戦車残俠伝~再開~   作:エドガー・小楠

24 / 28
第弐拾肆話 急げお前ら!! みほは待っている

 

 

 

 みほとの激戦を繰り広げるエクレール様でしたが、そればかりにとらわれているわけにもいきません。

 主戦場は、まったくおもわしくなく、みほがいないにもかかわらず、大洗が粘っています。

 しかし、エクレール様にもまだ切れるカードは残っています。

 予備として温存していた秘蔵の隠し球を投入することを、彼女は決断しました。

 

「Cœur rouge、Trèfle blanc、Diamant bleu、直ちに行動開始せよ!」

 

 砲塔に赤のハート、白のクラブ、青のダイヤのマークをつけたFT-17が、隊列の最後尾からはなれて動きだしました。

 主砲がおかしいです。37mmより細くて長いのです。

 このFTたちは、その長い砲身を、走りまわって他のFTたちをつけねらうカメさんとアヒルさんに向けました。

 

「ん? なんだあいつら?」

 砲手用ペリスコープで周囲を監視していた角谷が、その奇妙なFTに気がつきましたが、もはや手おくれでした。

 1人用砲塔とは思えない速さで、FTたちはカメとアヒルを連射しました。

 砲弾が2,3発命中し、カメもアヒルもその場で動けなくなりました。撃破されたのです。

 

「カメより全車。本車は遺憾ながら撃破された。残る全車の健闘をいのる」

「全車。アヒル。チートにやられた。あとはよろしく」

 

「ん? あれはkwk30かkwk38。20mm機関砲ぞな」

 戦場を見張っていたももがーが、どちらかというとゲームの経験で、改造FTの主砲の正体をみやぶりました。

 カメやアヒルは、300m以上離れていましたが、Ⅱ号戦車の主砲なら撃破できます。

 3輌のFTは、いいかげんスカスカになってきたバトルフィールドを迂回して、大洗がたてこもる山の頂上を目指します。

 そこから薄い上部装甲をねらうつもりです。

 

 

 

「あらあら。課金戦車までいるの? じゃあ真っ先に殺らないとね。うふふ……」

 

 ついにねこにゃーは、あらあらうふふになってしまいました。

 とろーんとした色っぽい目つきで、改造FTたちをねらいます。

 よくしたもので、ぴよたんが、すでに砲弾3発を自分のまわりに並べています。

 長砲身特有の、かん高い射撃音が、10秒間隔で3回。

 それですべてが終わりました。

 

 ……こうしてとっておきのFTたちは、ゲーマーズハイになっている、あらあらうふふの餌食になってしまいました。日が悪かったというしかありませんね。合掌。

 というかFTの時点で終わってるし。

 

 

 

 地をうめつくすほどいたとはいえ、しょせんはFT。

 やっと陣前100mまでたどりついたときには、2輌を残すのみ。

 しかし、むかえ撃つ側も、弾も尽き果てています。

 

「おい、おめえら。カバもイノシシもサイも弾がカンバンだってよ。

 こっちもAPCBCが1発しかねえ。そっちはどうだ?」

「あと1発しかないと沙希がいってまーす」

「わかった、大野。50mまで引きつけて撃て。とゆーか、もう10mでもいい。

 絶対当たると思ったところでやれ」

 もっとも海崎は、弾がないならみんなで押してひっくり返すまで。と思っています。

「かいざーさん。もう80mです」

「山郷。あせるな。FTには至近距離でもこの戦車の正面は抜けない。

 照準器いっぱいまではみ出すまで待ってもかまわない。安心しろ」

 

 M3の2つの砲が、それぞれ別な標的を指向して動きます。

 今日の経験で身につけたのか、あえて射線をたすき掛けにして、それぞれ遠い方のFTを照準におさめます。

 FTたちは、てんてんばらばらに、30秒に1発というのろい射撃を始めましたが、至近距離で12mmしか抜けない旧式砲なので、もちろん損害はありません。

 

「照準器からはみ出ました」

「リベットまで見えます」

「よろしい。フォイヤー!」

 

 ――海崎の合図で、37mmと75mmが同時におたけびをあげます。

 

 M3の車内に大小の発射音が響き、赤く光る弾丸は、両方とも標的のど真ん中に吸いこまれるがごとくに命中。2両のFTに白旗があがります。

 

