みほとの激戦を繰り広げるエクレール様でしたが、そればかりにとらわれているわけにもいきません。
主戦場は、まったくおもわしくなく、みほがいないにもかかわらず、大洗が粘っています。
しかし、エクレール様にもまだ切れるカードは残っています。
予備として温存していた秘蔵の隠し球を投入することを、彼女は決断しました。
「Cœur rouge、Trèfle blanc、Diamant bleu、直ちに行動開始せよ!」
砲塔に赤のハート、白のクラブ、青のダイヤのマークをつけたFT-17が、隊列の最後尾からはなれて動きだしました。
主砲がおかしいです。37mmより細くて長いのです。
このFTたちは、その長い砲身を、走りまわって他のFTたちをつけねらうカメさんとアヒルさんに向けました。
「ん? なんだあいつら?」
砲手用ペリスコープで周囲を監視していた角谷が、その奇妙なFTに気がつきましたが、もはや手おくれでした。
1人用砲塔とは思えない速さで、FTたちはカメとアヒルを連射しました。
砲弾が2,3発命中し、カメもアヒルもその場で動けなくなりました。撃破されたのです。
「カメより全車。本車は遺憾ながら撃破された。残る全車の健闘をいのる」
「全車。アヒル。チートにやられた。あとはよろしく」
「ん? あれはkwk30かkwk38。20mm機関砲ぞな」
戦場を見張っていたももがーが、どちらかというとゲームの経験で、改造FTの主砲の正体をみやぶりました。
カメやアヒルは、300m以上離れていましたが、Ⅱ号戦車の主砲なら撃破できます。
3輌のFTは、いいかげんスカスカになってきたバトルフィールドを迂回して、大洗がたてこもる山の頂上を目指します。
そこから薄い上部装甲をねらうつもりです。
「あらあら。課金戦車までいるの? じゃあ真っ先に殺らないとね。うふふ……」
ついにねこにゃーは、あらあらうふふになってしまいました。
とろーんとした色っぽい目つきで、改造FTたちをねらいます。
よくしたもので、ぴよたんが、すでに砲弾3発を自分のまわりに並べています。
長砲身特有の、かん高い射撃音が、10秒間隔で3回。
それですべてが終わりました。
……こうしてとっておきのFTたちは、ゲーマーズハイになっている、あらあらうふふの餌食になってしまいました。日が悪かったというしかありませんね。合掌。
というかFTの時点で終わってるし。
地をうめつくすほどいたとはいえ、しょせんはFT。
やっと陣前100mまでたどりついたときには、2輌を残すのみ。
しかし、むかえ撃つ側も、弾も尽き果てています。
「おい、おめえら。カバもイノシシもサイも弾がカンバンだってよ。
こっちもAPCBCが1発しかねえ。そっちはどうだ?」
「あと1発しかないと沙希がいってまーす」
「わかった、大野。50mまで引きつけて撃て。とゆーか、もう10mでもいい。
絶対当たると思ったところでやれ」
もっとも海崎は、弾がないならみんなで押してひっくり返すまで。と思っています。
「かいざーさん。もう80mです」
「山郷。あせるな。FTには至近距離でもこの戦車の正面は抜けない。
照準器いっぱいまではみ出すまで待ってもかまわない。安心しろ」
M3の2つの砲が、それぞれ別な標的を指向して動きます。
今日の経験で身につけたのか、あえて射線をたすき掛けにして、それぞれ遠い方のFTを照準におさめます。
FTたちは、てんてんばらばらに、30秒に1発というのろい射撃を始めましたが、至近距離で12mmしか抜けない旧式砲なので、もちろん損害はありません。
