第壱拾捌話 みほ覚醒!するのか? 聖グロリアーナ交流戦(前編)
聖グロリアーナ女学園
全長にして大洗女子学園の2倍の巨体の学園艦です。
その船首部にある、ハリケーンバウと巨大な蒸気カタパルトを模した構造物にはさまれた人工森林。
そこに聖グロリアーナ女学院戦車道本部ヴィクトリアン・ホール、またの名を「紅茶の園」と呼ばれる、ヴィクトリア時代風の瀟洒な建物があります。
紅茶の園に入ることを許される戦車道選手たちは、「ノーブル・シスターズ」と呼ばれ、紅茶に関する単語(茶葉の品種ではありません。オレンジペコのように茶葉の大きさだったり、アールグレイのように原料がダージリンだろうがキーマンだろうが、要はベルガモットの香りがすればいいものとか)をニックネームに持っており、全生徒の尊敬を受けております。
Dさんから「エンジン切るのがみんなから遅れた」とSEKKYOUされていたニルギリさんは、角谷からの電話をDさんに渡すと、泣きながらヴィクトリアン・ホールから走って出て行きました。
3年生のアッサムさん(めんどくさいから以下「アッさん」)と2年生のオレンジペコちゃん(めんどくさいから以下「ペコちゃん」)は、「大洗って、どこ?」とか言っています。
「ダイオウグソクムシの大洗」を知らないのでしょうか。
知りませんよね。ハマっ子のみなさんですから。
Dさんが知っているのがどうかしているということかも知れません。
「茨城県立大洗女子学園って、私たちが生まれる前、魔改造戦車道で有名だったの」
電話を切ったDさんは、にこやかに2人に説明します。
「魔改造……って、装甲はいじゃうんですか?」
「まあ、確かに『魔改造』の元々の意味はそうですけど、今ではありえないくらいマニアックな改造全般のことでしょ?」
ペコちゃんとアッさんはそんなことを言います。
淑女の卵の方々が、なんで魔改造って言葉の本当の意味を知っているのでしょうね。
聖グロリアーナおそるべし。
それはともかく、Dさんの話は続きます。
「この場合は、両方の意味ですわ。とにかく攻・守・走ではなく、走る・曲がる・止まるを追求していて、そのためにはそれこそ装甲まで削るという転倒ぶりと聞きましわ。
整地での最高時速90kmを超える八九式中戦車が有名でしたけど、戦力になるかどうかより面白いメカニズムの戦車ばかり集めてギリギリのチューニングを繰り返し……」
「そして、どうなったのですか」
「鉄板のシャーマンやクロムウエルでさえ、シリンダー吹き抜けとかクランク軸折るとか、ミッション歯車粉々とかでまともに走れなかったものですから、観客の方たちの間では、何輌クラッシュしないで相手と無事に接敵できるかが賭けの対象になったそうですわ」
何かが盛大に間違ってます。
正直な話、故障と無縁な戦車なんかありません。
あのひとまるでさえ、履帯が外れてスカートがめくれるくらいですから。
……それを賭けにするなんて。
ではなくて、あさっての方向に向かって努力とは、こういうことをいうのでしょう。
「何か、戦車で戦うのではなく、機械の限界に挑戦しているような……」
「ですので、ツボにはまれば確かに速かったと言われてました。
後々、資金的に苦しくなってやめたそうですけど、普通に言うのとは違う意味で資金が苦しくなられたのではないかと思いますわ」
「自動車メーカーがグランプリレースから撤退するようなものですね。何となく分かります」
事実は、まさにペコちゃんの言うとおりでした。
今の大洗女子の自動車部のように、改造で食いつなぐなんてことは望めなさそうです。
「――ところで、隊長さんが西住宗家の次女でいらっしゃるそうですが、どんなことになるのかしら」
声のトーンを落としたDさんのひと言で、アッさんもペコちゃんも真顔になりました。
「まさか、去年の黒森峰の副隊長ですか!」
「黒森峰を去ったとは聞いていましたが。まさか戦車道を復活させるために招かれたのですか?」
「もしそうなら、ネタ戦車道ではなく、本格の相手と考えた方が良さそうですわね」
