戦車残俠伝~再開~   作:エドガー・小楠

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第弐拾捌話 決断! 第63回戦車道全国高校生大会突入

 

 

 

 戦車道全国高校生大会のトーナメント組み合わせ抽選会場には、各校選手が補欠を含めて原則全員出席することとされています。

 

 ある意味ばかばかしいことですが、連盟には外部に対して「戦車道は不人気だ」という実態をみとめられない理由があります。

 ひところとくらべて、休止した学校、休眠状態の流派もあります。

 たとえば去年までの大洗のように。

 しかし、文科省(に集約された各官庁からの)補助金と、各種団体からの賛助金がたたれれば、連盟自体が終了です。

 流派からの拠出も、今では西住流のみで、あとは免除している状態です。

 

 不人気の理由。それは「乙女のたしなみ」というたてまえの崩壊がひとつ。

 いまどきの若い女性は、「物理的」にも「精神的」にも狭い意味でも「乙女」である必要が、まったくありません。

 そんなものをとっぱらって、スポーツにして、アグレッシブにしてしまったほうがよかったかもしれません。

 結果、「古くさい、時代おくれ」とみなされ、女性の武道離れのなかで、さらに人気をうしないました。

 

 次にあげられるものとして、「安全神話」の崩壊があります。

 いい例が、昨年度の「赤星事故」でしょう。

 最悪なことに、唯一TV中継されている「決勝戦」で、カメラクルーが撮影中に起こってしまいました。

 いまでは子どもを持つ母親たちが、娘たちに「戦車道だけはやるな」と教えるしまつです。

 こうなると、かつての学生運動がそうであったように、衰退するばかりです。

 

 そして最大の問題は、西住宗家が指摘したように、世界ランカーの不在です。

 

 モータースポーツにもある問題なのですが。すそのがせまいのです。

 もともとそうだったのに加えて、上記の事情まで加わってもはや悲惨な状態といってもいいかもしれません。

 また、外国では戦車はウーマン・リブやフェミニズム(呼び方が変わっただけ)と結びつけられ女性解放の象徴となって行ったのに対し、封建的遺習が、アポロが月にいくまでなくなっていなかった日本(おどろくべきことに、この国で恋愛結婚が一般的になったのは、大阪万博よりあとなのです)においては、流派も学校も封建的な戦車道をやっていました。

 それは21世紀のいまでもつづいています。角谷が戦車道履修者募集につかったPR映像でさえ「良妻賢母」なんてことばがでてくるのですから。

 そしてその体質が変わらなければどうなるか、大洗戦車隊の人数がものがたっています。

 

 それでも、戦車道連盟は、なりふりかまわず「戦車道」であることに固執しています……。

 

 

 

 しかしながら、今年は西住流の横紙破りな所行のため、この不人気をかこっていた

全国高校生大会が、がぜん世間の注目をあつめています。

 戦車道をすべて自分の傘下におさめんとする西住流。黒森峰女学園。

 それを断固として阻止すると宣言した3強。聖グロリアーナ、サンダース大附属、プラウダ。

 今日まで戦車道のともしびを守っていたほかの参加校は「戦車道連盟に委任する」と表明。

 他門流も連盟も、西住流帰順については保留したまま。

 知波単のみは、生徒会長が学内でおきた「某事件」に全生徒およびOG会の耳目を

あつめさせて、「それどころじゃない」状態にしました。

 

 そして、我らが大洗女子学園戦車隊「ランドグリーズ」は、意気揚々と連盟の借りあげ会場である、某アリーナへ出陣。

 といっても、ごく一部を除いて「場違いな奴らだな」と思っているようです。

 

 連盟側からのあいさつのあと、各隊長がひとりづつ、番号札の入った箱から

札を引いていきます。

 ただし、いわゆる「四強」だけは、別な箱から番号を引きます。

 これは一種のシード制度です。どちらかのブロックに4校とも集まってしまわないようにするためにやってます。

 アナウンスの呼びだしに応じて、隊長が壇上に上がります。そしてボックスが決まるとステージのそでから退出します。

 

 いよいよ、みほが呼ばれました。

 