 ……こうして、ここでの戦いは、ようやく終わりました。

 

 

 

 赤星さんが、みほに戦闘終了を報告し、指示を請います。

 

「ライノより隊長車。総計78輌を撃破して戦闘は終了しました。以後の指示を請う」

「隊長車より全車。じゃあみんな帰りじたくよろしく。

 私もエクレールさん倒したら帰還します。

 市街地にはこなくていいです。ケーキはイチゴショートがいいな」

 

 残った4輌の無線手が、「みほのあんごう帳」とかかれた小さなバインダーをめくります。

 

「えーと。イチゴのタルト、パイ、トルテ、ショート。これだ」

「『通信は傍受されているから、いったことの反対をやってください』どういうこと?」

 

 まだ帰れない。動けるものはただちに市街地に集合。ということでしょう。

 

「……おめえら、あっしはイノシシに帰える。フルスピードで市街地に急げ。

 弾がねえことは、無線では言うな。

 おとりになってあんこうにやらせるんだ。いいな」

 というと、海崎は返事もきかず飛びだしてイージーエイトにもどり、発進準備をさせます。

 

 なぜか丸山ちゃんが、海崎が出て行ったサイドドアを、ぼーっと見ていました。

 

 マジノの小さな山で、4つのエンジンのうなり声が響きます。

 4両の戦車が、前につんだ土のうをけり倒して、全速力でみほの待つ市街地に向かいました。

 

 

 

 

 

 

 合計78台のマジノ大軍団を、全弾撃ちつくしてようやくターミネイトした大洗でしたが、

まだ、私物の大洗カスタムソミュアに乗るエクレール様がのこっています。

 エクレール様は1人用砲塔で3人砲塔のⅣ号と撃ちあうことの不利を悟って、模擬市街地に逃げこみました。戦場になって廃墟と化した街を再現しています。

 ここで、不意を打てば勝てるかもしれません。

 

「ふふふ、実にいいゲールだった。戦争の歓喜は見えたか? 西住みほ」

「だから私の名前はアリアンロッドだと、何度いえばわかるんですか。

 ボロ負けして喜んでいるあなたも、どこか壊れてるんじゃないの? エ・ク・レ・アさん」

(戦争の歓喜? もーだめ。おかしくなりそう。早く帰りたーい。助けてよ!)

 

 顔で不敵に笑いながら、心の中はひたすらおろおろするみほでした。

 

 カバ、ウサギ、イノシシ、ライノの4輌は、市街地の入り口で、車長が顔を出して相談中です。

「こっからは各個の判断で進むか。ここであっしが仕切ったら……」

「――全滅するな」

 松本は、見切っています。

「とりあえず、みほさんに連絡しましょう。何かいってくるかもしれません。反対の指令を」

 赤星がみほに無線をつなぎます。

「赤星からみほさんへ。みんなしたくできました。お帰りを待っています。

 早くもどらないと、イチゴショートなくなりますよ。

 でもみんな財布はパンパンですから大丈夫ですけど」

 

 

 

「みんな聞いて。のこり4輌が、ここの入り口まできたって。

 でも、もう砲弾はないって言ってきたよ!」

 

 沙織のせりふからすれば、赤星の言いたいことは正確に伝わったようです。

 みほは自分のヘッドセットを通信機につなぎ、赤星に通信します。

 

「そうですか。でしたらチョコチップアイスおごってください。

 ああもう。エクレールさん見つからないわ。

 動きまわってさそってみますね」

 

 通信を切ると、みほは沙織に「沙織さんのスマホで赤星さんに電話して」と頼みました。

 

 

 

「あんごう帳」によれば、チョコチップアイスは、分散して封鎖してください。です。

 

「ここの出入り口を封鎖しろ。あんこうは動かない。か。

 出入り口は3つあるな。どうする?」

 

 皆で顔を見あわせているとき、赤星のスマホが鳴り出しました。

 