こんな過大評価をされるなら、いっそのこと角谷は、「隊長はウチの河嶋だー!」とでも言っておいた方が良かったかも知れません。
「とにかく、仮に大洗女子がネタ戦車ぞろいでも、みほさんが相手では何が起こるか分かりませんわ……」
Dさんがこんな事を言うようなら、油断につけ込んで勝つというのはムリそうです。
角谷の無茶炸裂で、聖グロリアーナとの交流戦が決まって茫然自失のみほたち4人でしたが、結局下校時刻後に全車長集めての作戦会議を開きました。
角谷がみほに議長をさせます。
まずは、みほによる現状分析です。
「聖グロリアーナ側は、こちらと同数の7輌を出場させると通告してきました。
グロリアーナは伝統墨守の校風から、OGの発言力が大きく、
マチルダ派、チャーチル派、クルセイダー派に分かれ、あとはカヴェナンター派のような少数派しかいないことを考えれば、指揮官車がチャーチルマークⅦ。
主砲は、ロイヤルオートナンスQF75mmです。
あとは6輌ともマチルダか、4輌はマチルダで、スカウトにクルセイダー2輌ということが考えられます。これを踏まえて現状でどのように迎え撃つかを考えましょう」
磯辺キャプテンが、前から聞きたかったのだが。と前置きして質問しました。
「聖グロリアーナって、どうして英国面戦車ばかりなんだ? それに引き替えウチはどうして雑多なんだ?」
「では、この際ですから。提携校と独立校の違いについて説明します」
要するに提携校(提携校持ち)というのは、海外のハイスクールと協定を結んでいて、その学校のある国の戦車の実車や部品を融通してもらえる学校です。
聖グロリアーナは連合王国。元はアメリカンスクールだったサンダース大附属は合衆国。
イタリア人が創立者のアンツィオはイタリア。プラウダはロシア→ソ連→ロシア、というわけで戦車道で名をはせている学校で提携校がないのは、千葉短大と習志野騎兵連隊をルーツに持つ知波単ぐらいです。
他国の学校と提携していない学校は独立校と呼ばれ、大洗自動車部のような高い技術を持った大規模支援組織を持っていない限り、なかなか戦車道の試合はできないようです。
黒森峰はどちらでもなく、西住宗家とドイツ政財界の有力者たちが共同で設立した学校です。
提携校と言うより西住流ごとドイツという国から支援を受けているようなものと言っていいでしょう。
そのようなわけで必然的に戦車大国と提携している学校の戦車は、提携校の国の戦車で統一されます。
大洗が雑多なのは、趣味です。
みほ隊長は、現状分析はこのくらいにして、作戦の腹案を提示しようとすると、いきなりさえぎるものが現れます。
当然のことながらそれは、立てる策は百発百中、モノクルの策士、我らが桃ちゃんでした。
彼女の案は、大貫町の平原から出発するDさんたちを、隊長車が小高い崖地形に誘引。
残る全車が崖上から稜線射撃、崖下をキルゾーンとするというものでした。
しかしながら、その時点でDさんたちをしとめ切れなければ、崖の両側を登られて逆に包囲され、退路も断たれるという結末が待っています。
そこでみほは、ただ自分を追わせるというだけでは時間の空費と考えて、もうひとつ仕掛けを加えることにし、それは桃ちゃん以外の全員の賛同を得ました。
「作戦」実施に当たっては、実際ならば工兵が必要ですが、大洗には何でも持ってる自動車部や工学科がいます。
必要な要請は角谷が、現場監督は脳筋海崎がやることになりました。
それとは別に、みほは連盟から回ってきた試合会場の境界線が書かれた地図を確認し、何かに気がつきました。角谷を呼びます。
連盟所有の境界が明確な試合場ではなく、今回のように一般の土地を試合場にする場合、経度と緯度を明らかにした4つの地点をむすんだ四辺形を境界にします。
逸脱による失格を防ぐために、余裕を持ってさだめられるのが普通です。
その地図を見ながら、みほは角谷に、あるお願いをしました。
「うん、それならうちのウエルドックにあるからまわしておくよ。でもそんなん何に使うの?」
みほは、だまって笑うのみでした。
大貫町の平原部、ここの中央をDさんたちは直進してくることと想定されます。
