戦車残俠伝~再開~   作:エドガー・小楠

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第弐拾参話 ゲールがエクレアに食われる日

 

 

 

 そんなわけで、大洗一行は肉食獣のたくさん待っているマジノくんだりまでやってきました。

 練習試合という名前の、何か別のものをするために。

 

 今度はアウエーでの試合になったのは、角谷姐さんの配慮だったのですが、本当にいいんでしょうか。

 エクレール様が、にこやかさわやかな笑顔でお出迎えです。

 悪魔が、最初から「私は悪魔です」というはずもありませんから。

 

「みなさま、本日は遠いところからよくおいでいただきました。こころから、お礼申しあげます」

 エクレール様、なにか間違ってます。

「あのねえ。ここは大洗港。おしかけてきたのはそっち。なんだかなー」

 角谷にとっては、演習相手がただで来てくれたのですから、あんこうが自分から吊されにきたようなものですが。

 しかしなにか大事なものがないような気がして、周囲を見わたします。

 

「わたくしが、マジノ女学園戦車道隊長、エクレールと申しますわ」

「あらためて、お招きありがとう。私は生徒会長の角谷。そしてこっちが……」

 エクレール様は、あいかわらず顔だけはにこやかに笑っています。

「……大洗戦車道隊長の、河嶋だ」

 エクレール様が「えっ?」という顔になりました。

 

「貴官がエクレール殿か。

 それがしが大洗の隊長をつとめる河嶋である。本日はよろしく」

 

 そこにいたのは、片眼鏡の代わりに右目に黒いアイパッチをつけた桃ちゃんでした。

 国防軍戦車将校の野戦服に制帽を身につけています。

 こんなことをやらせる奴は、ひとりしかいません。

 

 ふふふ、こいつらも我々の同類なのだな。と決めつけたエクレール様は、大洗のメンバーをひとしきり見たあとで不審そうな顔をなさいます。

 

「西住さんは、いらっしゃらないのでしょうか?

 いらっしゃると伺ってましたが」

 

 実は彼女の真ん前の、少佐カットの何のへんてつもないのがそうですが。

 

「エクレールちゃん。誰から聞いたのかしらないけど、うちにはどっちもいないよ」

 

 でも秘密兵器の存在を、あっさりばらす人間などいませんね。

 

「あら。グロリアーナの隊長様が、西住みほさんにそちらでお会いになったとか。

 身長2mの」

「正確には2m3cm。

 Ⅲ号戦車が川に転落したとき、ワイヤーもって川にざんぶと飛びこんで、戦車を体にしばりつけ、がけをよじ登って救出した。

 怪物さ」

 

 どうやら一連の火種は、角谷だったようです。

 

「だいたい、西住みほがうちにいたら、Dちゃんたちなんか奴だけでほどんど全滅させてるよ。

 実際は、知ってのとおりコテンパンにやられたけどさ」

「……そこまであけすけにおっしゃられると、なんと申しあげて良いのか、わかりません」

 

 角谷の情報操作は、すこしだけ本当のことを混ぜるのがコツです。

 これも角谷の全国戦略のための布石です。

 もうみほは、どうにでもなーれ。としか思ってません。

 

 そんなエクレール様を、海崎がビン底メガネの底から値踏みするようにながめています。

 いえ、本当に商売人として目利きしているのです。

 しかし、そこからの行動は、やっぱり脳筋でした。

 

「あんた、面白えじゃねえか。エクレールさんとやら」

 

 歩くトラブルメーカー、海崎が茶々を入れるつもりです。

 

「えすくるげーるえくれーるだんるしゃーるふあんせ? えとらんじぇ。 HAHAHA!」

(おフランスの戦車で電撃戦だと? とうふの角にドタマでもぶつけたか。わっはっは!)

「Ce qui est mauvais! Vous êtes ignorants!」

(何がおかしい。お前って何もわかっていないんだな。うすらボケ!)

