督になったのかぁ」

『はい。先日、合格の報を受けました。それに伴い、配属先も決まりました』

 

幼い頃から比べてやや大人びていたが、それでも電話越しに伝わる雰囲気は小さな頃から変わっていない。

そう思うと、女性の口元にも自然と笑みが浮かんでいた。

 

「ふふっ、まずはおめでとさん♪これからあんたも同じ職場で働くことになるんよねぇ―――――そうそう、陽菜も艦娘になったって、呉のお父ちゃんに電話してきたわ」

本来なら職務中なのだが、今は休憩時間中。そのせいか、女性の口調も普段の厳格なものではなく何処か砕けた、楽しんでいるようなものに変わっていた。

 

 

『――――――ついさっき、会ったんです』

だが……電話の向こうから聞こえた言葉に、一瞬だけ表情を強張らせてしまう。

 

 

 

そして……

 

「そぅ……そう………うん、わかった」

 

暫く電話を聞いていた女性は、やがてふぅっと深く息を尽いてから徐に口を開いた。

 

「ま、あんたが心配する事じゃないわ。あの子の赴任先には祥鳳だってヘルプで出張してるし、男があんまり女の子にずけずけ突っ込むもんじゃなくてよ」

『そうですか……わかりました。ありがとう――――――菜月(なつき)姉さん』

 

 

 

(全く…あのお祖父様にしてあの孫あり、ねぇ)

通話の切れた携帯を優しく仕舞うと、友永 菜月少佐は徐に窓の外を眺める。

西に傾いた陽の光が、舞鶴の港町を綺麗な橙色に染めていく―――――この瞬間が、彼女は大好きだった。

 

(せいぜい頑張んなさいよ、せーたろー………♪)

 

 

 

 

 

 

 

名古屋軍港基地に、夕焼けの光が降り注ぐ。

その穏やかな橙色に照らされる水面に今、艦娘達が帰投し始めていた。

 

「よっこら……しょっ!」

先に岸壁に上がった蒼龍の手を借りて、飛龍は海から上陸する。松葉杖は返してしまったため、基地までは皆と一緒に戻ってきたのだ。

既に先程の余韻は抜け、今はもう赤くなったり火照ったりはしていない。

 

 

「急な任務、お疲れ様。皆、大丈夫だった?」

 

そんな彼女達を出迎えてくれるのは、同じ艦娘の1人。第8司令部の秘書艦を務める霧島だ。

「あ、霧島さん……飛龍以下、第8独立混成艦隊!只今帰投いたしました!!」

霧島の姿を見つけた飛龍は、パタパタと足早に駆け寄っていく。

 

 

 

「……って、痛たたたた」

最も、すぐに痛みで蹲ってしまっていたが………

 

 

「あら?その足……誰かに巻いて貰ったの??」

一方、霧島は飛龍の右足に巻かれた包帯に気付いた。

「船に乗り合わせていた中尉さんが、応急処置をね………」

それには時雨が応じ、暁もうんうんと首を縦に振って頷く。

「そう……」

やや安堵したような表情で、霧島は帰ってきた仲間達を見つめていた………

 

 

 

 

「……それじゃ、その中尉さんが指揮を執って貴女達を助けてくれたのね?」

「かなり急ごしらえな作戦だったけどね。でも大成功だったわ」

暁や時雨達から事の仔細を聞き、霧島は歩きながらスラスラと報告書を書きあげていく。

「こっちはヒヤヒヤしたわよ。いつにもまして今日は不幸だわ………」

「そのうえ、帰ったらアイツのお説教でしょ?もうやんなっちゃう………こんなんじゃ、艦娘になった意味、無いょ………」

だが、司令室に近づくにつれて霧島以外の面々は次第に沈んだ表情になっていった。

 

「あうぅ……せっかく会えたのになぁ」

飛龍に至っては、幼馴染と別れてしまったショックの方が大きいのか、他の艦娘達より3割増して落ち込んでいる。そのうち背骨が曲がってしまわないか心配だ。

 

 

 

 

 

