戦車残俠伝~再開~   作:エドガー・小楠

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第壱拾玖話 みほ覚醒!するのか? 聖グロリアーナ交流戦(後編)

 

 

 

 ついにやってきました。聖グロリアーナ学園艦が。

 大陸棚につっかえないように喫水を50mまでへらし、オートパイロットで電波灯台に誘導されながら。

 上甲板の高さは、海抜400mを超えているでしょう。

 大洗艦が、まるでおもちゃのようにさえ思えます。

 

 いま、聖グロリアーナ学園艦の、大洗艦すら小さく見せてしまう巨体が、大洗港区の新設された二つ目の学園艦桟橋に接岸しました。

 喫水線から下の赤い塗装部分がかなり大きく露出しています。

 大洗艦もそうですが、安定航行状態のままでは大陸棚につかえます。

 ですので、バラスト水を全部抜いたときは、通常の深さの港湾に入れる程度の喫水になるようになっています。

 メガフロートという構造上の利点と、別に旧世代の軍艦のように装甲板をしこんでるわけでもなく、内部隔壁類も通常サイズの船舶と同じ厚さでしかないため、総トン数に比べて基準排水量が圧倒的に軽いのが学園艦の特性です。

 空気そのものが構造材になる巨大な張りぼてですね。

 しかしこれも、どこかで制作中の次世代メガフロートではできないらしいと、噂になっています。

 

 朝5時という時間に麻子を起こすのには、一悶着ありました。何しろⅣ号が空砲撃ったあげく、秋山殿が起床ラッパ吹いて、沙織が布団引っぺがしても起きないのです。

 結局Ⅳ号の車内で、歯磨き、洗面、お着替えと言うことになりました。

 実際の話「6時集合」と聞いた麻子は、

「戦車道やめるぞ。人間が朝6時に起きられるわけがあるか」と宣言し、

朝5時と聞いてきびすをかえし、沙織が「留年になってもいいの? それとおばあに言いつける」と言ってやっと思いとどまらせたくらいです。

 

 とりあえず、両者セーフティゾーンで顔合わせということになりました。

 

「ふん。聖グロの戦車どもは、エンジンオリジナルみてえだな」

「そりゃそーだろ。AE○は現役の会社だし、ルートマスター(ロンドンの2階バス)だって数年前まで作っていたんだから。そのエンジン持ってくればいい」

 

 さっきから停車している聖グロリアーナの戦車を検分しているのは海崎とスズキです。

 

「だけどベ○ドフォードのツインシックスは普通に無理だろ。あのブランドは今じゃオ○ルのOEMなんだからさ」

「あれか? チャーチルの前のエンジンが摩耗して終了したとき、ウチになんとかならないかって打診があった。

 スリーブとかピストンとかは新たに鍛造。クランクシャフトは作り直し。

 その他全体の50%の部品をリバースエンジニアリングして作り直した。

 構造的にトラブル続きだったと思うよ、あれじゃ。

 ただ作り直しただけで20%もパワーアップした。

 業者に頼んだら、古いエンジンのレストアはとんでもない金額になるけど、ウチなら材料費だけだからね。

 グロリアーナは保守的だから、エンジン載せ替えは拒否された」

「おいおい、それいつの話だよ?」

「私が1年だったとき。こうして敵味方としてご対面とは皮肉だったけど。

 コンバット・ブロークンの経験山ほど積んだウチでなければできたかどうかだったよ。

 当時は今と方針が真逆だったからね。

 今は戦車にはポテンシャルの高いエンジン持ってきて、デチューンして耐久性と燃費向上させるってやり方だから」

「イージーエイトもお世話になったからな。そのやり方で。

 ……ありゃマーリンエンジンじゃねえか。デチューン版のミーティアじゃなく」

「マーリンは坂本商会がパテントとって、現在も自分とこの軽飛行機用に生産してるからね。

 基本を70年以上も変えないで作ってるってのもなんだけどさ」

「まあ、オートレーサーのエンジンみてえなもんか。

 ああ、もうみんな集まって交流会してんな。行くか」

 

 

 

 特設会場では両校の戦車を整備している空き時間で、選手がお互いに話をしています。

 

「あれ、どてらのおじょ……」

「しーっ。あれでもガッコじゃコーヒーなんざ泥水って言ってるんだろうから。

 知らん顔してやれよ。ももがー」

 海崎はべらんめえ口調なのに、「ひ」が言えています。

 ここはやはり「コーシー」にならないと変です。

 

 そして今、選手たちの中央で、Dさんとみほと角谷がなにやら話をしています。

 角谷とDさんは知己のようで、いろいろつもる話をしているようです。

 この日のみほのいでたちは、くだんのベレーをかぶり、海崎にもらったゴーグルを首からさげているというものです。

 

「あら、貴女が西住みほさん? お姉さまとはずいぶんと……」

 

