第壱話から続く第2話、前編後編に分けての投稿になりますが、よかったら見ていって下さい。
あと、ほんの少しですが作中における艦娘、提督の概念にも触れてる部分があります。
なお、蒼龍ちゃんが嫉妬で激昂しちゃってます。蒼龍提督の方々、ごめんなさい(-_-;)
3月20日 広島県 江田島海軍兵学校
「第100期卒業生、山口 誠太郎候補生。さきの提督資格取得試験において、座学、実技における貴官の成績を吟味し…………今この時より『提督』の資格、及び規定に則り、中尉相当官の資格を授与するものとする」
学長室に呼び出された青年を待っていたのは、待ちに待っていた朗報であった。
5年に一度行われるこの資格試験。
この日の為に、十数年にわたって勉強を積み重ねてきた。ときには演習や先人達の行う研修にも自ら参戦し、戦術の考案や指揮を実際に執ったりもした。
挫けそうになった事は片手では足りないくらいあったが、それでも挫折はしなかった。そんな時は、自らの根底にある『約束』が自分を奮い立たせてくれていたから――――――――
そうして積み重ねてきた結果が今、こうして実を結んだわけである……
逸って小躍りしたくなる身体を抑え、青年は厳かな調子で敬礼していた。
「恐悦至極に存じます。これより提督として、更なる研鑽を重ねていく所存であります……!!」
「それと……大本営から貴官に直接の伝文がある」
学長と思しき初老の男性は、少し間を開けて続ける。それと同時に、傍らにいた秘書官が電報を手渡した。
「これは……」
「海軍参謀長、山口 源児中将……四代目『山口 多聞』閣下からのお達しである――――――二週間後の4月3日を以て、貴殿を名古屋軍港基地第8司令部の提督補佐官とする。直ちに荷物を纏めて名古屋へ向かう様、支度せよ」
*
3月31日 和歌山県 潮岬沖合
ぽとっ……
甲板に一滴の雫が落ちた
「せー……ちゃん―――――――ホントに、せいちゃんなんだね…………」
それは、その1粒を皮切りに止め処なく溢れていく。まるで、凍りついた雪が太陽の熱で雪解け水へと変わっていく様に………
「っ……ぁ、あれ??なんで私、泣いちゃってるの………やだ、止まらないよぅ」
堰を切ったように甲板におちていく熱い水滴は、緊張していた飛龍の顔をフニャフニャに綻ばせていく。
「ひっ、ひなちゃん??」
眼前の青年―山口 誠太郎―は、12年ぶりに再会した幼馴染が突然泣き出した様子に仰天。
「ご、ごめん!何か悪い事したかなぁ?」
「ううん、違うの……こんなところでせいちゃんに逢えるなんて思ってなかったから、何だかうれしくて―――――嬉しいって感じたら、今度はなみだ出ちゃって………」
少し頬を赤らめて誠太郎を見上げる飛龍。一方、彼女に見つけられる誠太郎は、慌ててポケットからハンカチを取り出していた。
「ちょ、ちょっとじっとしてて」
そのまま飛龍の顔の前まで進み出ると、丁寧な所作で顔を拭っていく。
「ぃ、いい、よ…こんなの、自分で――――」
「いいから、動くの少しだけ我慢して……こんなクシャクシャの顔で帰したら、みんな心配してしまうよ?」
流れるような指遣い。ちょっと控えめで穏やかな口調。そして、そこに微かに感じられる懐かしさ。
「むぅ……やっぱりせいちゃん、変わってないなぁ」
飛龍も思わずそんな事を言ってしまう。
「あ、あのーーー……士官殿?」
そんな2人に、唐突に横合いから声が掛けられる。
「……?」
その声につられて、誠太郎が何気なく振り返ると………
「こ、こんな事を言うのは水を差す様で申し訳ないのですが……あと1時間で港に到着いたします。そろそろお部屋に戻られた方がいいかと思うのですが………」
何故だかそこには、頬を赤らめている添乗員や船員の方々が自分達を揃って見つめていた…………
「うわぁ!ご、ごめんなさいッ」