「飛龍、貴女は蒼龍と一緒に入渠してきなさい」

「え?」

沈んだ表情の蒼龍達に霧島が唐突に言ったのは、司令室の扉が見えてきた頃だった。この部屋を素通りしていけば、入渠槽に直通するエレベーターがある筈だ。

「今は負傷の回復が先だわ。司令には言っておいてあげるから、飛龍にはまずそっちに行ってもらうわね」

そう言うと、霧島は飛龍に見えない様に軽くウインクを送った。

それを見た蒼龍は少し苦笑すると……

「そ、そうですね……さ、行こっ!」

 

やがて飛龍を引っ張って一緒に入渠槽へと歩いていった。

 

 

「さて……あの分からず屋に何て言ってやろうかしら」

その様子を見てた霧島は、今度は悩むようなしかめ面で呟いたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後、第8司令室

 

「……どういうことだ?」

暁と時雨、山城からの報告を聞いた磯部中佐は、目をヘビの様に細めて問い掛けた。

 

「つまり何だ……たまたま船に乗り合わせていた若造に指揮を執らせて追っ払ったと、そう言いたいのか!?」

「その様ですね。かなり場当たり的なものだったみたいですが、結果としては敵を壊滅させ、こちらの轟沈はありません。とりあえず『結果オーライ』といったところでしょうか」

落ち着きのない磯部とは対照的に、霧島は冷静な表情で報告を読み上げていく。

「報告書は私の方で出しておきます。飛龍も入渠中ですし、この件はこれで……」

「あぁ待て待て待て、それは俺が出してくる。お前達はさっさと下がって待機してろ……それと、このことはあんまり余所で言いふらすんじゃないぞ」

しかし、肝心の報告書の事になると、何故か様子が一変。普段ならこういうことは丸投げにする筈なのだが……

 

 

 

(こいつ、自分の手柄に書き換えて提出するつもりね……)

こすい真似をする……そう思って、霧島は内心で唾棄したくなる気持ちをそっと抑え込んでいた。

(ったく、本当に異動願いでもブチ込んでやろうかしら)

そうなると、今度は何回も考えていた『異動願い』の事が頭に浮かんでくる。が、即座にその考えは打ち消された。

(まぁ、そうなれば逃げられるでしょうね……自分だけは)

 

もしも自分が移動したなら、きっと皺寄せは残った飛龍達に向けられるだろう。同じ苦悩を味わってきた彼女達を見捨てる事など出来る筈も無かった。

ましてや、自分と山城以外はまだ10代の女の子。普通であれば学校に通っていてもおかしくない、年端もいかない幼い娘達なのだ。放り出すことがどうして出来ようか??

 

 

 

この際人数分の異動願いを書けば、揃って離れられるかもしれない。場合によっては磯部を査問会議に引っ張り出す事だってできる。

が、精査するのはあくまで提督と人事部の仕事。もし受理されなければ、誰かが必ず割を食う羽目になるのだ。

そうなればあの男の事、ここぞとばかりにハラスメントを仕掛けてくるに違いない。

まだ少女である彼女達が、大人の男からの執拗なそれに耐えられるなど………

 

 

 

(……らしくないわね。ここまでアホな事考えるなんて)

気付けば思考も負のスパイラル。その事実が霧島を逆に冷静にさせていた。

 

 

「それと司令、4月3日の20時の事ですが……」

「20時?あぁ補佐官の事か。適当に挨拶してこいつらの御守でもさせといてやれ」

気分転換のつもりで話題を変えると、磯部は今度は面倒臭そうに返したのだった。

 

 

 

 

その頃……

 

 

「む~~~~~」

入渠槽に身体を預けている蒼龍は、先程から何度目になるか解らない溜息を尽いていた。

「そ、蒼龍……さっきからどうしたの??」

隣で同じく入渠中の飛龍は、見るからに不機嫌そうな相方の姿に心配そうに問い掛ける。

「……(べっつ)にぃーーーー」

普段なら調子良く返してくれるはずなのだが、今回は不機嫌な姿勢を戻そうとしない。原因は掴めないが、余程腹に据えかねている模様だ。

「そんなことより……あいつ一体飛龍の何なのよ、どう見てもただの幼馴染じゃない風だったわ。相当仲良かったように見えたけど―――――」

 

あぁ、わかった。

さっきから機嫌が悪いのは、『彼』のことがあるからか………

 

 

元々、寄宿舎でルームメイトだった頃からの付き合いでもあり、飛龍には蒼龍の考えている事が手に取る様に分かった。

 

 