 Dさんがみほにそう言いかけ、角谷が聞き耳を立てます。

 

「そっくりでいらっしゃいますね」

 

 角谷がずっこけて抗議します。

「おいおい、Dちゃん、ウチのシャイでデリケートな西住ちゃんが、あのとーへんぼくで、朴念仁のうえに、装甲が厚くてデリカシー皆無の、象が踏んでもこわれない目つきの悪い、じゃがいも脳筋王者のまほりんぺんとそっくりだってぇ。

 あんた熱でもあるんじゃないの?」

「……あの方はかなりピュアな繊細さんですわよ。そんなこと聞かれたら、傷つかれますわ」

 

 どっちも違うわ! と、みほは思いました。

 

 だいぶ離れたところで、盛大にくしゃみをした人がいたようです。

 

 それとは別に、ちょっと離れたところにいた、海崎の耳がピクリと動きました。

 今の会話のなにかに反応したようです。

 

「かいざーさんより脳筋の人がいるそうなり。脳筋王者ってどんな人ぞな?」

「……考えたくねえ。それよりあっしたちも何か飲もうぜ。お湯はあるけど、飲むものはめいめい用意だからな」

「かいざーさん、これもってきました」

「……ねこ、このバン○ーテン、インスタントじゃねえぞ……」

「あら、どうしましょ(はあと)」

「しょうがねえな、ちょっと待ってろ」

 

 海崎はイージーエイトの道具箱から、手つき鍋と、粉末の入った容器を持ってきました。

 

「こうやって、お湯ちょっと足して、ひたすらぐりぐり練る」

 

 ココアの粉末を手つき鍋に放り込んで、少量のお湯を混ぜて、スプーンでよくこねこねしています。

 

「そろそろいいだろ。お湯足して、これ混ぜて。さあ飲め」

「しょっぱいずら……」

「塩はいってるなり」

「いいんだよ! ココアといえば塩だ。こいつは岩塩だ。ただでさえココアは高カロリーで高脂質なんだぞ。それなのにミルクと砂糖アリアリで飲んでどうする!」

 

「わたくしもそう思いますわ」

「だわっ!」

 

 いつのまにかDさんが、海崎の作業をのぞき込んでいました。

 

「てめー、いつからいた!?」

「あら、おひさしぶりですわ。面白そうなことなさってましたのでつい」

 

 Dさんはあいかわらず、ニコニコとマイペースです。

 

「ココアなんかいいのかよ。ガッコでは紅茶以外認めねーんだろ?」

 海崎は当然の突っ込みを入れます。

「うふふ、ロイヤルネイビーでは、コーヒーは士官が独占してましたのよ。

 それに塩入りココアも海軍の伝統ですわ。

 パブリックスクールの寄宿舎で、唯一認められている飲み物もココアだけよ。

 あとあちら……」

 

 Dさんが指差すと、代用コーヒー生活が長かったために、生豆を焙煎するところからはじめないと気がすまない西住みほが、グロリアーナの選手と一緒に紅茶をたしなんでいます。

 普段は「色つきのお湯」と公言しているのにです。

 

「……何だよいってえ。今日は「イングリッシュブレックファースト」ブレンドか。

 あれ、蜂蜜なんか混ぜてるぞ。

 その上、ポケットからスキットル出して、あれ気つけ用のブランデーだな。

 あー、酒は酒として飲めってんのに。そど子に見つかんなきゃいいが」

 

「あの黒いベレーのせいではないでしょうか。

 それにあのブランデーからは、カラメルの香りがいたしませんね」

「わ、嗅覚魔人!」

 

 今度は華さんまで来ました。

 

「なんなんだいったい。カラメル無添加のブランデーといえばポール・ジ○ーじゃねえかよ。

 趣味良過ぎだ」

 

 ええ。本当においしいです。25年ものが牧師さんの名前のシャンパンの普及品より安いので、おすすめです。

 

「というわけで、わたくしにもココアをくださいませんかしら」

「私にも、1杯いただけますでしょうか」

 

 Dさんと華さんが、塩ココアにご執心のようです。

 しょうがないので、海崎はなべの残りを全部、2人についであげました。

 

「ココアは塩が良く合いますね」

「そうですわ。とくに男の方で『ココアはアリアリ』とかおっしゃってひたすら甘くして飲んでるような方には、言っては何ですがろくな方がおりませんでしたわ」

 

 ……ロンドンでは、別に壊滅的テロは起きておりませんが、秋葉原や有明、あと「聖地」に入り浸っている奇妙なドイツ人3人組が目撃されているようです。

 そのうち大洗にも来るのでしょう。日本人1人連れて。

 他にも心当たりがありそうですが、いわぬが華と申します……。

 

 

 

 今度はDさんが、大洗側の戦車を見ます。

 

「ずいぶんと……個性的な戦車ばかりですわね」

 