「照準器からはみ出ました」
「リベットまで見えます」
「よろしい。フォイヤー!」
――海崎の合図で、37mmと75mmが同時におたけびをあげます。
M3の車内に大小の発射音が響き、赤く光る弾丸は、両方とも標的のど真ん中に吸いこまれるがごとくに命中。2両のFTに白旗があがります。
……こうして、ここでの戦いは、ようやく終わりました。
赤星さんが、みほに戦闘終了を報告し、指示を請います。
「ライノより隊長車。総計78輌を撃破して戦闘は終了しました。以後の指示を請う」
「隊長車より全車。じゃあみんな帰りじたくよろしく。
私もエクレールさん倒したら帰還します。
市街地にはこなくていいです。ケーキはイチゴショートがいいな」
残った4輌の無線手が、「みほのあんごう帳」とかかれた小さなバインダーをめくります。
「えーと。イチゴのタルト、パイ、トルテ、ショート。これだ」
「『通信は傍受されているから、いったことの反対をやってください』どういうこと?」
まだ帰れない。動けるものはただちに市街地に集合。ということでしょう。
「……おめえら、あっしはイノシシに帰える。フルスピードで市街地に急げ。
弾がねえことは、無線では言うな。
おとりになってあんこうにやらせるんだ。いいな」
というと、海崎は返事もきかず飛びだしてイージーエイトにもどり、発進準備をさせます。
なぜか丸山ちゃんが、海崎が出て行ったサイドドアを、ぼーっと見ていました。
マジノの小さな山で、4つのエンジンのうなり声が響きます。
4両の戦車が、前につんだ土のうをけり倒して、全速力でみほの待つ市街地に向かいました。
合計78台のマジノ大軍団を、全弾撃ちつくしてようやくターミネイトした大洗でしたが、
まだ、私物の大洗カスタムソミュアに乗るエクレール様がのこっています。
エクレール様は1人用砲塔で3人砲塔のⅣ号と撃ちあうことの不利を悟って、模擬市街地に逃げこみました。戦場になって廃墟と化した街を再現しています。
ここで、不意を打てば勝てるかもしれません。
「ふふふ、実にいいゲールだった。戦争の歓喜は見えたか? 西住みほ」
「だから私の名前はアリアンロッドだと、何度いえばわかるんですか。
ボロ負けして喜んでいるあなたも、どこか壊れてるんじゃないの? エ・ク・レ・アさん」
(戦争の歓喜? もーだめ。おかしくなりそう。早く帰りたーい。助けてよ!)
顔で不敵に笑いながら、心の中はひたすらおろおろするみほでした。
カバ、ウサギ、イノシシ、ライノの4輌は、市街地の入り口で、車長が顔を出して相談中です。
「こっからは各個の判断で進むか。ここであっしが仕切ったら……」
「――全滅するな」
松本は、見切っています。
「とりあえず、みほさんに連絡しましょう。何かいってくるかもしれません。反対の指令を」
赤星がみほに無線をつなぎます。
「赤星からみほさんへ。みんなしたくできました。お帰りを待っています。
早くもどらないと、イチゴショートなくなりますよ。
でもみんな財布はパンパンですから大丈夫ですけど」
「みんな聞いて。のこり4輌が、ここの入り口まできたって。
でも、もう砲弾はないって言ってきたよ!」
沙織のせりふからすれば、赤星の言いたいことは正確に伝わったようです。
みほは自分のヘッドセットを通信機につなぎ、赤星に通信します。
「そうですか。でしたらチョコチップアイスおごってください。
ああもう。エクレールさん見つからないわ。
動きまわってさそってみますね」
