戦車残俠伝~再開~   作:エドガー・小楠

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第伍話 To be or to go,that's a question.

 

 放課後すぐに、海崎が戦車を埠頭まで持ってきました。

 引き上げに関しては角谷からの要望で、自動車部の実験をあわせて行うことになっています。

 中甲板の縁までやって来たのは、自動車部最大の重機、220トン吊りの自走クレーン。

 舗装路もラフロードも走れるオールテレーンクレーンと呼ばれるタイプです。

 実験というのはフック部分に工場の天井クレーン用電磁石を装着し、それで戦車を回収できないかというものです。

 

 最大能力のオルターを持ってきたのは、ブーム(腕)を伸ばす必要があるからです。

 220トンという吊り下げ能力は、まったくブームを伸ばさないときであり、ブームが伸びれば当然引き上げられる重量は減ります。

 てこの原理でクレーンが倒されます。

 そのため40トン行かないイージーエイト吊るのに、このクラスが必要になったのでした。

 オルターはアウトリガーを展開し、車体を浮かせ、クレーン部を旋回させて狙いを定めます。

 電磁石は20kwのものです。まずこれを前部装甲板に吸着させます。

 そして吊り上げ開始。

 皆がハラハラする中、イージーエイトは傾きながらも順調に引き上げられ、無事に中甲板に荷揚げされました。

 

 そして、戦車倉庫前の平らな演習場に、5人が集合しました。

 

「さあさあ、皆さん、乗った乗った」

 

 海崎は、みほ、沙織、華、角谷の4人に乗るよう促します。

 

「これは、イージーエイト……」

「西住の、あんたはドライバーやってくれるか?」

「私、操縦は苦手で……」

「他のお三方は、乗ったことさえないよ。あんたの乗ってたタイガーに比べても楽ちんなはずさ。

 まあ、タイガーはダブルラジアスで、セミオートマだからドイツの中では楽だけどな」

 

 そういうと海崎は、自分は通信手席に座り、後の3人は砲塔に入るよう促し、全員にスロートマイクとヘッドホンを渡します。

 ガンナー席に座った角谷以外全員が、ハッチから顔を出し、いよいよイージーエイトが周回走行を始めます。

 

「こいつはデフの作りから、信地旋回や超信地旋回はできないが、高速旋回が気分いいよ。

 タイガーのように旋回半径2種類×8速なんて面倒くさいことはねえからな」

 

 この戦車は何らかのチューニングが行われているのか、カタログスペック以上に加速し、速度も50km/hを超えています。そこから左のステアリングブレーキレバーを引くだけで簡単に旋回を始めます。

 内側の減速した分だけ外側が増速しますので、スムーズに回ります。ドイツ戦車と違って操向装置にクラッチを使ってませんので、パワーロスもなく、ギクシャクもせず

気分良く回ります。

 

「どうだい、取り回しとか車庫入れとかはまたコツがいるが、ただ振り回すだけなら簡単だろ?

 飽きるまで遊び倒してくれよ」

 

 砲塔の2人も気分よさげです。角谷は照準眼鏡をのぞいて悦に入っています。

 不思議なことに、このイージーエイトの車内は静かです。

 もっともみほがそう思うだけで、あとの3人にはうるさいレベルですが。

 それでもインターコム使わなくても肉声で会話ができています。軽トラレベルの騒音です。

 

「じゃあ、まずあそこから行っか」

 海崎の指す方向には、高さ10mぐらいの急斜面があります。

「あんなの、壁じゃない!」

と、沙織はいいますが、斜面ってものは、横から見るとそんなでもないことが多いです。

「まーまー、あれでもざっと45度かねえ。スキーのゲレンデよりちょいキツいぐれえだ」

 みほは普通は使わない1速に落として、慎重に登ります。

「登ってますわ……」

 どこかの自動車会社のCMみたいなことを本当にやっているのを見て、華さんは驚きました。

「4輪ならRVでも助走なしではキツいだろ。オフロード用の単車でも腕と度胸がそろってねえと難しい。でもな、戦車のような装軌車は、以外と急勾配には強えんだ。スノーモビルもソリとゴムの履帯だろ? 車輪だと接地圧高くて雪や土を掘って止まっちまうのさ」

