戦車残俠伝~再開~   作:エドガー・小楠

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第玖話 地味な筋トレ脱出? 聞き及ぶは天才?

 

 

 

 とりあえず体作りは1ヶ月で終了。大洗女子の連休明け最初の授業は、実地に戦車を走らせる課程に入るようです。

「では、今日から実際に戦車を動かしてもらいましょう」

「あのー、教官。まだ、何も教わってないんですけど」

「戦車なんてばーっと動かしてだーっと操作すればいいの。文句ある?」

「……本当はヒトマルばかり乗ってるうちに、大戦型戦車の乗り方忘れたか、

 そもそも車長しかやったことねーか」

「何か言いましたか? 助教2号」

「はい、基本的にはそれであってると思いやす。

 しかしですね、うちの戦車どもは国籍バラバラ。

 操向装置もクラッチブレーキ、遊星歯車式、クレトラック、自動車部謹製油圧最新型と、バラバラでやすな。

 八九はもはや軽のオートマに成り果ててますからどーでもいいですし、

 M3はまあマニュアルシフトの自動車程度の難易度ですから、やってみろでもナントカなりやすが、ドイツ系3輌は動かすだけで難儀しやすよ。

 しかもエンジンだけはシャカリキときている。

 へたすりゃみんなでぶっ壊し大会だ。

 まあタイガーパンサーがねえだけマシですけどね。

 それよりなんであっしが2号なんすか?」

「昔から、技の1号、力の2号って決まってるの。

 それだけ詳しいなら、あなたが皆を教えてちょうだい。

 だって私、中学の頃から車長しかやったことないですから。うふふ」

 

 ついでにいうと、3人目は「反則の3号」です。

 

 実際のところ、M3には赤星さんがついて教えてあげることになりました。やればできる子の阪口ちゃんが「あいあいあいー!」と叫びながら、演習場の外周走行をやってます。

 八九は本当にオートマです、ハンドルの代わりにレバーが2本あるだけです。

 AT車との違いはクラッチペダルがあることですが、通常走行では使いません。

 停止状態でクラッチ切って、レバーを互い違いに押し引きすれば超信地旋回ができる、というだけの話です。

 実際は恐ろしく複雑な機構の魔改造ですが、八九なので誰得です。

 Ⅲ突は、やはり沈没組のⅢ号乗りだった操縦士さんが教えています。

 Ⅲ号は遊星歯車式です。曲がりたい側の補助ブレーキを切って、スプロケットに

ブレーキをかけます。

 信地旋回気味の曲がり方でヨタヨタです。

 これも操向ブレーキの使い方にメリハリがないと、たぶん焼けるんでしょうね。

 

「で、問題なのがあんたらクラッチブレーキ組だ。西住の、Ⅳ号は頼むよ。」

「……あの、海崎さん。実はⅣ号は小学校の時に懲りて、上手く動かせないんです……」

「はあ?」

 

「――で、このように、曲がりたい方の操向レバーでクラッチ&ブレーキするんすよ。

 戦車って走行抵抗が車の比じゃねえから、レバー両方引っ張るだけでストンと止まる。

 足ブレーキまでかけたら急停車になっちまうから気いつけな。

 で、片方だけ引っ張れば、このように止まった履帯を軸にガックンガックン回る。

 これを信地旋回という。

 というわけで、慣れねえうちは半クラつかって格好良く曲がろうとかしないでね。

 クラッチ焼けるからさ。

 で、曲がるときはどうやっても旋回速度がた落ちになる。

 内輪の落ちた分のスピードを、外輪に足してやる機構がねえからな。

 こないだ乗せてやったイージーエイトみたいな訳にはいかねーよ。

 しかしまあクラッチだけでレバーとペダルで3つある。

 これとアクセル踏み換えて、ギアシフトしながら走るって何の罰ゲームだよとマジで思う。

 ミッションがシンクロなだけマシか。

 例の呪われた戦車なんかクラッチブレーキなのか

 遊星歯車なのかわからん上に、ダブルクラッチ必須だからな」

 

 長すぎる。脳筋の割によどみなくしゃべるのはべらんめえの特性でしょうか。

 

「八九とM3いいなー、くるくる走ってるよ。」

「八九はもはや戦車の皮被った藤原○○○店だし、しかもホ○ダマチックだし、

 M3はやっぱりクレトラックだからしゃーないだろ。

 じゃあ2輌とも信地旋回の練習始め……ん?