「そ、そんなテンパって言わなくても……私だって12年間ずっと会ってなかったんだし、あそこで再会するなんて思ってなかったんだもん」

とはいえ、こんなに不機嫌な彼女を見るのも初めてのこと。これは、後々彼女を宥めるのに骨が折れるやもしれない。

 

 

「でも……せいちゃんってば、全然変わってなかったなぁ…………」

 

昔の面影を多く残した幼馴染の顔を思い出し、飛龍はまたクスッと笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

「あ……まーたアイツの事考えてるわね!」

「うぇッ、そ、そんなこと無いよ~~~~~~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これより少し前、

マラッカ海峡沖合

 

 

 

 

 

『……信号が消失、やられたか』

 

西に向き始めた太陽。その光の映える岩礁の上で、その人物は舌打ちしながら空を眺めていた。

 

海水に濡れながらも艶やかさを決して損なわない銀の髪を指で弄り、もう片方の手には長い杖上の物体を握っている。そして傍らには、大きな異形の顔を思わせるクラゲの様な何かが鎮座していた。

 

『チィ……目先の欲に駆られるからだ。たかだか「量産型」では正規空母に歯が立つわけもないのに』

しかし、端正な顔立ちに似合わずその目には不機嫌さの色が現れている。

 

『あらあら、今日はメッチャ機嫌悪くなぁい?』

そんな人物に、背後の海面から誰かが声をかける。

『紀伊半島を根城にしていた小規模隊が返り討ちに遭った……全滅だ』

岩礁に座る銀髪の人物は、振り返る事無く今度は歯軋りもしてしまう。今日の彼女はすこぶる機嫌が悪い様だ。

 

『舐めてかかるからだ、全く忌々しい……』

 

 

 

太陽は既に水平線の彼方に向けて沈み始めており、降り注ぐ日光も次第に赤みを帯びたものに変わっていく……

 

 

『「タ級」……我等の存在定義、今一度復唱しろ』

暫く凪いだ海を見つめていた銀髪の人影は、不意に背後の声の主に問い掛ける。

 

『大洋に進出した人間共(ホモ・サピエンス)を駆逐し、全ての海域を奪還せよ。我等の幾星霜よりの悲願を遂行せよ――――――――違った?』

背後からの声は、調子の良さを損なわずにそう問いかける。

 

 

『そうだ、それでいい………そのために、目先の欲に捕らわれてはならない。我等の大義を以て、奴らからこの海を取り戻すためには………!!!』

そう言ったと思うと、銀髪の人影は傍らに置かれていたクラゲのような物体を持ち上げると………

 

 

すぽっ……

 

何の躊躇いも無く帽子の様に頭に被った。

 

『そのためには、奴らを必ず排除しなければなるまい―――――――蒙昧な人間に従う艦娘共め……』

 

表情は端麗で美しい……しかし、その青い双眸には、夜の闇を思わせる昏い光がじわじわと満ち溢れていく。

 

 

 

 

 

『この程度で、立ち止まるわけにはいかないのだ――――――――次はこうはいかんぞ』

 

まるで怨嗟と憎悪と殺意が一緒くたになった様なその表情で、彼女――――深海棲艦『空母ヲ級』は、そのまま夜が近づく海面をただ見つめ続けていた………

 

 

 

 

 

『はぁ……アンタってホントに堅っ苦しい()ねぇ。そんなんじゃ、モテないわよ』

 

ふと、海面にいる声の主が呆れた様に呟くのが聞こえた。

 

『貴様は戦艦のクセに気概が軽すぎるんだ。もう少し、姫様と一緒に落ち着きと度量を学べ』

『はいはい、考えとくわね。親衛隊長のヲ級ちゃん』

 

 

 

 

 

 

翌朝、第8司令部

 

 

「はい……はい!その通りでございます。この私めの艦娘達が状況を判断し、現地で作戦を遂行したのです!!仔細は報告書にまとめている最中でございます!!!」

普段は低血圧と言ってあまり出てこない磯部が、今朝は妙なハイテンションで電話に応じている。

今朝一番に送ろうとした報告書の件らしい。

(……まぁ、「生放送」は既に赤レンガに送っちゃったから………というのもあるんだけどね)

そう思いながら、時雨は内心で溜息を尽く。

 

 