 みほがステージの中央にある箱から、番号札をとりだして、高くかかげます。

「茨城県立大洗女子学園、8番!」

 アナウンスがかかると同時に、会場の広い面積をしめる、グレーのブレザーの一団から歓声があがります。

 四強の一角。サンダース大学附属高校の選手団でした。

 くみしやすい相手と見てよろこんでいるのでしょう。

 

「おとなげないねえ。うちのようなへっぽこが相手だからって大喜びとは」

 角谷がさめた目で、200人以上は軽くいるだろう集団をながめています。

「お姐。まったくの事実だぜ。いまんとこはな」

 海崎が無表情で返事します。

「ま、むこうが10輌しかだせない段階であたったんだから、いいのかもしれないけどね」

 角谷がオペラグラスでトーナメント表を見ます。

「ふーん。うちのとなりは、くだんのマジノとちょび子んところねえ」

「安斎千代美は、あの酔狂集団のアンツィオを、とりあえず戦えるようにもっていったが、

 戦車がうちよりなさけねえ。マジノに豚飯されておわりだろうよ」

 アンツィオは、無砲塔戦車のセモベンテ突撃砲数輌のほかは、豆戦車カルロベローチェCV33という、どことなら戦えるのかわからない集団です。

「じゃあ、二回戦ではエクレールがかつてのチームメイトにフルボッコだね。

 ウサギに『エクレール搭乗中』って旗でもつけとくか」

 角谷は、しれっとず太いことをいっています。

「ああ、そうだな。ぜひそうしたいものだ……」

 あいかわらず、海崎はメガネの奥で何を考えているのかわかりません。

 

 会場アナウンスが、とんでもない学校名を読みあげたことには、Dさんたち戦車魔改造に興味のある選手をのぞいて、誰も気にとめていないようです。サンダースを含めて。

 

 そして、渦中の人、黒森峰隊長、西住まほが番号札を引きます。

「サンダースがAブロック、聖グロリアーナがBブロック。黒森峰は……」

 角谷がオペラグラスで、番号札を読もうとします。

 

「黒森峰女学園、13番!」

 

「かいざー。黒森はBブロックにいっちゃったね」

 角谷は、鼻で笑ったように見えます。

「だったら、意地でも決勝まで残らなきゃな……」

 海崎が、声のトーンを落としてつぶやきます。

 Bブロックの学校でしょうか、会場の一角で大きな悲鳴が上がります。

「まー、知波単やっちゃったよね。気持ちはわかるね」

「ちがうぞお姐」

 なんと、そのカーキー色のブレザーの集団。当の知波単の生徒たちが万歳三唱しているではないですか。

「ふっ、黒森峰をぶちのめす気でいるらしい。本当にやってくれるなら重畳なんだけどな」

 海崎は苦笑を返し、角谷は「やっぱり知波単だな」という顔でつぶやきます。

「まったくだねえ。とりあえずDちゃんの健闘に期待するよ」

 

 

 

 そして、組み合わせ抽選会が終った後のこと。

 

 会場となったアリーナから、自動運転交通システムで2駅ほど行ったところにあるビル街の一角に、「戦車喫茶 ルクレール」というお店があります。

 いま、みほたちはそこで、お茶とケーキをたしなんでいます。

 国防軍軍服風の制服を着たウエイトレスは注文を受けるだけで、ケーキなどは、

「ドラゴンワゴン」を模したミニチュアのタンクトランスポーターが各テーブルまで運んでくるという、面白い店です。

 

「ごめんね、一回戦から強い相手に当たって」

 みほは、自責の念を感じていました。

 サンダースは戦車の保有数が全国一という学校で、高校四強の一つです。

 しかし全国大会の第一回戦は、双方10輌までと限定されていますが……。

「でも10輌って、うちの(実質)倍じゃん。それは勝てないんじゃん」

 沙織の言うことももっともですが、もっと切実なのもいます。

「単位は?」

 落第しないためだけに戦車道やっている冷泉麻子にとっては、死活問題です。

 もらえないんじゃ。という沙織。

 ケーキをやけ食いする麻子。というよりおばあが怖い。おばけと高いところより怖い。

 

 

 

「副隊長? ……ああ。元、でしたね」

 