通信を切ると、みほは沙織に「沙織さんのスマホで赤星さんに電話して」と頼みました。
「あんごう帳」によれば、チョコチップアイスは、分散して封鎖してください。です。
「ここの出入り口を封鎖しろ。あんこうは動かない。か。
出入り口は3つあるな。どうする?」
皆で顔を見あわせているとき、赤星のスマホが鳴り出しました。
「赤星です」
『あんこう、武部です。
封鎖はあとの3輌にまかせて、ライノさんは市街地をフルパワーで走りまわってください』
「こっそりと。でなくていいの?」
『むしろ居場所を知らせるぐらいでおねがいします。あんこうの疑似餌になってください』
「わかりました。追うの? 追われるの?」
『みぽりん。……はい、追わせてください。
そして脇道のないながい直線道路で、わざと撃破されてください』
「どういうこと?」
『ええと、あんこうがそちらを追跡して、はさみうちにします。
エクレールが追いかけてきたら、スマホの待ち合わせアプリを起動してください。
それを頼りに、ライノさんを追います。よろしくお願いします』
ジャンボが疑似餌なのは、かりに正面ではち合わせになっても、
ジャンボなら確実に耐えられるからです。
車体後方なら、ソミュアでもかろうじて撃破できますから、おとりになるなら、
追わせるしかありません。
もちろん砲弾があるのなら、ライノさんにハンターをまかせればよかったのですが。
「ふん、やはり嘘通信だったな。
イチゴショートなぞ、すぐ符丁とわかるようなことばを使うとは。興ざめだな」
エクレール様は、双眼鏡で市街地の出口を見ています。
「3カ所とも封鎖済みか。手際はいいな。でていけばイチコロというわけだ。
ソミュアごときに本気を出すとは。いい将だな」
エクレール様がそう考えたとき、ジャンボが予定どおり、わざとギアを落として、でかい排気音をならしながら走り始めました。
「嘘通信なら、今走っているのは4号ではないな。
いちばんやっかいなM4ジャンボか。釣り餌だな」
エクレール様は一瞬考えましたが。やはり攻勢の好きな人間です。
「なら、釣られてやって、返り討ちだな。そのあとは3匹を、順番に食ってやる」
エクレール様が、牙を見せて笑うと、フォンデュが
「それでこそエクレール様ですわ。では窮地を楽しみましょう。ほんとうに楽しいですわ」
といって、一緒に笑います。
勝ち負けなどどうでも良し、たとえ果てても戦えればそれで十分。という肉食獣どもです。
ライノさんでは、車長の赤星が、キューポラ越しにうしろを監視しています。
「まだこない……」
ライノさんは右に旋回。そのまま出せるかぎりの速度で直進します。
エクレール様は、砲塔後部のハッチをあけて半身を乗り出し、ライノさんの排気音が近づいてくるのを聞きとっていました。
まちがいなく目の前の十字路を、左から右に駆け抜けていくでしょう。
「さえがせんせあびじべいぇーがー」
「エクレール様。それはフランス語じゃありませんよ」
「固定観念は、くずさねばいかん」
エクレール様は車内にもどり、砲塔を90度真右にむけ、徹甲弾を装てんしました。
「フォンデュ。左に奴の砲身が見えたら、そのまままっすぐ突っ走れ。止まるなよ」
エクレール様は、上唇を舌でなめました。
まさにその時、ライノさんがソミュアの目の前を通過。
ソミュアが急加速で発進。瞬間的にライノさんの真後ろに位置します。
エクレール様は、目の前の壁がとぎれた瞬間、主砲を発射。
必殺のタイミングのはずでした。
VoV!
がいん!
げしん!
どかっ!
しゅぱっ!
