戦車残俠伝~再開~   作:エドガー・小楠

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第弐拾陸話 大洗女子発進! 全国制覇への挑戦

 

 

 

 肩をおとし、悄然とするみほを、連れて帰るチームメイトたち。

 あとには、赤星と海崎の二人だけが残りました。

 

 海崎は、メガネを外すと、クロスでレンズを拭きます。

 

「小梅。まさかこんなことになるたあ思ってなかったぜ。無論、あんたのせいじゃねえ」

「わかってるわ。でも、やはり考えてしまうのよ……」

 

 海崎と背中合わせにすわる赤星は、複雑な思いにかられています。

 海崎はメガネをかけ直して、立ち上がって部屋を出ようとします。

 

「なら、あっしらがすべきことは、全力で西住みほをサポートすることだ。ちがうか?」

 

 海崎が出ていったあと、赤星は思います。

 わたしは、もちろんはじめからそのつもり。

 たとえ、これから行く道が、修羅の巷であったとしても。

 しかし、……。

 

 

 

 

 

 その日から、みほも含めて、全員が何もなかったかのように、訓練と模擬戦に明け暮れました。

 角谷は、正式に学校を代表して、第63回戦車道全国高校生大会に参加予定と事前通達しました。

 

 出場するとして予定参加申し込みのあった高校は、全国でわずか16校。

 書類審査の結果、予選の開催の必要もなく、本戦を開催することを連盟は決しました。

 連盟と、大洗女子の存亡をかけた大会の開催を。

 

 角谷は俄然忙しくなりました。この日もコンビニおにぎり食べながら、昼休みまで打ち合わせに当てるような有様です。

 

「かいざー。第二回戦以降は、相手校を見て再度申請書を提出なんだね」

「そうだよ。戦車や選手の変更。あるいは棄権があるからな」

「第一回戦の上限車輌は10輌まで。これは上限であって、超えなければいいんだね」

「まあ、わざわざ規定台数下回るラインナップ出す奴ぁいねえがな。あ、ウチか」

 

 戦車道女子が、戦車そのものに秋山殿並の興味を持っていたり、海崎のような目利きが出来たら、特定の戦車の争奪戦になっていたことでしょう。

 そうならなかったから黒森峰は9連覇できたと言えます。

 

「会場に対する異議申し立ては24時間以内。24時間で行けないところが会場だったら?」

「どうにもなんねえ。だいたい連盟だって24時間以内に代替会場なんざ用意できねえって」

「じゃあ死文じゃない。国外の会場もあるんでしょ。戦車道試合規則ってこんな穴だらけなの?」

 

 正直なところ、南極大陸以外、どこが会場になってもおかしくないのが現状です。

 といっても、あらかじめ主催者が会場を確保しておかなければならないのは当然で、とんでもない会場はレアでしょう。

 

「そのザル規則をいいように使って、好き勝手やった学校の末えいがいうセリフじゃないね。

 カイチョー」

 

 戦車道規則のザルっぷりはつとに有名ですが、重機なみのトロいスピードで戦われる試合では面白くないせいか、放置されています。

 

「かいざー。そういえば、そろそろ帰ってくる頃だよね。ナカジマたち」

「向こうじゃロクなもん作れねえだろね。大部隊で行ったけど」

「ウチの工業教材の展示物、あげればよかったじゃない」

「だめだ。譲渡なら売買でな。それに戦車は武器兼車輌だから許認可だけで2週間はいる。

 コツを知ってるあっしでそれだ。知らねえ奴がやれば、書類作るだけでふた月かかる。

 だから手数料高くても、あっしには文句は来ねえ。

 真紅の稲妻よばわりされてる女なら、エクレア女と似たようなもんだろ。

 適当な奴あてがっておけばいいんだ」

「ふん。よく知ってる相手なのに、そんなこと言っていいの?