実は、時雨は主力艦隊の総旗艦、大和とちょっとした知人同士。そのコネクションを活かして、暴走しがちな磯部の監視役も買って出ているのだ(最も、仲間内でこれを知っているのは霧島だけだが)。

おかげで、昨日の紀伊半島沖の戦闘についての仔細は時雨が既に送り届けていた。赤レンガからそれを知らされた磯部が出鼻をくじかれた事は言うまでもない。

 

最も、報告書を出す前であったのはこの男にとって幸いだった。あのまま自分の手柄にして提出していたら、「虚偽の報告を行った」とみなされ言い逃れも出来ない状況に追い込まれていたであろうことは想像に難くない。

 

だが、流石は悪知恵の働く男だ。大本営からの電話を逆手にとって、芝居の様に都合のいいシナリオを誇張していく。

 

 

 

 

「しかしまぁ……何処の誰だか知りませんが、私の部下を勝手に運用するなど越権行為も甚だしい。見つけたら厳重に抗議して貰いたいものです………はい、それではまたいずれ………」

 

ひとしきり言いたい事を言った後、磯部はドッカと安楽椅子に腰を下ろした。その表情には、先程振りまいていた丁寧さは消し飛んでいた。

 

 

 

「えぇい畜生!誰だか知らないが俺の手柄を横取りしやがって、ムカつくぜ!!」

 

言うに事欠いて、名も知らぬ新米に理不尽極まりない文句をぶつける磯部。本来なら自分が享受すべき功績を横から掻っ攫っていくなんて、何という恥知らずな奴なんだ!

自分が今さっきまでやろうとした事を棚に上げて、この司令官は怒りに打ち震えていた。

 

 

 

(ホント、この場に飛龍がいなくて良かったわ……)

昨日指揮を執った新米士官が、実は飛龍の12年来の幼馴染だなんて知れたらどうなるか……霧島は、目の前で苛立っている司令官を横目で見ながら肩を落とした。

今、彼女(飛龍)がこの部屋にいたなら……まず間違いなく抗議していただろう。少なくとも黙っているとは思えない。

空母2人が朝練で弓道場に行っている事が、今の霧島には非常にありがたかった。

 

 

「ん……そうだ、今日は―――――」

 

暫くして、霧島は昨日から念頭に置いていた事を想いだした。

本日は、大本営の命を受けた提督補佐官がこの第8司令部に着任するという事だった。

 

 

 

今回着任する相手は、現在の主力艦隊に携わる海軍高官の孫。つい先日、5年に一度の提督資格取得試験をパスしたばかりの新米だが、士官学校時代は優秀な成績で卒業している。

今季合格者の中で最も若いが、大本営の勅命で来るとなればそれなりに腕はあるのかもしれない。

 

 

 

が……一抹の不安も否応なしに生じてくる。

 

 

もし、その補佐官が今の司令みたいな性格であったなら……?

そうなれば、自分達にのしかかる心労は余計に大きくなるだけだ。あんなワンマン上司が2人もいては、正直堪らない。

 

 

親、親戚が軍の偉いさんだからと言って、鳴り物入りで入ってくる二世や三世なんて、恵まれた環境で育ってきた人物が殆ど。中には艦娘を露骨に蔑視するものや、場合によっては芸妓や付属品程度にしか考えない連中だっている。今の司令がまさにいい例だ。

こんな輩が、よくもまあ難関の資格取得をパスできたものだ……?とさえ思いたくなる。何処の世界にも認めたくない現実はあるものだ。

 

 

(せめて、真っ当な人が来てくれればいいのだけどね………)

 

 

 

太陽が昇り、キラキラと光を反射し始めた水面に視線を移しながら、霧島はまたフゥ…と溜息を尽いていた。

 

 

 

 

 

13:55 名古屋軍港基地港湾地区

 

 

停泊する客船から、幾人かの乗客が降りてくる。その乗客と共に、青年はケースを転がしながら陸地へと降り立っていた。

 

 

多くの乗客が近郊のショッピングモールやホテルの方へと歩みを進めていく。しかし、青年は1人で大通りの方へとキビキビした歩調で進んでいた。

「ここが、名古屋か……確かに広島とは違うな」

堅苦しく止めていた第一ボタンを緩めて袖をまくり上げると、青年は改めて周囲の景色を眺める。

 