 

 そして脳筋海崎は、いまさらやらんでもいいお約束をかまします。

 

「ぷーこわう゛ぉーとるのむえてくれーる? えくれーれたんのむますきゅらん」

「Mon nom est mauvais dans le nom masculin? Aucun de votre buisness!」

 そして目にもとまらぬ速さで、海崎に稲妻右フックがクリーンヒット。

 

「やれやれ。かいざー、わざわざ殴られフラグ立てないでよ。

 こっちは知っててだまってるんだから」

 角谷が、エクレール様のこぶしが顔にめりこんだまま立っている海崎にあきれています。

「いや、この場合、これお約束だろ。ふぃくさしょん」

「あ、……あら失礼。もちろんわかっててやってますのよ。あしからず」

 エクレール様は赤くはれたご自分のげんこつをみて、こいつの頭蓋骨はタングステンでできてるのか? 中身は少しだろうが。とお考えになりました。

 

 角谷はここでやっと違和感の正体に気がつきました。

 

「あれ? エクレールちゃん。そういえば審判は」

「初めから来てませんわ。

 だって連盟にはこの「試合」は、お流れになったと報告してありますから。

 わたくしは、試合ではなくて――戦争がやりたいのですのよ。

 そちらの全部隊対、こちらの保有戦車すべてでの殲滅戦。受けていただけますわね?」

 

 そして、エクレール様はこうつけくわえました。

 

「……さもなくば、ここから貴様らを生かして帰すわけにはいかなくなるだけだ」

 

 彼女は、まさに大洗が戦うべき敵でした。

 

 

 

 このときまでに、大洗の各戦車は、コードネーム(ペットネーム)で呼ばれるようになっていました。

 発案者はみほですので、彼女の性格が反映したものになってます。

 

 Ⅳ号は、「あんこう」。海面に降りてきた海鳥さえ食らう海の悪魔です。

 生徒会は、「カメさん」。疾走する亀のエンブレムは、代々の生徒会執行部のシンボルです。

 攻防をかねそなえた亀に機動力が加われば、おそるべき肉食獣です。

 八九式は「あひるさん」。空飛ぶあひるは、かのブラックスワンの天敵です。

 Ⅲ突は、「カバさん」。ワニすら踏み殺す恐怖の猛獣です。

 M3は、「ウサギさん」。ウサギ小屋で見つかったからですが、目を血走らせたウサギが両手に包丁をかまえるものものしいエンブレムです。

 イージーエイトは「イノシシさん」。説明の必要はないでしょう。

 ジャンボは、「ライノさん」。サイです。

 強力な装甲をもちながら機動性も高いこと(改造後)からです。

 

 

 

 マジノ側の戦車は総勢80輌、うち60輌はFT17です。

 2人乗りの戦車が多いので、台数をそろえることはできるのです。

 エクレール様が、戦闘前の檄を飛ばします。

 

「もはやこの大軍に、こまかい作戦はたてるだけ無意味。今日大洗は、諸君の昼飯となる。

 思うぞんぶん食いつくせ!」

「Éclair!」「Éclair!」「Éclair!」

「諸君は手あたりしだいに襲いかかれ。友が倒れなば、踏みこえて前に進め。

 軍隊アリのごとく群がり、ピラニアのようにかみちぎれ!」

「Éclair!」「Éclair!」「Éclair!」

「マジノの勇士の諸君。覚えておいてくれたまえ。

 我らの前に勇士なく、我らのあとに勇士なしだ!

 諸君の未来に栄光あれ! では征くぞ。総員出撃!」

 

 

 

 大洗の戦車たちは、段差とくずれた石垣だらけの丘に陣をかまえます。

 正面は広い平地。かなりねばることができるでしょう。

 カバ、ウサギ、イノシシ、ライノの車体の前に持ってきた土のうをつみあげ、豚飯を完璧にして、待機しています。

 前方にしか射界のないⅢ突とM3を内側において、外側にはシャーマンを配置します。

 

「正直、いつまでもつかわかんねえが」海崎がつぶやきます。

 

 正面から両翼にひろがって半包囲となれば、相手は両わきからのぼることができます。

 

「お前ら、今日はここから動かねえ。

 ねこ、目に入った奴はかたっぱしから吹っとばせ。

 あっしはちょいとウサギの手つだいに行ってくらあ」

 

 ウサギの75mmは、山郷ひとりで操作しています。

 今日は、海崎が不足している装填手をやろうというのです。

 

 

 