……結果からいえば、すなおにライノさんの側面をねらった方がマシでした。
エクレール様のソミュアは、交差点を抜けたところで急停止して、白旗があがっています。
ジャンボの、といいますかM4A3のエンジンルームの上部装甲は、砲塔側から車体の後端に
むかって、水平から20度くらいのかなり浅い角度をつけた斜面になっています。
ソミュアの砲弾は、ここにあたって跳弾したのです。
さらにジャンボの砲塔の形は、どのタイプでも初めから76.2mm用のタイプで、
75mm砲タイプと異なり、後ろに弾薬をおさめるバスル(出っ張り)があります。
その出っ張りは、横から見て長方形ではなく、後ろがしぼられた台形をしています。
砲塔付け根から見ると、装甲2枚がちょうど「<」の形であわさっています。
つまり、エンジンルームの上で跳弾した弾は、砲塔後部下の傾斜した装甲でさらに跳弾し、そのままソミュアにはね返ってきたのです。
ジャンボとソミュアの車高は、それぞれ3mと2.6m。
ソミュアの主砲も、かなり高い位置についています。
そのため、車体後部の垂直な装甲板をねらうには、俯角が足りませんでした。
エクレール様が一旦停止してからねらいをつけたのなら、ライノさんをしとめることができたかもしれません。
Ⅳ号がすぐ後ろにいる可能性を警戒したのがあだになりました。
結局のところ、自分にむかってはね返ってきた砲弾は、ソミュアの車体側面装甲をえぐってしまい、ゲームオーバーが確定しました……。
こうしてエクレール様の「戦争ごっこ」は終わりましたが、大洗戦車隊「ヴァン・ヘルシング」は、よれよれのグダグダです。
一人を除いて。
「赤星さん。約束ですよ。チョコチップアイスおごってください。山盛りで♪」
……みほはどうやら、その部分だけ都合よく本気にしていたようです。
――1週間後。
ここは地の果て大洗生徒会長室。
みほは、いつものように試作品コーヒーブレンドを用意しています。ただし、今日は40杯。
なぜかといえば……。
河嶋手製干し芋をお茶うけに、2人の女生徒がもくもくと、コーヒーをがぶ飲みしています。
一人は当然、ここのあるじ。生徒会長角谷姐さん。
そしてもう一人は――
「かいざー。なんでこんなの連れてくるの? 馬鹿なの? 死ぬの?」
――こんなの、つまりなぜか大洗女子の制服を着ていらっしゃるエクレール様です。
「しゃーねーだろ、カイチョー。こいつ、いくとこねえっていいやがって、いつの間にか、あっしのヤサのまえに陣取ってやがるんだからよ」
「はあー。かいざー、こんな放射性核廃棄物をどうしろっていうのよ」
みほも、心底そう思っています。コーヒーは飲ませてますが。
いくらなんでも、81対7で惨敗というのはひどすぎました。
とくに最後は自分が自爆というのは、救いようがありません。
マドレーヌ様を病院送りにして、隊長の座をうばい取ったことに気分の悪かったガレットとか、実は内心であいそをつかしていたフォンデュとかがマドレーヌ様を車いすに乗せて病院から連れ出して、またまたクーデターをやらかしました。
陣地戦の正しさが証明されたとして。
マジノには肉食獣しかいません。本当に。
そして、エクレール様はなぜか海崎のことを思い出して、単身駿河湾に飛びこんで、鹿島灘まで泳いで逃げてきた。ということでした。
「まあ、ウサギの75mmの装填手ってことでいいんじゃねえか?」
山郷ちゃんがかわいそうです。
「私は、お前のところの副操縦手でもいいぞ」
ももがーが、かわいそうです。
「お断りだ。全力で!」
海崎が本気で拒否しています。イージーエイトが「脳筋号」になってしまいます。
「脳筋」という映画ができそうです。エクレール様は床下の脱出口から逃げる役です。
「ふふふ、これでまたゲールができる。楽しいぞ」
これでは、大洗戦車隊が「ラスト・バタリオン」になってしまいます。
それでも戦力の足りないことは知っている角谷は、編入承認の書類にはんこをついています。
みほは、天を仰いで、内心だけでためいきをつきました。
(ああ、脳筋が2人にふえてしまった。わたしこれからどーしたらいいの。)
……なんか自分のこと、棚に上げているような気もしますが。
しかし、この場にいた全員が「あのときはまだよかった」と、あとになって思い返す
ことになるとは、神ならぬ身の知るところではありませんでした。
真の恐怖は、彼女たちの知らない場所で、表舞台に出るための準備を終えていたのです。
マジノと大洗の戦いのすぐあと、日本中の学園艦、いな、日本戦車道界が巨大な激震にみまわれました。
西住流家元、西住しほと最高師範、西住まほが、連盟も含めてすべての戦車道組織の
西住流への帰一を要求。
宗家家元名での回状が、全国にビデオレターと共に送られたのです。
かりそめの平和は、いま、音を立てて崩れ去ろうとしていました。