戦車残俠伝~再開~   作:エドガー・小楠

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第弐拾壱話 視線を防御? アライッペ踊り

 

 

 

 ついに、聖グロリアーナとの交流戦も大詰めです。

 両方の大将だけが残り、チャーチルは海を背にして港区に陣取っています。

 Ⅳ号が現れても、ここに来るまでに仕留めるだけの見はらしはあります。

 

 Dさんにとって不幸だったのは、みほになにかヤヴァいものがとりついていたことでした。

 

 秋山殿のマリンタワーでの観測は、まだ続いています。

 当然みほにはDさんの目論見は伝わっています。

 

 みほはⅣ号をマリーナに走らせました。

 マリーナなら、Dさんのいる港区中央からは死角になります。

 ここには大洗港の桟橋とは違って、商用船舶や漁船ではなく、ヨットなどが停泊しています。

 そこに、前日に角谷に依頼した「もの」が、Ⅳ号をまっていました。

「汎用揚陸艇」です。

 廃止前の戦車道で、試合会場に大洗艦から直接戦車を陸揚げできない場合につかっていたものです。

 すでに船舶科の生徒が、エンジンをアイドリングさせて待機していました。

 ランプドアを岸壁に引っかけて停泊しています。

 Ⅳ号はバックして乗り込みました。

 

 

 

「もう、出てきてもいい頃合いなんですが」

 

 戦闘中にキューポラから身を乗り出すという西住流しかやらない無茶は、Dさんはなさいません。

 前方180度。クラッペからの観察にとどめています。

 しかし、それを油断とせめるのは酷でしょう。

「あまりにも行動が遅すぎる。動くべきか。いや、それを待っているのかも」

 Dさんは、敵が出現しないことにしびれを切らし、動くことは愚劣のきわみと考えました。

 普通なら、それは正しい行動です。あくまで普通の相手だったら。

 そうしている間にも、Ⅳ号を乗せた揚陸艇は、こっそりチャーチルの背後に近づきます。

 

 岸壁のチャーチルとの距離は、100mを切りました。

 

「華さん。徹甲弾を連続5発装てんしますから、装てんライトがついたら、どんどん撃って」

 

 みほは、この海上からの射撃という無茶をやろうとしています。

 港区とはいっても、Dさんがいる場所は、桟橋から離れたところで、岸壁からは遠浅になっています。

 ついに揚陸艇の船首が、海底に乗りあげました。

 揚陸艇は離脱用の錨も投下。船体を完全に安定させます。

 ランプドアが開き、Ⅳ号の照準器からチャーチルのおしりが見えます。

 みほが75mm砲弾の最初の1発を装てん。射撃が始まりました。

 もちろんDさんは、んなこたあ知りません。

 

 そして……。

 30秒のうちに5発放たれた通常徹甲弾規格の競技弾は、1発が砲塔後部、2発が車体後部に命中。

 50mmの車体後部に当たった1発が有効と判定されました。

 

 Dさんから見れば、いきなりなぜかチャーチルのおしりから、げいんげいんと激しい音が響き、シュポッと気の抜けた音がして、判定装置が白旗を揚げ、戦車のエンジンが止まってしまい、タブレット端末には競技本部からの「あなたは撃破されました」という表示がでかでかと……。

 

「ぬわんだそれはあああぁぁぁ!!」

 

 Dさんの化けの皮がはがれたのも空しく、こうしてティーカップ全損という結果になりました。

 

「もともとはビーチで戦闘になったときに、奇襲するために用意してたんだけど。

 こんな使い方をすることになるとはね。ふふふ」

 みほがちょっと黒く笑っています。

 