「よっ、1年生のかわい子ちゃんたち。今日は正規の7人乗りでやろうぜ」

 M3左車体のドアを開けて、海崎が入ってきました。

 車長の澤が、海崎に

「海崎さん。イノシシエイトはいいんですか? これからどうするんですか」

と、たずねます。

 海崎は、まだまだ自発能動は無理だろな。と考えて、ていねいに指図することにしました。

「いいか、今日はここの4輌は一切動かさねえ。

 ここでマジノの総勢80輌を、静止した砲台としてむかえ討つんだ。

 イノシシの見張りは、ももがーがあっしのかわりにやるからいい」

 丸山ちゃん以外の全員が、海崎に注目して、話を聞いています。

「だから車長の役割は、目標指示だけだ。射撃練習だと思ってガンガンぶちこんだれ。

 やつらはこっちと殴りあいがしてえだけだ。

 試合じゃねえから記録にも残らねえ。だから気楽にやれ。

 こんなもんはただのゲームだ。撃破されるまでどんだけスコアがかせげるかっていうな」

 皆、顔を見あわせています。試合だとばかり思っていたら、話が変わってきているからです。

「やつらは80輌で、こっちをつぶしにくるんだ。外には絶対出るなよ。

 砲弾が雨のように降ってきやがるんだからな。わかったか?」

 全員が、いや丸山ちゃん以外の5人が、そんな話聞いてないんですけど。という顔です。

「オトコオンナのエクレールが、受けねえと生かして帰さねえ。っていいやがったのさ」

 どうやら、海崎はこのアラモ砦に立てこもるつもりです。

 丸山ちゃんをのぞく5人は、もう涙目です。

「でもな、60輌はFTっていうブリキのおもちゃだ。聖グロなら10分で始末できる相手だ。

 あっしらは聖グロに、実は勝ってるじゃねえか。それ忘れてねえか?」

「でもそれ全部西住先輩じゃないですかぁ。」

 車長の澤が泣きそうな声で言いました。

「だからさ、あっしらは騎兵隊が到着するまでねばってればいい。

 奴らの後から隊長が来れば、あとはみな殺しのメロディーさ」

 

 海崎は装填手のポジションにつくと、前にいる3人に役割をつたえます。

「阪口、お前は山郷に目標の方位を教えてやれ。頼むぞ。

 宇津木は、無線をずっとモニターしてろ。

 もしあんこうやカメが何かいってきたり、やられたりしたら教えろ。

 あと、山郷」

「はい……」

 75mm砲手の山郷が、体をひねって海崎に顔を向けます。

「いままでは射撃と装てんを交互にやっていたから、訓練にならなかった。

 だが、今日は撃つことだけ考えろ。そのために今日、私がここに来た。

 射撃の修正、砲のくせ、当てるこつ、そんなものを今日中につかめ。

 装てんは心配するな。復座したら4秒以内に装てんしてやる。

 徹甲弾は25発しかないが、撃破されてなければ、榴弾まで撃ちきる。

 だからお前は50発全部撃ちきって、当てることだけを考えろ。

 落ち着いてやればできる。わかるな」

「はい!」

 山郷がうなずきました。

「ふっ、その意気だ」

 

 海崎はあらためて全員に言います。

「いいか、お前ら、戦車はお前たちを必ず守ってくれる。これは戦争じゃない。

 敵の弾が装甲を貫徹して中に飛びこむことは決してない。

 戦車の中にいるかぎり大丈夫だ。こいつを信じろ!」

 そういうと海崎は、こぶしで装甲板をガンとたたきました。

「中戦車以外は、目の前までこられても問題ない。中戦車も100mまでに倒せばいい」

 すると、37mmの砲手の大野が「重戦車はどうするんですか?」と聞いてきました。

 それには、海崎は「あんこうがつぶす。ここには来ない」とだけこたえました。

「お前たち、戦車の形はおぼえたな。報告はできるだけ戦車の名前でしろ。いいな?