これまで過ごした呉も活気に満ちた場所であったが、この名古屋はそれ以上に大きな環境だと理解できた。

都会という往来の激しい場所であり、なおかつ貿易港も兼ねているために、平日だというのに人の往来は計り知れない。

一時は深海棲艦の出現によって世界中のシーレーンも軒並み損害を被っているのだが、それから半世紀近くを経て他国との交流や貿易も徐々に復活し始めていた。

この名古屋は、江戸時代の長崎と同じようにそんな貿易の最前線を担う玄関口でもある。軍事基地以上の要所であるがゆえに、赤レンガの傘下の中でも一、二を争う規模を有していられるのだ。

 

 

「え…っと、今回お世話になるのは………」

 

 

暫くして、青年は預かったPDF端末を取り出してノートパソコンに繋ぐ。呉を出立した時に吟味した電報をもう一度確認する必要があった。

 

 

「……ここか」

 

 

パッパーーー!

程無くして、データを確認した青年の耳に車のクラクション音が飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒュン!!!

 

風を切って飛んだ矢が、眼前の的に向かって吸い込まれていく。

 

 

 

そのまま的の中心に………

 

 

 

カッン………

 

 

 

 

行くことはなかった。大きくそれて下端に当たってしまう。

 

 

「随分とヘロヘロな軌道ね。余計な事を考えてる証拠よ」

今しがた的を外してしまった艦娘に対し、それを横目で見ていた人物がピシャリと言い放つ。

「うぅ、すみません……」

申し訳なさそうに謝るのは、先程から此処で練習していた飛龍。

「蒼龍、貴女も。一体何なのよこれ!?」

その隣で弓を射る蒼龍も、それはそれは散々たるものだった。もう十数本以上放っているのに、1本も的に触れていないのだ。

代わりに的の周りには、今まで射った矢がそこらじゅうにグサグサと残っている。力んで使い続けたせいか、弓自体もカタカタと悲鳴を上げ始めていた。

 

 

「全く、2人揃って今日は一体どうしたの?飛龍は落ち着きなさすぎて矢がヘロヘロになってるし、蒼龍なんて力み過ぎて弓がこんなになっちゃってるじゃない」

蒼龍が使っていた練習用の弓を突き付けて、黒髪の空母娘―祥鳳―は苦い表情を浮かべていた。

 

彼女は第8司令部とは異なるが、同じ名古屋軍港基地所属の同胞(横須賀鎮守府からの出向)。しかも艦娘になる前は自衛隊随一のスナイパーと言われていた凄腕の逸材だ。

そして、この基地においては空母達の訓練教官も買って出てくれている。

 

「ご、ごめんなさい。何だか今日はその、落ちつけなくて………」

別に咎めているわけではないのに、なぜか飛龍は申し訳なさそうに謝る。

 

「いや、別に怒ってないんだけど………それより陽菜(ひな)、昨日の事で菜月(なつき)が心配していたわ」

「ふぇっ!!」

 

……が、不意に本名で呼ばれ、飛龍はビクッと身を震わせていた。

 

 

 

実は彼女は、飛龍の姉と自衛官時代からの知り合いでもある。故に、飛龍とも多少の付き合いはあった。

訓練生時代にもよく面倒を見てくれたし、今もこうして友人の妹を気にかけてくれている。まさによき先輩なのだ。

 

 

「あの娘、相当気にしてたみたい……落ち着いたら一報入れておいた方がいいわね」

「お姉ちゃんが……は、はい。分かりました……後で私から報告しておきます」

 

 

 

 

何故だろう?

今日はどういうわけか、調子が出てくれない。

 

 

いつもは快調な弓も、今日に限っては出鱈目な方向に流れるばかり。精神が安定していない証拠だ。

 

 

昨日、誠太郎と偶然再会してからというもの、心のどこかに少しだけ何かが引っかかった様なモヤモヤした感じが燻っている………

 

あんな形でお別れしてしまったから?

それとも、その後の提督のウンザリする様な愚痴を聞かされて、気持ちが急速冷凍されてしまったからか?

