戦車残俠伝~再開~   作:エドガー・小楠

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第漆話 号砲一発! 大洗戦車軍団始動、できません

 

 海崎は沈没チームをシャーマンに乗せる気まんまんで、転換訓練といってイージーエイトで慣熟訓練やっています。そこへ自動車部のホシノがやって来ました。

 

「良くわかんねーのがあってさー。

 かいざー、戦車には「私らで言うステアリング」はないよね?」

 

 まあ、ないわけではないのですが、海崎はあいにくそんなマイナー戦車を売ったことはありません。

 ですのであたりさわりのない範囲での説明をします。

 

「そうだな。操舵装置じゃなくって操向装置とかいうもんな。

 車のデフが逆の仕事やってると思えばいいよ。

 大戦終結までの戦車でクルマ並みのコーナリングができるのは、

 クレトラックのアメリカ戦車だけだ。

 エゲレスのメリットブラウンもタイガー系列のダブルラジアス操向装置も

 ギクシャクとしか回れねえよ」

 

 イージーエイトが走り出しました。

 2人は砲塔の縁につかまって、演習場を走るイージーエイトの上に座って乗ってます。

 

「じゃあ、アレは何なんだ?」

 何か小さな車影が、イージーエイトを追い越していきます。

「はあ? 今こいつフルスロットルで時速60キロで走ってるんだぞ? 八九かよ」

 はっきゅんは彼女らの前で、きれいに、速度を落とさず、華麗に尻を振りながら90度左に曲がりました。

「て、てめえら、あいつを抜け! 超許さん!」

 しかし、どんどん離されていきます、曲がるたびに。そして最後は超信地旋回で180度ターンをしてみせました。

 大戦中の戦車で超信地ができるのは、B1bisとクロムウエル以後のイギリス戦車と

 ティーガー系列と失敗兵器ぐらいなのに。なおロシアなんか未だにできません。

 

 

 

 海崎は、その八九式をみて、めまいすらおぼえました。

 

「V○ECのSOHC3.5リッターはまあいい。

 V○ECにボルトオンターボが邪道とか野暮なことは言わねえ。

 しかし、なんだよこのハイドロスタティック式操向装置とおりこしたホ○ダマチックは!」

「無段階変速機と一体になった油圧ディファレンシャルだよー。

 ホ○ダはずっと前から研究してたよ。今、4輪バイクで使ってるよ。

 八九式は最初から後輪駆動だったから楽だったって。にぱっ」

 

 操縦してたのは、ドリキン土屋圭……じゃなくてツチヤです。

 何か以前戦車道やってたころから、自動車部はそんな研究をしていたようですが。

 

「事実ならトルコンより効率がいいぞ。ヒトマル式だって積んでるかどうかわかんねー。

(※注:積んでます)

 それに何だよこの足。ビル○ュタインじゃなくてオー○ンズとか渋くねえか?」

 都合のいいことに八九式は、変速機も操向装置も懸架装置も図面滅失だったようで、こいつは但し書きしまくりんぐのようです。

 どおりで崖の途中の横穴なんかに隠すわけです。

「みんなでがんばっていじったけど、とうとうトップスピード100キロ届かなかったよ。

 みぽりんにも聞いたけど、これそもそもなんだかわかんないって」

「カタピラで走ってる時点で超えるわけねーだろ! 

 つーかクロスドライブも知らねえのが、そのはるか先知るわけねーだろ!

 というかいろいろ間違ってるだろこの八九!!」

「そんなに無意味に速いのか?」

「ホシノよう。重機関銃で穴の開く紙装甲、100mで3cmしか抜けない主砲。コイツを倒せない戦車はなく、コイツに倒せる戦車もない。無意味とか言う以前の問題。ガワだけでもコレクターに売れば、もしかしたらシャーマン2台買えるかも知れねえ」

「おいおい、せっかく先輩方がこさえたレコードブレーカーなんだから、売るならくれよ」

「いーや、絶対に売る! レーサーにならもっといい値段で売れるかもな」

「かいざーさん、ここまで変態な動力系持った変態戦車はないでしょ?」

 ツチヤは先達たちの偉大な業績が、誇らしいようです。

「あることはあるが、まずお目にかかることはねえと思うぞ。

 フェルディナント・ポルシェの作る戦車は「カス」エレクトリック。

 電気式ディーゼル機関車と同じ電気駆動だが、モーター二つ使っているので、

 無段階オートマで無段階ディファレンシャル。

 信地旋回と超信地旋回が両方できるとかなんでもあり

(ただし、左右のモーターの同調が取れていればの話)。

 だが、取り柄はそれだけ。

 RRだからってカ○ラとかレオⅡとかと同じとか思うなよ。

 ポルシェタイガーなんて重くてエンジンもモーターも焼けやすく

 効率も悪りいし燃費激悪。満タンで80kmですが何かだ。

 初運転の時はエンジン発電機の電気で足りなくてアンビリカルケーブル使って

 外部電源から電気を供給した。そして信地旋回しようと思ったら、地面に埋まった。

 おまけに空中を毒電波で汚染する。

 10輌以外はエレファントという粗大ゴミになった。

 まあかかわらぬが吉だよ」

 