 授業中なのにこんな危ねえとこで寝てるのがいるな……」

「麻子ぉ!なにやってんのよ」

 

 さおりんが寝そべっている人影の正体に気がつきました。

 

「ほえ? 午後からの天才かよ。いい度胸してやんな。

 ちょっくら起こしてくら。危ねえしな」

 

 海崎はⅣ号の操縦席から降りると、冷泉麻子を回収に行きました。

 

 

 

「コイツ全く起きやがらねえ、よっこいしょっと」

 海崎が目を覚まさない麻子を、しかたなくおんぶして連れてきました。

「麻子、あんたなにしてんのよー」

「なんだ赤ざぶとん(赤点寸前の意、ここではさおりん)、知り合いか?」

「小学校以来の幼なじみ。……でも戦車道にも赤点あったなんて知らなかった」

「通常の3倍の単位とは言ったけど、3倍の評価とは言ってないよ~」

 38(t)から角谷が降りてきました。さすがにサボってオネンネというのは看過できないのでしょう。

 するとようやく麻子が目を覚ましました。

「……ん? もう終わりか?」

「麻子ぉ! こんな戦車がゴーゴー走ってるところで何やってるのよ」

「自主的休業。授業はもう分かっている」

 

 そんな麻子に海崎は何かドイツ語で書かれたらしき小冊子を渡して、

「面白れえな、じゃあちょっくらこいつを読んでみな」と言いました。

 麻子はほとんど斜め読みのように飛ばして読みます。

「わかったかたあ聞かねえ。アタマに入ったか?」

「ああ」

「なによ麻子、ドイツ語とか読めるの?」

「たぶんコイツは10カ国語ぐらい平気で使えるはずだ、そーゆー事例もある。

 じゃ、さっそくやってみせなよ。ほれ、赤ざぶとんも戦車戻んな」

 

 麻子は、マッチ棒のようなバランスの悪い体で、ふらつきながらⅣ号の操縦席になんとかよじ登り、ハッチから入り込むと、勝手知ったるかのようにブレーキを確かめ、ニュートラルを確認してから、メインクラッチを切ってイグニッションを回します。

 

「さっきまで動かしてたから、暖機は省略していいぞ」

「わかった、では行くぞ」

 

 そう言うと麻子はメインクラッチを切ったままシフトを2速に入れ、両レバーを接続に入れ、アクセルとクラッチを絶妙につかいながら、なめらかに発進させました。

 

 

 

「かいざー、あいつに読ませたそれ、いったい何?」

 38(t)から降りてきている角谷が、その小冊子を見てけげんな顔をします。

「取説じゃねえよ、むしろ乗ってる奴らの間で作られたコツがまとめられたテキストだな。

 これから乗る奴が読んでもいいように書いてある。もっとも英語の対訳もついてるけどな」

 

 発進をスムーズにやりとげた麻子は、今度はハッチから顔を出して、加速に移りました。

 手元もタコメーターも見ていません。排気音で回転数を聞き取って、ほぼパワーバンド(といっても物が機関車用ディーゼルですから、せいぜい上限2000回転ぐらい)を使っています。

 クラッチを切ってシフトする時間が短く、ペダル扱いがスムーズなのでシフトショックもなく、素早く加速します。

 レスポンスがいいエンジンというわけでもないのにキビキビしています。

「やっぱりな、会長。あっしはまさかあいつがいきなりフル加速やるとは思わなかったけどね」

「かいざー、冷泉ってつまるところ何者なの?」

「ウルトラレアアイテムよ、「レインマン」って映画でも見てくれ。

 存在がおおっぴらになるといろんな大学の研究者が群がってくるから、口外無用にしてな」

 

 Ⅳ号の中では、タガの外れた秋山殿が絶叫しています。

 

「ヒャッホー、電撃戦だぜい!」

「人、変わってる」

「パンツァー・ハイね……」

「……すいません」

 