「赤星です」

『あんこう、武部です。

 封鎖はあとの3輌にまかせて、ライノさんは市街地をフルパワーで走りまわってください』

「こっそりと。でなくていいの?」

『むしろ居場所を知らせるぐらいでおねがいします。あんこうの疑似餌になってください』

「わかりました。追うの? 追われるの?」

『みぽりん。……はい、追わせてください。

 そして脇道のないながい直線道路で、わざと撃破されてください』

「どういうこと?」

『ええと、あんこうがそちらを追跡して、はさみうちにします。

 エクレールが追いかけてきたら、スマホの待ち合わせアプリを起動してください。

 それを頼りに、ライノさんを追います。よろしくお願いします』

 

 ジャンボが疑似餌なのは、かりに正面ではち合わせになっても、

ジャンボなら確実に耐えられるからです。

 車体後方なら、ソミュアでもかろうじて撃破できますから、おとりになるなら、

追わせるしかありません。

 もちろん砲弾があるのなら、ライノさんにハンターをまかせればよかったのですが。

 

 

 

「ふん、やはり嘘通信だったな。

 イチゴショートなぞ、すぐ符丁とわかるようなことばを使うとは。興ざめだな」

 エクレール様は、双眼鏡で市街地の出口を見ています。

「3カ所とも封鎖済みか。手際はいいな。でていけばイチコロというわけだ。

 ソミュアごときに本気を出すとは。いい将だな」

 エクレール様がそう考えたとき、ジャンボが予定どおり、わざとギアを落として、でかい排気音をならしながら走り始めました。

「嘘通信なら、今走っているのは4号ではないな。

 いちばんやっかいなM4ジャンボか。釣り餌だな」

 エクレール様は一瞬考えましたが。やはり攻勢の好きな人間です。

「なら、釣られてやって、返り討ちだな。そのあとは3匹を、順番に食ってやる」

 エクレール様が、牙を見せて笑うと、フォンデュが

「それでこそエクレール様ですわ。では窮地を楽しみましょう。ほんとうに楽しいですわ」

 といって、一緒に笑います。

 勝ち負けなどどうでも良し、たとえ果てても戦えればそれで十分。という肉食獣どもです。

 

 

 

 ライノさんでは、車長の赤星が、キューポラ越しにうしろを監視しています。

 

「まだこない……」

 

 ライノさんは右に旋回。そのまま出せるかぎりの速度で直進します。

 

 

 

 エクレール様は、砲塔後部のハッチをあけて半身を乗り出し、ライノさんの排気音が近づいてくるのを聞きとっていました。

 まちがいなく目の前の十字路を、左から右に駆け抜けていくでしょう。

 

「さえがせんせあびじべいぇーがー」

「エクレール様。それはフランス語じゃありませんよ」

「固定観念は、くずさねばいかん」

 

 エクレール様は車内にもどり、砲塔を90度真右にむけ、徹甲弾を装てんしました。

 

「フォンデュ。左に奴の砲身が見えたら、そのまままっすぐ突っ走れ。止まるなよ」

 

 エクレール様は、上唇を舌でなめました。

 

 まさにその時、ライノさんがソミュアの目の前を通過。

 ソミュアが急加速で発進。瞬間的にライノさんの真後ろに位置します。

 エクレール様は、目の前の壁がとぎれた瞬間、主砲を発射。

 必殺のタイミングのはずでした。

 

 VoV!

 がいん!

 げしん!

 どかっ!

 しゅぱっ!

 

 

 

 ……結果からいえば、すなおにライノさんの側面をねらった方がマシでした。

 エクレール様のソミュアは、交差点を抜けたところで急停止して、白旗があがっています。

 

 ジャンボの、といいますかM4A3のエンジンルームの上部装甲は、砲塔側から車体の後端に

むかって、水平から20度くらいのかなり浅い角度をつけた斜面になっています。

 ソミュアの砲弾は、ここにあたって跳弾したのです。

 さらにジャンボの砲塔の形は、どのタイプでも初めから76.2mm用のタイプで、

75mm砲タイプと異なり、後ろに弾薬をおさめるバスル(出っ張り)があります。

 その出っ張りは、横から見て長方形ではなく、後ろがしぼられた台形をしています。

 砲塔付け根から見ると、装甲2枚がちょうど「<」の形であわさっています。

 つまり、エンジンルームの上で跳弾した弾は、砲塔後部下の傾斜した装甲でさらに跳弾し、そのままソミュアにはね返ってきたのです。

 