さらに進むと三方を崖に囲まれ、そのうち1つに登りながらさらに先に進む、ある程度の幅のある通路があります。
ここの登坂路の途中にⅣ号が伏せていて、行軍中のDさんたちの編隊に射撃を仕掛け、Dさんたちを釣りながら偽装退却します。、
いっぽうで登り口の反対に戦車壕を2つ掘っておいて、イージーエイトとジャンボを砲塔だけ見えるように隠しておき、DさんたちがⅣ号を追って背中を見せながら登り始めたところで射撃開始とします。
同時に戦車壕から2輌とも発進。
登坂路にすでに全速で進入しているDさんたちには、追いつかれないようにⅣ号を追って前進するしかない状況にしてしまいます。
そして最終的には、崖上の伏せ部隊との間で挟撃に追い込むのです。
むろん2輌のシャーマンは、行動開始までの発覚を防ぐため、ギリースーツよろしく枯れ草などでカモフラージュする上、特殊迷彩を施します。
と、いうわけで海崎と自動車部重機部隊は、一生懸命シャーマンが入れる堀を2つ、ユンボを使ってげしげし掘っています。
「掘り出した土砂には使い道があるから、ダンプに積んどけよ」と海崎が指示します。
戦車壕には前方と後方にスロープがつけられ、前進、後退どちらでも出ることができるようにしています。
海崎は崖の一方に土砂を積んだダンプと作業の終わったユンボを呼び、あまった土砂や岩で間にシャーマンが入れる間隔をあけて、斜め平行に2つの壁を作らせます。
長さと高さはちょうどシャーマンの砲塔だけが出るくらい。
「昼飯スペース」
つまり車体の両側面と後ろを壁と崖で隠してしまおう、というわけです。
ユンボがバケットを器用に使って、壁を押し固めています。
本来の作戦では想定されていませんが、もしここで撃ち合うことになったときには使えると思っています。
重機の操作も工学科の授業にありますので、できあがった壕や壁は定規で線を引いたような、きれいな仕上がりです。
余談ですが、自動車部全員が工学科の出身ではありません。ナカジマ、スズキ、ホシノ、ツチヤの4人は、実は普通科の生徒です。
ここはスタジアムが見えるチャイナタウン。
大通りに面した福建料理の店。その中で女が1人、太平燕という麺もの、というかスープ春雨に海鮮の具、ウズラの卵の入った豚肉団子、エビワンタンなどが入った料理を食している。
そこにもう一人、長い明るめの髪をした女が「よろしいかしら」と言って、太平燕を食べている女の真向かいの席に座る。
「――やはりあなたでしたのね」
あとから来た女は、先客の女の顔を見てそういった。
「わざわざのお越しいたみいる。今は忙しいのだろう?」
「明日には船に乗らなければいけませんわ」
「貴女にとってはこういうやり口は、不本意の極みだろうが、今回は黙って乗ってくれ」
そう言って、先客の女は対面の女に茶封筒を渡した。
「……これはあなたの独断かしら?」
「ああそうだ。この程度で増長されても困るからな。中を見たら返してくれ」
あとから来た女は、封筒の中身を読んでいる。
「――これはこれは……」
「そうだ、想定外のさらに想定外、その時どう動くかだ。彼女ら全員が」
あとから来た女は、中身を茶封筒に戻し、先客の女に返した。
先客の女の座る椅子の隣の椅子にはデニム状の衣服らしきもの。
その背中に縫い付けられたロゴを見て彼女はつぶやく。
「セントーラス……」
「ご存じだったか。残念だが大将に仲間と認めてもらえた訳ではない。
ここまで来たのだから、ショップに寄っただけだ」
それは今では都市伝説と思うものも多い、生きたレジェンドだった。
「……それはまたの機会に。車を待たせておりますから」
そう言って、彼女は帰っていった。
「しかし、太平燕はこれが本物なんだろうが、私が食べ慣れているものとは多少違うな……。
あの子はラーメンの方が好きだった。私はどうもニンニクチップがなじめないな」
――先客の女は店を出ると、ブルゾンの上からGジャンの袖を切ったベスト状の「看板」を重ね着し、街の明かりの向こうに消えていった……
そしてとうとう交流試合の日、日曜日になりました。