 そんな車内のやりとりをよそに、営庭の境界が近づいてきます。麻子はクラッチを切って軽く空ぶかしすると、その瞬間にスパッとシフトダウンします。

 クラッチワークが上手いのでやはりショックはありません。

 ブレーキを軽く当てながら3速まで落とすと、今度はブレーキを放し、荷重が移動した瞬間に左の操向レバーを引き、半接続を探りながら向き変えに入ります。

 アクセルを徐々に踏み込みながら、つまり立ち上がり重視でコーナリングします。

 コーナリングフォースと遠心力の釣り合いが取れているのでさほど横Gも感じません。

 

「麻子、戦車運転できたの?」

「今覚えた」

 

 本当は脳内ストレージのデジタルデータをアナログイメージに変換して、左脳の言語野を通さないで、直接運動野に放り込んでるんですけどね。

 麻子は言葉を惜しみますね。

 

「面白えじゃねえか」そういうと海崎は、イージーエイトの車長席に滑り込みます。

 

「おい、ももがー。Ⅳ号を追っかけてみな」

「はいなり」

 

 イージーエイトが砂煙を上げて発進します。加速とトップスピードはこっちの方が上で(あくまでいじった結果)、さらにデフも付いているのですぐに追いつけそうなものですが、なかなかそうはいきません。

 

「ちっとも追いつけないなり。直線で迫っても曲がるとおいていかれるぞな」

「ももがー、シフトがガサツだね。あいつは加速と減速にかける時間がとても短い。

 その上、力任せで曲がっていない。

 荷重移動や遠心力を巧みに使ってコーナリングしている。

 つまりアクセルもブレーキも使いこなしてるんだ。

 お前はレバー操作で曲がってるだけ。

 ただあれじゃ、操向クラッチが心配だな。

 プレートとスプリング強いのを自動車部に作ってもらわねえと、短時間で終わるな」

 

 38(t)から降りた柚子が角谷とその「追いかけっこ」を眺めていました。

 

「まあ、小山。私らは直線走ってUターンの繰り返しでもやろうか。エンジンがラン○ボらしいから、スピードだけでも出るでしょ?

 とりあえず曲がるときは完全に止まってからってことでいいんじゃない。

 今通ってる教習どっちでとってるんだっけ?」

「一応MTですけど、自信ありません」

「いやー、いくら何でもあんなタガの外れた真似しろとは言わないよ。

 松本たちもガックンガックンなんだからさ。

 こいつとⅣ号は一番原始的らしいからしょうがないよ。

 ……おや、Ⅳ号が戻ってきたねえ。かいざーとうとう抜けなかったか」

 

 ギアをニュートラルに戻し、エンジンを切ってからクラッチとブレーキを放す。と誰に言われたわけでもないのに停止動作まで終えた麻子が、あいかわらず眠そうにフラフラと操縦席から降りてきました。

 

「麻子、すごいじゃん。一緒にやろうよ」

「眠い……午前中眠れないのは嫌だ……」

「冷泉さん、お願いします」

「いろいろ無理」

「麻子ぉ、あんた単位足りてないじゃん! 遅刻とサボりで留年したら、おばあちゃんにどう言い訳するの?」

「……おばぁに言いつけるのか! やめろ。私が殺される!」

 

 なんか、一気に目が覚めたようです。そこに「にひひ」と笑いながら、角谷が割り込んできました。

 

「やーやーやー、冷泉ちゃん。君すごいんだねー。エンジン付きの乗り物動かしたの初めて? 

 たいしたもんだあ。ところで冷泉麻子、君って遅刻しないで来れたこと、今年あったっけ?」

「ない」

「先生方がうるさいんだよ。首席だからって遅刻常連は認められないってね。私がみんなに約束したこと覚えてるよね」

「確か……遅刻見逃し200回。うむ、そう言ったな」

「あと、たしか貸しがあった人いなかったかなあ? 西住ちゃーん」

「はい……」

「喜べ、ここにいる常習遅刻の万年首席が、君の戦車のドライバーになるってさ。

 借りを返したいんだって。

 ――冷泉、お前には他の選択肢はないんだよ~ふふふ。

 で、どうする?」

 

 麻子はしぶしぶ答えました。

 

「わかった……戦車道、やろう」

 

 こうして万年首席も、やっと観念しました。

 

 

 

 最後に皆でネジの増し締め、注油、フィルターのお掃除、グリスアップなどを行って、本日の授業終了です。重労働ですね。

 Ⅳ号は定数の5人になったのはよかったです。

 

 

 

 さて……、昼近くで誰もいなくなったはずの、照明も消えたブリーフィングルームに、

まだ4つの人影が残って、何かを話している。といっても逆三角形体型の人は、壁を背に腕を組んで黙って立っているだけだが。

 

「ふー、西住ちゃん、自分が何者だかわかってんのかねぇ?