 

「ほう、一応演習場らしくなっているんだねえ」

 海崎は、まじめに感心しています。

 目の前には高さが不揃いな岩が転がる、100mぐらいのセクションがあります。

「あの上行くの-? もーやだ。行けるわけないじゃん」

 沙織はそう言いますが、みほはお構いなしに進みます。

「わかってんじゃねえか。そうだよ、出っ張ってんの踏んづけていくのさ。

 出っ張った突起が底に刺さると、もう動けねえ。

 でも、車幅感覚がねえと、これはできねえんだ」

 これで操縦が苦手とか、黒森峰のレベルは高そうですね。

「徒歩でも大変だねえ。こんなガレ場」

 角谷では大変とかいう話ではないでしょう。こんなアスレチック無理です。

「おっと、通過するまで歯ぁ食いしばってろよ」

 舌でもかんだら大変です。

 沙織は、こんな悪路でも意外とゆさゆさしないので不思議に思いました。

「でも、そんな必要ないんじゃないの? あんまりガタガタしてないし」

「よくぞ聞いてくれました。ややこしいからこまけえことは言わねえがHVSSっていうのが……」

「要するに車輪の動きがいいんだろ。かいざー」

 会長は付き合いが長いのか、長広舌が始まる前にふたをしました。

「……転輪全部にダンパーまでついてるんだがなあ」

 みほは、それでも動きが良すぎてなめらかなので、何らかの方法で高性能化してありそうだと思いましたが、確かめてみる気にはなりませんでした。

 これだけ安定していれば照準も楽です。

 

「ふん、今度は人工の川か」

 前方に幅5mぐらいの川が横たわってます。

「ちょっと待ってろよ。渡れるところ探してくらぁ。これやって帰ってくるときに太もも撃たれて死んだのがいるけど、さすがにここに鉄砲かかえて伏せてる物好きはいねえだろ」

 そう言うと海崎は、深さ1mぐらいの場所を探してイージーエイトを誘導。

 そして、今度は副操縦手席のハッチの上に座って、川をのぞき込みながら誘導します。

 

 今度は幅2m、深さもそのくらいの堀が2本掘られている場所に出ました。

「ちょっとみぽりん、そのまま行っちゃうの?」

 沙織は慌てますが、みほはアクセルをちょいふかすと、何事もないかのように通り抜けてしまいました。

「2mぐらいの堀じゃ、戦車落ちねえよ。落っことすなら、倍は掘って、しかも壁は垂直にしねえとな。ほかの乗り物じゃこれ越えるのは無理だけどよ」

 どこかの知波単の二輪乗りには、異論がありそうですが。

 

 さらに進むと、目の前をかなり太い倒木が行く手をさえぎっています。

「さしわたし1mぐれえありそうだな。それが3本か」

 これは、わざと倒しているものではないです。自然に倒れたもののようです。

 こんなのは、いくらなんでも戦車でも越えられそうもないでしょう。

「よーし、みんな中に入ってハッチ閉めろ」

 そう言うと海崎は、床下の湿式弾庫(といっても戦車道で誘爆の危険はありませんから、グリセリン溶液は入っていません)から榴弾を取り出し、10円玉で弾頭のネジを回して、華さんに渡します。