四方八方からの黄色い視線に晒された2人。我に返った誠太郎はというと、慌てて頭を下げて回っていた。
そして……
「あ~~~ん~~~~たぁ~~~~~~~…………」
よく見ると……何故だか添乗員の方々に交じって、青緑の着物を纏ったツインテールの少女の姿がチラチラと………
「うちの飛龍に何てェ事してんのよッッッ!このド変態すけこまし男がァ~~~~~~!!!!!!」
*
「あちゃ、やっぱりか……」
客船から木霊する蒼龍の怒声を聞きながら、時雨は額に手を当てて項垂れていた。
「えっと……あれ、止めなくていいの??」
隣では、暁が若干引き攣った表情で問い掛ける。が、山城がそっと制していた。
「暁ちゃん……世の中にはね、『触らぬ神に祟りなし』って諺があるのよ。今の蒼龍は時雨にだって止められないと思うわ」
港に着くまで船に乗せてやれと提案したのはいいけれど、やはり飛龍が心配になったのか、こっそり乗り込んでしまった蒼龍……
元々、寄宿舎時代からの長い付き合いであるだけに、親友である彼女の事を非常に心配しているのだろう……というのは、山城達にも理解できていた。
最も、こんな素っ頓狂な悲鳴を上げるとは予想できなかったが………
「ん?」
客船から聞こえてくる大声に耳を傾けていると、時雨は持っていた通信機が点滅しているのに気付いた。司令室からの呼び出しだ。
「提督からの督促……」
それを見た瞬間、時雨、山城、暁の表情から一気に気の抜けた感じが消し飛んだ。
「思ったより早いわね。もう少し待ってくれても良かったのに……」
今度は先程と違い、うざったそうな表情で通信機を摘み上げる山城。
「……仕方ないよ、哨戒任務から急遽の出撃だったんだから。報告書のノルマだってまだ足りてないみたいだし」
見ると、時雨も先程より起伏の少ない表情で溜息を尽いている。
「こちら時雨、出現した敵戦力は全て撃墜致しました。これより船を先導して潮岬へ向かわせます……ただ、飛龍が中破。早急に高速修復剤の使用許可を申請させて下さい」
*
「と、とりあえず中に入ろうか。潮風は怪我によくないし……」
「そ、それもそうだねぇ……それじゃ行こっか」
足を怪我している飛龍を介抱しながら、誠太郎は甲板を後にする。途中で飛龍が躓いたりしないよう、注意を払いながら階段を下りていく。
「って、あんた達、さらっと私を無視してんじゃないわよ……聞けコラぁ!!!」
「えぇーーっと……せ、せいちゃん?」
「その足は辛いだろ?取り敢えず、応急処置だけはしないとマズいよ」
誠太郎の個室に通された飛龍は、備え付けのベッドに横たえられていた。隣では、誠太郎が乳鉢と乳棒で何かをゴリゴリとすり潰している。
「そこの君、えぇーっと……」
「蒼龍よ、飛龍(この子)と同じ正規空母」
機嫌が悪いのか、そっけなく答える蒼龍。そんな彼女に、誠太郎は水筒と清潔な布を持たせる。
「その水筒にはお湯が入ってる。今から薬を混ぜるから、この布を浸してほしい……温いけどぶちまけない様に気を付けて」
言うが早いか、彼は乳鉢の中の粉末をザザーッとお湯の中に放り込んだ。程無くして、湯が深緑に変わっていく。
「よし、今だ」
合図と共に、蒼龍が渋々布を浸す。
「後は水気を切って、傷の部分に沿えるんだ。その上から軽く包帯を巻いて………そうそう、そんな感じ」
的確に指示を送る誠太郎。程無くして、焼け爛れた傷が痛々しかった飛龍の右足は包帯でコーティングされてしまっていた。
そこから間髪入れず、誠太郎は足に布を巻いた保冷剤を添える。即席の傷口冷却(アイシング)をしている様だ。
「士官殿、これしかありませんが宜しいですか?」
そこに、今度は客室係が松葉杖を持って現れる。
「ええ、お借りします。これで応急処置はOKですよ」
受け取った松葉杖を飛龍に渡して、誠太郎はようやく一息ついていた。
「せいちゃん、さっきから気になってたけどこれって一体……」