 ジャンボとソミュアの車高は、それぞれ3mと2.6m。

 ソミュアの主砲も、かなり高い位置についています。

 そのため、車体後部の垂直な装甲板をねらうには、俯角が足りませんでした。

 エクレール様が一旦停止してからねらいをつけたのなら、ライノさんをしとめることができたかもしれません。

 Ⅳ号がすぐ後ろにいる可能性を警戒したのがあだになりました。

 結局のところ、自分にむかってはね返ってきた砲弾は、ソミュアの車体側面装甲をえぐってしまい、ゲームオーバーが確定しました……。

 

 

 

 こうしてエクレール様の「戦争ごっこ」は終わりましたが、大洗戦車隊「ヴァン・ヘルシング」は、よれよれのグダグダです。

 一人を除いて。

 

「赤星さん。約束ですよ。チョコチップアイスおごってください。山盛りで♪」

 

 ……みほはどうやら、その部分だけ都合よく本気にしていたようです。

 

 

 

 

 

 

 ――1週間後。

 

 ここは地の果て大洗生徒会長室。

 みほは、いつものように試作品コーヒーブレンドを用意しています。ただし、今日は40杯。

 なぜかといえば……。

 

 河嶋手製干し芋をお茶うけに、2人の女生徒がもくもくと、コーヒーをがぶ飲みしています。

 一人は当然、ここのあるじ。生徒会長角谷姐さん。

 そしてもう一人は――

 

「かいざー。なんでこんなの連れてくるの? 馬鹿なの? 死ぬの?」

 

 ――こんなの、つまりなぜか大洗女子の制服を着ていらっしゃるエクレール様です。

 

「しゃーねーだろ、カイチョー。こいつ、いくとこねえっていいやがって、いつの間にか、あっしのヤサのまえに陣取ってやがるんだからよ」

「はあー。かいざー、こんな放射性核廃棄物をどうしろっていうのよ」

 

 みほも、心底そう思っています。コーヒーは飲ませてますが。

 

 いくらなんでも、81対7で惨敗というのはひどすぎました。

 とくに最後は自分が自爆というのは、救いようがありません。

 マドレーヌ様を病院送りにして、隊長の座をうばい取ったことに気分の悪かったガレットとか、実は内心であいそをつかしていたフォンデュとかがマドレーヌ様を車いすに乗せて病院から連れ出して、またまたクーデターをやらかしました。

 陣地戦の正しさが証明されたとして。

 マジノには肉食獣しかいません。本当に。

 

 そして、エクレール様はなぜか海崎のことを思い出して、単身駿河湾に飛びこんで、鹿島灘まで泳いで逃げてきた。ということでした。

 

「まあ、ウサギの75mmの装填手ってことでいいんじゃねえか?」

 山郷ちゃんがかわいそうです。

「私は、お前のところの副操縦手でもいいぞ」

 ももがーが、かわいそうです。

「お断りだ。全力で!」

 海崎が本気で拒否しています。イージーエイトが「脳筋号」になってしまいます。

「脳筋」という映画ができそうです。エクレール様は床下の脱出口から逃げる役です。

「ふふふ、これでまたゲールができる。楽しいぞ」

 

 これでは、大洗戦車隊が「ラスト・バタリオン」になってしまいます。

 

 それでも戦力の足りないことは知っている角谷は、編入承認の書類にはんこをついています。

 

 みほは、天を仰いで、内心だけでためいきをつきました。

 

(ああ、脳筋が2人にふえてしまった。わたしこれからどーしたらいいの。)

 

 ……なんか自分のこと、棚に上げているような気もしますが。

 

 

 

 しかし、この場にいた全員が「あのときはまだよかった」と、あとになって思い返す

ことになるとは、神ならぬ身の知るところではありませんでした。

 真の恐怖は、彼女たちの知らない場所で、表舞台に出るための準備を終えていたのです。

 

 

 

 マジノと大洗の戦いのすぐあと、日本中の学園艦、いな、日本戦車道界が巨大な激震にみまわれました。

 西住流家元、西住しほと最高師範、西住まほが、連盟も含めてすべての戦車道組織の

西住流への帰一を要求。

 宗家家元名での回状が、全国にビデオレターと共に送られたのです。

 

 かりそめの平和は、いま、音を立てて崩れ去ろうとしていました。

  

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。