 敷地がフェンスなどで区切られている連盟の試合場の場合は、どこまでが境界かについては初めから決める必要がありません。

 しかし、前にも書きましたとおり、今回のように普通の土地を一時的に試合場にする場合は経度緯度で指定された4つの点を結んだ四辺形で、試合場の境界を指定します。

 その四辺形の中に、河川、湖沼、海面などの「公有水面」があった場合の取り扱いについては、実は「試合場に含める」ことになります。

 河川は普通に障害物として機能します。DD戦車、水陸両用戦車、潜水戦車を手駒として使う者もいます。汎用揚陸艇を使って揚陸戦をすることもあります。

 極端な例としては、狭い海峡で、車も乗れる定期便の渡し船にのって、対岸に渡った事例すらあります。

 そのようなわけで、戦術の幅を狭めないため、そうしているのでした。

 

 Dさんは、今回の試合の会場を定めた地図を、あらためて確認しました。

 大洗の市街地があまり入らないよう、試合場は北の辺が短い台形をしています。

 しかし、大洗港区は陸に向かって引っこんだ形をしているので、水面全域が試合場に入っていました。

 

「……もういや、こんな生活」

 

 もはや、あとの祭りです。

 ミスはまったくなかったはずなのに……。

 

 

 

 戦いすんで日が暮れて。

 

 みほたちAチームと、Dさんたち3人が、あらためてグロリアーナがつながれている埠頭で向かいあってます。

 

 みほはにこにこ笑いながら、こう言いました。

「今日は本当に楽しかったです。さすがは聖グロリアーナ。感服しました」

 なんかやけに堂々としてますね。

 

 一方、どっとお疲れのDさんは、自分を含めて6輌も撃破した悪魔に、それでも表面上は平静にこう返しました。

 

「朝、申しあげたことは撤回しますわ。お姉さまとそっくりどころじゃありません。

 こういう格言は存じていたのですが。『虎の子をネコと見あやまるな』とか。完敗ですわ……」

 

 そのときのDさんの目には、みほの背後にまっ黒なチート野郎と、カーキー色の巨躯の狂戦士が見えたような気がしました。

 しかもみほには、生けるレジェンドまでついているのです。

 Dさんは、私も妙義山のなんとかさんみたく、解説役になるのかしら。と嫌な予感がしましたが、表面はあくまで毅然とした態度のまま、

「あなたの勇戦に敬意を表しますわ。再戦の日までお元気で。ではさようなら」

と、別れを告げました。

 みほは快活に、「いつでも受けて立ちます。ごくろうさま」といいました。

 なんかなーと皆思っているようです。

 

 みほがこんなやりとりをするとは、絶対変だ。と思ったさおりんと華さんが、みほのベレーとゴーグルを取り上げました。すると……。

 

「……。……。……!!

 ――え゛? 私たち勝っちゃったの? しかもダージリンさんにあんな事まで……。

 あわあわあわあわ……」

 みほは腰が抜けて、へなへなと座り込んでしまいました。

 

 

 

 

 

 ここは、戦車倉庫のミーティングルーム。戦車を倉庫にもどしてから、皆でお着替え中です。

 蝶野教官どのから「今日は勝ったとはいえ、内容的には最低でした。明日から猛特訓です。

 海崎は罰直。覚悟しなさい」と申しわたされ、みんなびみょーな気分です。

 そこでみほは、「生きるレジェンド」の1人、角谷杏に呼ばれました。

 

「やーやーやー。まさか勝てるとは思ってなかったよ、西住ちゃん。いやあ、たいしたもんだ」

 

「……あはは、あのー」とかえすしかないみほです。

「まあ、どういうわけかあの聖グロに勝っちゃったからねー。踊りはなし。としたいところだけどさ」

 ここで、片メガネを光らせて、桃ちゃん登場。

「――だが、今回はどうにもならないのがいる。最強戦力をもちながらまったく役たたず。

 命中弾なし。あまつさえジャンボの生き埋めの原因を、頼まれもしないのに勝手に作った。

 海崎! お前だぁ~。脳筋王者まであと一歩」

 

 これでは言っているのがたとえ桃ちゃんでも、海崎にはなにも言えませんわな。

 

「うぐぐぐぐ……」

「と、言うわけで、貴様には罰直として「アライッぺ踊り」を大納涼祭で披露……」

「――いやぁ、河嶋。こういうことって連帯責任だからさあ。我々もおどろーね」

「え゛?」

 