「薬草だよ、乾燥させたのを粉末にしてお湯に溶かしたんだ。これは裂傷にも効くし、殺菌作用もある。ついでに簡単なアイシングもしておいたから、基地に着くまでなら十分凌げる筈だよ」
そう言いながらも松葉杖を調整し、飛龍に合った高さを即座に算出して締め直している。
「ふ~ん、随分と器用なのね」
蒼龍もジト目で誠太郎を睨んではいたが、どうやら手際の良さだけは認めている様だ。
「本の知識だけじゃ、頭でっかちになるからね……お祖父様にも色々仕込まれたしさ」
よく見ると、まくり上げた両腕にはチラチラと小さな傷痕が無数に付いている。左腕に至っては、完全に治りきらず半ば瘢痕化しているものもあった。
「けど、おかげで今の仕事が出来る。そう思えば、満更悪いものじゃないよ」
やがて彼は巻くっていた袖を戻すと、機材をサッサと片付け始めた。
「あ、私も手伝うよ」
「いやいや、こんなの自分1人で大丈夫。陸に着いたらまた海路を進まなきゃいけないと思うし、ひなちゃんはゆっくりしておいて」
「そーよ、飛龍はやんなくていーの。あたしがやっとくから無理しないで寝てなさい」
ジリリリリリリリ…………
船内に到着を知らせる放送が流れたのは、2人が荷物を片付け終えて間もなくのことだった。
*
その頃……愛知県 名古屋軍港基地
「飛龍が中破しただァ?」
5階のやたらゴテゴテした内装の部屋。その中心で、電話を片手にいきり立つ男の姿があった。
海軍伝統の白服を纏ったその男。首元には桜の階級章が2つ取り付けられており、その男が「中佐」の地位にいる事を物語っている。
「何やってんだよマヌケッ!そんな寡兵にいいようにあしらわれるなんて、お前等仕事ナメてんのかぁ??」
とはいえ……この中佐、磯部 圀崇の口から出てくるのは、中佐という要職らしからぬ低レベルな雑言ばかりである。
(飛龍が……全く、あの娘ってば)
そんな上官の傍で、女性は今日何度目になるか分からない溜息を尽いていた。
巫女装束を意識した衣装、それに楕円形の分厚い眼鏡をかけている彼女の名は『霧島』。この名古屋軍港基地において、磯部率いる第8司令部の秘書艦として属している女性である。
その彼女をこうして陰鬱にさせている原因は、まさに今、目の前にあった。
「あれは貴重な資材だ!いずれ起こる大規模作戦に使うべく温存しているのに、そんなチンケな仕事に使わせるなよ!分かってんだろ!」
目の前でギャーギャー騒いでいるこの上官は、打診された高速修復剤の使用申請をにべもなく突っ撥ねている。恐らく来たるべき大規模作戦に備えて修復剤は温存しておきたいという腹なのだろう。
バカバカしい!
そんなものをケチって負傷を放っておくなんて、こいつは「もしも」と「妄想」の区別もつかないのか??
飛龍は(蒼龍も)正規空母。現在の主力艦隊における機動旗艦『赤城』、軽空母にして主力艦隊の副総旗艦を担う『鳳翔』を筆頭とする空母達は、海戦においては非常に重宝される存在。多数の航空機隊を運用できる彼女達の存在は、ときに火力以上に戦力図さえも左右することだってある。万一損失する様な事があれば、機動部隊そのものの士気、戦力をもれなく低下させてしまうだろう。
そうでなくても、艦娘の多くは元はれっきとした人間。海軍においては階級を有しない「特務官」扱いだが、現段階において海戦戦力の大半は彼女達に依存していると言っても良い(最も、中には階級を持っている艦娘もいるのだが)。
提督とは、その艦娘達を適正に指揮し、戦力として運用するための特別な指揮官のこと。決して彼女達を支配できる存在ではないのだ。にも拘らず、こいつときたら………
ここで修復剤を使いさえすれば飛龍の中破はたちどころに回復。提督がちょっと報告すれば、最悪でも小言を言われるだけで済むだろう………この男はそれが許せないらしい。自分の点数や評価の事しか頭にないのだろうか……!?