 これも勉強だ。これを耐えきれば、君たちはもはや新人ではない」

 

「M4A3はどっちも徹甲弾36発。こっちは22発しかない」

 Ⅲ突の装填手、鈴木が徹甲弾数を数えています。

「そのうち5発は高速弾。おいそれと使えん」

 砲隊鏡をのぞいて、松本がこれから戦場になる平原を見ています。

「まだ、500mより向こうには当たらん」

 杉山は、べつに照準器をのぞいていなくとも、左目をつぶるのがクセです。

 操縦手の野上がぶーたれます。

「動かしたいぜよ。信地ならできるぜよ」

「弾数が正面の敵を相手するだけでいっぱいいっぱいなんだ。

 うかつに動かして的にしたくない」

 松本もそれなりに判断しているようです。

 

「来たぞな」

 ももがーが言うとおり、砂ぼこりを立てて、マジノの大戦車軍団がやってきました。

 貧弱な戦車ばかりといっても、80輌もおしよせてくれば壮観です。

「かいざーさんが、ソミュアとオチキスがいるうちは、FT無視していいっていってたっちゃ」

 ぴよたんが床下弾庫から、最初の1発目を出します。

 HVAPは、最後までとっておきます。今日の相手なら必要ありませんから。

 ねこにゃーは、76.2mmM1なら、B1bisが来て1,000mより向こうでも

「削るまでもなく終わる」とか考えています。

 

 ねこにゃーがさっそくソミュア1輌を見つけました。距離1,200m。

 

「ぴよたんさん。装てん、AP」

「終わってるっちゃ」

 

 ねこにゃーは「ゲームをやっている」ような心理状態です。

 相手の数が多すぎて、現実感覚がまひしています。

 ゲーム中の特設イベントに参加した高揚した気分になっているのです。

 そして、見つけたソミュアにゲーム感覚でねらいをつけて撃っちゃいました。

 

 76.2mm弾は、ねこにゃーの考えていたとおりの弾道をえがいて飛び、あっさりソミュアに当たりました。

 撃破1両目でした。

 ねこにゃーは「う・ふ・ふ」と、なんともいえない笑いをもらすと、

「あの人新人さんかしら。こっち側でなくてよかったわ」とつぶやきながら、動きのにぶいオチキスの少しだけ前をねらって射撃。

「ふふっ。今日は入れ食いね」

 撃った弾の軌跡など、もう見ていません。

 ゲームでは猛者のねこにゃーが、次のかわいそうな標的を見つけたときには、オチキスは砲塔正面を撃たれて、白旗をあげていました。

 

 一番槍をイノシシに取られたライノさんは、そんならもっと遠くの的をとったる。とばかりに精密射撃をはじめ、10秒に1輌の割合でしとめています。

 カバさんは逆に、500m以内にきたものは、なんでも撃つかまえです。

 

「――ああ、ついに始まったな。皆、今から上と下で役割を決めておこう」

 ウサギのなかでも、味方がつぎつぎと戦果をあげているのを見て、もしかしたら助かるかも。という空気が流れています。

「澤、37mmはFTだけをねらえ。最前列から効率的に。

 丸山、即応弾は使わずに、弾庫の方から先に使え。

 そばまでこられたら、即応弾が必要だからな。

 大野、しっかりねらうより速く撃て。

 弾は89発もある。3発に1発しか当たらなくとも、30輌撃破できる。今日のMVPだぞ」

「わかりましたぁ~」と、1年生「2人」が答えます。

「かいざーさん、私たちは?」

 山郷が、75mmはどうすればいいかまよっています。

「こちらは、的が大きいからな。

 ソミュアもオチキスもあと少しで全部退治されそうだから、2輌ほど撃破したら、FTの掃除に加わる。

 おそらく榴弾でも効くだろう」

 気がつくと阪口と山郷が、なにかけげんな顔をして海崎をみています。

「なんだよ。あっしの顔になんかついてんのかよ?」

 海崎がそういうと、「いえ別に……」と答えて、2人とも配置につきなおしました。

「なんだってんだ。いってえ」

 

 山郷があらためてねらいなおし、75mmが火を噴きます。

 1発。2発。3発。

「――当たりませーん」

「おめえ、こっち向いてるやつねらってねえか?」

 海崎が意外なことをいいます。

「むこうもこっち向いてりゃ、撃ってくんのまるわかりだろ。こっち見てねえのを撃つんだよ。

 怖ええかもしんねえが、こっち見てんのは仲間にまかせろ。そんために部隊組んでんだよ」

 山郷は今度は砲塔も車体も真横をむいているソミュアをねらいました。

 しかし外しました。

「すぐ撃て!」もう海崎は装てんし終えています。

 山郷はとっさに外れた分を修正して撃ちました。今度は命中。

「……は、はじめてあたった。あたったぁ」

「よし、よくやったな。山郷。……よく覚えとけよ。

 撃たれた奴はこっちに気がついて、機敏な奴ならすぐにげる。

 撃ったのがあっしらと気づかれるめえに、すぐ連打な」

 