 

 ――後日。

 7月はじめの大納涼祭。

 街中をゆっくりと進む、近所のじえーたいさんの戦車トレーラーを山車がわりに、アライッぺ踊りが披露されています。

 

 「アライッぺ踊り」とは……

 ……リオのサンバパレードのようなでーはーなビキニ衣装を着て、羽飾りのかわりにアライッペのシラスパーツをまとい、ひたすらおどりまくるというものです。

 サンバダンス同様振り付けは即興です。ブラは貝がらのかたちです。

 

「海崎ぃ~、なにその女王様マスク。そういう趣味なの?」

 角谷にそう問われた海崎は6つにわれたみごとな腹筋を見せつけつつ、

「うるせー、メガネだと落ちる」と返しました。

 いちばん注目をあつめたのは、とーぜん小山副会長でした。そりゃそーでしょう。

 おどっているのは、なぜか7人。

 浅草サンバにはかならず行くという、まゆ毛が特徴的なおまわりさん。

 背が低く、小ぶとりか肥満か区別のつかない親衛隊くずれ。

 左目に黒いアイパッチのドイツ人の男性のあわせて3人は、とりあえずおいておきましょう。

 

 そのあとから、今年も「アニメによる町おこし」に失敗した商工会のみなさんによる、「あんこう踊り」のトレーラーがやってきました。

 あんこう踊りとは、この町の伝統的な罰ゲームで、ニップルシールとサポーター以外すっぽんぽんのうえから、ピンクの全身タイツ「あんこうスーツ」を着て、衆人環視の中でそれはそれははずかしい振り付けの踊りをおどるのです。

 さすがに女子がおどると「もう、お嫁にいけない」といわれるくらいはずかしい踊りでした。

 

 

 それはしばらく後のことでして。まだ交流戦のあれこれは残っています。

 

「わたし、これからどう思われちゃうのかな――。」と、みほはゆううつです。

「みぽりん、なんか神がかってたよ。笑いながら「状況は最高。これより反撃する」とかいったりして」

「あのときはもう、「西住殿に一生ついていきます」って思いました」

「なんか勝てるんじゃないかって、本当に思いました」

 

 ご友人がたは勝手なことをいいます。みほにとってはそれこそ「ちがう!」ですが。

 

「いやほんとうに私どうかしてたのよ。いったいあれなんなの?」

 

 毎度のように冷泉が、あっさりと突きはなします。

 

「もう無駄だ、西住さん。あんたはひとりで聖グロリアーナをしばきたおした狂戦士にして、『まて、あわてるな。これはみほの罠だ』な狡猾な策士。千軍万馬の古強者確定だ。観念しろ」

 

 

 