そう思うと、何だか腹も立ってくる。
しかし、こんなところでキレるなんて、それこそ言語道断。自分だってそこまで短絡的じゃない。
「ったく、飛龍のヘマのせいで無駄な出費が出るじゃないか。あいつら絶対俺の事バカにしてんだろ!!そう思わないか!?」
やがて、通信が終わったのか磯部は盛大な溜息を吐きながら乱暴に腰を下ろした。
「全く……ちょっとその出費を融通してくれれば飛龍だって万全に戻る筈ですのに」
「何度も言わせるな、第一、あんな小規模な戦いで高速修復剤使ったなんて知れたら、それこそ笑い者になる。あいつらじゃなくて俺が責任取らされるんだぞ」
どうやら、全く聞く耳持ってくれないらしい。全く、こんな調子では日々奮闘している飛龍達が報われない。
「……わかりました。ですが、せめて長時間の入渠はさせてあげて下さい。万一、これがもとで彼女を轟沈させたなんてことになれば………」
せめて、皮肉で返してやるのが精一杯だった。
「………貴方の首も、覚悟して貰いますよ」
思いきりドスの効いた視線を以て。
「あぁ、それともう1つ……4日後の20時を以て、大本営の命を受けた補佐官がこちらに着任いたします。そちらもお忘れなきように………」
*
和歌山県、潮岬港
深海棲艦の襲撃から逃れた客船から、乗客や船員がわらわらと降りてくる。
その中で、2人の人影に付き添われた緋色の着物の少女が松葉杖をつきながら歩いてくる。
「ふ~ん、松葉杖ってこうやって使うんだ……」
緋色の着物の少女……飛龍は、包帯の巻かれた右足を庇いつつ、左手で杖をついて歩いていく。
「まぁ、昔は痛い方の手でつくのが多かったみたいだけどね……でも、それじゃかえって身体のバランスを崩してしまう。こっちの方がいいんだって」
やはりこういった事は手馴れているのだろう。誠太郎は労わる様に優しく助言を送っている。
「う~むむむむむ……」
そんな2人の後ろでは、何故か蒼龍が複雑そうな目線で睨みつけていたが………
「飛龍~~~」
暫くして、客船の傍から誰かの声が聞こえた。見ると、黒いおさげ髪の女の子がこちらに向かって手を振っている。彼女も艦娘の様だ。
「時雨」
蒼龍がそれに気付いてそちらに駆け寄る。時雨と言われた少女は、軽やかなステップで海上から埠頭にジャンプしていた。
「ん、そっちは……」
そこで、飛龍の傍にいた誠太郎の姿を見とめる。
「時雨~~~、飛龍は大丈夫なの???」
「1人で行かないでってば~~~~~」
程無くして、残る2人も艤装を解除しながら陸に上がって来ていた。
「海軍、中尉相当官の山口 誠太郎です。此度は本当にありがとうございました」
客船の乗客たちから少し離れたところで、誠太郎は艦娘たち全員に挨拶をしていた。制服ではなく小洒落た余所行きのスーツ姿であったが、海軍士官らしく敬礼する姿は中々様になるものであった。
「名古屋軍港基地第8司令部所属、白露型駆逐艦『時雨』です。こっちは暁型駆逐艦、『暁』ちゃんと、扶桑型戦艦の『山城』です」
誠太郎の前に立つ時雨が、皆を代表して敬礼を返した。
「この度は御手を煩わせてしまって、申し訳ありませんでした……ですが、指揮を執っていただいた事、感謝いたします」
「いやぁいいですよ。突発的な事でしたし、その場で出来る確実な方法を取るしかなかったですから……寧ろ、あんな急ごしらえな作戦を信じて貢献してくれた事に、自分の方が頭が上がりません」
誠太郎の姿勢は、今まで時雨達の見てきた海軍の上官達とは少し異なるものだった。
まだ年若いせいもあるのだろうが、物腰は穏やかで謙虚。それに加えて自分達にも敬語と敬意で接している。
毎回「上から目線」のあの提督とは本当に大違いだ。
「ふ~~ん………ま、確かに今回はアンタたちのお陰で危機は乗り切れたわね………っていうか、何なのさっきの作戦は!?」
一方、山城は先刻の荒唐無稽な作戦が腹に据えかねたのか、不意に身を乗り出して誠太郎に詰め寄ってくる。
「あんなの決まったからよかったけど、下手こいたら集中砲火で全員海の藻屑になってたわ!ここまで死ぬかと思ったのは初めてだったわよ!!」
「まぁいいじゃない。大成功だったんだから……そりゃいつもより怖かったけど、でもいつも以上にスカッとしたわよ」
そんな山城を、暁が押し止める。
「まぁ、皆色々言ってるけど……それでも僕達は中尉がいてくれてよかったと思います。飛龍だって」
時雨がそう言うと共に、傍に来ていた飛龍がそっと誠太郎に会釈していた。山城は未だに煮え切らない形相ではあったが………
「そうだったね……自分も感謝してるよ」
しかし……やはり、長い間会えなかった幼馴染と再会出来た事、そっちの方がこの2人には嬉しかったらしい。目線があった途端、飛龍が少し恥ずかしそうに俯いていた。
ぎゅうううう!