 そんなみほに唐突にことばの刃を投げつけてきた者がいました。

 それは黒森峰「現」副隊長、逸見エリカでした。

 隊長、西住まほとともに、この店に来ていたようです。

「お姉ちゃん……」

 まほはみほを一べつすると、何の感情もこもっていない声でこう言いました。

「――まだ戦車道をやっているとは思わなかった」

 

 それに反応したのは、みほではなく、秋山殿でした。

 それも、大洗戦車隊が誰でも知っている、核心を持ちだして。

 

「お言葉ですが、あの試合でのみほさんの判断は、間違ってはいませんでした!」

「部外者は、口を出さないで欲しいわね」

 

 秋山殿を、冷淡に拒絶したのは、逸見でした。

 まほは、沈黙を守っています。

 

(……部外者ねえ)

 

 みほと何も話すことなどないというように、まほは「行こう」とだけ言いました。

 逸見も歩き出します。そして肩越しに、捨てぜりふを吐いていきました。

「一回戦はサンダース附属と当たるんでしょう? ぶざまな戦い方をして、

 西住流の名を汚さないことね」

 今度は沙織と華が激高します。

「何よその言い方!」

「あまりに失礼じゃ」

「あなたたちこそ、戦車道に失礼じゃない? 無名校のくせに」

 逸見は、冷笑を浮かべながら振り返ります。こいつらは何もわかっていないと。

「この大会はね、戦車道のイメージダウンになるような学校は、参加しないのが暗黙のルールよ」

 

(……そんなもん、いつ決まったんだよ。阿呆が)

 

「強豪校が有利になるように示し合わせて作った暗黙のルールとやらで負けたら恥ずかしいな」

 とても不敵で過激な挑発に聞こえますが、これは麻子がケーキを食べながらぼそっと棒読みでつぶやいたひとりごとでした。しかしその傍若無人ぶりが、むしろ逸見にはカチンと来たようです。彼女が珍しいことに一瞬鼻白みました。

 沙織はさらにかみつきます。

「もし、あんたたちと戦ったら、絶対負けないからね!」

 それを聞いた逸見は、鼻で嗤います。

 

「ふん。がんばってね」

 

「――ああ、当然だろ。このスットコドッコイどもが」

 

 いつのまにか、まほと逸見の前に、壁にもたれかかってたたずむ女がひとり。

 単車のチェーンをじゃらじゃらと手でもてあそんでいます。

 もはや地面にとどくかという長いスカートを引きずって。まほとほとんど同じ高さにある目に度のはいっていないビン底メガネをかけている脳筋。海崎でした。

 

「今回は、黒森峰以外の15校が、すべてあんたの首をとりにきてるんだぜ。わかるか? それにだ、あんたらは連盟まで敵に回した。ホントに優勝できると思っているの?

 めでてー奴らだな……」

 

「ふっ。どこの誰かは知らぬが、心配はご無用だ。

 いかなる姑息な画策も、わが西住流の前には、無力。

 だれもかれもそれを思い知ることになるだろう」

 

 まほは、無表情をくずしません。

 一方で、海崎のメガネの奥の目玉は、殺人光線でも放っているかもしれません。

 

「部外者ねえ。

 あっしらはそこの妹さんと、あと、そちらの方々が大洗にわらじを脱いだ時点で、

 とっくに部外者じゃなくなってんだよ」

 海崎がしめしたテーブルに座っていたのは、赤星たち。

「それに!」

 海崎が指を「パチン」とならすと、みほたちのまわりに座っていた客がいっせいに立ち上がりました。大洗戦車隊総勢32名です。

 いや、ひとりだけ立ち上がらず。トロピカルドリンクを飲んでいるのがいます。角谷です。

 

「わりいこたあいわねえ。足元が明るいうちに熊本に帰えんな」

 

 それだけいうと、海崎は自分が座っていたボックスに戻っていきます。

 そしてまほと逸見は、もう彼女らを一瞥することもなく、だまって店を出て行きました。

 

 

 

 

 

 椅子にかける前に誰もいなくなったドアに向かって、海崎がつぶやきます。

 

「熊本に帰って、トンコツ臭せえニンニクラーメンでも食ってろよ」

 

 なんか、みほの殺意が、別な方向に向いたようです。

 

 

 