 

考えても考えても全く答えは出てくれそうにない。

このまま司令室に戻るのも、はっきり言って気が乗らなかった。

 

 

 

 

 

 

「そんなにやる事無いんなら、後で気晴らしのショッピングにでも付き合ってくれるかしら?」

 

基地内の食堂施設「甘味処『間宮』 名古屋支店」でぼんやりしていた飛龍に、強引に相席してきた山城からそんなお誘いがあったのは、つい十数分前の事。

 

「蒼龍から聞いたわよ。あんた、随分あの中尉のこと気にしてるみたいね」

外出許可証を貰って出てきた直後にそう切り出されて、内心でビクッとする飛龍。

「な、ななななな何言ってるのかなぁ山城さん。せいちゃんの事なんて全然!うん、全然!何とも思ってないって!」

 

「……うん、言わなくても解ったわ」

 

そんな呆れ顔の山城に強引にショッピングに連れ出されてしまい、今は2人揃って喫茶店でティータイムの真っ最中。

 

 

「まぁ、昨日の事はさておき……提督も「手柄取られた」って逆ギレしてるし、あまりそれに囚われるのはおよしなさい」

至極真っ当な言い分で飛龍を諌める山城。

「うぅ、ごめんなさい……」

今朝の事もあって、飛龍はぐうの音も出ない様子。現実にこうして支障をきたしてるのだから文句など付け様がない。

 

しかし……

 

(何なのよ、こんなシュンとしてちゃ小言も言えないじゃない……不幸だわ)

やはり、12年間も逢えなかった彼の影響は大きかった。飛龍とて頭では分かっていたとしても、感情がどうしてもげんなりさせてしまう。

 

 

「し、仕方ないわね……ほら、そんなんじゃまた提督に目ェ付けられるわよ。さ、気分変えてリフレッシュでもしに行かない???」

 

山城もそこは理解したのか、これ以上の小言は言わなかった。

 

 

 

 

 

 

ばたん!

 

黒塗りのリムジンのドアを勢いよく閉め、青年は大きな白塗りの建物の前に立つ。

 

「ここが、名古屋軍港基地……か………」

 

「第8司令部。バカボンボンで有名な磯部 圀崇中佐の指揮する司令部………お前にゃ、本日20:00から補佐官として着任して貰うぜ」

リムジンを運転してきた男は、煙草を取り出して素早く火を灯す。やがて、フーーと長い呼吸音と共に一筋の紫煙が立ち昇った。

「煙草、身体に良くないんじゃありませんか?加来(かく)大佐」

青年がそう言うと、加来と呼ばれた男は無言でポケットから小さなケースを取り出す。見ると、『禁煙パイポ』の文字がちらっと見えた。

「近くに小さい子供がいる手前、マナーってやつよ………それより、あっちの提督は色々悪い評判が立ってる。呑まれんじゃねぇぞ」

男は軽く煙草を咥えると、青年の胸に軽く拳を突き当てた。

 

「まぁ……お前はあんなのと違う。参謀長の地獄の訓練をパスした誇り、忘れるなよ。『五代目』」

 

 

 

リムジンが走り去った後、青年はふぅっと息を吸い込む。

 

 

 

「……さて、行くか」

 

そして、一歩先へとゆっくりと踏み出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は本当にすみませんでした、山城さん」

今日購入した戦利品を大量に引っ提げて、飛龍は名古屋軍港基地のゲートを潜り抜ける。

「いいのよ、気分転換にはなれたみたいだし……それに、暁ちゃんや蒼龍へのお土産もGET出来たしね」

山城の方も、疲れてはいたが穏やかな微笑を浮かべて飛龍の方を向く。

 

 

「さ、また仕事に戻る……わ、よ―――――――――――???」

そうしてまた激励の言葉を出そうとした――――――――――――瞬間、不意に一点を見つめながら硬直していた。

 

 

「山城さん???」

 

 

「あれ……君達は、もしかして―――――――」

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

飛龍にとって、もう一度会いたかった人物の声が聞こえたのは―――――――――――

 

 

 

 

 

「っ!?」

思わず後ろを振り向くと、

 

 

「やっぱり……また会ったね、ひなちゃん」

 

 

少々驚いた顔をしているが、落ち着いた雰囲気を纏った青年……12年来の友、山口 誠太郎の姿がそこにあったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……???えぇ???――――――――――ふえぇ~~~~~!!!な、何でせいちゃんがここ(名古屋)にいるのぉ~~~~~~!!!!!!」




お待たせしましたが、第弐話の後編を投稿です。
次回から、飛龍達と誠太郎の物語が本格的にスタート……になる予定です(-_-;)
第参話……早く投稿できればいいのですが

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