 普通にジャーマングレイのⅣ号D型はともかく、ショッキングピンクのM3。

 どうみても金メッキですの38(t)。

 赤やら青やら白やら意味不明の塗装に紋章、ラテン語やドイツ語の格言らしきものが

書かれ、六文銭や二引き、風林火山などののぼり旗を立てたⅢ号突撃砲。

 白ペンキで「バレー部復活」と書かれ、あちこちにバレーボールが描かれた、大洗名物規格外八九式中戦車。

 Dさんは(さすが大洗ね)と思いました。Dさんは知らないことでしたが、Ⅳ号の中も

かわいらしいクッションやらなにやらで女の子の部屋みたくなっていたりします。

 

 一方で、八九に対する嫌がらせがなぜか無効化されたことに驚いている海崎です。

 

「おい、磯部! あっしが貼った絶対はがれない「藤○○○ふ店(自家用)」はどうした?」

「あんな世紀末の神の看板貼って走ったら、メチャクチャあおられるだろ。

 だからカーキーのラッピングフィルムを上から貼ったんだよー」

 

 その手で来ましたか。脳筋が呆然としています。

 まさか何かにつけて「根性!」を連発する磯辺にしてやられるとは。

 

 そうこうしている間にも、試合場に指定された区域からは警察の誘導で、そこにいた人たちが安全な場所に誘導され、市街地の一部区域では、道路の封鎖などが滞りなく行われています。

 戦車道連盟から派遣された審判員や運営役員はすでに持ち場に着いています。

 特設観客席がもうけられ、巨大オーロラビジョンに電源が入りました。待機画面が表示されています。その前に両校の選手たちが、向かい合わせに整列しています。

 開始時刻になりました。審判長の号令で選手たちが一礼します。その後、選手たちは

おのおのの戦車にのって、所定の位置まで一団となって移動します。

 

 試合開始が宣言され、両軍が定位置から発進していきます。

 特設観客席のオーロラビジョンには、無人ヘリコプターの画像と両校戦車の現在位置のシンボルマーカーが表示された地図が映し出されます。

 なお、観客席から出場戦車に無線や携帯で連絡を取ることは違反行為になります。

 携帯の電源は切るよう観客に要請がされています。

 

 海崎らのイージーエイトと赤星らのジャンボはアンブッシュ地点に急行します。

 この2輌にはラッピングでデジタル迷彩が施され、地形に溶け込みやすく、また見た目の大きさや進行方向、速度を容易に誤解させることができるようにされています。

 砲塔の防循には背の高い草などで偽装が施されています。

 

 伏せているシャーマン2輌は、あらかじめいることを知らされなければ、まわりに生えている草に紛れて、ちょっと見にはわからない状態です。

 残りの5輌は、荒れ地を見通せる高台で待機、Dさんたちが攻めてくるのを待ってます。

 これからⅣ号が進軍してくるDさんたちに牽制射撃を放ち、あとをついてくるDさんたちが坂を上り始めたら、シャーマン2輌が後から襲いかかる手はずになっています。

 魔改造ではありませんが、トップスピードが60km/hを超える2輌なら、ノーマルの歩兵戦車たちにはすぐに追いつけるでしょう。

 その間にⅣ号を除く4輌が経路上の高地にて待ち伏せ、Ⅳ号を追い、海崎たちに追われるDさんたちに頭上から砲弾を降らせる手はずです。

 

 みほと秋山殿は崖っぷちに伏せて、双眼鏡で偵察中です。

 

「マチルダⅡ4輌、チャーチルMkⅦ1輌、前進中」

「さすがきれいな隊列を組んでますね」

「うーん、あれだけ速度を合わせて隊列を乱さないで動けるなんて凄い」

「こちらの撤甲弾だと、正面装甲は抜けません。

 あれ? 後続のコメット2輌、この間かいざー殿が落札したものですよ。

 よりによってグロリアーナに売ったんですか。だったらウチで使いたかったですよ」

 

 グロリアーナにはOG三大派閥のマチルダ派、チャーチル派、クルセイダー派とその他諸派があって、三大派閥押しの戦車以外を導入するときは困難を極めるのです。

 しかし海崎は、流通の履歴から黒森峰の新装車輌を割り出して、Dさんにコメットを売り払う際、その情報をつけて買い取り価格に色を付けてもらいました。

 その情報の前にOGたちも不承不承コメットの導入を認めたというわけです。

 

「でも優花里さん、売り払わないと大洗が火の車になっちゃうよ」

 

 そして敵情をつかんだ2人がⅣ号にとって返そうとしたとき、想定外のことが起こりました。

 Dさんたちが全車、海崎たちの伏せている場所に向かって右折。

 そのまま前進しながら行進間射撃を始めたのです。

 海崎から全車に緊急通信が発せられました。

 

『…ジジジ…全車、Fチーム。グロリアーナの攻撃を受けている!』

 

 

 

 

 


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