 いや。ナカジマたちが戻ってきたら、また戦車の捜索を再開だね」

 

 ナカジマたちは、理由があってどこか近所の学園艦に出張中でした。

 

「いまさらさがしても、たぶんまともな戦車はねえぞ。シャーマンだったら一山いくらで買える」

「あんたの自腹で買うんならね。私は新しい戦車は買わないよ」

 

 廃校打診があるくらいですから、そこんとこは推して知るべきでしょう。

 

「ナカジマたちが魔改造したいってきたらどうする。資金あるのかよ?」

「そのためにあんたという財布がいるんじゃない。今月は弾代だけでもう赤字だよ」

「しょうがねえよ。戦車道では内とう砲訓練認めてねえんだからさ。

 あれは薬室に入るかたちのライフル銃の実銃だから。殺傷力のあるな。

 いよいよ本当に、あっしも財布の底が見えてきちまったぞ」

 

 海崎はどうも仕手戦でうまくいってないようですね。

 稼ぎにかかりきりになれるはずもありませんが。現状では。

 

「新規検査は×月×日まで。それ以降は第二回戦以降の参加になる。

 試合前×日前までに通過のこと。って、全部決められてるね」

「だから試合の期日は1週間開いているんだが。

 戦車の登録は、前もってやっとかなきゃどうしようもねえぞ」

 

 というわけで、放課後は自主トレ+戦車捜索。部品もさがす。ということになったようです。

 完成検査と認証待ちまで、時間のあるうちに仕上げておきたいと言っているようです。

 

 

 

 次に、角谷はみほを呼びます。授業時間に食い込みそうなので、あらかじめ教師には

断りを入れました。

 

「西住ちゃん。これが私たちの最後の対戦相手。黒森峰の先発メンバーだ。

 と言っても一軍総勢100人じゃ、補欠などいないだろうけど。

 たぶん君しか、これの持つ意味はわからないと思う。

 かいざーは商売人だから、バカな買い物しやがってとしか言わないね。

 出どころは内緒だけど、信頼できる相手だよ」

 

 みほが見せられたのは、ぐるぐる回って最終的に角谷が手にいれた、くだんの戦闘序列です。

 

「……海崎さんでなくても、目的にかなっているとは思えません。

 はったりで押し通そうとしていると言われても仕方ないでしょう」

 

 角谷は、やはり玄人目にはそういうふうに見えるのだな。とおもいます。

 サッカーのチームを作るのにラガーメンを集めているみたいなものか。と考えています。

 

「まちがいなく連携を度外視しています。

 騎兵のカナトコ戦法で来るにしては、金槌につかえるのがパンター6輌では少なすぎます。

 Ⅳ号駆逐L70Aは頭が重すぎ、最前部の転輪4つをゴムカバーのない完全な綱だけのものにしています。これは戦車ではなくエンジンつきの対戦車砲です。

 動き回らせれば、撃つこともできないでしょう。

 パンターとは行動を共にできる機動力もありません」

 

 つまりパンサーは、その名にふさわしい速度を殺されるということだ。

 6輌だけで遊撃隊を組むなら、指揮官が優秀でなければならない。

 しかし副隊長車は、彼女らのいうパンターではない。

 角谷はここまで考えて、あることに気がつきました。

 

「西住ちゃん。まさか連中は、この部隊を一団として運用するだろうと?」

「間違いありません。あきらかに正面装甲と遠距離射撃の精度だけで選んでいます。

 そのために敵陣突破の槍騎兵である突撃戦車エレファントが1輌だけとか。

 意味不明なことをしています」

 

 みほは、前にしか撃てないエレファントを攻勢の戦車だといました。

 彼女なら違う使い方があるのでしょう。

 

「ティーガーⅡも2輌だけなら、パンターの方がいいです。足を引っ張ります。

 ヤークトティーガーに至っては、戦車道の戦場でつかう意図がわかりません。

 フラッグ車を超遠距離狙撃で倒すとでもいうのでしょうか。

 これにあわせて動いたら、まるで進めません」

 

 角谷は、エンジンは何とかするんでしょ。ウチみたいに。

 もしかしたらレオⅡの中古とか乗せるかもね。と思い、とある可能性をここで否定します。

 