「あ痛たたた!」
そんな誠太郎の背後では、何故だか笑顔の蒼龍が彼の臀部を思いきりつねり上げていたとか………
「さてと……それじゃ名残惜しいけど、僕達はこれで帰投だね」
暫く和気あいあいとした時間が続く……かと思ったら、不意に時雨がそう切り出した。
「そ、そうか、そろそろ君達も戻らなきゃいけないな」
尻を痛そうにさする誠太郎も、それを理解した様にポツリと呟く。
「そうね……あんまし長くなかったけど、これであんたの指揮下からは外れるわ。ほら飛龍、蒼龍も、帰るわよ」
山城も同感らしく、やや投げやりに2人を読んだ。
既に太陽は西の方に傾き始めている。あと数時間もすれば、空も夕焼け色に染まっていくだろう。
飛龍達は日没前に名古屋に戻って報告をしなきゃいけない。流石にこれ以上時間を潰すわけにはいかないのだ。
「ふぇ、もうお別れなの??」
しかし……飛龍は釈然としない顔で誠太郎と蒼龍を交互に見る。
「いや、そーでしょ。そろそろ帰らないと霧島さんがお冠になるわよ」
これには蒼龍も呆れ顔。やれやれと言わんばかりに目の前の同輩を見遣る。
「大丈夫だよ。僕だってもう海軍なんだし、そのうち何処かでひょっこり逢う事だってあるさ。心配しなくていいよ」
一方、誠太郎は気にするなと言わんばかりに苦笑する。そのまま徐に飛龍の傍にやって来ると………
ぽふっ
その頭に手を添えていた。
「せぇ……ちゃん?」
「……覚えてる?2人で泣いてた時はいつも菜月(なつき)姉さんがこうしてくれたこと」
まるで幼い妹に言い聞かせるように、誠太郎は飛龍に向かって話しかけていく。
(これって、これって……お姉ちゃんが私達にやってた事じゃない!だ、だけどせいちゃんが私にやってくれて、それでそれで………~~~~~~~~)
一方、頭を撫でられていると認識した飛龍は………見る間に顔面が真っ赤に染まっていく。
「ふにゃああぁぁぁぁ~~~~~~~~~!!!!!」
「ふがーーーーーーー!!!!な、な、な、何やってんのよアイツ~~~~~!!!」
さりげなく思いがけない行動をとった誠太郎。それを見るなり蒼龍は髪を逆立てて絶叫していた。
「わわわ……あ、あんなことまでしちゃうの~~~~~????」
暁は両手で顔を隠しながら、指の隙間からちらちら2人の様子を垣間見ている。心なしか興奮している様でもあった。
「へぇ、まるで兄妹みたいだ……幼馴染ってのも納得いく話だね」
「何だか、小さい頃の私と扶桑姉様みたいね………」
一方、時雨と山城は冷静な様子で静観している。
「そ、それじゃあ僕達はこの辺で~~~~~~」
「またいつか何処かの海で逢えるといいわね!!」
時雨と暁が、放心状態になってしまった飛龍を抱えて海へと戻っていく。
「けっ!二度と会いたくないわよ、バァーーーカ!!」
最後尾の蒼龍が去り際にアッカンベーをしてそのまま高速で水平線の彼方へと走り去っていくのを見ながら、誠太郎も何処かホッとした様に肩を落とした。
「さて……船の出航までまだ時間があるな、僕も戻るとしようか」
*
「それで……」
紀伊半島が見えなくなったころ、蒼龍は徐に問い掛けた。
「飛龍……あのヒョロ松は一体何なのよ?」
やや不機嫌さを露わにして………
「あ、それ私も気になるわ!」
それが聞こえたのか、暁も速度を落として飛龍の横に並ぶ。
「ヒョロ松……もしかして、せいちゃんの事?」
「他に誰がいるってのよ?」
キョトンとした顔で首を傾げる飛龍に対し、蒼龍は呆れた様に口を尖らせて呟いた。
「山口 誠太郎――――――――私はずっと「せいちゃん」って呼んでたけど、12年前まで一緒だった幼馴染なんだ」
まるで昔を懐かしむような表情で、飛龍はクスッと笑みを浮かべた。
「……山口 誠太郎、か………とすると、彼が『五代目』の―――――」
先頭で聞き耳を立てていた時雨。彼女の微かな呟きは、誰の耳にも入る事は無かった………