 信管を短延期にセットしたのです。

「すまねえが、そいつを砲にこめてくれ。半分入ったらあとはグーで押し込みな。

 全部入ると自動で栓が閉まるから、指はさまないようにな」

 華さんが言われたとおり装てんすると、今度は角谷の番です。

「カイチョー、修正はいいから左手のハンドルで高さ合わせて、右手のレバーで向き合わせな。

 照準器のど真ん中に丸太をとらえたら、ペダルの横の箱の左の方のボタンを踏めば撃てる」

 角谷がいわれたとおりやってみると、主砲が榴弾を撃ちました。

 このときだけは、車内に轟音がとどろきます。

 榴弾が倒木に食い込んでから、中で破裂します。

 車体に木切れが当たる音がひとしきり続いたあと、あったはずの倒木は文字通り木っ端微塵に吹き飛んでいました。

「……すごい」

 戦車初体験組は、驚くよりむしろ感心しています。

 

 

 

「どうだった? 久しぶりの戦車は」

「それは……」

「こいつがこんだけ機嫌良く走ってんだ。戦車は正直だよ――どうだい、お友達のお2人さんよ!

 楽しかったか?」

 沙織も華さんも異論はなさそうです。ちょっとしたアトラクションよりも楽しめたようです。

「ご同輩も楽しかったみたいだぜ。もうすべてリセットしてゼロからやり直して、戦車が楽しいのかそうじゃないのか、そっから始めたらどうだい?」

「戦車が……楽しい?」

「で、あんた、どうするね? 姉妹そろって理不尽な汚名かぶったままってのも寝覚め悪いぞ。

 黒森と戦うとなれば、逐電した姉ちゃん会いにも来てくれっかも知れねえしな。

 ただ、他にやりてえことがあるならしゃあねえけどな」

「……」

「……後はお3人で、よく話し合って決めなよ。それと、あんたについて行こうと決めた

 赤星さんらともね。あと、あんたならあっしを存分に使いこなしてくれるだろうさ。じゃあな。

 いい返事期待してるよ」

 

 こうして海崎主催の「戦車試乗会」は終わり、皆それぞれ帰途につきました……。

 

 

 

 そして、学校からの帰り道。

「戦車って、すごいわねぇ。いままで全然知らなかった」

 沙織は、なんかぼうぜんとしています。

「私も戦車道、やりますわ。西住さんもやりましょうよ」

 華さんは、なにかに覚醒したようです。

「あわわわ、ちょ、ちょっと」

「やっぱりみほもやろうよー。子どもの頃からきちんと教わってきてるんだし」

「やっぱりいろいろご指導ください。でも戦車って、もっと乱暴に走ると思ってましたわ」

 みほはまさかこの2人が戦車なんかで喜ぶとは思っていなかったので、パニクっています。

「ど、どうしてこう言う話に。というか、あの戦車はわりと簡単に操縦できて、

 もともと足回りも居住性も良くて、その上あの人がいろいろ手を入れてるから

 ――あんなの他にはそれこそヒトマル式しか、ああ、ええと……」

 

 さおりんと華さんがみほをはさんでそんなやりとりをしていると、反対側から5人の生徒がやってきました。

 暗そうな表情の赤星さんと仲間たちです。

 

「……みほさん、私たち会長さんに、みほさんってどんな指揮する人かってたずねられたんです」

「そして、1年で入学したときから副隊長を任せられて、何も教わらなくても巧みに部隊を操って、キルレシオも歴代の誰よりも良かったとか、いろいろお話ししたんです」

「そしたら会長さん、いやー西住ちゃんなしでは、うちの戦車道はなり立たないね。

 みほさん来ないなら白紙に戻すって言うんです」

「戦車道やらないのなら、私たちには黒森峰に戻ってもらうしかないって。

 黒森峰に戻されたら、私たち四軍です!」

「みほさん、お願いです。私たちと戦車道やってください」

「いや……その……あ、はは……」

「私たちを助けてください! お願いします!」

 

 これが決め手となって、とうとうみほの退路は断たれてしまいました。

 このときの7人の手には、「校内どこの学食でも無期限フリーパス(華さんだけ「盛り放題フリーパス」)」と大洗商工会発行の「商工会フリーカード」が握られていたというのは当然ないしょです。