「ふっふっふっ」

 笑いながら、海崎に近づいてくる黒髪の女は、とうぜんもう一人の脳筋。エクレール様。

「あの逸見とかいう女も、たいがいバカだな。あれだけ我らが隊長を挑発していて、

 一度も相手してもらえなかったんだからな。かわいそうなくらいだ」

「わかっちゃいねえな。

 強者の余裕じゃなく、看板に寄りかかっているだけでしかねえ。道化だ。

 黒森峰の印象悪くしてどうすんだよ」

 ふーん、という顔をしてエクレール様が肩をすくめます。

「なんかまともなこといってるじゃないか。私はてっきり柄にもなくヒールぶって、

 滑っただけだと思ったがな。

 そういえば、貴様もとうとう、昭和時代のスケバン……」

「ちょっと来い!」

 海崎が自分のスカートとエクレール様を引きずって出て行きました。勘定も払わないで……。

 

 

 

 

 今の騒動の余波が、まだみほたちのボックス席にくすぶっています。

「あの、今の黒森峰は、去年の準優勝校ですよ。それまでは9連覇してて……」

 これは、みほを除けば秋山殿だけが知っていたことのようです。

 沙織と華さんが驚き、みほは下を向いてしまいました。

 常勝黒森峰に土を付けたのは、先に秋山殿が弁護した、みほの行動そのものでしたから。

 

「ケーキ、もうひとつ頼みましょうか?」

 ぶちこわしになった空気を察したメガイーター華さんは、彼女らしい方法で修復しようとしました。

 それに、空気など知ったことかな人間が、のっかってきました。

「もうふたつ頼んでもいいか」

 麻子の常人にあらざる頭脳は、やはり常人以上の糖分が必要なようです。

 

 

 

 夕闇せまる鹿島灘。

 洋上の大洗艦に向かう、古風なデザインのシャトルフェリーの甲板。

 そこで水面をながめているみほと、そのうしろにたたずむ秋山殿。

 

「寒くないですか?」

「あ、うん。大丈夫」

 

 秋山殿は、遠い水平線をながめています。

 

「全国大会。……出場できるだけで私はうれしいです。

 他の学校の試合も見られますし、大切なのはベストを尽くすことです。

 たとえ負けたとしても……」

「それじゃ困るんだよねえ」

 

 秋山殿らしい、不器用ながらもみほを気づかっての言葉をさえぎったのは、生徒会三役(三悪)。

 

「絶対に勝て」

「え?」

 

 秋山殿は、むろんかーしまがなぜそんなことをいうのわかっていません。

 

「我々はどうしても勝たなくてはいけないんだ」

「そうなんです。だって負けたら……」

「しーっ!」

 

 会長が制するのは、秋山殿は知らないことですし、知らせるつもりもないので当然です。

 

「まー、とーにかく、「すべて」が西住ちゃんの肩に掛かってるんだからあ。

 今度負けたらなにやってもらおっかなー。考えとくね」

 

 いうだけいうと、生徒会は船内に帰っていきました。

 

「……緒戦だからファイアフライは出てこないと思う。

 せめてチームの編成がわかれば、戦いようもあるんだけど……」

 

 みほは、すでに事態を知っています。角谷のいったことには、何の外連も諧謔もありません。

 負けたら……、すべては終焉し、みほは今度こそ寄る辺なき身になるでしょう。

 だから、つい口にでてしまった、誰にも聞かすべきでない不安。

 

 そういうみほの傍らで、何かを決意した秋山殿でした。

 

 

 

 サンダース大学附属高校。

 アメリカ、メリーランド州にあるサンダース大学が、戦後に長崎に居留するアメリカ人子弟のために設立したアメリカンスクールを起源に持つ巨大校。

 居住人口10万人をようする学園艦は、聖グロリアーナよりもさらに巨大です。

 日本の高校戦車道をやっている学校の中で、最大の戦車保有数を誇ります。

 

 そのサンダース附属の校舎の中を、どっかで見たようなくせっ毛の女生徒が歩いています。

 他の女生徒たちがいるので、「Hi!」と呼びかけると、むこうもにこやかに手を振ります。

 とても、フレンドリーです。

 