 隊長どころか車長にさえなろうとしない。

 くじ引きで配置を決めるとか、ふざけてないかなあ」

「ありゃあ、回避性パーソナリティ丸出しだあね。母親が厳格に育てすぎて、失敗を許さなかったんだろうさ。

 失敗と責任を回避したくてしょうがない」

「それだけじゃないのではないかしら」

「いや、何者かはよく分かってるでしょ。自分が実は周囲から外れた人間だって事もね。

 だから今時の女の子はこう言うものだと考えて、周りに適応させるペルソナを作っちまった。

 テンプレ的なのをね」

「確かに彼女、作為的というかぎごちない振る舞いをしているものね。

 というか自分を無害な人間に見せようとして、必死なように見えるわ」

「じゃあ、藁人形仕立てて表面にでてこない西住ちゃんそのものにお出まし願うしかないんじゃない?

 荒療治でも何でもして。その点どう思うのさ」

「……」

「一般論で構わないから、言ってみなよ」

 

 回転椅子が回る音がして、髪の長い誰かが他の2人に背を向けたようだ。

 

「確かに、甘ったれるな、今の自分の本分とは何なのだと問い詰めるべきかも知れん。

 責任から逃げるな、そのままいつまでも自分の狭い世界に閉じこもったまま腐ってしまうなら、お前は最低の人間だと叱り飛ばす必要もあるかのも知れない。だが……」

 

 再び椅子の回る音がして、その誰かが他の2人に向き直る。

 

「……そいつは野暮ってぇもんじゃねえすか?

 あっしらに必要なのは西住まほのカーボンコピーじゃあねえし、

 それじゃあ黒森峰にいる西住まほには勝てやしませんよ。

 あっしに考えがありんすが、やらしちゃくんねえですかね」

「フェロモン出っぱなしの西住ちゃんなんて、お断りだよ」

「撃破率300%になったりして。ふふふ」

「あー、それは無理無理。頑固な規律性が一本通った堅物でしょ。

 女であることを武器にしようなんて発想なんざ異次元のかなたっすね、あの野暮天は。

 前に出ることと批判される事への恐怖さえ取り除いてやりゃあいい。

 じゃああっしは昼飯食ってきやす」

「まあ、無茶してもいいよ。私が許すから」

「あらあら、物騒ねえ。でも楽しくなりそうだわ」

 

 

 

 同じ頃、黒森峰女学園で、くだんの西住まほが今回新規購入した戦車について、連盟に提出する審査申込書の作成をしています。

 

「隊長、昼食をお持ちしました」

 

 逸見エリカが持ってきたものは、アイスバインにザワークラウト、

それに黒パンと代用コーヒーです。気合いが入ってますね。

(代用(エアザッツ)コーヒー。コーヒー豆の代わりに大豆を焙煎したもの)

 

「ああ、そこに置いておけ」

 

 逸見には、まほに伝えなければならないことがありました。

 

「隊長、生徒会から補正予算書の作成を求められています。

 といいますか、そのラインナップで現状の他校に臨むのは、明らかにオーバーキルだと思いますが」

「予算書は四軍にやらせておけ。我々は今度こそ確実に全国制覇せねばならない。

 そして今後もだ。二度と負けるようなことがあってはならない。

 西住の名誉もかかっている」

「立ちふさがる者は、ただ進み、押しつぶすのみと」

「そうだ、黒森峰は百年後まで勝利者でなければならないのだ。

 そしてこのような戦車隊を万全に運用できるのも、我が黒森峰のみだ……」

 

 そのようなことを言いながらも、西住まほは相変わらずの無表情でした。

 

 

 

 






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