 聖グロリアーナ敗北が風のうわさで伝わっても、戦車道関係者のほとんどには、

「ウソだな。たとえ本当でも、どうせビッグマウスのDが、相手をなめすぎてコケたんだろ?」

と思われ、すぐ忘れさられました。

 その上、連盟の詳報では、大洗は全滅。聖グロリアーナはチャーチルのみ生存。となっているため、うわさそのものが立ち消えになりました。

 しかし、コアな戦車道フリークの間では、「大洗魔改造戦車道復活!」というニュースは、さまざまな憶測をよびました。実はかくされた事実があると。

 いわく、ついにティーガーで時速100キロ超えをなしとげた。

 いわく、そのティーガーには、「長10サンチ65口径高角砲。秋月には牛缶」が搭載された。

 いわく、ティーガーにはDD仕様の改造もされていた。そして海から30ノットでやってきた。

 いわく、あまつさえ主翼と尾翼をつけて空も飛べる。

 いわく、発射速度は1分間に6,000発。砲身4秒もたない。

 いわく、ロシア空軍のフランカーと空中戦して勝った。

 いわく、それを駆る車長は、身長2mに達する大女。

 いわく、その女は、かーでんろいどやかるろべろーちぇなど片手で持ち上げる。

 いわく、その女は、1日に牛1頭食べる。砲手は1日3頭食べる。

 いわく、乗員はついに人体魔改造にまで手をのばした大洗女子の、最初の量産型。

 いわく、ふくたいちょーは水虫もちでぇ。と、大洗の隊員の一人がべらんめえで語った。

 いわく、グロリアーナを粉砕したのは、本当は80cm砲弾だった。

 いわく、ダージリンが超常の者を見て総白髪になった。

 ……

 とまあ、どういうわけかこんな尾ひれがついています。

 そういえば聖グロの諜報員、グリーンさんもなんか暗躍したみたいです。

 

 さて、試合後の短い時間を使って、実家に帰った華さんはどうなったかというと。

 

 別に猛々しい例のモタードで帰ったりしませんでした。なぜか海崎の所有物であるイタリアのスクーターに乗ってお帰りになりましたので、なにも・問題は・ない。でした。

 

 

 

 ――つぎの日。

 

「西住ちゃん。Dからこんなもんが届いてるんだけど」

 

 お昼休みが終わって、みんなで戦車倉庫のミーティングルームに集まると、角谷が「なんじゃこりゃー」という顔をして、送られた荷物を前にあきれています。

 それは、コロンビア10kg。ブラジル10kg。マンデリン10kg。グァテマラ10kg。モカ10kg。ジャマイカ10kg。ハワイコナ10kg。キリマン10kg。ブルマン10kg。エル・サルバドル10kgの合計100kgもの、コーヒーの生豆でした。

 

「わーい。これ全部今年の豆だ」

 

 ニュークロップは高級品です。みほははしゃいでますが、秋山殿は得心がいきません。

「グロリアーナでは、好敵手と認めた相手には紅茶を贈るのは知ってます。

 けど、コーヒーというのは……」

「ふん。もう迷惑だからよってくんな。おめえは黒森峰とでも戦ってろ。ってこったろ?」

 歩く迷惑、脳筋海崎がのっそり現れました。

 

「かいざーにはこれ。ミス・どてらって人からね。なんなんだろねー」

 

 角谷が両手に持っているのは、100%ダージリン茶葉1kgと、

トアルコ・トラジャの生豆1kgの包みでした。

「ふーん。また趣味に走ったものを。いいけどさ」

「こないだのお礼だってさ。600マイルコーヒーがどうとか。お前の友人も変人なのか?」

 角谷はそういいながら、にひひと笑っています。

 みほがいつのまにか、コーヒー100kgかかえたまま、海崎のうしろに立っていたからです。

 

「とあることらじゃ……」

「そんなにもらっといて、まだ欲しいのかよ」

 みほは何かにとりつかれたような目をして、なおも欲しがります。勝つまでは。

「とあることらじゃ……」

「これはやらねーぞ。しっしっ」

「とあることらじゃ……」

「じゃこっちやるよ。100%ダージリン」

「とあることらじゃ……」

「トラジャなんか、でけえコーヒーショップに行きゃ買えんだろ。今は珍しくねーんだから」

「とあることらじゃ――!」

 

 ……こうしてみほは、コーヒー101kgを手に入れました。

 

 

 

 角谷は今日も眠れません。

 

「うー。目が冴えて眠れない。どうすりゃいいのよ」

 

 生徒会長室には生徒会費で買った、メリタのドリッパーがあります。

 つかいこなせないので放置されているのですが、それにみほが目をつけました。

 

「ブレンドの試作はいいんだけどね。1日20杯も飲まされたら眠れない……」

 

 どうやらみほは、角谷もコーヒースノッブに引きこみたいようです。

 みほが自分の部屋で使っているのは、朝かんたんに淹れられることから、三穴のカリタのドリッパーです。

 

 今日もみほは、明日角谷を実験台にするために、豆をちょっとずつ煎って、20種類のブレンドを作っています。

 やっぱりおいしさからいえば、めんどくさい分、メリタの方がいいようです。

 がりごりがりごり……ひき方は、中細挽き7番です。

 

 

 

 

 







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