「こないだやった、かいざーが大好きな「昼飯」や「豚飯」を駆使した待ち受け戦でしょ。

 カナトコ戦法っていうのは。西住流がそれやるかな?」

 

 角谷は西住流を表す言葉、前進あるのみ。とか、撃てば必中、守りは堅く、進む姿に乱れなし。のことを言っています。

 

「やりません。西住流は機動戦力の戦力集中一斉射撃の破壊力で相手を倒します。

 遊撃隊や別働隊は、逐次投入の愚といって嫌います。――あ!」

「そうだよね。ただの芸のない力押し。

 だけど戦力がこれだけそろえば、たぶん私が指揮しても勝てるだろうね。

 去年西住ちゃんが別働隊を率いて敵を翻弄したのは、あくまで姉妹のコンビネーションと、お姉ちゃんの全面的な信頼、そして西住ちゃんの戦術眼あってのことだ。

 私がいくら戦車の素人でも、それはわかったよ」

 

 みほは思いました。

 みほが黒森峰高等部に進学し、昨年度末から続いた一連の騒動も収束し、戦車道の一軍編成が決まったあの日。姉が言ったことを。

 

 

 

「みほ。頼む、副隊長になってくれ」

 2年生なのに西住の継嗣ということで黒森峰隊長に抜擢された姉は、門下にも隊員にも母にも見せない顔で、1年になって間もないみほにそう懇願した。

「黒森峰は、西住流ドクトリンだけを学んでいく課程で、技術は凄いが手数の多さだけで勝利する硬直した集団となった。お前も知っているはずだ。

 まして私は、生まれついての脳筋体育会だ。

 もし今年、敵側に流派のドクトリンにこだわらない、お前のような智将がいれば、ウチは負ける。本当なら隊長でもいいくらいだ。

 お前なら私を使いこなせるだろう」

 

 自分は器ではない。というみほに構わず。まほはみほの副隊長起用を強引に決めた。

 不服を述べ立てて騒ぐ3年生たちに姉が提案したのは、同数紅白戦だった。

 3年生選抜隊とまほが選抜した1,2年生隊をみほが率いて戦った。

 3年生隊は哀れなくらい打つ手を読まれた。単騎で戦うみほを追い回したあげく、最後はみほ以外の車輌が構築する火線網に引きずり込まれて全滅した。

 戦闘開始後1時間も経過しなかった。

 

 邪道だ。と騒ぐ3年生たちに、その邪道に負けた貴様らはなおのこと邪道だ。と切り捨てたのは姉だった。

「猪突『盲』進。撃てばOB、守りは筒抜け、進む姿に秩序なし」と酷評されても黙るしかなかった。むろん、彼女らをそのようにあやつったのはみほだったのだが。

 しかし、機甲科を辞めるという選択肢は彼女らになかった。納得するしかなかったのだ。

 

 そして姉、まほは、一軍を二分して訓練した。

 一方はまほの直率で、集中行動、集中射撃に特化した打撃部隊とした。

 一方はみほが率い、高度に柔軟な連携が可能な部隊として、自分で考える車長を育てた。

 車長たちを二分して、短時間で終わる状況の兵棋演習も課業時間後に毎日行った。

 異様だったのは、みほは統裁官に徹し、みほの分はまほが参加したことだった。

 こうして、戦場でまほが何を考え、どう行動するかということまで、みほは理解できた。

 

 こうして始まった第62回全国大会は、黒森峰と当たった相手は、何がどうなっているかわからないうちに、まほ隊の全力火力集中に叩き潰される。という展開で進んだ。

 状況分析と戦術は、ふたりきりのときにみほが考え、まほが全体に伝達した。

 まほの威風堂々とした立ち居振る舞いが、確信と士気に結びついた。

 ふたりで、適材適所をやっていたのだった。

 

 必然的に、世間の耳目もまほに集中する。

 しかし、自分が目立つことがきらいなみほにとってはそれでよかった。

 ヒーロー役は、人前で物怖じしないサムライガールのまほが適役だった。

 ……いってしまえば、去年の段階では、みほという存在は、外部では誰からも気がつかれずにいたのだった。まほという人間をよく知っている一人を除いて。

 