 あー、良くしゃべる奴です。講談師、見てきたようななんとやらでしょうか。

 

「そうか、そんなにレアなのか。じゃああれはただのティーガーなんだろうね……」

 

 ドイツ戦車など廃スペックなだけの欠陥品としか思ってないらしい海崎は、

最後のは聞いていないようでした。

(※ 最近の研究では、エレファントは粗大ゴミどころか、最終的に5倍の敵と差し違えた偉大な戦車です。)

 

 

 

 戦車倉庫の前には自動車部のテストが終わった5台の戦車が並んでました。

 しかし、なにやら不穏な空気が漂っています。

 

「おい、かいざー。お前が発掘戦車売るって言ったら、みんなしてハンストに入ったぞ。

 もぐもぐ」

 

 角谷が大好きな干し芋食いながら、しれっととんでもないことを言いました。

 

「はあ? なんだそりゃ! おい、カイチョー。てめーあんな低スペック集団でどこに勝つつもりだ」

「かーしまが言ってたよ。戦車なんて皆同じにしか見えないって。だから買い換え却下」

「そこで河嶋かよ! あいつの言うとおりにやって上手くいったことってあったか?」

「いーや全然。金がもったいないだけ。もぐもぐ」

 

 

 

 海崎は「しゃーねーな。もう」とつぶやきながら、戦車倉庫の前までやって来ました。

 

「おーまーえーらー、おとなしく投降して、売り払いに応じなさい!」

「……」

 返事はないっす。

 仕方がないので海崎は、1輌ずつ説得を始めます。

 

 

 

 Ⅲ突の車長は松本里子という、ドイツの軍帽に砂漠用ゴーグルをつけている本気度が高いのかよくわからない女子でした。

「おーい、歴史オタクども、そんな無砲塔の前しか攻撃できないのに乗って、

 何がしたいのですか?」

「失礼な。Ⅲ号突撃砲は継続戦争でソ連を撃退した偉大な戦車だ。

 マンネルハイムとシモ・ハユハとミカ・パウリ・ハッキネンと、

 ついでにムーミンパパに謝りなさい」

「だーっ! そんなん使ってるから継続高校はベスト4行けないんだぞ。

 仮にシャーマン1000輌あったら、(元)レニングラードだって陥ちてるっつーの!」

「歴史的にあり得ない」

 バタン!

 

 

 

 海崎は今度はM3の1年生の説得にかかりました。

「ねーねー、1年生のかわい子ちゃんたち。そんな7人兄弟用棺桶よりいいのは

 いくらでもあるんだよ~」

 今度は車長の澤梓が、3mのところにある車長用ハッチから顔を出しました。

「じゃあ聞きますけど、私たち6人が一緒に乗れる戦車ってあるんですか?」

「うーん(狩虎かエレファントか、五式中戦車とか、KV2T35、ろくなのねえ。おーそうだ!)、

 お嬢ちゃんたちアメリカの重戦車ならどう? 6人乗りだよ」

「それ、今頼んでいつ頃来るんですか?」

「(100台ぽっちしかねーからなー)早くて1ヶ月」

「そんなに待てません」

 バタン!

 

 

 

 海崎は今度は、なにやらオーラのただよっているはっきゅんの前にやってきました。

「おーい。日紡貝塚の河西さーん、磯辺さーん、佐々木さーん、倉紡倉敷の近藤さーん、

 無駄な抵抗はやめてでてきなさーい!」

「そんな偉大なる神の名を出すな!

 こっちは生徒数9000人の学校なのに潰れたバレー部なんだぞ。かいざー!」

 磯辺キャプテンは上級生のかいざーにため口です。

「ホントなんで潰れたんだろ?

 ――じゃなくて、そんな段ボール製のBB弾しか撃てないのではサバゲしかできませんよ。

 売ればいいお金になるんですよ」

「じゃあ、聞きますけど。このすごい八九より速い戦車はあるんですか?」

「近藤君、たぶんないと思うねえ」

「この猛烈な八九より、曲がる戦車はあるんですか?」

「佐々木君、おそらくないだろうねえ」

「この強烈な八九より、操縦の簡単な戦車はあるんですか?」

「河西君、絶対にないと言っていいだろう」

「それでは全力でお断りだ!」

 バタンッ!

 

「てやんでえ! ちくしょう! アタマきた!」

と言って海崎は、「○○とうふ店(自家用)」という白い切り抜きステッカーを持ってきて、八九式の右側面に貼ってしまいました。

 さらにその上からバーナーであぶってます。

 

「ふん、ざまあ。これでこいつはもう取れねえし、どんな塗料もはじいちまうからな。

 AE八九だ。きしししし」

 

 

 

「海崎、それ以上近寄ったら撃つぞ!」

「おー、撃てるもんなら撃ってみやがれ!」

「私ではなく、小山がだぞ!」

「……失礼いたしやした」

 

 これについては、説明の必要はないと思います。

 

 

 

「結局、これに乗ってる奴次第って事か」

 海崎は、最初にここに来れば良かったんじゃね、と思いながら、Ⅳ号の前まで来ました。

 

 

 

 


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