 女生徒は、さらに戦車格納庫に入り込みます。

 M4A1、無印M4、75両しか作られなかったM4A6とかが並んでいます。

 なにやら興奮気味の彼女は思わず、そこにいた女生徒たちに「一回戦頑張ってくださあい!」とさけびました。三人の女生徒たちが、サムズアップをかえしてきました。

 

 くだんの女生徒は、広い講堂に入っていきます。

 そこでは何か大きな会合があるようで、すでにおおぜいの女生徒たちが集まっていました。

 戦車道チームの隊長と、副隊長2名が壇上に上がりました。

 ……戦車道全国大会第一回戦に向けた、全体ブリーフィングが始まりました。

 

 「では、第一回戦出場車輌を発表する」

 副隊長が読み上げた車輌は、ファイアフライ1輌、M4A176.2mmが1輌、のこりは無印M4の75mm。

 

 そして、ノリノリでフラッグ車を決めます。

 全国大会は、試合にかかる時間が短いからという理由で殲滅戦ではなく、フラッグ車を倒されたら敗北という「フラッグ戦」で戦われます。

 

 そして進行役の副隊長が「なにか質問は」といいました。

 くせっ毛女生徒がすかさず手を上げます。

 

「はい! 小隊編成はどうしますか?」

 隊長が応じます。

「OH! いい質問ネ。今回は完全な2個小隊は組めないから、3輌で1小隊の、1個中隊にするわ」

「フラッグ車のディフェンスは?」

「Nothing!」

「敵には、Ⅲ突がいると思うんですけど」

「大丈夫、1輌でも全滅させられるわ」

 おおー、と歓声が上がります。

 

 ここで、さすがに特徴のありすぎるくせっ毛をいぶかしんだ、短髪の方の副隊長が、「見慣れない顔ね」と怪しみだしました。

 その場にいた全員が、「そういえば……」とくせっ毛女生徒の方を振り返ります。

 もう一人の副隊長が「所属と階級は?」という奇妙な誰何をしてきました。

 くだんのくせっ毛はとっさに、

「あのー、第6機甲師団、オッドボール三等軍曹でありますっ!」と答えてしまいました。

 笑い出す、金髪の隊長。

 短髪の副隊長が「偽物だぁ!」と指を差します。

 くせっ毛は必死になって、講堂の出口めざして逃げ出しました。

 後ろから「追え!」「ちょっと待ちなさーい!」と、怒号が飛んできます。

 くせっ毛は、軍艦の内部のような廊下に出て、なおも走って逃げます。

 相当な身体能力なのか、息も切れません。

 

 

 

 それから30分も過ぎたでしょうか。

 サンダースの隊長たちは、今までのノリを引っ込めたように静かに、普段使用している専用会議室に足を運びます。

 

 隊長は、付いてきた者たちが自分と同じく椅子に座ったのを見て、腕を組みました。

 

「もう、すでに戦いは始まっているわ。物量より練度より重要なもの。それは情報。

 たとえ相手がぽっと出の弱小に見えても、どこで足をすくわれるかわからないわ。

 それに初参加ということは、未知の戦力でもあるということ。わかっている?」

 

 それを受けて、短いツインテールの方の副隊長が

「すでに手配はすんでいます。進行状況は、本日をもって50%です」と、報告します。

 

「OK。ではアリサ、とどこおりなく進めるようにね。今日はこれで解散」

 隊長は、静かな口調で散会を告げました。

 その場にいた3人が、部屋を出て行きます。

 隊長は独りごちます。

「アメリカがつねにフェアだったら、どこ見ても敵だらけになっていないわよ……。

 1輌で全滅させられる? 本気で言っているのなら、救いようのないバカね」

 

 

 

 その日、秋山殿は学校を休み、戦車道の練習にもでてきませんでした。

 心配したみほたちが携帯にかけても、圏外でした。

 みほたちは心配になり、秋山理髪店に足を運びました。

 

「あれ、秋山さんち、床屋さんだったんだ」

 

 沙織はもちろん、みほたちも知らないことでした。

 

 理髪店の中には、秋山殿の両親と思われる壮年男女がいました。

 みほが、来訪の目的を伝えます。

 