 

 

 

「西住ちゃんさ、戦車道やるって言ってきたよ」

 

 翌日、角谷と海崎は人払いした生徒会長室で話し合っていました。

 

「……とりあえず一件落着だね。だが、お姐、これからがてえへんだ。

 西住みほが望むと望まねえと、あっしらは全国高校生大会で優勝しなきゃなんねえ。

 それは西住みほがどう化けるかにかかっている。

 あと、いつ本当の事情を話すかだな。

 ……それと、このガッコの資金、あっしの稼業に使っていいってのは信じていいんだね?」

「今まであんたがやってたことには目をつむっていたんだ。

 ダミー口座は用意するからしっかり稼いでね。

 私らは今はワラでも何でもつかむしかないんだから……。

 それよりあんたこそ、西住ちゃんにあんなこと言っていいの?

 黒森峰と戦って自分の正しさを証明しろとか。戦車は楽しいぞとか」

「ふん、西住姉妹のいねえ黒森なんざ、役不足もいいとこよ。ただの形骸さ。

 あえて言おう、カスであると。

 グロリアーナや継続の方が怖えぐれえよ。

 自分を取り戻した西住みほに、形しか学ばねえ硬直した奴らが勝てるかよ。

 あいつは天然なんだ。あと、昨日講釈したことな、あれ全部あっしの本心さ。

 我ながらぺらぺらよくしゃべったもんだがな」

「ずいぶん西住ちゃんのこと高く買ってるね。それと、ロマンチストとは意外だったね。

 ……たださー、まだ噂の段階なんだけどさ。「西住まほ」が黒森峰に復帰した。って

 いうんだよね……」

「はん、ありえねえ。あんたもよく知ってるんだろ? 西住まほのことは。

 ……しかし、河嶋も良く芝居できたな。

 実際体重のないお姐の腹パンなんざいくら食らっても……

 ―――うぐぉぐえっ!」

「かいざー、いい腹筋してるじゃん。鍛えてるねえ。

 ぷよぷよのかーしまと違って全力出してもオッケーだ。

 やっぱあんたは脳みそより筋肉だねぇ」

 

 ……角谷の、きちんとひねりの入った正拳が、海崎のハラにめり込んでいました。

 

 

 

 同じ頃――。

 天草灘に沖がかりで停泊中の黒森峰女学園学園艦。

 母校は熊本港だが、有明海への侵入が困難なほどの巨体のため、陸との連絡はシャトル船かヘリコプターを使う。自家用操縦士なら17歳から免許取得ができるので(本当です)、黒森峰には生徒のパイロットも在籍している。

 機甲科所属の2年生、逸見エリカは17歳の誕生日を目前に控えて、現在ヘリの教習を受けていた。

 今日は4人乗りタービン単発の機体に教官と乗り込んで、飛行学校から黒森峰学園艦までフライトすることになっている。

 ただ、今日は別の目的もある。人目については都合の悪い人物を便乗させるのだ。

 暖機中のヘリに、トレンチコートを着込んだ女が、トランクを1つ下げて、歩いて近づく。

 逸見はヘリのドアを開けて、その女を招き入れた。

「半年にわたる特務からのご帰還、大変お疲れ様でした。隊長」

 隊長と呼ばれた女は、逸見に聞き返した。

「私の留守中に、何か変わったことはなかったか?」

「特にございません。全国大会決勝戦から若干の混乱もございましたが、今は落ち着いています」

「私の名代として、今日まで良く機甲科をまとめてくれた。感謝する。

 今日からはまた私が、黒森峰戦車隊の指揮を執り、優勝を目指す。

 貴様には今年から副隊長を任せよう……」

 逸見がヘリで人目を忍んで黒森峰に連れて行こうとする人物は、西住家から出奔し、行方不明であるはずの黒森峰機甲科隊長、西住まほ。その人だった……

 

 

 

 

 


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