「ん、そっかあ。こっち向いていないのを撃てばいいんだ」

 大野あやにも何がいいたいのかわかったようです。

 相手の視界外にいるときに撃てば奇襲になる。ということをです。

 澤梓もそういう相手をさがして、指示するようになりました。

 37mmの撃破数もすこしずつ上がっていきます。

 

 むろん、マジノ側もむざむざ撃たれっぱなしでいるわけではありません。

 しかし、47mmも37mmも、前にいる4輌の正面を抜けないのです。

 ソミュアで500m切れば運が良ければ、と言うレベルであり、オチキスは38(t)やはっきゅんの相手がやっとです。

 さらに大洗の4輌は、初めから動かないつもりの陣地戦で、その上、木や壁や土のうで

できるだけ車体の露出をかくす豚飯状態です。

 ソミュアも1,000mぐらいから撃ってはいるのですが、全く当たってません。

 そのうえ計画では左右分散して進む予定でしたが、80輌という数がわざわいして、正面の平原を埋めつくすことになってしまいました。

 

 

 

 交戦開始から3分経過。マジノは500mラインを突破。

 この時点で、周辺偵察を終えたカメさん、アヒルさんがマジノの後方から出現。

 

「FTって、時速8キロじゃなかったのかよ。あれ30キロはでてるぞ!」

 

 アヒル車長の磯辺が、首をかしげます。

 

「わたしたちと同じということじゃないですか?」

「うー。そういうことか。近藤、あんこうに通信。FTはエンジン積み替えている」

 

 アヒルは時速60キロで、FTの大群に接近。蛇行しながらぽんぽん撃ちこみます。

 

「我々は中央突破。手当たり次第に撃て」

「なんかかーしまが、まともなこといってるよ」

「会長。ずっと桃ちゃんにはバウアーさんでいてもらいましょうか?」

「敵を突き破ったら、思い切り突きはなしてから回頭しろ。ついでに桃ちゃんいうな」

 

 こうしてラ○エボエンジンを積んだカメは、砂けむりをあげて突進。

 

 

 

 そのころ――

 

 戦場から離れたところに、ルノーB1bisが2輌停まっていました。

 そこへソミュアとは思えない速度で、1輌のS-35が突っ込んできて止まりました。

 

「ガレット。これは何のまねだ?」

 砲塔うしろのハッチから顔を出したのは、エクレール様でした。

「隊長のなさることにしたがう義務はありません。これではただの戦争ごっこです。

 ですので、命令であっても拒否します。それが何か?」

 それを聞いたエクレール様は、歯をむき出しにして笑います。

「そうか。今ここで私と決着をつけたいというか。

 ならば遠慮は無用だ。2輌まとめてかかってくるがいい。……くっくっく」

 

 戦場にいない重戦車2輌をさがして走り続ける「あんこう」。

 裸眼視力3.5を誇る操縦手、麻子のアイボールセンサーが、味方ではない何かを発見しました。

 

「なんだ? 同士討ちか?」

「麻子さん。どうかしたの?」

「西住さん。前方で3輌の戦車が撃ちあっている。距離およそ3,000」

 

 みほは自分の目で確認しようと、キューポラのハッチをあけました。

 

「西住殿、ゴーグルをかけないと。今全速で走ってますから」

 

 秋山殿にいわれてゴーグルをかけ、みほは体を乗り出して、直接前方を見ます。

 そこでは2輌のB1bisと1輌のソミュアS-35が、撃ち合いを演じてました。

 

「あのソミュア、すごい。時速60キロはでてる」

「みぽりん。アヒルさんから入電。マジノの戦車はエンジン換装してるって」

 

 沙織の報告にみほは、ああなるほどと納得し、戦闘準備を命じました。

 