「あの、優花里さんに会いに来ました」

 店主らしき男性が「あなたたちは?」とたずねます。

「友だちです」

 男性は「友だち……」と口にしてから、驚きました。

「友だち!あーあわあわ」

「お父さん、おちついて」

 やはり、このお二人が秋山殿のご両親のようです。

 

「優花里、朝早くから学校に出て、まだ帰ってきてないんですよ」

 

 お母様によれば、秋山殿は普通に登校したようです。いや、いつもよりむしろ早い時間に。

 

 お母様は、4人を秋山殿の部屋に案内しました。

 前大戦の英雄、バウアーさんのイラストポスターに作者のサインが入ってます。

 AFVのプラモデル、模擬砲弾、おそらくガワだけであろう通信機。

 そういったものがまことに整然とならべられた、女の子らしい部屋です。

 ……の、はずなのですが。みほたちの考える女の子らしさとは、どこかずれた部屋でした。

 

「すみません。優花里のお友達が家に来たのははじめてなもので」

 そういいながらお母様がお茶とお菓子をお持ちになりました。

 たしかに、初めてです。「お友達」が来たのは。

 だって、秋山殿にとっては、海崎はお友達の数に入りませんから。

 

「なにしろずっと戦車戦車で、気の合うお友達がずっとできなかったもので、

 戦車道のお友達ができて、ずいぶんよろこんでいたんですよ。

 ……じゃ、ごゆっくり」

 

 何かひっかかるものを感じますが、つまり戦車道は停滞期に入っていると言うことでしょう。

 プロ野球も大相撲もプロレスも、往時の人気はありませんから。

 寂しいものですね。

 

 お母様は、階下におりて行かれました。

「いいご両親ですね」とおっしゃったのは華さんです。

 メガイーターでなければ、大人びたお嬢様そのままなんですが。

 棚に、秋山殿の家族写真が飾られています。

 ご両親と秋山殿の、3人家族のようですね。

 

 なぜか麻子が、その家族写真に見入っています。

 そういえば麻子の家族について、沙織もおばあには言及しましたが……。

 

 それはともかく、みほたちは「秋山殿が学校を欠席した」ことは伏せていますが、

どこに行ったかわからない秋山殿を、いつまで待てばいいのかもわかりません。

 ――しかし、その心配は無用でした。突然この部屋の窓が開き、秋山殿が入って来たからです。

 

「んっ! ふぐっ」

「ゆかりん!?」

「あれ、皆さんどうしたのですか?」

 二階の窓から帰宅した秋山殿は、なぜかコンビニの制服を着ています。

「秋山さんこそ……」

「連絡がないので、心配して」

 いや、この場合は、部屋に帰ってきたらなぜか人がいた。という秋山殿が驚く方が当然でしょう。

 でも、秋山殿は、律儀に謝ります。

「すみません。携帯の電源を切ってました」

「つか、なんで玄関から入ってこないのよ」

「こんなかっこうだと、父が心配すると思って」

「ああー」

 なぜか皆が納得します。本当に問題なのはそれ以前でしょうけれど。

「でも、ちょうどよかったです。

 ぜひ、見ていただきたいものがあるんです!」

 といいながら、秋山殿が取り出したのは、メモリーカードらしきもの。

 

 秋山殿は、メモリーカードをソケットに突っ込み、多用途テレビのHDMIで再生します。

 それは、動画データだったようです。

 タイトルは『実録! 突撃!! サンダース大附属高校』というものですが、背景の戦車のシルエットは、エバキュレータつきの砲身に、赤外線投光器のついた、戦後第二世代としか思えないものです。

 

「こんな映像があるんですね」

 華さんは、どこまでも素直です。というか、細かいことはどうでもいいみたいです。

「どこで手にいれたの?」とたずねるさおりんに、意味深な微笑を返すゆかりん……。

 

 

 

 内容は、秋山殿がサンダースをうろついて、「ハーイ」とあいさつしたり、向こうの選手からサムアップを返されたりしているうちに、戦車道の作戦ミーティングに紛れ込んだ秋山殿がサンダースの主将に突撃インタビューをかまして、まんまと情報を手にいれて逃亡する。