 決勝戦まではそうだった。

 T34-85とスターリン重戦車、あとはT34-76の混成軍だったプラウダに対し、あえてバックハンドブローの可能性をみせつけ、重戦車主体の抽出打撃群を相手に作らせ、広く展開できない戦場で遭遇戦を演じ、手薄になったフラッグをまほが急襲する。という作戦は、相手がみほの思惑にはまったことによって、ほぼ成功しかけていた。

 あのアクシデントさえなければ……。

 だから、まほは母に抗弁してさえ、みほを守ろうとした。それなのに……。

 

 

 

 みほがいない分を、正面戦力のすさまじいまでのチートで補う気か。と角谷は考えました。

 しかし、対面にいる軍師様は、戦車隊をコンボイにして、それぞれの持ち味を殺してどうするのか。と表情で語っています。

 戦車道のような不期遭遇戦ばかりの競技では、Ⅳ号最終型、イージーエイトのような、攻、守、走のバランスが高いレベルのところでとれている戦車まででよい。というのが海崎と秋山殿の共通認識です。秋山殿のマニアの部分は別でしょうが。

 チョビ髭独裁者の大好きな重戦車群は、巨人であることのみを要求された作りです。

 通れない場所やデリケートに過ぎるあつかいなどといった問題はほったらかしにされてます。

 いちばん向いている戦いは、何もない大平原で地平線のかなたからやってくる敵を遠距離狙撃することです。

 そのライバルが自分の名前をつけた重戦車は、うすらでかくなく、速度もそこそこで、主砲も装甲もそこそこ。いいことづくめのように見えますが、問題はプラウダの副隊長にとっては、何があってもキューポラから上半身を出していなければならない狭い車内と、がさつなエンジンです。それに弾数もたりません。

 英国面は論外。このひとことで片付くと思います。

 結局、中東の砂漠でもないかぎり、黒森峰の先発メンバーは一方的に勝てるということにはならないでしょう。

 多くの車種があるということは、主砲弾のお得なまとめ買いもできないということです。

 もっとも大洗も人のことは言えませんが。

 

 みほにとっては、姉の策は戦車道の否定でした。

 このような数理ですらない愚劣な力押しこそ西住流だというなら、もはや否定すべき存在でしかない。

 こんな無秩序な、何を目指しているのかわからない戦闘序列で世界に勝てると信じるのなら、それは間違いだとわからせるしかない。

 だからみほは黒いベレーを握りしめて、角谷にきっぱりと断言しました。

 

「はっきりいえば、腕と戦術で倒せないハードウエアはありません」

 

 現に対戦車地雷のつかいかたをちょっと工夫するだけで、M1エイブラムズが産廃になります。

 みほがそういう傍らで、角谷はちょっと次元の違うことも考えていました。

 そうさ、戦場の外で勝負が決まることだっていくらでもあるってね。と。

 

「じゃあ西住ちゃん。たとえそれが誰であっても、君は全力で戦うというんだね?」

「はい。この大洗女子の存続のためにも」

「ありがとう。でも、もうそれだけの話じゃなくなっちゃった。

 もし他校に戦略的不利をあっさりひっくり返すという将器の持ち主がいなかったら、私たちが最後の防波堤だよ。

 もっとも、黒森峰に当たる前に負けたら……連盟に覚悟してもらうしかなさそうだ」

 

 4強のうち3校について、現在までに判明している戦力での、黒森峰との兵棋演習を蝶野教官らに実施してもらいましたが、戦車のみの戦闘はランチェスター第二法則の適用ですので、3校ともキルレシオ1:1になりませんでした。

 大洗で西住みほというファクターで、第一法則を採用しても、勝ち目はありません。

 とくに決勝戦全力20輌であたった場合は、大洗7輌全滅に対して、……黒森峰損失なしでした。

 つまり、全国大会がフラッグ戦のみ、という条件に賭けるしかないというのが現実なのです。

 

 そして、大々的な戦車捜索が、ふたたびおこなわれました。

 

 

 

 

 


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