「華さん。優花里さん。1,500で戦闘に入ります。弾種はHEAT」

「了解です」

 

 5発しかないHEAT弾の1発が、主砲に装てんされました。

 

「みほさん。目標はどれですか?」

 

 華さんはすでに照準眼鏡で、目標をさがしています。

 

「まず、重戦車を1輌つぶします。

 ソミュアは足が速いから、できればマジノでつぶし合いしてくれればいいんだけど……」

「西住さん。無理そうだな。いま重戦車が1輌食われた」

 

 まだ2,000mは離れていますが、麻子には造作もなく見えるようです。

 

「ふふふ、どうした? ガレット。砲の指向すらできないか。だらしないぞ」

 B1bisは、この時代ではありえない静的油圧操向装置です。

 しかし、マジノのドクトリン故か、超信地旋回の練習しかしていないようです。

 とはいえ、ここで超信地旋回しても、それは自殺行為です。

 Dさんのように、護衛付きではないですから。

 ソミュアは、シャーマンと同じ、というよりこっちが本家のクレトラック式で、

その上手練れがあやつっているようで、なめらかに動き回っています。

 そこへ1,500mかなたから、超人明鏡止水のぶっ放した砲弾が飛んできます。

 エクレールの射線から逃れるのに手一杯のガレットには、そんなことはわかりません。

 ソミュアとB1bisのあいだに割りこむように飛来した砲弾は、ガレット車の真横、

車体左側面のよろい窓に着弾。あっさりと撃破。

 結局ガレットには、最後まで何がおきたのかわかりませんでした。

 

 獲物を横取りされたエクレール様は、牙をむき出しにしてお怒りのまま、

全速力であんこうに突進してきます。

 あんこうは1発撃って、すぐに斜め30度方向にダッシュ。

 ソミュアは、まるでクレトラックがはっきゅんの油圧機械式であるかのようにロールしてかわします。やはり向こうにも猛者がいるのでしょうか。

 

「よう。お前、西住みほだろ?」

 

 Ⅳ号の通信機から、エクレールの声がします。

 周波数をモニターされていたのです。おそらく先のアヒルさんからの通信で。

 

「いいえ、わたくしの名前は『血塗れの狂戦士(バーサークグラップル)』ですが何か?」

(わたし、しれっと何てきとーなでたらめ並べてるんだろ?)

 みほは自分のヘッドセットで答えます。スロートマイクは通販で買った5千円のものです。

 というか、「のどマイク」で検索すればごろごろ出てくるし。ライダーの必需品ですし。

 静かな大洗仕様の戦車なのに全員密閉型ヘッドホンなのは、射撃音で難聴にならないようにするためです。

 

 エクレール様のソミュアは、速攻で廃墟をかたどった演習用市街地の中にかくれました。

 おフランス戦車は1人用砲塔なので、平地で3人用砲塔のⅣ号と撃ちあいしたら絶対負けます。

 みほたちも、追う形で市街地に飛びこみます。

 建物のかげに位置どりして、あとは動きません。全員がハッチから顔をだして警戒します。

 

「貴様、おもしろすぎるよ。それにVIP仕様のⅣ号なんて、はじめて見た」

「そちらこそ。そのソミュアで峠でも走ってるの? それ、検査とおらないでしょ?」

(え? 私なんでケンカ売ってるの? というか心臓バクバクなのに)

 

「ふふふ、とおるぞ。とおらなければ貴様のⅣ号もとおらん。

 何しろこれは、私物を自腹で大洗工業科に持ち込んだ大洗カスタムなんだからな」

「それでマドレーヌ隊長を倒したの? えげつなくないかしら」

(きゃー。そんなのよそにもあったの? どーしたらいいのよっ!)

 

「まさか。FTでタイマン張ったよ。

 山の斜面に陣をかまえていたから、体当たりして転落させてやった。

 まだ学校に来れてないみたいだがな」

「ふふ、狂ってるのはわたしだけではないようで。なによりだわ」

(わーん。この人、本当にどうかしてる。助けて!)

 

 こんな会話をして時間かせぎしているのは、エクレール様に策があるからです。

 

「Cœur rouge、Trèfle blanc、Diamant bleu、直ちに行動開始せよ!」

 

 

 

 

 

 


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