……というスリルとサスペンスだらけの動画でした。

 潜入方法は、コンビニの定期便の船で密航するというものでした。

 だから、コンビニの制服であらわれたのでした。

 でも、……家を出たときは大洗の制服だったんじゃないでしょうか。

 そして、いい質問ばかりしまくる秋山殿……。

 

 最後に流れるテロップには、

「協力

(某コンビニチェーン)

 サンダース大学附属高校

 協賛

 秋山理髪店」と出てきました。

 これで終わりです。

 

「何という無茶を」

 といっても、棒読み口調無表情の麻子では、ちっとも無茶そうに聞こえません。

 こんなことしていいのという当然の疑問に、試合前の偵察行為は承認されていますと秋山殿は答えますが、諜報行為まで入るのでしょうか? 疑問が増えていきます。

 

「西住殿。オフラインレベルの仮編集ですが、参考になさってください」

 

 秋山殿は、みほにデータカードを渡しました。

 そして、秋山殿はずっとぼっちだったこと、その理由は戦車じゃなく、お父さんのマネのパンチパーマだったことまで知られてしまったのでした。

 

 

 

 そして、部屋の主以外には誰もいなくなった部屋。

 ドンガラのはずの無線機のインジケーターに灯がともる。

 

「私です。ディープスロートです。

 ダレス長官、応答願います」

 

 すると、無線機のスピーカーから、いまさっき聞いたような声が流れた。

 

「感度良好だ。ディープスロート。

 ……例のものは、渡せたのか?」

「はい。長官殿。

 連中は偽情報とも知らず、疑いもせずに例のブツを持ち帰りました。

 順調です。

 ……ところで、成功の暁には、約束の方は守っていただけるのでしょうね」

「ああ、我々が勝利したならば、貴様の勲功は第一位だ。転校を認める。

 貴様は一軍スタメンになって、二回戦から我が校で戦うのだ」

「どうせ戦車道をやるなら、貴校のような強豪でと、前から思っておりました。

 私の長年の夢が、ついにかないます。ふふふ」

「ああ、そのためにも、せいぜい励むことだな」

 

 通信は唐突に切れた。

 部屋の主は、口の端をゆがめて、にやりと笑う。

 

「ふふふふふふ……。これが本当の諜報戦であります」

 

 

 

 

 

 

 

 




 
ここまでのいきさつと今後の展望

この作品は、内容的に自分でもよいできとは思えなかった関係から、公開を見あわせていましたが、話数的にもそこそこありましたので、加筆の上で「隔日更新」というものをやってみたくなり、すべて予定を入れ、投稿した物です。
この話は、ここまで書いて、その後アキラの話が忙しくなり、半年以上中断していました。
そのため、かなりこの話から「シヴァルリー」に、いろいろな要素が流れ、
かぶりぎみになってしまいました。

そのためしばらく寝かせていたのですが、その間にとんでもない事件がおきてしまいました。
劇場版の公開です。

この話は、劇場版とは異なる結末を用意しておりました。
いろいろ考えましたが、「正史」が出た後にイフを書く分には問題はないだろうと考えました。
しかし……


【挿絵表示】


というのは言い過ぎですが、角谷が赤穂城ならぬ大洗艦を明け渡してからあと、ちがう作品と言っていいくらいの変化があるため、劇場版の要素をこの小説に組み込むことは、ほぼ不可能と考えざるを得ませんでした。
劇場版の島田流を組み込むなら、こういう流れになった時点で西住流は終わるでしょう。
続きについては反響を見てと当初は考えていましたが、読んでくださる方がいる以上、最後まで書くのが筋だと思いました。
したがいまして、今後この作品については、以下のような方針でつづけることにします。

・角谷は白いままです。
・文科省氏に関しては、辻ーんとは別人と考えます。
・事実とは異なりますが、この作品は劇場版公開以前に完成していた物として執筆します。
・第29話以降は逐次公開ではなく、シヴァルリーの合間を縫って執筆し、全話完成した時点で日刊更新とします。
・というつもりでしたが、いっこうに劇場版フィーバーはおさまらず、今度は本当にすりあわせを考える必要が出てきました。

このような事情で時間がかかりますが、未完にはしないつもりです。
読んでくださる方々にはご迷惑をおかけしますが、よろしくお付き合いください。

作者 拝
 
 

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